就業規則の基本と作成手順

組織の運用
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就業規則作成の意義

仮に「仲良しクラブ」的にスタートしたスモールビジネスであっても、営利組織として運用する際に、経営陣や管理職(使用者)と従業員(労働者)の間に約束ごとを定めることは非常に大切だ。労使間に何の約束ごともなければ職場の規律を保つことは難しく、必ず賃金や労働時間をめぐるトラブルの原因になってしまう。大切な経営資源であるヒトとカネについては、できるだけ問題を起こさないようにしたいものだ。

このような問題を避けるため、多くの事業場(事業が行われている場所)では使用者と労働者の最低限の約束ごとを定めている。約束ごとの内容は採用時の労働条件から定年の定めまで非常に広範で、通常はこれらの約束ごとを総称して『就業規則』と呼んでいる。就業規則を作成することで、使用者と労働者に以下のようなメリットがある。

■使用者(経営陣や管理職)のメリット

  • 各労働者ごとに労働条件を定めるのではなく、正社員、パートタイマーなど一定の集団ごとに約束を定め、合理的に処理することができる
  • 職場の規律を保つことができる

■労働者(従業員)のメリット

  • 就業規則に定める基準よりも低い労働条件が設定されることはない
  • 自身がどのような労働条件で働いているかを一目で確認できる

作成時の留意点

労働基準法(以下「労基法」)では、就業規則で定めるべき内容として労働時間、賃金などを定めている。また、作成した就業規則を労働基準監督署に届け出ることも義務付けている。

事業主と労働者は就業規則を順守しなければならない。労基法第2条では「労働者および使用者は、労働契約、就業規則および労働契約を順守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない」としている。そのため、就業規則の内容は、その事業場の実態に即したものであることが必要だ。

ところが現実には、市販の就業規則モデルや他社の就業規則をそのまま引用して就業規則を作成するケースも少なくない。そのような方法で就業規則を作成すると、就業規則の内容が事業場の実態とそぐわないものとなり、「各事業場の個別の約束ごとを定め、快適な職場環境を作り上げる」という就業規則本来の機能が果たされなくなってしまうこともあるだろう。また、就業規則の内容が、他項目かつ複雑で分かりにくかったり、抽象的であるために、解釈をめぐって労使間のトラブルが生じることがある。

就業規則の内容は、事業場の実態に即したものであると同時に、誰もが理解できるように、分かりやすく明確なものとするのが理想だ。

以降は、就業規則作成の留意点や記載事項を紹介する。その際に、主要な労基法の条文を交えながら、「なぜ、そのような規定が必要なのか」「労基法の解釈はどのようになっているか」についても解説してみようと思う。

労働基準法からみた就業規則

労基法89条を確認する

賃金や労働時間など労使間のさまざまな関係を規定している法律が労働基準法(労基法)だ。労基法は、労働条件の最低基準を定めた法律で、正社員、契約社員などの雇用形態にかかわらず、すべての労働者に適用されるのが基本となっている。では、労基法が就業規則をどのように規定しているのか、その概要を確認してみよう。

労働基準法第89条(就業規則の作成および届出の義務)の概要

常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても同様とする。

■絶対的必要記載事項

  1. 始業および終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに交代制の場合には就業時転換に関する事項
  2. 賃金の決定、計算および支払の方法、賃金の締切りおよび支払の時期並びに昇給に関する事項
  3. 退職に関する事項(解雇の事由を含む)

■相対的必要記載事項

  1. 退職手当のに関する事項
  2. 臨時の賃金(賞与)および最低賃金額に関する事項
  3. 食費、作業用品その他の負担に関する事項
  4. 安全および衛生に関する事項
  5. 職業訓練に関する事項
  6. 災害補償および業務外の傷病扶助に関する事項
  7. 表彰および制裁に関する事項
  8. その他、労働者のすべてに適用される事項

就業規則作成義務

労基法第89条では、「常時10人以上の労働者を使用する使用者は就業規則を定めなければならない」としている。ここでいう常時10人以上とは、常態として10人以上の労働者を使用していることを示すため、「普段は10人以上の労働者を使用しているが、時として10人を下回ることがある」といったような事業場は就業規則を作成しなければならない。労働者の中にはパートタイマーや派遣中の派遣労働者も含まれるので注意が必要。

逆に、普段は10人未満の労働者しか使用しないが、時として10人を超えることがあるといった事業場では、法的には就業規則の作成義務はない。従って、就業規則を作成する際は「パートタイマーや派遣中の労働者を含めて常時使用する労働者の人数をカウントすること」が重要となる。

事業場単位でみる

就業規則に限らず、労基法ではその適用範囲を事業場単位としている。東京の本社と大阪の支社など場所が離れていれば、通常は別の事業場としてみなされることになる。逆に、同じ場所にあれば分割することなく一つの事業場とみなされる。

