今は『ビジネス関連発明』
ビジネスにとって特許や著作権は非常に重要なものであることに異論はないだろう。その中でも特に特許の持つ意味は、最大級の価値を有している。それは、特許が排他的権利を持つ「知的財産権」の一種であるからだ。特許を持つ個人や企業は、その特許を利用してビジネスを行う企業に対して対価を要求できる。
もともと、こうした特許は産業技術に限られてきた。しかし21世紀に入ったころ、物理的に明確な形の存在しない「ビジネスの手法」を、「ビジネスモデル特許」として認めるようになり、たいへん話題になった。特許などの知的所有権を国家戦略の基幹に据えている米国の企業が中心となって、積極的にほかの国の企業を特許侵害で訴えるケースが増えたからだ。
スモールビジネスやスタートアップには、斬新なアイデアのビジネス手法を実現し、それによって成功する例が多くみられる。こうした成功者からみると、資金や人材の豊富な大企業の参入が最大の心配ごとになる。同じようなビジネス手法を簡単に再現し、大企業ならではの豊富な人材や資金力を生かして、さらにより精度の高い仕組みを作り上げ、大企業の信用をバックにそのビジネス手法を拡大した例は枚挙にいとまがない。「ビジネス手法」であっても、知的財産権を取得し、こうした事態から身を守りたいはずだ。
実は、ビジネスモデル特許には厳密な定義がない。一般には「コンピュータ・ソフトウェアを利用したビジネス方法に係る発明」に与えられる特許という意味で用いられる。そもそも、ビジネスモデル特許は今ではすっかり聞かなくなった言葉だ。日本の特許庁は、かつてのビジネスモデル特許に近いものを『ビジネス関連発明』としており、その権利取得に関する情報を公開している。
ただし、特許庁のいう『ビジネス関連発明』は、特許庁としての定義があるのではなく、IPC(International Patent Classification:国際特許分類)として「G06Qが付与された特許出願」のことを示しているらしい。
ビジネス関連発明の概要
「ビジネスモデル特許」と呼ばれた時代から厳密な定義がなく、「ビジネス関連発明」として扱われる今でも定義がないのは間違いないが、知的財産権になり得ることは事実。知っておいて損はない。特許庁では、ビジネス関連発明を以下のように説明している。
- ビジネス関連発明とは、ビジネス方法がICT(情報通信技術)を利用して実現された発明
- 特許制度は技術の保護を通じて産業の発達に寄与することが目的。したがって、販売管理や、生産管理に関する画期的なアイデアを思いついたとしても、アイデアそのものは特許の保護対象にならない
- 一方、そうしたアイデアがICTを利用して実現された発明は、ビジネス関連発明として特許の保護対象となる
特許庁では、「ビジネス方法」に「ICTを適用」し、実装することで「ビジネス関連発明」になるということを以下の図で説明している。
注目された契機
ビジネスモデル特許と呼ばれた知的財産権が注目されはじめたきっかけは、米国の「ステート・ストリート・バンク事件」といわれている。
1993年に金融関連企業である米国シグニチャー・ファイナンシャル・グループが、複数の投資信託資金の新しい管理方法として「ハブ・アンド・スポーク方式」を考案し、特許権が認められた(米国特許第5193056号)。それに対し、同様のサービスを提供しようとしていたステート・ストリート・バンクは、「ハブ・アンド・スポーク方式」が特許として的確性を欠くとして法廷に特許無効の申し立てを行なった。それまで、ビジネス手法は特許にならないという考え方が一般的であり、地裁における下級審でも「数字のアルゴリズム(演算式)例外」および「ビジネス手法例外」を理由に特許性が否定されたのだ。
しかし、1998年7月の控訴審では「ビジネス手法に該当するからといって直ちに特許性が否定されるわけではない」とした判決が出され、最高裁判所でもその判決が支持されたことから、大きな話題を呼んだ。判決から、ビジネス方法であっても特許となりうることが明確になったのだ。この判決以後、米国ではビジネスモデル特許出願が急増し、その動きは米国だけでなく、日本や欧州にも広がった。
ビジネス関連発明の出願動向
上述のとおり、米国「ステート・ストリート・バンク事件」が契機となって世界中のビジネスモデル特許出願が急増したのだが、日本ではその後、どうなったのだろうか。
