360度人事評価のポイント

組織の運用
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360度人事評価のメリット

360度人事評価は、管理者である上司だけでなく同僚や部下、他部署の社員などによって多面的に従業員を評価する方法のことだ。取引先や顧客の声も評価として抽出されることもある。

少し前に公開したコラムの冒頭で、最近の人事制度についてこんなことを書いた。

2021年に、今さらながら脚光を浴びている人事制度・雇用制度に「ジョブ型」と呼ばれるものがある。欧米で一般的な「ジョブ型人事制度」は、雇用契約時に職務や勤務条件などを明記した「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」が交わされ、ある特定分野のプロとして働くことになる制度だ。

引用:人材を”人財”にする人事制度を考える

環境の変化に伴い、人事制度や雇用制度が見直されている。その結果、人事評価制度の見直しを行なう企業が増えている。昔からやっていた職務や勤続年数を基にした単純な評価が困難になってきたからだ。

さらに、評価者としての管理職は、現場の実務と人材管理の仕事を兼務することで過剰な負担を強いられるようになった。複数の人間で人事考課を行う360度人事評価は、こうした管理職の負担を少し分散することで和らげる効果もあるという。

不公平是正の解決策だった

360度人事評価は、そもそも管理職(上司)の負担を軽減するために生まれたたものではない。

通常、人事考課は上司が部下の仕事や勤務態度を評価する形で行われる。部下の評価を上司が行い、上司の評価をその上司が行うのが、一般的な人事評価の方法だ。しかし、ここで問題となるのが、上司による部下の評価が必ずしも客観的な視点で行われずに、上司の評価不満を持つ社員もいること。本来、あるべきことではないが、管理職の中にはいまだ「好き嫌い」で人事評価を行ってしまう人が存在するのは事実。

上司の評価に不満を持つ部下は、それに対して我慢を強いられることとなる。その結果、仕事に対するモチベーションは徐々に失われ、社員のやる気を損なう原因となってしまう。こうした事態に対する解決策として考えられたのが、360度人事評価といわれる人事評価方法だ。上司だけでなく同僚や部下、他部署の社員などによって多面的に従業員を評価することで、結果に対する「納得感」を醸成できる。

日本でこの制度が紹介されたときは、多くの米国企業がこの人事評価を取り入れていることと、GE(ゼネラル・エレクトリック)グループでの導入の成功事例がよく引き合いに出されていたと記憶している。

360度人事評価のメリット

360度人事評価とは、上司のみでなく、同僚や部下、ほかの部署、あるいは顧客など、さまざまな評価者による評価を実施する人事評価の方法。さまざまな人から評価されることによって、上司の私的な感情を廃してより客観的な視点による公平な評価が実現されることが期待できる。

360度人事評価を導入することによるメリットとされる点としては、以下の2点が挙げられる。

■公平な評価の実現

従来の人事評価では、評価者である上司の評価能力不足や日常的な部下の行動をきめ細かくチェックすることができないなどの理由から、評価結果に公平感を欠くことが少なくない。その結果として、評価に納得のいかない社員がでてくることもあるだろう。

360度人事評価を導入して、上司以外のさまざまな人物がそれぞれ異なった角度から人事評価をすることにより、従来の人事評価の欠点が解消され、公平な評価が実現される。

■評価者の顔色をうかがわなくなる

360度人事評価では、上司だけでなくさまざまな評価者から評価を受けることになる。それ以前は、高い評価を得るために「上司受けだけ」を狙った行動に出る社員もいた。360度評価の導入によって、評価者である上司の顔色だけをうかがって仕事をするという傾向を抑制し、組織内外の広範な評価者を意識することで、自分の遂行すべき役割や責任を認識させることが可能になる。

問題も起きる

従来の人事評価方式の欠点を補い、より公正で納得のいく評価が可能になるはずの360度人事評価だが、実際にはこれを導入したことで問題が起きた企業もあるようだ。

例えば、顧客に評価者として参加してもらった結果、顧客から高い評価を受けることを目的に顧客の言いなりになったり、値引きを申し入れる社員が現れる、部下の自分に対する評価に上司が腹を立てて人間関係が悪化するなどは、360度人事評価を導入したことによる問題点として挙げらている。また、顧客が繁忙期に手間のかかる評価をさせられることを嫌い、取り引きに支障が生ずるといったケースもああったらしい。