ただし、これには例外もある。例えば下記のようなケースだ。

  • 場所が離れていても、出張所など著しく小規模で独立性のないものは直近上位の機構と一括して1つの事業場とみなされる
  • 同一の場所にあっても、工場のラインと工場内の診療所のように明らかに労働の様態(業務の種類)が異なる場合は別の事業場とみなされる

従って、就業規則を作成する際は「労働の様態(業務の種類)を十分に確認すること」が重要となる。

10人未満事業場

就業規則は常時10人以上の労働者を使用する事業場で作成が義務付けられている。それでは、常時10人未満の労働者を使用する事業場(以下「10人未満事業場」)はどうなるのだろうか。

前述の通り、「就業規則作成の義務があるか否か」という点でいえば、10人未満事業場には就業規則を作成する法的な義務はない。しかし、冒頭で説明したように、労働者数とは関係なく職場における使用者と労働者の約束ごとを定めることは非常に重要だ。そのため、10人未満事業場であっても就業規則を作成することが望ましいといえるだろう。

現実には、スモールビジネスの10人未満事業場でも必要最低限のルールを定めた簡単な規則を作成しているケースが多い。こういった10人未満事業場が労基法の要件を満たした就業規則を作成した場合、それは「就業規則に準じるもの」と呼ばれる。

就業規則への記載事項

就業規則の記載事項は以下の3つに大別される。

  1. 絶対的必要記載事項
  2. 相対的必要記載事項
  3. 任意的記載事項

この中で重要なのは絶対的必要記載事項で、これのない就業規則は正式には就業規則とは呼ばない。以下で確認してみよう。

■絶対的必要記載事項

絶対的必要記載事項とは、就業規則を作成するうえで必ず記載しなければならない事項だ(労基法第89条第1号から第3号まで)。絶対的必要記載事項がすべて記載されていない就業規則は欠陥規則であり、正式には就業規則とは呼べない。

ただし、絶対的必要記載事項が記載されていない就業規則がまったく無効になるわけではない。もし絶対的必要記載事項で欠けているものがあるときは、その部分は労基法の基準が適用されることになる。

■相対的必要記載事項

相対的必要記載事項とは、その事業場にそのような定めがあるのならば記載しなければならない事項だ(労基法第89条第3号の2から第10号まで)。

■任意的記載事項

任意的記載事項は、絶対的・相対的必要記載事項以外のもので、その事業場で定めのある事項のこと。例えば、福利厚生として事業場が保有しているリゾート施設の利用ルールなどが該当する。「任意的」という言葉からも分かるように、特に規定する必要はないが、定めがないことによるトラブルが発生する可能性があるのならば、簡単にでも定めておくべきだろう。

1998年の労基法改正により就業規則の別規則化が原則自由化されている。別規則化とは、本則のほかに一定の取り決めを別規則化したもので、「退職金規定」などが代表的なものだ。1998年の労基法改正前、別規則化が認められていたのは賃金、退職手当、安全および衛生、災害補償および業務外の疾病扶助だけだったが、現在はどんな内容でも別規則化することが可能だ。

従って、就業規則を作成する際に、任意的記載事項を特に意識する必要はなくなった。就業規則を作成し、それを運営していくうえで、「これは欠けているな」と思われる事項が生じたら、その都度、別規則化するか就業規則を改正すればよい。就業規則は「一度作成したら一定期間は変更できない」というものではない。状況をみて、必要に応じて見直していくほうがより実効性の高い規則となるだろう。

ひとつの就業規則にまとめるか、細かく別規則にするかは、管理面や「分かりやすさ」などを鑑みて、もっとも適した方法にすればよいと考える。

就業規則作成時のルール

3つのルール

就業規則の作成に際して、必ず守らなければならないルールがある。具体的には以下の通り。

  1. 絶対的必要記載事項ならびに相対的必要記載事項を必ず盛り込む(相対的必要記 載事項については定めのある事項に限る)
  2. 労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合(以下「過半数労働組合」)、過半数労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者(以下「過半数代表者」)の意見を聴かなければならない
  3. 作成した就業規則、過半数労働組合などの意見を聴いたことを証する書面を所轄労働基準監督署に届け出ること

過半数代表者の選出

3つのルールのうち、絶対的必要記載事項など就業規則に規定すべき内容は前述の通りだ。ここからは、「作成時に過半数労働組合の意見を聴く必要がある」などの点を解説しよう。過半数労働組合などからの意見聴取については労基法第90条に規定されている。

労働基準法第90条(作成の手続)の概略
  1. 使用者は、就業規則の作成または変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者を代表する者の意見を聴かなければならない。
  2. 使用者は、前条第1項の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。

労働組合は労働組合法に規定される組織で、使用者よりも立場や交渉力が弱い労働者が団結して、適正な労働条件の確保を目指すために組織される。事業場に過半数労働組合がある場合、使用者は就業規則の作成時にその意見を聴かなければならない。

