『「儲かる仕組み」を つくりなさい』

組織の運用
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小山昇氏は有名経営者

会社経営を始めて、組織を動かし始めるとさまざまな壁にぶつかる。特に従業員に関しては悩みが尽きないはずだ。そんなときには、ヒントになるであろう過去の成功者の本や、悩んでいる経営者の支援するコンサルタントの本を読み、何かヒントを得ようとする。

多くの本で共通なのは、乗り越えなければならない課題があるなら「仕組みをつくって解決する」ことを推奨していることだ。今回は、それをそのままタイトルにしたような小山昇著『「儲かる仕組み」をつくりなさい』を取り上げる。サブタイトルが『落ちこぼれ企業が「勝ち残る」ために』となっている。

本の著者である小山昇氏は、中小企業経営者では知らない者がほんとんどいないのではないかと思われる有名人だ。約20年前の「中小企業のIT(情報技術)活用」がひとつのブームだった頃には、中小企業のITというと必ず小山氏と、その会社である株式会社武蔵野が登場する。

小山氏は、武蔵野の社長になってから「大卒は2人だけ、それなりの人材しか集まらなかった落ちこぼれ集団」を毎年増収の優良企業に育てた。特に注目されたのが、そのユニークな経営手法。ボイスメール、コンピュータ、コールセンターなどのITを早い時期から導入するなどの革新的な経営の一方で、従業員との人間関係、仕事のさせ方には、あっと驚くような仕組みを築き上げている。著者はそれを「儲かる仕組み」と名づけ、快進撃の秘密だという。

儲かる仕組みとは、効果的に社員教育をする仕組み、社員のモチベーションを上げる仕組み、業務を標準化する仕組み、ベテラン社員のノウハウを共有する仕組み、効果的にITを使いこなす仕組み等々で、これらが渾然一体となってシナジー効果が生まれるのだという。

小山氏が社長になってからの株式会社武蔵野は、1999年度「電子メッセージング協議会会長賞」、2001年度「経済産業大臣賞」、2004年度は経済産業省が推進する「IT経営百選最優秀賞」をそれぞれ受賞。2000年、2010年には「日本経営品質賞」を日本で初めて2回受賞している。

株式会社武蔵野のホームページで「売上高・実績」を確認すると、18期連続増収を達成している。

引用:株式会社武蔵野:売上高・実績

武蔵野の仕組みづくり

世間では、たくさん注文を取ってくる営業担当者を「優秀な人材」とすることが多い。だが、営業成績だけを見て評価することは間違いだ。「俺はこれだけ売り上げているのだから、少々のことは大目に見てくれてもよいはずだ」と、わがままな人間が育つことを許してしまうからである。

そういうわがままな社員は、組織が東に向かっていこうとしているとき、一人だけ西を向いていたりする。たった一人でも歩調を揃えない社員がいれば、それは他の社員にも悪影響を与える。皆が同じ方向を向くからこそシナジー効果も生まれる。

人材教育とは、社長と社員との価値観を共有させるための作業に他ならない。言い換えれば、「社長のコピーを何人つくれるか」が人材教育のミッションだということでもある。実際、社長のコピーが多いほど、組織は堅牢になっていく。中小企業の場合は特にそうである。

価値観の多様化を良しとする昨今の風潮の中にあっては、奇異に思えるかもしれないが、経営方針を示すのは社長にしかできない仕事であり、経営責任が取れるのも社長だけである。企業リソースの分散が命取りになる。

著者が人材育成に執着する理由は、人材力を高めることこそが「勝ち残る」ための最良の手段だからである。

20世紀までの株式会社武蔵野は、小山昇という機関車が強力な馬力でもって 360両もの客車 (=社員)を引っ張っていた。21世紀になってからは、それぞれの客車にもモーターがつき、それぞれが「価値観」という名のレールの上を自律的に走るようになった。パワーにパワーが加算され、いまや武蔵野はひたすら猪突猛進している状態である。社長以下全社員が、会社に引き離されないようにと必死でつかまって頑張っている。

著者は頻繁に社員との飲み会を持ったり、インターンと称して社員を出張に同行させるなど、社長が直々社員教育をしている。企業としては、各種勉強会を積極的に開催するなどして、社員の資質を高めている。

しかし、現場の仕事は現場でなくては教えられないということはある。そのため、社長としては、現場の職責上位者がうまく部下を教育してくれることを期待せざるをえない。

ところが、これがなかなかうまくいかない。著者がいくら口を酸っぱくして「部下を教育しなさい、仕事を教えなさい」といっても、新人に対してはともかく、「はい」とは言っても決してやらない。新人が少しでも頭角を現し始めると、とたんに教育を止めてしまう。わざわざライバルをつくって自分の立場を危うくしかねないから、これは当たり前かもしれない。だが、そうはいっても、社長としてはやはり幹部には社員教育をしてもらわなくてはならない。

そこで、「嫌でも教育せざるを得ない仕組み」をつくった。課長職以上の職責者は、年に1度、月末から月初にかけて9日間の連続した有給休暇を取らなくてはならないことにした。しかも、休ませる日は、社長が勝手に決めるのである。

長期休暇を取らせることが、なぜ社員教育になるのか。月末や月初は、給料計算や棚卸しなどで一番忙しい時期である。この時期に休ませて仕事ができないようにすれば、当然人は自分がいなくても業務を回していけるように日ごろから部下を教育するとか、業務の標準化を進めるとかしなければならない。休んでいる間に業績が下がったり、業務が滞ったりすれば、それは本人の責任になり、賞与評価も下がる。だから、長期休暇を取らせて仕事をさせない、つまり、部下に指示を出させないようにすれば効果が出る。

