新社会人に贈る本の定番『人を動かす』

賢人に学ぶ
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日本語訳が500万部以上売れた

D.カーネギー著『人を動かす』については、今さら紹介するまでもなく、すでに読んでいるかもしれない。我が家の本棚に3冊ある。同じ著者の『道は開ける』が1冊なのにどうして本書が3冊なのかと思うだろう。

本書は、星の数ほどある名著の紹介ではどこでも必ず挙げられ、実際に邦訳だけでも500万部以上の販売実績を誇るものなので、わざわざ記事にするかどうか少し迷った。しかしやはり「前向き人生~賢人の英知」というカテゴリーを設定している以上、世界に冠たる金字塔である本書を挙げないわけにはいかない。

さて、本書の歴史は古く、訳者あとがきによると、原書は1936年に初版が発行され、1981年の改訂版が出るまでに、世界各国語による訳書を含めて1500万部、年平均30万部以上を毎年売られ続けていた、という化け物だ。邦訳については、1936年の原書初版を底本とした旧版が1958年第一版以来24年間で169刷を重ね、1982年以降の改訂版も以降も版を重ね、我が家の本棚にある一番古いものは、1996年の68刷となっている。

そんな化け物を執筆した知の巨人は、アメリカにおける成人教育、人間関係研究の先覚者とされ、デール・カーネギー研究所を設立、話術ならびに人間関係の新分野の開拓者とされている。人間関係に関する講習会、社員教育に携わる中で適当なテキストが見つからず、やむを得ず自分で執筆することになった。執筆にあたり、あらゆる書物を収集し、実際に各界の名士から談話をあつめ、講習会の教材とした。講習会を重ねる中、増補、改訂を繰り返し、15年後に1冊の本として結実した。

著者の存命中、ずっと続くことになる幾多の増補、改訂を繰り返す中で、内容が磨かれ、その結果として80年以上にもわたり読まれ続けられる人類の叡智の結晶となったのである。そこには「人間関係を築く」という、社会で生を営むものには絶えずついて回る永遠の課題の本質が探り当てられ、現代の我々にとっても、文字通りバイブルである。この「人間関係」というテーマは、社会生活を営む上で避けて通れないものであり、ビジネスに携わっているか否かに関係なく、道徳の教科書として採用されてもおかしくないのではないだろうか。

より良い人間関係構築のために

本書を読んだことのない方であれば、「人を動かす」というタイトルからは、どうやって人を自分の思い通りに意のままに操るか、といったテクニックを紹介する本のように想像するかもしれない。しかし、本書でも述べられているように、人を動かす秘訣は、みずから動きたくなるように気持ちを起こさせることしかない。

もちろん、暴力をはじめとする何らかの強制力をもって意のままに操ることもなくはないが、好ましくない跳ね返りが必ずついてまわる。ではどうすればいいか。

それは、相手が望んでいるものを与えることが唯一かつ、絶対だ。そして人は性の衝動と偉くなりたいという願望だけをあらゆる行動の動機としている。つまり、人間の持つ最も大きな欲望は、重要人物たらんとすることである。ここに三原則があると説いている。

まずは相手を認めること。人を非難するのではなく、相手を理解しようと努めるべきだとカーネギーは指摘する。その方が得策であり面白くもある。さらに同情、寛容、好意も自然と芽生えよう。英国の文学者も「神様でさえ、人を裁くのに、その人の死後までお待ちになる」と言っている。我々には人を裁く権利はない。

そして、重要人物である、ということを認め、率直で誠実な評価を与えること。「どんな人間でも、何らかの点でわたしよりも優れている。わたしの学ぶべきものを持っているという点で」とエマーソンが指摘するように、自分の長所、欲求よりもまずは相手の長所に意識を向けるよう努めることが必要なのである。

人を動かす三原則の最後は、相手の立場にたつ、ということだ。自動車王ヘンリーフォードの言によれば、「成功の秘訣というものがあるとすれば、それは、他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立場からも物事を見ることのできる能力である」。

では相手の立場に立つとはどういうことか。人間の重要な要求の一つに自己主張というものがある。であれば、相手の自己主張を認めてあげることだ。相手の心の中に強い欲求を起こさせることだ。自分で何かすばらしいアイデアが浮かんだとして、そのアイデアを相手に気付かせてあげて、相手が自分で思いつくように仕向けてあげれば、相手は自分が思いついたものとして強い自己主張をするだろう。

「人を変える九原則」についても見てみたい。基本的に著者が述べているのは、人を自分の都合がいいように強制力を加えるのではなく、あくまでも自律的にその人が変わっていくように仕向ける、ということである。著者が挙げている九原則を挙げてみると、

  1. まずほめる。
  2. 遠まわしに注意を与える。
  3. まず自分の誤りを話した後、注意を与える。
  4. 命令をせず、意見を求める。
  5. 顔を立てる。
  6. わずかなことでも、すべて、惜しみなく、心から褒める。
  7. 期待をかける。
  8. 激励して、能力に自信を持たせる。
  9. 喜んで協力させる。