労働組合がない場合、過半数代表者の意見を聴かなければならない。過半数代表者の条件は以下の通り。

  • 監督または管理の地位にある者でないこと
  • 労使協定の締結などをする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手などの方法による手続により選出された者であること

なお、使用者は、労働者が過半数代表者であること、過半数代表者になろうとしたこと、過半数代表者として正当な行為をしたことを理由として不利益な取扱いをしないようにしなければならない(施行規則第6条の2)。

ここで誤解されがちなのは、過半数労働組合などの意見を聴く際、同意も得なければならないと考える使用者が多いことだ。実際は「意見を聴く」ことで足りるため、極端にいえば、作成された就業規則の内容に過半数組合が猛烈に反対したとしても、意見を聴いた事実さえあれば労基法には抵触しない。

ただし、そもそもの目的が、労使のルールを定めて「快適な職場環境を目指す」わけなので、使用者側は過半数組合などからの意見を真摯に受け止め、必要に応じて就業規則を見直す努力をすべきものだろうと考える。

行政官庁への届出

作成した就業規則は、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長に届け出なければならない。また、過半数労働組合や過半数代表者の意見を聴いたことを証する書面も添付する必要がある。その書面には、労働者代表の署名または記名押印が必要だ(施行規則49条)。

行政官庁は、届け出られた就業規則が労基法に抵触していないかなどをチェックし、もし、労基法で定める基準よりも低い労働条件を定める条項がある場合は変更命令を出すことができる(労基法第90条)。

周知義務

作成した就業規則は、見やすい場所に掲示したり、備え付けたり、書面を交付するなどの方法で、常に労働者が内容を確認できるようにしなければならない。

就業規則の効力発生の時期については、一般的に「就業規則が労働者に周知された時点」と考えられている。常時使用する労働者が10人未満の事業場では「就業規則に準じるもの」を作成すると先述したが、この場合も周知された時点で効力が発生するとされている。

就業規則の効力関係

ここで、「就業規則がどの程度の効力を持っているのか」について考えてみよう。労使の関係を規定するものには就業規則の他にも「労働契約」と「労働協約」がある。この2つは以下の内容だ。

  • 労働契約:使用者と労働者個人が交わすもので、採用時などに示される
  • 労働協約:労働組合法に規定されるもので、使用者と労働組合が交わす

これらを効力の強い順に並べると、労働協約→ 就業規則→ 労働契約となる。基本的に労基法などの法令は絶対であるため、効力が最も強いことはいうまでもない。就業規則より労働協約が強いという部分をもう少し掘り下げよう。

労働基本法第92条(法令および労働協約との関係)の概要
  1. 就業規則は、法令または当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
  2. 行政官庁は、法令または労働協約に抵触する就業規則の変更を命ずることができる。

労基法第92条でいう就業規則には「就業規則に準じるもの」も含まれる。また、法令とは労基法などを示し、労働協約とは労働組合法第14条で定めたものを示す。就業規則は、法令や労働協約に反してはならないとしているので、法令や労働協約の効力は就業規則よりも強いということになる。

次に労働契約と就業規則の関係をみてみよう。

労働基本法第93条(効力)の概要
  1. 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

就業規則に定める基準に達しない労働契約は無効とし、その部分は就業規則に定める基準によるとされている。つまり、就業規則の効力は労働契約よりも強いということになる。

就業規則作成の手順

最後に就業規則作成の流れをまとめておく。意見の聴取、行政官庁への届出、労働者への周知など詳細はこれまで説明してきた通りであり、ここでは大筋の流れを説明する。

■現状把握

就業規則を作成する際、まずはじめに事業場の現状を把握する必要がある。具体的には、労働条件に関する事項を中心に整理し、服務規律を定める場合はその内容も検討する。一般的には、労働条件に関する事項、退職金、賞与などに関する事項、服務規律に関する事項をそれぞれ分類してまとめる。労働条件が職種などによって異なるときは、個別の規定が必要なことに注意が必要だ。

■資料収集

次に賃金の一般水準などに関する資料を収集する。労働時間、週休2日制や休日、休暇、定年制、賃金、賞与、退職金などの水準に関する資料は、行政官庁などから収集することができる。

■試案の作成

収集した資料をもとに就業規則の試案を作成する。試案が完成したら、その内容を再度検討しよう。前述の通り、就業規則には必ず記載しなければならない絶対的必要記載事項がある。「絶対的必要記載事項はすべて記載されているか」「労基法などに抵触する点はないか」などをここで確認する。

■意見の聴取→就業規則完成

検討した試案を条文の形にまとめるのだが、この段階で労働者の意見を聴くことを忘れてはならない。

■行政官庁へ届出→社内に周知

以上の流れで形が整ったら、行政官庁に届出て、社内に周知した時点で効力が発生する。

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