導入検討の事情はさまざまだろうが、安易に360度人事評価を導入してもうまく機能させることはできない。特に360度人事評価は、これまで人事評価を行ったことがない人も評価を行うことが求められるという制度。想定していないリスクが発生すると考えるのが普通だ。従って、この評価制度の導入と運用には入念な準備が必要となる。

360度評価を機能させるポイント

導入理由を明確にする

360度人事評価の導入に当たっては、まず導入の必要性を検討し、導入目的を明確にすることが重要。360度人事評価を導入して効果が見込めるケースとしては、例えば以下のようなものがある。

■組織が変則的で一人の上司だけが評価を行うのが難しいケース

近年は企業組織のフラット化を進めるケースが増えている。また、組織構造を商品別、顧客別、地域別などの機能別にし、例えば地域別かつ商品別などの複数のセグメントからなる組織を組み合わせた指揮系統を持つ「マトリクス組織」を導入する企業もある。

こうしたいわゆるピラミッド型の構造ではない組織の場合、複数の命令系統を持つことも多く、一人の上司によって部下を評価することが難しく、公平性を欠く場合がある。こうしたケースでは、360度人事評価の導入による効果が見込めるだろう。

■上司が部下の仕事を把握できないケース

組織を横断するプロジェクトチーム形式で仕事を進める場合、上司が部下の仕事を把握することが難しくなる。例えば、社長室直属のプロジェクトチームを結成し、各部署から人が派遣された場合、プロジェクトの直属の上司は社長ということになる。

しかし、現実的に考えた場合、社長がプロジェクトチーム一人一人の業務を把握して評価を行うのは困難だ。かといって、本来所属している部署の上司ではプロジェクトチームの仕事を把握できず、部下の評価を公平に行うことは困難。

また、管理職を減らすなどの方策を取っている企業の場合、管理職1名に対して部下の数が多すぎる場合があり業務を把握できないなどのケースが考えられる。このようなケースで無理に上司が部下を評価しても、日常業務を見ていない人からの評価は、部下にとって納得しがたいものになる可能性が高い。

こうした例のように、物理的に、あるいは業務の性質上などの理由で上司が部下の仕事を把握しきれず適正な評価を行えない場合、360度人事評価は効果を発揮するだろう。

■上司の評価能力に疑問符がつくケース

成長企業などでは、組織の急激な拡大にともなって、管理能力や人事評価の経験が不足した人が管理職となっているケースが少なくない。十分な経験を積まないまま押し上げられるような形で管理職となった人の中には、適切な人事評価ができないという人もいる。また、逆に年功序列で役職を与えられることで、人事評価の能力が高くないにもかかわらず評価を行う立場にある人がいる。

このような場合、360度人事評価の導入によって管理職の評価能力を補うことができる。ただし、管理職の評価が信用できないという理由で360度人事評価を導入するのは、管理職という存在の否定にもつながる行為だ。まず研修などを通して管理職の評価能力開発を促進することこそが、真っ先に行うべき施策だろう。

■社員のモチベーションを向上させたいケース

360度人事評価の導入は、上司から評価されるよりも日常的に一緒に仕事をしている周囲の人に評価されるほうが納得がいくという、評価の納得性の向上につながる。また、日頃評価される側が評価する側に立つことで、組織作りに参加しているという意識を社員に持たせることができる。

加えて、日常業務をともにする複数の人に評価されることによって、高い評価を受けるということに対する達成感も高まる。これによって上司一人が評価する以上に社員のやる気へとつながり、評価向上への意欲へとつながる。

■企業文化の形成に役立てたいケース

人事評価の項目として期待される姿勢や行動、規範などを社員に提示することで、会社が社員に対して期待する姿を明示することになる。相互評価を通して 多くの社員が期待される社員像を認識することで、社員の意識づけのきっかけとなるだろう。また、評価結果を社員にフィードバックすることで、上司と部下のコミュニケーションの機会の増大につながり能力開発の機会を提供することができる。

企業が社員に期待する姿を示し、それを社員が相互にチェックし合い、さらにコミュニケーションの機会が増えることで、会社が理想とする企業文化の形成に役立てることができます。