いかがだろう。これらの内容は、どこかのコーチング本だとか、部下の指導法だとかで繰り返し述べられているポイントと重なることに、いづれ気付くだろう。つまり、人間関係というテーマに関する限り、求められているテーマや課題は普遍であり、その解決法にも王道はない、ということを物語っているのではないだろうか。

人の気持ちや態度を改めたいという場合、ほんの一言があるかないかで成功したり失敗したりする。人に対して批判をする場合に、まず褒めておいてそのあとに、「しかし」という言葉を挟み否定的なことを言う、ということがよくある。

本人はあくまでも、批判を和らげようとしているだけなのだが、これが実は逆効果だったりする。「しかし」という否定的な言葉を聴くことにより、その前の褒め言葉でさえも、否定的に捉えられてしまうのだ。さらに、結局は批判したいがための前置きでしかなかったと判断し、褒められたという認識すらなくなり、信頼感すら危うい。

そこで、否定的な言葉は含めず、肯定的に期待の言葉を使うことにより、遠まわしに注意を与える、あるいはほのめかすことで、相手には不快感を与えず、期待に応えようという努力を促すことにつながる、という。

また、人に小言を言わざるを得ない場合には、高圧的な態度は出さず謙虚な態度で、自分は決して完全ではなく、自分も失敗するが、という前置きを置くことで、相手と同じ立場にたったアドバイスとして、不快な思いをせずに受け入れてもらえる可能性が高い。

命令調の言葉も避け、質問の形で言葉をくるめば、気持ちよく受け入れるだけでなく、相手に創造性を発揮させる可能性もある。命令を一方的に与えられるのではなく、命令を発する過程の中に参加させることで、その命令を守ろうという意思が働くのだ。

人を動かすための三原則でも触れたように、相手の立場に立つことは重要であるが、人を変える場合にも、相手の立場に立ち、顔を立てる、ということが重要になる。作家のサンテクジュペリもこう書いている。「相手の自己評価を傷つけ、自己嫌悪におちいらせるようなことを言ったり、したりする権利は自分にはない。大切なことは、相手をわたしがどう評価するか、ではなく、相手が自分自身をどう評価するか、である。相手の人間としての尊厳を傷つけることは犯罪なのである」と。

つまり、相手の人間としての尊厳を最大限認め、その人のいいところを見つけ、誠意をもってそれを褒める。さらに、褒めたことを伸ばす方向で期待をかけることで相手に成長を促す。かのナポレオン一世も意図的にこういったことに気をつかい、自分が制定した勲章を大量にばらまき、主要な大将には元帥という称号をあたえ、自分の軍隊を大陸軍と呼んだという。「勇士を”玩具”でだました」という非難の声にもナポレオンは、「人間は玩具に支配される」という言葉で一蹴したらしい。

著者は、人を変えようとするときに考えるべきポイントとして以下のものを挙げている。

  1. 誠実であれ。守れない約束はするな。自分の利益は忘れ、相手の利益だけを考えよ。
  2. 相手に期待する協力は何か。明確に把握せよ。
  3. 相手の身になれ。相手の真の望みは何か。
  4. あなたに協力すれば、相手にどんな利益があるか。
  5. 望みどおりの利益を相手に与えよ。
  6. 人にものを頼む場合、その頼みは相手の利益にもなると気づくように話せ。

矢沢永吉氏も10回以上読んだ

本書に挙げられている、より良い人間関係を築くための原則のうち一部だけをピックアップしたが、やはり何度読んでもそのたびに気付きがある。他にも原則があるので、ぜひ直接本書を読み直すか、まだ読んでいない場合はぜひとも一読されたい。

インターネット書店を検索すると、上司になったら読む本だとか、よい夫婦関係を築くための本、気配り・心配り、疲れない関係、関係リセット術など、人間関係をテーマとした本はおびただしい数が出版されている。

しかし、この分野の本で扱われているエッセンスは、全て本書で述べられている、といっても過言ではないだろう。人間関係に限らず、全ての自己啓発本の原典とされる本書を読んでからでも他書にあたるのは遅くはないはずだ。新社会人へのお祝いのプレゼントとしても本書はよく利用されている。まずはここから始めて、また悩んだときにここに戻る。そういう内容だ。

かのロックスター、矢沢永吉氏も本書は10回以上読んだと、自著『成りあがり』で告白している。

プレゼントとして贈られたにもかかわらず、本棚の肥やしになっているなら、今からでも遅くはない。本書を読んでみれば、その贈り主への感謝の気持ちも膨らむに違いない。人に対し、感謝の気持ちをもつことこそ、本書の著者、D.カーネギーが我々に残してくれたメッセージなのだから。

目次概要

D.カーネギー著『人を動かす』の目次概略は以下の通り。

  1. 人を動かす三原則
  2. 人に好かれる六原則
  3. 人を説得する十二原則
  4. 人を変える九原則
  5. 幸福な家庭をつくる七原則
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