取締役の義務と責任

組織の運用
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取締役・監査役の職務

スモールビジネスとしての株式会社を立ち上げたとき、まずは自らが取締役に就任して登記を行うのが普通だ。旧商法における株式会社は、最低でも取締役が3人以上で、監査役も1名以上選任する必要があった。その後、会社法ができ、取締役1人でもよく、監査役の設置は任意となった。もちろん、これにも例外があって、取締役を3人以上選任し、取締役会を設置した場合は、非公開会社で会計参与を設置した場合を除き、監査役の選任は必須となっている。

取締役と監査役は何を仕事としているのか。まずはその職務について簡単にふれておきたい。

取締役会と業務執行体制の中の取締役・監査役の位置づけ

上図の通り、組織としての取締役会と業務の「執行」は分離している。取締役会では、代表取締役を含む全取締役で業務を「決定」すると同時に、執行体制を「監督」する役割を担っている。監査役は、この業務の決定・執行・監督のすべてを「監査」する役割を担う。

取締役の立場で考えると、自分の担当職務について代表取締役のもとで「執行」しつつ、会社の方向性について「決定」し、執行体制全体を「監督」することになる。

「決定・監督」と「執行」の分離

取締役の3つ役割について、「決定・監督」と「執行」を分離すべく、実務上の工夫として登場した方向性が2つある。ひとつは「執行役員制度」であり、もうひとつが「指名委員会等設置会社制度」だ。下図でそのイメージを並べてみる。

「決定・監督」と「執行」の分離の考え方

執行役員制度の場合、業務執行を執行役員の地位で行うことになる。この体制にしている会社は多いはずだ。「代表権」は取締役に付すことになる。指名委員会等設置会社の場合は、社外取締役が過半数を占める指名委員会、報酬委員会、監査委員会が設置される。取締役の立場での業務執行は禁止される。こちらの体制の会社はあまり多くない。

取締役の職務

業務の「執行」を分離すると、取締役の職務は「決定」と「監督」の2つになる。通常、取締役会では議事を「決議事項」と「報告事項」に分類しているが、これが決定と監督の内容となる。

■業務執行の決定

会社法が取締役会において決定すべきものとしている事項は、必ず取締役会で決議しなければならない。重要な財産の取得や処分、多額の借入、重要な人事、組織に関する重要事項などがこの「決議事項」に該当する。本来なら取締役会に付議すべきものを付議しなかった場合、役員責任の問題が生じてしまうので、会社の取締役会事務局を担当する部門に確認する必要がある。

■取締役の業務執行の監督

職務としての「監督」の実効性を高めるため、代表取締役と業務執行取締役は、職務の実行状況を3カ月に1回以上取締役会に報告しなければならない。取締役会の議事では「報告事項」に相当する。担当する業務の報告だけでなく、他の役員の報告にも注意し、積極的に発言することが求められる。

監査役の職務

監査役は取締役の職務執行を監査する。定款に特別の規定がない限り、財務諸表だけでなく、業務全般の監査を行う。

■監査役の権限と義務

監査役は、いつでも取締役や従業員に対して事業の報告を求め、会社の業務や財産の状況を調査することができる。また、親会社の監査役は必要に応じ、子会社に対して事業の報告を求め、子会社の業務や財産の状況を調査することができる。監査役の主な権限と義務について以下に列挙する。

  • 一般的な監査権限:取締役の職務執行の監査、計算書類の監査、監査報告の作成
  • 調査に関する権限:事業報告請求権、会計監査人に対する報告請求権
  • 株主総会・取締役等と関連する権限と義務:株主総会や取締役会への説明・報告義務、取締役会の招集権、株主総会提出書類の調査報告義務
  • 監査役の地位に関する権限:監査役人事に関する意見陳述権、監査役報酬に関する意見陳述権
  • 監督是正措置に関する権限:取締役の違法行為差止請求権、各種訴えの提起権
  • その他の権限:取締役・会社間の訴訟代表権、株主代表訴訟に関する提訴請求受領権

取締役の義務

取締役は善管注意義務、忠実義務、競業避止義務および利益相反取引回避義務を負う。以下ではそれらを簡単に解説する。

善管注意義務と忠実義務

取締役の基本的義務とされるものに、「善管注意義務」と「忠実義務」がある。

会社と取締役とは委任関係にあるため、取締役は「善良なる管理者としての注意をもって職務を行う義務」を負う。これを略して善管注意義務という。善管注意義務とはその者が具体的にもっている能力や注意力にかかわらず、その者の職業、その属する社会的、経済的地位等において一般に要求される程度の注意であって、その者の能力に応じた注意とは異なるものだという。この義務に絶対的な基準があるわけではなく、義務違反か否かは裁判で決まる。

さらに、取締役は法令および定款の規定ならびに株主総会の決議を遵守して、会社のため忠実にその職務を遂行する義務、すなわち忠実義務を負う。

善管注意義務と忠実義務との関係は、通説によると、忠実義務は善管者の注意義務を会社について具体的かつ注意的に規定したもので、両者は表現が異なるだけで内容的には特別な差異はないとされている。一般的には善管注意義務は、「取締役が必要な注意を尽くす義務」、忠実義務は、「会社の利益と個人の利益が対立するようなときに、取締役がその地位を利用して自己の利益のために会社の利益を犠牲にしてはならない義務」と考えられている。

競業避止義務

取締役が自己または第三者のために、会社の営業の部類に属する取引をするときは、その取引に重要なる事実を開示して取締役の承認を受けなければならない。これを取締役の競業避止義務という。

取締役はその地位によって、自社製品に関する機密や仕入先・販売先などの人脈、そのほかの経営ノウハウを知る立場にある。その地位を利用して、取締役が会社の利益を害することのないよう、会社の営業の部類に属する取引をするときには、事前に取締役会の承認を受けることとされている。

