みなし労働時間制と裁量労働制

組織の運用
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賃金に関わる制度

学生のときのアルバイトは労働時間に対して時間給で支払われるのが普通だ。これは社会に出ても原則として同じなのだが、職種によっては「裁量労働制」とか「みなし労働制」で賃金が支払われることがある。特に、営業職や研究職の求人募集要綱に記載されていることが多い。

就職するにしても転職するにしても、賃金に関わる制度の基本を知っておかないと、業務量と賃金について誤った判断をしてしまう場合もあるだろう。今回は「みなし労働制」「裁量労働制」について述べてみたい。なお、この2つは違うのかというとそうではない。おおざっぱに言えば「裁量労働制」は法律上の名称で、「みなし労働時間制」はこれを含む総称と考えるとよい。

みなし労働時間制とは、就業規則に定める労働時間(所定内労働時間)や実際の労働時間に関わらず、「あらかじめ定めた時間」を労働したものと「みなす」ことができる制度。例えば、みなし労働時間を8時間とした場合、実際には5時間しか労働していなくても8時間労働したとみなすことになる。

みなし労働時間制が誕生した背景は、PCに代表されるICT(情報通信技術)の普及、勤務形態の多様化などにより個々の従業員の業務遂行方法が複雑・多様化する中で、上司が個別に指揮・命令するよりも、従業員の裁量に任せて仕事を進めさせたほうが効率的な場合が出てきたからだといわれる。

前述の営業職や研究職を想像すれば、みなし労働時間制のメリットを理解しやすいだろう。外回りの営業担当者が営業に出かけると、外出先でのすべての行動を把握することは不可能だ。その営業担当者がどれだけ一生懸命仕事をしていても、あるいはサボっていても詳細には把握できない。

また、営業担当者は顧客に合わせたアポイントのために、自分の会社の就業規則が定める労働時間の枠の外で働くことがある。営業担当者を間接部門の事務担当者などと同じ始業時刻、労働時間で処遇しようとすると無理が生じる。そこで、労使の話し合いによってより効率的な就業体系の実現を目指す制度としてみなし労働時間制が登場した。


みなし労働時間制の種類

おおざっぱに言えば「裁量労働制」は法律上の名称で、「みなし労働時間制」はこれを含む総称と考えるとよいと書いた。実は「みなし労働時間制」には以下の3つの種類があり、その総称だ。

  • 事業場外労働の「みなし労働時間制」
  • 専門業務型裁量労働の「みなし労働時間制」
  • 企画業務型裁量労働の「みなし労働時間制」

これらの中で特に注目されるのは、上記3つのうち最後に登場した企画業務型裁量労働の「みなし労働時間制」。法律上の名称にすると「企画業務型裁量労働制」ということになる。注目される理由は、営業職のような「事業場外労働」や、研究職に代表される「専門業務型裁量労働」よりも制度の対象を広げやすいことにある。これによって、間接部門で働く従業員も「みなし労働」の対象とすることが可能となるケースがある。

事業場外労働のみなし労働時間制

事業場外のみなし労働時間制は、外回りの営業担当者など社外(事業場外)で労働することが多く、実際の労働時間を算定することが困難な場合に導入することができる。事業場外のみなし労働時間制では、通常は就業規則で定めた労働時間(所定内労働時間)を労働したものとみなすのが通常。ただし、その業務を終了するために、日常的に残業が必要となる場合は、その点も考慮してみなし労働時間を設定しなければならない。

例えば、企業が就業規則で定める労働時間(所定労働時間)が8時間だとしよう。実際には業務を遂行するために必要となる時間が通常で9時間であったとする。この場合、みなし労働時間は9時間に設定しなければならないことになる。さらに、1日当たり9時間の労働は労働基準法が定める法定労働時間を超えているため、残業手当を支払わなければならない。