対象者を誰にするか

360度人事評価の対象者は、前述した導入の目的に合致するような勤務体系あるいは職務内容の社員が望ましい。つまり、プロジェクトチームへの参加や他社への派遣によって上司が業務のすべてを把握しきれない社員や、組織形態上の理由で上司の評価の負担が大きくなりすぎることが想定される社員は、360度人事評価の対象者として適している。

ただし、上記の視点で考えると、常に上司と部下がチームを組んで同じ仕事に取り組んでいない限り、上司が部下の仕事を把握することができないということになり、理屈のうえではほとんどすべての社員が360度人事評価の対象者ということになってしまう。これでは、評価基準の均質化やそれにかかる社員教育の負担などの手間が大きくなりすぎてしまうため、導入当初は360度人事評価が特に有効に作用する社員に限定したほうがよいだろう。

職務内容、組織以外にも、360度人事評価の対象者としては、数字による成果が表れにくいため上司による人事評価に不満が出やすく、評価への納得度が低くなりやすい技術・研究部門の社員に対するプロセス評価なども適している。

評価者は誰にするか

360度人事評価による公正な評価を行うためには、適切な評価者を選ぶことが前提となる。適切な評価者を選ぶ判断基準となるのは、被評価者の業務を継続的に見る立場にあるかという点と、被評価者の業務内容や求められている役割について、ある程度知っているかという点だ。

そのため、評価者は少なくとも評価の対象となる期間は被評価者と一緒に仕事をし、その行動をある程度把握できる人物であることが望ましい。

実際に評価者を選定する際には、被評価者と上司が相談のうえで、上記の条件に適合する人を5~10人程度選択するのがよいだろう。上司や会社が評価者を一方的に選ぶ形を取ると評価への納得度が低くなる可能性があり、逆に本人がすべての評価者を選ぶとなれ合い評価が起こる可能性がある。

評価者別の特性と効果

360度人事評価で上司以外に評価者となりえるのは、同僚、部下、顧客、そして自分自身だ。それぞれの評価者ごとの特性を整理してみよう。

■同僚による評価

同僚による評価のメリットは、基本的に被評価者と同レベルの仕事を行っているため、被評価者の仕事内容や処理方法をよく理解しているという点だ。また、同僚という身近な存在であるだけに、被評価者の仕事の進め方やその改善点なども見えやすいといえる。同僚同士が評価者になることで、お互いがどのような仕事をしているかをさらに深く知るきっかけにもなるだろう。これは、組織におけるコミュニケーションの円滑化にもつながってくる。

一方、同僚による評価はなれ合いや足の引っ張り合いを生む可能性もある。友人でありライバルでもある同僚という関係は、評価に感情や恣意が入り込みやすい点に注意が必要だ。

■部下による評価

部下が上司を評価することのメリットは、上司による部下の育成指導の実態が明らかになるという点にある。また、部下の上司に対する不満をうかがい知ることもできるため、上司による部下の育成能力もある程度把握できるだろう。

一方、問題となるのは、部下には上司の仕事は分からないという点。上司が負う責任や役割は、部下の立場からでは深く理解することはできない。そのため、単に「部下にやさしい」などといった安易な基準で評価が行われてしまうこともある。

部下に上司を評価させるときには、評価方法や基準を統一するために十分な評価者研修を行ったうえで、評価の範囲を例えば指導力や部内での仕事の配分能力などに限定して行ったほうがよいだろう。

■顧客による評価

顧客による評価は、非常にメリットが大きい。顧客の場合は、評価者として被評価者の業務対応や改善すべき点を指摘してもらうことで、顧客のニーズも同時に把握することができる。これによって顧客満足へつながる改善が可能になり、被評価者も顧客の声を直接聞くことで顧客に対する意識が高まることが期待できる。また、「顧客の声を業務に反映させる」という姿勢を対外的にアピールする効果もあるでだろう。

ただし、顧客を評価者とするのは顧客にとって負担であるという点には注意が必要です。また、前述したように被評価者が顧客の評価を気にするあまりに言いなりになってしまったり、値引きを申し入れるケースも考えらる。

顧客を評価者とする際には、360度人事評価の主旨を理解してもらえる顧客に限定し、できる限り負担をかけないような工夫をする必要があるだろう。

■自己評価

被評価者の日常の行動を最も詳しく把握しているのは、ほかならぬ本人だ。自己評価は一般的な上司による人事評価の際でも一般的に行われるが、360度人事評価の場合には、自己評価との比較対照となる評価が多い分だけ、自分自身が考えている被評価者の仕事ぶりや成果に対する考え方と、周りが見ている被評価者のそれとの差が見えてきやすい。