会社が既に営業を行っている取り引きを取締役が行う場合が競業の典型だが、会社が一定の地域や分野へ進出を決定して準備を進めていた場合には、まだ営業を始めていなくても取締役の競業避止義務の対象となるとされている。

利益相反取引回避義務

取締役が会社の製品その他の財産を譲受け、会社に対し自己の製品その他の財産を譲渡し、会社より金銭の貸付を受けその他自己または第三者のために会社と取引をするためには取締役会の承認を受けることが必要だ。さらに、取締役の債務を保証し、その他取締役以外のものとの間において会社と取締役との利益が相反する取引をするときも同様。

この規定は、取締役が会社自体との取引を自由に行えると、会社の犠牲において自己または第三者の利益を優先させるおそれがあるので、そのような取引自体を禁止するものではないが、取引をする場合には、取締役会の承認を要することにしたもの。

利益相反取引の対象となる「取締役」とは、利益相反取引を行った時点で判断されるものと解釈されている。過去に取締役であった者や将来取締役になるべきものについては利益相反取引の規制は及ばないと解釈されている。

取締役の会社に対する責任

前述の通り、会社と取締役は委任関係にあり、善管注意および忠実義務を負っている。この2つの義務に違反し会社に損害を与えた場合には、債務不履行により、会社に対しその損害を賠償しなければならない。取締役の権限の濫用防止のため、次の4種類の責任に対する損害賠償が取締役に課されている。

責任の種類賠償責任の金額
■違法配当の議案の提出違法配当された金額
■株主権の行使に関する利益供与  供与した利益の額
■利益相反取引会社が被った損害額
■任務懈怠責任任務懈怠によって生じた損害額  

違法配当の議案の提出

違法な剰余金の配当がなされた場合には、会社または債権者は違法配当金を受領した株主に対して返還請求することができる。しかし、多数の株主に返還請求の訴訟を提起することは訴訟手続や費用の点からも実際上困難であり、結局会社は違法配当に相当する損失を受けることになる。そこで、取締役に連帯責任を負わせ、会社の資本維持を図ろうとするもの。

違法な剰余金の配当に関する職務を行った業務執行取締役または執行役および所定の議案提案取締役または執行役は、会社に対して交付した金銭等の帳簿価額に相当する金額の賠償責任を負う。

株主権の行使に関する利益供与

旧商法では、総会屋の撲滅を目的として、会社は、誰に対してでも、株主の権利の行使に関して財産上の利益を供与することを禁止する規定を設けた。したがって、これに違反して財産上の供与がなされたときには、その供与を受けたものは会社にこれを返還しなければならないが、その実現は容易ではない。そこで、この返還義務について、当該財産上の利益供与をした取締役およびそれが取締役会の決議に基づいて行われた場合は、決議に賛成した取締役および議案を提案した取締役に対して連帯して弁済する共同責任を認めた。

当該利益を供与した取締役は無過失責任だが、それ以外の関与した取締役はその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合には責任を負わない。

利益相反取引

これは、取締役が会社法(356条1項2号)の規定を遵守し取締役会の承認を得て自己取引した場合の規定。たとえ取締役会の承認を得て自己取引したとしても、結果的に取締役の責任不履行などにより会社が損害を被ることがある。このような場合には、その取引をした取締役のみならず、当該取引を承認した取締役に対しても連帯してその損害を賠償する責任を負わせたもの。

任務懈怠(けたい)責任

旧商法では、委員会設置会社以外の会社について法令・定款違反行為に係る責任が規定されていたが、会社法では、機関設計にかかわらず任務懈怠責任として整理された。これは、取締役は会社と委任関係にあるため、善管注意義務・忠実義務を負っているという前提で、その任務を怠ったことにより会社に損害を与えた場合に責任を負うもの。この場合、他の取締役も損害賠償責任を負うときには連帯責任となる。

取締役の第三者に対する責任

取締役は、会社以外の第三者である株主又は会社債権者等に対しても責任を負う。取締役の第三者に対する責任として、損害賠償責任と、株主代表訴訟について簡単に述べておく。

第三者に対する損害賠償責任

取締役がその職務を行うにあたり、悪意または重大な過失があるときは、その取締役は第三者に対しても連帯して損害賠償をしなければならない。

取締役は会社とは委任関係にあり、ここまで述べてきたとおり、取締役は会社に対しては善管注意義務、忠実義務および個別の賠償義務があるが、第三者に対しては特別の関係を有していない。したがって、取締役がその任務懈怠により第三者に損害を被らせたとしても、不法行為である場合以外は、当然に損害賠償の責めを負うものではない。

しかし、取締役の職務執行は第三者との間において重要な影響を与える場合があり、不法行為の規定のみでは不十分であるので、取締役の第三者に対する責任を会社法で規定している。ただし、取締役は広範な職務執行を要し、過度な責任を求められるものではないため、悪意または重過失の場合に取締役の責任は限定されている。

株主代表訴訟

取締役の会社に対する責任は本来、会社がその責任を追及すべきだが、会社がその追及をしない場合、個々の株主が会社に代わって会社のために取締役の責任を追及することができる。これが「株主代表訴訟」で、この訴訟を提起できるのは6カ月(定款で短縮可)以上引き続き株式を有する株主だ。

株主は一律13,000円の裁判所に納める手数料で代表訴訟を提起することができるようになった。これにより株主は株主としての権利を行使し、代表訴訟を提起しやすい基盤が確保された。

ただし、会社法においては、責任追及等の訴えが当該株主もしくは第三者の不正な利益を図り、または、当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合には、その訴えは却下されることになった。

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