武蔵野に、「インターン」という制度がある。これは著者と常に行動を供にしてもらい、社長である著者の働く姿をつきっきりで見てもらうものである。そのことで社員は「ああ、社長はこういうふうに仕事をしているのだ」と気づく。この気づきが大切である。なぜならば著者の仕事ぶりは、著者の価値観そのものだからである。

これは手間のかかる作業である。しかし、「価値観の共有=人材育成」である以上、その手間を惜しむわけにはいかない。

インターンの対象となるのは、課長職以上の立場にある者、それから新卒の内定者である。泊まりがけで地方出張に行くときも彼らは著者に同行する。新幹線はグリーン車に乗るが、社員も著者の隣の席に座る。「そんなもったいないことを」と思われるかもしれないが、著者は新幹線の中でも、空港の待合室でも仕事をするので、その姿を見せたいと思う。

インターン制度をスタートさせて5年あまりになるが、その効果は上々である。インターンを経験した社員はその後、「営業成績を大きく伸ばした」「仕事への熱意が違ってきた」という。また、インターンを経験した新卒者の退職は非常に少ない。インターンによって、価値観の共有がうながされているなによりの証拠である。

著者は常に、何ごとにもとらわれないように発想することを心がけている。とらわれずに発想することが仕組みづくりの上では、必須の素養になる。

「とらわれずに発想する」とはどういうことか。ここにリスがいたとしよう。このリスを元に自由に発想を広げる場合、多くの人は「リス→スイカ→ カカシ」とか、「小動物→森→木の実」という具合に直線的に連想していくものである。これでは、だれが考えても大差がない結論に落ち着く。

では、著者はどう考えるのか。目の前にある PDAとリスとを結びつけることはできないだろうか、あるいは時計やカメラとはどういう関連があるだろうかと考える。つまり周りから考えていく。物ごとと、その周辺にある異質のものとの関連性を追求する。こういう思考習慣を身につけておくと、ひょんなことから斬新な仕組みも浮かぶのである。これを著者は「ロータリー発想」と呼んでいる。

IT導入に成功した企業のほとんどは、現業を強化する手段としてITを選択している。逆に、自社のウィークポイントをITによって克服しようと考えて導入したところは例外なく苦労している。つまりITは、自社に欠けているものを補ってくれるものではないのである。IT導入を成功させるには「自社の強みをさらに強くする」という発想をもって臨むことが早道である。

もう一つ、IT化に成功した企業に共通する特徴として挙げられるのは、企業としての柔軟性である。ITという新しい道具に対して社内の体制を臨機応変に変えることのできた企業は、やはり成功している。ところがほとんどの企業は、ITは入れても従来の仕事のやり方や仕組みを変えようとはしない。だからうまくいかない。ITを入れるのと同時に、仕事の仕組みを変えるだけの力が必要である。

武蔵野はけっして特別な企業ではない。昨今注目のIT企業でもなければ、はやりのブランドメーカーでもない。本社は東京都の外れ。ダスキンの代理店業務をメインにする、どちらかといえば地味な中小企業である。そんな企業がどうして10年にわたり増収増益を続けられるのか。

理由は簡単である。武蔵野には「増収増益を達成するための仕組み」があるからである。効果的に社員教育をする仕組み。社員のモチベーションを上げる仕組み。業務を標準化する仕組み。ベテラン社員のノウハウを共有する仕組み。効果的にITを使いこなす仕組み等々。

こうしたさまざまな仕組みが渾然一体となってシナジー効果が生まれ、ひいてはそれが「儲かる仕組み」となって作用している。

仕組みづくりのヒント

本書の中には、会社経営を順調に伸ばす仕組みをつくるためのヒントが満載である。もちろん、成長を続ける大手の優良企業で働くひとにとっては、ここに出てくる人材育成にしろ、標準化にしろ、特に目新しいとは思わないかもしれない。この話は、一定以下の規模の会社にとって効果的だと思ってもらいたい。

驚くべきは、小山氏が、ほとんど自分ひとりのアイデアと実行力で、これら一連の仕組み作りをやってきたことだ。

中小企業の経営者の悩みは、大手企業経営者のそれとはまったく別物といって過言ではない。社員の個々の資質への依存度が大きく、リテラシーすら一定レベル以上にするのが困難なのが中小企業の現実だ。IT活用やデジタル化を叫んでも、ほとんどの中小企業で導入に失敗するのは、こういった中小独特の事情によるところが大きい。

小山氏が会社経営で突き当たった壁と、それを突破するための仕組み作りの物語は、多くの中小企業経営者の、生きた教科書となるに違いない。

なお、この本が出版されたときの株式会社武蔵野は、10年連続の増収増益を達成したいたようだ。前述の通り、それ以降も伸び続け、18期連続増収を達成している。

目次概略

小山昇著『「儲かる仕組み」をつくりなさい~落ちこぼれ企業が「勝ち残る」ために』の目次概略は以下の通り。

  1. 人材育成のための仕組みづくり
  2. 円滑な組織運営のための仕組みづくり
  3. 強い経営、強い組織のための仕組みづくり
  4. 効果的なIT活用のための仕組みづくり
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