このコラムを書く少し前、2021年8月に特許庁の審査第四部 審査調査室は、「ビジネス関連発明の最近の動向について」という調査報告を公開した。ここで公開されている以下の「出願件数」と「査定件数」の動向グラフによって、日本でのその後が明確に分かる。
2つのグラフの推移には明確な特徴がある。とにかく2000年に出願ブームがあったことは間違いない。これは欧米も同じだが、日本でも件数が突然5~6倍に跳ね上がった。その後は、ブーム後にありがちな急激な減少傾向をみせるものの、10年前の2012年頃から増加に転じており、その後は増え続けている。
この10年の件数増加の背景には、「モノ」から「コト」への産業構造の変化が進む中で、ソリューションビジネスを想定した研究開発が活発化していることが考えられる。また、スマートフォンやSNSの普及に加え、AI、IoT技術の進展により、ICTを活用した新たなサービスが創出される分野(金融分野など)が拡大していることも一因に挙げられる。
なお、下のグラフには「特許査定率」があるが、これは特許査定件数を、(特許査定件数+拒絶査定件数+一次審査後取下・放棄件数)で割ったものだ。グラフから特許査定率は年々上昇しており、最近は65%~70%程度で推移している。この査定率は他の技術分野と同等の値だそうだ。
どの分野が多いのか
ビジネスモデル特許がブームだったころ、主な分野としては、ネットビジネスと金融ビジネス、あとは工程・生産管理・物流などの分野だといわれていた。
2021年8月に特許庁が公開した「ビジネス関連発明の最近の動向について」 では、出願件数が増加に転じた2012年よりあとの「分野別」出願件数の動向が示されている。
上記グラフ、分野別のビジネス関連発明の出願件数の推移を見ると、最も直近である2019年に出願されたビジネス関連発明のうち上位を占めるのは以下の3分野だ。件数も拮抗している。
- サービス業一般:宿泊業、飲食業、不動産業、運輸業、通信業等
- EC・マーケティング:電子商取引、オークション、マーケット予測、オンライン広告等
- 管理・経営:社内業務システム、生産管理、在庫管理、プロジェクト管理、人員配置等
「サービス業一般」には、近年流行しているカーシェアリングサービスや民泊ビジネス等が含まれ、スマホやオンライン上で提供されるサービスの多様化を反映していると考えられる。
「EC・マーケティング」の出願増加は、フリマアプリやネットオークションを含む電子商取引の隆盛と、それに伴うマーケティングや広告ビジネスの活発化が要因と考えられる。
特に高い伸び率を示しているのは「管理・経営」であり、社内の業務システムや在庫管理の最適化に人工知能(AI)を活用する発明が代表例として挙げられる。
上位3分野に続いて出願件数が増加している分野は「金融」だ。ここにはいわゆる「フィンテック」も含まれる。近年はスマホ決済や家計簿アプリといった、ユーザがスマホを介して気軽に受けられる金融サービスが増えている。
第一次、第二次産業関連は、件数自体は少ないが、2013年から2019年にかけて2倍程度に出願が増加しており、幅広い分野でICTを活用した課題解決が図られている傾向がみてとれる。
ビジネス関連発明の事例
かつて「ビジネスモデル特許」がブームだった20年前と、最近の「ビジネス関連発明」の事例をいくつか紹介しておこう。
ブームだった時代の3事例
■Amazonのワンクリック特許
米国特許第5715399号、第5727163号:「非機密性のネットワークを介してクレジットカード番号のリストを通信する方法とシステム」
ビジネスモデル特許の代表的なものだ。米国アマゾン・ドット・コムが保持しているソフトウエアに関する特許で、顧客がインターネット上で買い物をする際に、顧客名、クレジットカード番号、住所などを一度入力すれば、二度目以降の入力が必要なくなる。アマゾンは、同様の仕組みを利用しているネット書店の「バーンズ・アンド・ノーブル」を特許侵害で提訴した。
■凸版印刷のマピオン特許
特許第2756483号:「広告情報の供給方法およびその登録方法」
広告を出したい広告主が、ホームページ上で公開している地図にアクセスし、簡単な操作で広告をサーバーに記録し、同時にユーザーは先ほどの地図にアクセスし、該当建物などをクリックすることにより広告を閲覧できるという仕組み。このビジネスモデル特許を利用して、当時、凸版印刷の関連会社だった「サイバーマップ・ジャパン」が地図情報のホームページ「マピオン」を運営していた。現在は商号変更を経て、マピオン運営者は株式会社 ONE COMPATHとなっている。