事業場外のみなし労働時間制を導入する場合、基本的には労使協定の締結、届出は必要なく、就業規則に定めるだけでよい。ただし、みなし労働時間が会社が定める労働時間を超える場合は、その点について労使協定を交わし、行政官庁(労働基準監督署)に届出する。

事業場外のみなし労働時間制に関する主な留意点は以下の3つ。

  • みなし労働時間は1日ごとに定める
  • みなし労働時間が所定労働時間を超える場合は行政官庁に届出る
  • 法定労働時間を超える残業が発生した場合、残業手当を支払う

専門業務型裁量労働制

次に専門業務型裁量労働の「みなし労働時間制」である専門業務型裁量労働制だ。これは、業務の性質上、その遂行の方法や時間の配分を大幅に従業員の裁量に委ねるのが効率的な業務で導入することがでできる。研究職が代表例だが、専門業務型裁量労働制を導入することができる主な業務は以下の通り。

  1. 新商品、新技術の開発などの業務
  2. 情報処理システムの分析または設計の業務
  3. 新聞・出版事業の記事もしくは放送番組制作のための取材・編集の業務
  4. 衣服などの新たなデザインの考案の業務
  5. プロデューサーまたはディレクターの業務
  6. 広告、宣伝などにおける商品などの内容、特徴などにかかわる文章の考案の業務
  7. 公認会計士の業務
  8. 弁護の業務
  9. 一級建築士の業務
  10. 不動産鑑定士の業務

専門業務型裁量労働制の考え方は、前述した事業場外労働のみなし労働時間制とほぼ同様。つまり、あらかじめ定めた労働時間を労働したものとみなす制度。なお、専門業務型裁量労働制を導入する際には、一定の要件について労使協定を交わし、行政官庁(労働基準監督署)に届け出なければならない。

専門業務型裁量労働 の「みなし労働時間制」は、専門職である従業員が自らの裁量で労働時間を決定できる非常に柔軟性の高い制度だといえる。しかし半面、普通に考えて必要とされる業務に対してみなし労働時間が短いとか、従業員が無理なスケジュールを組みがちなどの問題が起こりやすい。

専門業務型裁量労働 の「みなし労働時間制」を導入した途端、残業が慢性化したり、従業員が体調を崩したりといった問題に対応するため、労働基準法は改正され、行政官庁に届出する内容が増える傾向にある。従業員の健康への配慮を要件として追加しているのだ。

企画業務型裁量労働制

企画業務型裁量労働 の「みなし労働時間制」 は、ここまで説明してきた事業場外労働のみなし労働時間制と専門業務型裁量労働制に続く3番目の「みなし労働時間制」。基本的な考え方はほかの制度と同様で「実際の労働時間に関係なく、定められた一定の時間を労働したものとみなす」というものだ。

前述した通り、企画業務型裁量労働制が注目されているのは、制度の対象を広げられるという理由による。他の2つの制度では難しかった間接部門への適用が可能となるケースがあるからだ。

厚生労働省が公開している企画業務型裁量労働制のパンフレットに、この制度の主旨から導入の流れやそのステップ等々の詳細説明がある。

間接部門まで適用拡大

企画業務型裁量労働制は専門業務型裁量労働制などと異なり、基本的に制度の対象とできる業務が明確に制限されていない。そのため、外回り営業職、研究職などに従事する従業員でなくても、企画業務型裁量労働制の対象にできる場合がある。

この背景には、能力・成果主義の導入がますます活発になった就業環境がある。間接部門といえども生産性の向上が強く求められる中で、企画業務型裁量労働制は、「何時間労働したか」ではなく「どの程度の成果を上げたか」を重視する人事制度を実現できる制度としての期待がある。ただし、すべての間接部門に適用できるわけではなく、一定の条件をクリアする必要がある。

■対象業務

繰り返しになるが、無条件にすべての従業員を企画業務型裁量労働制の対象とできるわけではない。具体的には、以下の業務を担当する従業員を念頭に法律がつくられているようだ。

