給料の仕組み:適正な人件費の計算

給与/報酬
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支払う立場で見る人件費

従業者の立場で「給料もっと欲しいなあ」と思うのは自然だ。同業他社の平均給与を調べたり、違う業界にいる友人に手取り金額を聞いて一喜一憂するのも普通の光景だろう。業種によって給料は異なるし、同業であっても会社によって給料が違うことはご存じの通り。

一方、給料を支払う側からすると「なるべく安く働いてほしいなあ」と思うのが自然だ。規模の小さいスモールビジネスでも、従業員を雇えば給料について合理的な判断を迫られる。従業員がいなくても役員報酬をどうするかは大切な意思決定だ。支払う立場では、給料や報酬と言わず人件費という。

一般的な会社において、もっとも大きなコストがかかるのは、オフィスや店舗、工場などの拠点にかかる賃借料と人件費。人件費を適正にしないと事業が傾くのは確実だ。

もらう立場での「給料」を、支払う立場の「人件費」として見たときに、どのように見えるかを知ることは意味のあることだ。このコラムでは、適正な人件費をどのように考えて計算するのかについて、その考え方を紹介する。ただし、財務諸表に関する基礎的な知識があるという前提で書いているのでそのつもりで。

人件費の考え方

人件費を知るにあたり、「付加価値」は避けては通れない。付加価値とは経営活動することによって新たに生み出した価値のこと。例えば他社にない機能などによって高い値段で売れるのであれば、その高くなった分を付加価値という。経営者視点で簡単にいえば「粗利」と呼ばれる売上総利益のことだと思えば良い。

付加価値について

企業というものは、株主と経営者と従業員によって構成されている。営利を目的とする企業の第一義的な役割は利益を上げ、それを各構成員に平等に分配することだ。

企業の利益つまり付加価値はそれぞれ給与、配当金、役員報酬といった形で分配される。給与や役員報酬といった人件費が、企業が生み出した付加価値の範囲内で収まらなければ、人件費に充当する費用が多すぎることになる。

付加価値の算定方法

適正な人件費を設定するには、その基盤となる付加価値についての理解が必要だ。そこで付加価値の算定方法をみてみよう。付加価値の求め方には、『加算法』と『控除法』の2つの方法がある。

■加算法

「付加価値」=経常利益+人件費+金融費用+賃借料+租税公課+減価償却費

■控除法

【製造・建設業の場合】

「付加価値(加工高)」=生産売上高-(材料費+買い入れ部品費+外注加工費)

【商業の場合】

「付加価値(粗利益)」=純売上高-仕入れ商品原価

一般的には控除法が計算しやすく、理解しやすいでしょう。というのは加算法では「人件費や利息といった経費を増大させれば付加価値が増える」といった誤解を招きやすいからだ。

人件費の枠を決める考え方

人件費の枠を決める考え方には、大きく2通りある。

ひとつは企業の維持費(経費など)あるいは、利益のうちのひとつを減少させて、人件費の枠を増加させる方法。または、維持費と利益の両方を減少させて、人件費の枠を作り出すこともできる。これは現状維持型の経営であり、このような方針のもとでは順調な成長は望めないばかりか、いわゆる縮小均衡状態に陥りやすく賢明な方策とはいえない。

もうひとつは、企業規模を大きくすることにより、人件費の枠の拡大を図る考え方。年間売上高を前年比の何%かアップしたものに設定していくことにより、利益(付加価値)の拡大を図り、付加価値が高まれば当然その分配も増加する。これによって企業は拡大均衡が保たれ、成長を進めていくことになる。

人件費の枠を設定する手順としては、まず、売上高目標を決定し、そこから予想される付加価値から企業維持費を予想し、それに基づいて、それぞれ株主に配当、経営者に役員報酬、従業員に賃金として分配する。これが人件費の枠を決めるの基本的な考え方だ。

目標売上高の設定

目標売上高の設定方法は様々なものがあるが、ここでは『損益分岐点を利用するもの』と『移動平均法を利用するもの』の2つの手順を見ていこう。

損益分岐点を利用する手順

損益分岐点とは、利益がゼロとして計算される点だ。売上=費用となり、得も損もしない金額を意味する。これを元にした目標設定の手順は以下の通り。

  1. 会社の損益分岐点を算出
  2. 目標とする営業利益を決定
  3. 目標、利益を考慮した新しい損益分岐点売上高を算出
  4. 新しい損益分岐点売上高を達成すれば、目標営業利益が確保できる。そこで、新しい損益分岐点売上高を目標売上高とすればよい。