■トヨタ自動車のかんばん方式に関する特許
特許第2956085号、第2956086号:「部品納入指示装置」、特許第2956087号:「発注指示カードの管理方法」、特許第2956088号:「発注指示装置」など
「必要なものを必要なときに必要な量だけ」といういわゆる「かんばん方式」を効率よく行うためのコンピューターシステムに関する特許。需要や生産計画、生産量の変動に応じて、発注指示カードの枚数、発行時期などを管理することにより最適な生産・在庫管理を行う。
最近の4事例
■FiNCのパーソナライズ健康アドバイスAI特許
特許第6010719号:「パーソナライズ健康アドバイスAI」
予防ヘルスケア×AIテクノロジーに特化したヘルステックベンチャー株式会社FiNCによるヘルスケアアドバイス領域での特許。歩数、体重、睡眠などのデータから、AI(人工知能)が個々人に助言する。自動記録体組成計の提供、専門家の助言、提携事務の優待利用等を組み合わせ、健康管理を支援。
■ウーバー・テクノロジーズの配車アプリ表示技術特許
特表2017-524195号:「配車アプリで適切な乗車位置を表示する技術」
Uberとして知られるウーバー・テクノロジーズの特許。過去のユーザの乗車位置を記録、交通状況から適切と思われる乗車位置を推薦する。スマホから2タップで配車できる洗練されたユーザインターフェイス。所要時間、概算料金、現在位置の表示から運賃の支払いまでスマホで完結。
■ビデオマッチングの人材マッチング関連特許
特許第6480077号:「人材マッチング装置、人材マッチング方法及び人材マッチングプログラム」
就活生と企業がクラウド上にそれぞれ動画をアップロードし、互いにマッチングする手法における一連の技術。就活生と企業それぞれが最大30秒の短い自己プレゼンテーション動画を用い、直感的かつ効率的なマッチングを行う機能をはじめとして、いいねやフォロー機能、各種スコアリング機能、口頭で話した音声データを字幕化する機能、AI(人工知能)による動画解析を活用したレコメンデーション機能など、一連のマッチングプログラムやそれに付随する各種機能。
■パイオニアの天候状況マップ生成特許
特許第6064045号:「 情報送信装置、天候状況取得システム、サーバ装置、情報送信方法及びプログラム」
カーナビゲーションシステム、カーオーディオなど車載機器に特化した電機メーカーであるパイオニアの特許。簡易な構成で天候情報を適切に生成することを可能にする一連の技術。自動車など移動体のワイパーの画像に基づいて、天候情報を生成し、位置情報とともにサーバへ送信。サーバは、天候情報及び位置情報を基に、天候状況のマップを生成する。
AI(機械学習)の影響
従来、特許に取り組んできたのは主として製造業で、それ以外の業種ではさほど重要視されなかった。しかし、ビジネス関連発明は、ビジネス手法に関するものだけに、今まで特許に縁の薄かった流通、小売、サービス、金融など、あらゆる業種が取り組むべき課題となるものと考える。
また、従来の特許であれば、おおむね同業他社の特許動向にさえ注目していればよかったが、ビジネス関連発明では業種を超えた企業がライバルになる可能性がある。
一方、社内においても、従来、特許を考案する人材はエンジニアが主だったが、ビジネス関連発明は、商品企画やマーケティング担当など、特許出願に直接関わりのなかった部署の人材がアイデアを生み出す可能性がある。
先述の通り、ビジネス関連発明は、「ビジネス手法」に「ICT(情報技術)を適用」したもの。以前と違うのは、ICTを利用するのに、プログラミングスキル等の壁がどんどん低くなっていることだ。最先端のICTのひとつであるAI(人工知能)ですら、今では誰でも容易に、しかも安価に利用できるものとなった。そして、ビジネス関連発明は非常にAIと親和性が高い。
2021年8月に公開された特許庁の「ビジネス関連発明の最近の動向について」でもAI関連のデータがある。最近のAI関連出願件数は下図の通りだそうだ。
ビジネス関連発明はAIと親和性が高く、AIを活用してビジネス上の課題解決を図るケースが増えている。ここでいうAIは主に機械学習のことだ。
このグラフでは、ビジネス関連発明の上位4分野を抜き出してある。AI関連発明の出願件数をみると、いずれの分野においても、2015年以降、AI関連発明が増加していることが分かる。特にAIの適用が目立つ分野は「管理・経営」であり、対象の予測、最適化をAIによって実現する発明が増加しているものと考えられる。