対象事業場の属する企業の運営に影響を及ぼすもの、または事業場単独の戦略に関する業務
企画・立案・調査・分析の業務
適切に遂行するために、大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務
企業経営者が遂行方法や手段、時間配分について指示をしない業務

対象業務の要件については、労働基準法の改正で見直しされ続けているが、基本的な考え方は変わっていない。極論すると、会社経営に影響を与えるような、重要な企画・立案・調査・分析の業務ということになるだろう。

ここで注意が必要なのは、企画や立案といった業務を個別に考えるのではなく、1人の従業員がこれらの作業を組み合わせ一体的に担当する業務としてとらえなければならないことだ。つまり、ある程度の経験を積んで、一つのビジネスを仕切れるくらいの従業員でなければ、企画業務型裁量労働制の対象とすることはできないということになるだろう。定型業務に従事する従業員を対象とすることはできない。

さらに、仮に要件を満たした従業員であっても、本人の同意がなければ適用対象とすることはできないことに注意が必要だ。

労使委員会の設置と機能

企画業務型裁量労働制を導入するには労使委員会を設置しなければならない。労使委員会は労使それぞれの代表で構成される委員会で、企画業務型裁量労働制の導入要件となっているだけでなく、制度運営に関する事項も決定する。

労使委員会の要件も労働基準法の改正で変更されており、例えば、メンバー選出要件や議決数が緩和されたり、労使委員会の設置を行政官庁に届け出ることが廃止されたりしている。

労使委員会の設置と機能については、上記で紹介した厚生労働省が公開している企画業務型裁量労働制のパンフレットに詳細があるため、そちらを参考にされたい。なお、労使委員会による主な決議事項は以下の通り。

  • 対象業務
  • 対象者
  • みなし労働時間
  • 健康および福祉を確保するための措置
  • 対象者からの苦情の処理に関する措置
  • 同意原則と不同意の場合の取り扱い

みなし労働時間制の意義

能力・成果主義の手段

大手企業を中心に「みなし労働時間制」を導入するところは増えている。背景には、能力・成果主義の浸透があると思われる。「みなし労働時間制」は、業務の評価に基づく能力・成果主義を徹底する手段と成り得るからだ。

しかし、現実を見ると、安易な「みなし労働時間制」の導入が長時間労働につながりやすいことも事実。基本的に業務の割り振りや時間配分を従業員の裁量に委ねられるみなし労働時間制には、業務量の増加や労働者の気質によって、サービス残業の慢性化を引き起こす危険性がある。

「みなし労働時間制」をうまく活用することができれば大きな効果を得ることができるが、その成功の鍵を握るのは、労使委員会の運営や、成果に対する報酬が明確に反映されるシステムの確立にあるといえよう。

就業意識を変える手段

「みなし労働時間制」の導入により、通常は従業員の就業意識が大きく変わる。従来の日本型労働の形態は、集団の中での「和」を優先し、本来の業務よりも周囲の人間関係に心を配り、それが自己実現の目的とすり替えられてしまっていた。ところが、「みなし労働時間制」では、目標設定という上司との「契約」に従って働くことが会社の中での自己実現の方法に成り代わっていく。

社内の人間関係も、部下と上司が一緒になって良い成果を出そうとする姿勢が強くなれば、助言を求め、指導し合うという前向きな関係が醸成されていくというプラス面がある。ただし、これがマイナスに働くと単に目標達成だけに固執するギクシャクした職場になり、必ずしも良い結果につながらない可能性もありえる。要はバランスの問題だろう。

「みなし労働時間制」は、能力を発揮できる従業員にとって報酬や労働時間の短縮の面で好ましい制度といえる。また、これらにも増して労働時間を自己の裁量でコントロールできることが一種のステータスシンボルになることというメリットがある。こうした形に現れない、しかし最大の報酬が従業員の労働意欲を引き出す仕掛けとして機能したとき、その組織は「みなし労働時間制」の導入に成功したといえるだろう。


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