250万部も売れた新書
樋口裕一著『頭がいい人、悪い人の話し方』は、売れに売れた新書である。250万部だそうだ。著者は、アメリカ文学の翻訳家。作文や小論文の書き方を指導する「白藍塾」を主宰している。本書は、論理的な人とバカな人、その話し方の違いはが何なのかを指摘する。「知ったかぶり」「説教癖」「矛盾に気づかない」などの事例と対策を紹介する。
文章であれば、自分が書いたものを読むことができるが、話すことは、録音でもしない限り自分では確かめることはできない。しかし、話し方一つで相手はいい印象を持つことも、悪い印象を持つことにもなる。自分ではチェックできないのだから恐いことだし、如何ともしがたい。そこで、専門家からこういう点を気をつけなさいというアドバイスは有難いものである。
著者は文章指導のプロであるが、書くことと、話すことには共通点があるという。
人は、話をすることによって、相手の知的レベルを判断する。実際、話し方でバカに見える人は、一緒に仕事をしてみるとわかる。知的に見えるように話すことで、実際に知的になってくるというメリットもある。話し方というのは、まさしく「思考の習慣」なのである。
本書にある「あなたの周りのバカ上司たち」の実例では、色んな人の顔が目に浮かぶ。と同時に、自分はどうだろうかと考えることもある。思わずニヤニヤしながら読み進めてしまう本だ。
会話が苦手な著者ならでは
とかく人の上に立つと、知らず知らずのうちに、次のような話し方をしていることが多い。どうすればそれを自覚できるか。
■道徳的説教ばかりをする
物事は道徳では動いていない。道徳を説教しても、ほとんどの場合、意味がないことを知るべきだ。社会道徳を知らない子どもに話すのは別だが。
■他人の権威を笠に着る
他人の意見を言うだけでは、意味がないということをはっきりと認識しなくてはいけない。自分の意見を言うべきだ。
■自分を権威づけようとする
権威で圧倒するのではなく、説得力で圧倒することをめざす必要がある。知性と権威は基本的には合致しないものである。
■自分の価値観だけですべてを判断する
許せない行動を見ても、頭ごなしに否定するのではなく、本人に「なぜ、そんなことをするのか」という質問をすることだ。
■根拠を言わずに決めつける
「…と思う」で終わらせないで、「なぜかと言うと…」というように、そのあとに必ずそう思った根拠を言うように癖をつける。
■ケチばかりつける
相手の発言にコメントを言う場合、「確かに」という言葉を口癖にするとよい。「確かに、君の言うことには、正しい点がある」と、相手を立てる。
■少ない情報で決めつける
何ごとも「こうだ」と決めつける癖がないか自覚しよう。「別に真相はないのか」と考えてみる習慣をつくるのがよい。
■具体例を言わず、抽象的な難しい言葉を使う
難しい言葉を使うのが知性だと勘違いしている人は少なくない。複雑でわかりにくいことを、わかりやすく説明するのが知性である。
■詭弁を用いて自説にこだわる
屁理屈を言えば言うほど、周囲の人間に愚かさを示しているのだ。詭弁を弄して自分の考えにこだわる必要はない。傷口が広らないうちに。
■矛盾に気づかない
話していて矛盾に早く気づくことだ。しゃべっているうちに、矛盾を感じたら、「混乱してきたので、少し考えさせて下さい」と言って引き下がる。
■難解なことを言って煙に巻く
知的なのは、用語の難しさでなく、内容の深さ、鋭さ、的確さである。生半可な知識は大恥のもと。「井の中の蛙大海を知らず」にならないように。
■知ったかぶりをする
知ったかぶりをしていることを自覚するのは難しい。もしかしたら、話をしている相手が、その道の達人であると想定してみることだ。
さて、絶対に人望が得られない話し方というのがある。それは次のようなものだ。
- 自慢ばかりする
- 強がりばかり言う
- 人の話を聞かない
- おべっかばかりで自分の・意見を言わない
- 感情の起伏が激しい
- 正論ばかりふりかざす
- ありふれたことしか言わない