本人に何らかの思い込みがあれば、それは他者の評価とのギャップとなって表れる。360度人事評価において、自己評価はほかの評価者による評価の比較対照として重要なものとなる。

■そのほかの評価者

そのほかの評価者としては、例えば取引先や他部署の上司、同僚、経営幹部などが考えられる。他部署との連携が仕事に重要な影響を与える業務ならば他部署の上司や同僚を評価者に加えたり、取引先との日頃の付き合いが密な業務であれば取引先を評価者に加えるなど、業務内容に応じて臨機応変に評価者を選定する。

ただし、顧客を評価者に加える際と同様に、評価者として他社が加わる際には、業務負担や利害関係による評価のゆがみなどに対する配慮が必要だ。

何を評価するのか

360度人事評価は、多面的な立場や視点から評価を行うことによって、人事評価の客観性を確保するという点が導入目的であり、メリットでもある。

こうしたメリットから、360度人事評価を行うのに最も適しているのが「コンピテンシー」の評価だ。コンピテンシーとは、一般的に「高い業績を達成するための行動特性」と定義されている。これは、好業績を上げている社員の行動志向や行動特性を分析し、それを活用することによって各個人の強み・弱みの分析や適材適所への人材の異動、あるいは好業績社員の行動特性を営業手法に取り込むなどの形で活かそうという人事評価システム。

コンピテンシーの把握・分析と評価を行うためには、被評価者の行動を把握することが欠かせない。そうした点で、上司の視点だけから評価を行う一般的な人事評価に比べて、多くの人の視点を通す360度人事評価は、上司による視点の抜けや漏れを補完し、好業績者の行動をより詳細に把握できる方法となる。

勤務態度の評価を行う際にも、360度人事評価は適している。上司に接する態度だけではなく、部下や同僚、顧客や取引先といった日常の業務を協力して推進する人の立場から評価を行うことによって、被評価者の協調性や責任感、規律順守の態度などを容易に把握することができるだろう。

一方、業績や成果は360度人事評価の対象としてはあまり適切なものとはいえない。例えば、売上高などの業績は数字という定量的な形で把握できるものであり、360度人事評価を行うまでもない。また、間接部門など成果が数字に表れない、定性的な評価を行わなくてはならない業務の業績や成果についても、評価者によって視点が異なり、そのために評価にばらつきが発生しやすい360度人事評価を採用すべきではないだろう。

こうした定性的な業務については、例えば上司と被評価者が相談して設定した目標の達成度合いで評価を行う「目標管理」などの人事評価方法のほうが適切だ。

フィードバックが重要

360度人事評価による評価結果は、最後に被評価者にフィードバックすることが重要だ。360度人事評価は、評価制度であるとともに社員のモチベーション向上や自己啓発のツールとしての機能にも期待できる。そのため、評価を受けた自らの良い点や弱点を整理し、今後の改善方法を考えるための場が必要。

評価のフィードバックには、オープンで風通しの良い企業風土の醸成を狙って部署単位などのミーティング形式を取ることもあれば、上司と被評価者による1対1の面接形式で評価を伝える場合もある。

それぞれの現状を理解し、今後の改善策を話し合う場としてはミーティング形式のフィードバックが効果的だが、場合によっては評価者による被評価者の吊るし上げのようになってしまい感情のしこりが残る可能性もある。そうした事態が想定される場合は、1対1の面接形式によるフィードバックを行い、上司と部下が今後の改善策を検討し合う形式を取ったほうがよいだろう。

どのようなフィードバック方法が適しているかは、360度人事評価の導入目的や、今後制度をどのような位置付けでとらえるのかによっても異なる。それぞれの企業に応じて、最適なフィードバック方法を検討する必要がある。

継続して実施することの重要性

360度人事評価は、単発で行うだけでは意味がない。業績評価とは別に毎年1回は行うなどし、評価の変化を時系列的にとらえることで、自分の成長や今後の取り組みに対する「気付き」がうまれる。

360度人事評価の導入当初は、この制度を賃金・賞与・昇進などの査定に用いるよりも、こうした「気付き」を促進するためのツールとして利用するほうが効果的だ。

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