移動平均法を利用する手順

移動平均とは、毎月異なる売上などの時系列データを平滑化する方法だ。これを元にした目標設定の手順は以下の通り。

  1. 販売実績に基づいて3カ月の移動平均売上高を算出
  2. 同様にして12カ月の移動平均を算出
  3. 各月の販売実績と移動平均との差異のすう勢を分析し、さらに努力目標を加味して、目標売上高を設定

理解しやすい例としてこの2つを説明した。どちらの手順も、現状を踏まえて、そこに価値を乗せたものから計算した売上を目標にしただけだ。重要なのは、この設定された目標売上高が、具体的な数字に裏付けられたものでなければ意味がないということだ。

目標売上高は経営トップが最終的には決定するが、従業員のやる気が出ないような実現不可能な目標売上高では、いくら設定しても達成されることがない。そうなると、適正な人件費を計算したいという目的から大きく外れてしまう。

外部購入価値と付加価値の推計

外部購入価値は、製品・商品の場合、期首棚卸高に当期製造原価(当期仕入れ高)を加え、期末棚卸高を差し引いたもの。外注加工費があればそれも加える。

この外部購入価値は、目標売上高の何%にするか、過去の実績、在庫量、市場の需給などを考慮して決定する。そして、外部購入価値が決定すれば、目標売上高から、これを差し引いて目標付加価値を導き出せる。

この算出された目標付加価値を100%として、人件費、企業維持費、利益(いわゆる人、物、金)の3つにいかに分配するかを決定する。一説によると、以下の割合が理想だそうだ。

  • 人件費:40%、
  • 企業維持費:40%、
  • 利益:20%

企業の体質はそれぞれ異なるため、必ずしも上記の分配比率にこだわる必要はない。

参考までに、人件費が60%を超えると経常利益はたいてい欠損になるともいわれている。

適正な人件費の設定法

付加価値を100%としたとき、理想の人件費が40%なら、それに合わせて設定してしまうというのが最もシンプルな考え方だ。それ以外の方法で、適正な人件費の設定には3つのやり方があると言われる。

人件費算式を使う

人件費={1人あたり平均賃金×(1+予定賃上げ率)}×(12+賞与支給月数)× 従業員数

人件費率=人件費/(人件費+その他経費+利益)× 100%

利益=(内部留保+役員報酬・配当金)/(1ー税率)

算出した人件費が、会社にとって負担可能かどうか検討し、調整すれば良い。

業界平均との比較

現在の人件費比率を算出し、業界平均との差異を分析して、適正な人件費を設定する方法。これは、簡単で理解しやすい。

当期売上目標に連動

適正な人件費計算のベースとして、これまで3~5年の平均人件費率を計算し、次式で設定する

人件費=平均人件費比率×当期目標売上高

これら3つの方法から、自社の方策に最もマッチしたものを適正な人件費設定法として選択する。

利益とモチベーション

最終的には人件費は、付加価値を分配したもののひとつなので、付加価値の支払い能力によって大きく左右される。この付加価値の支払い能力を見るための指標としては、一般に次のものが用いられる。

  1. 付加価値の年間総額の増減
  2. 付加価値率の高低傾向
  3. 労働分配率の高低傾向
  4. 1人当たり付加価値の増減傾向
  5. 総資本経常利益率の傾向
  6. その他、労働装備率、総資本回転率などの傾向

これらの指標がここ数年で良化傾向であれば、人件費は当然高めに設定してもよく、悪化傾向であれば、原因を追及し良化するように改善したうえで、厳しい人件費の設定をするべきだろう。

一般的に改善の方策として有効だと言われるものの例を挙げておく。以下の通りだ。

  • 付加価値率を高める
  • 労働装備率を増やす
  • モラルアップのための目標管理の導入
  • 設備稼働率をよくする

まとめておくと、適正な人件費の設定の手順は、まず、目標売上高を決め付加価値を算出して、人件費を算定するのが妥当ということだ。

「企業は人なり」といわれる。人件費管理は単なるコストの問題だけでなく、生産性を高めるための重要な手段として位置づけられる。そのためにも適正な人件費の目標設定により、付加価値の高い経営体質にすることが必要だといえる。

最近では、賞与の業績連動の色合いが濃くなってきており、目標利益あるいは売上高を超えた場合、賞与を増額する企業も増えている。決算月に決算賞与を支給する企業も少なくない。

賞与を固定費ではなく、利益に連動する変動費とすることにより、企業の利益向上を図るとともに、従業員のモチベーション向上に利用することもできる。事実をベースとした緻密な計算と、経営者の従業員に対する考え方がモノをいう世界なのだ。

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