- ぐずぐずと話して何を言いたいのかわからない
- どんな話題もいつもの話にもっていく
- 差別意識を口に出す
読者にとって一番気になる章は、「こんな話し方では、異性が離れていく」かもしれない。異性の見方というのは、一般には、同性の見方よりもずっと厳しい。だから、異性に嫌われない話し方ができれば、まず同性に嫌われることはないと言っていい。嫌われないことと、好まれることとは必ずしも一致しないが。嫌われるのは次のような話し方である。
- すんだことをいつまでも蒸し返す
- 何でも勘ぐる
- 感情に振り回される
- 優柔不断ではっきり言わない
- 自分のことしか話さない
- 相手が関心のないことを延々と話す
- 低レベルの解釈をする
- 何かにつけて目立とうとする
かくいう著者は話し方のプロではない。小論文や作文の指導はたくさんやってきたが、実は会話にはかなりの苦手意識をもっている。生来、内向的で口下手。人前に出ると、気後れする。頭の回転も速いほうではないようで、しばしば人に言い負かされる。
ではなぜ、本書を書いたか。それには二つの理由がある。
第一の理由は、会話と文章には共通点があるということに気づいたこと。第二の理由は、自分が話し下手だからこそ、周囲の人々の話し方を観察し、見習うべき話し方、反面教師にするべき話し方を勉強できたからである。
「話し方」を考える機会に
Amazonなどの電子書店で、この新書は、「人文・思想」や「常識・マナー」に分類されている。それも間違ってはいないが、人間観察の「ノンフィクション」としても読めそうだ。「そうだよなあ」と思わず笑える事例が満載である。もちろん、自覚するためのワンポイントも含め、実用書らしく構成されているのだが、全体的にウィットに富んでいる。
日本の学校では「話し方」だけをテーマにした授業を見かけない。アメリカのようなプレゼンテーション文化の国の大学には「効果的なスピーチ」といった話し方を教える正規の課目がある。日本の大学では、論文の文章を効果的に書く方法さえあまり教えることはなく、まして話し方など教わる機会はまったくないといっていい。ただ、最近では一部の大学でプレゼンテーションの基礎などを教えているようなので、今後は様子が変わってくるかもしれない。
調べてみると、日本国内には「話し方教室」が非常に多く存在している。それだけ需要があるということだ。社会に出ると、「じょうずな話し方」がその人の成功を左右することが多い。第一印象を良くしたり、説得力を強化する大事なツールが「話し方」なのである。
外資系企業の営業マネジメントには、非常に話のうまい人が多い。聞けば、コミュニケーションの研修を徹底的に受けさせられるという。彼らはそれに自分らしい工夫をして、自分のスタイルを創り上げていく。
例えば、ある知己は、常に起承転結を考えてメモにしていた。「起」から始める場合もあれば「結」を先にいう場合もあるが、話全体が論理的に整理されているので、極めて分かりやすかった。また、別の知己は、必ず要点を3つ以内にしていた。4つ以上の要点を述べても、普通の人間はスッと頭に入らないからだ。
そういえば本書は、タイトルが 『頭がいい人、悪い人の話し方』 なのに、どちらかというと頭が悪い人の話し方が中心で、頭がいい人の話し方の印象が読後に残らなかった。
著者は書くことと話すことに共通点を見出したと言う。それが何なのかの説明はない。文章には、書いた人の人となりが表われるとされる。よく「話すように書きなさい」と教わることがあるが、実際には「書くように話しなさい」のほうが大事なのかもしれない。
社会に出たら極めて重要な「話し方」について、考える機会を与えてくれる本だ。
目次概略
樋口裕一著『頭がいい人、悪い人の話し方』の目次概略は以下の通り。
- あなたの周りのバカ上司:部下から相手にされない話し方
- こんな話し方では、異性が離れていく:だから女性に嫌われる
- 絶対に人望が得られない話し方:こんな人とはつき合いたくない
- こんなバカならまだ許せる:この程度なら被害はない