合併実務の重要事項
『M&A超入門』と題したシリーズも5回目。ここまでは、M&A(合併と買収)の考え方に始まり、会社合併の概要、非公開会社の買収、そして買収の監査についてざっと見てきた。今回は合併実務の際の重要事項についてみていこう。合併に伴う法務、税務、人事労務、総務の実務概要だ。
最重要は合併比率の決定
会社合併の実務上の最重要事項は「合併比率の決定」にほかならない。
合併比率とは被合併法人の旧株式1株に対して合併法人の新株式が何株割り当てられるかの比率のこと。具体的には合併当事法人の株式価額をそれぞれ算定して、合併会社(存続する会社)が合併により新株を発行するに際し、被合併法人(解散する会社)の株主が持つ株式1株に対して新株を何株割り当てるかという比率のことをいう。
合併比率を決定するに当たり、合併法人並びに被合併法人の評価を総合的に行わなければならないとされている。ここでいう「総合的な評価」とは、単にその法人が有する資産価値や収益力のみならず、人的資産の評価にまで及ぶ。例えば、ある特殊な分野に強みを持っている、特定の地域に根差している、高度な技術を持つ者が多いといった点が加味されることになる。
ただし、このような点を強調し過ぎると合併比率を自社に優位となるようにするなど、法人の恣意が介入する恐れがある。そのため、評価方法としてはできるだけ客観性を保てるものを採用する。株式未公開会社の合併では、客観的な純資産価額方式によって合併法人並びに被合併法人の株式価額を算定し、その株式価額を基に「総合的な諸事情」を加味して合併比率を決定する例が多数を占める。
仮に「1対1の合併比率によるいわゆる対等合併」をする場合、当該法人の評価額つまり株式価額が同一であることが前提となる。当該法人の株式価額が同一であることは滅多にないため、これを調整する目的で以下の2つの方法を用いる。
- 被合併会社の株式の数の調整(併合や分割)を行う
- 合併時に合併交付金を支払う
なお、株式の数の調整(併合や分割)は、増資や減資と無関係に行うことが可能だ。
もちろん、対等合併ではなく、客観的に算定した株式評価額をそのまま合併比率とするのであれば、上記のような調整は必要ない。
法務:合併契約書
法人が合併するに当たっては、合併契約書を作成し、株主総会の承認を得なければならないことになっている。この合併契約書に記載する事項は会社法に定められている。また、任意で重要事項を記載しておくことも重要だ。詳細を顧問弁護士に相談する際に概要くらいは知っておくべきだろう。例えば「吸収合併」では何を記載するかをざっと眺めてみよう。
会社法で定めたもの
- 合併法人が合併により定款の変更をするときはその規定:合併により授権株数を増加するときには、その増加すべき株式の総数・種類・数/商号の変更/本店所在地の変更/目的の変更/取締役または監査役の員数の変更/株式の譲渡制限規定を新設・廃止/決算期の変更など
- 合併比率:合併法人が合併に際して発行する新株式の総数、種類および数並びに被合併法人の株主に対する新株式の割当てに関する事項
- 合併法人の増加すべき資本の額および準備金に関する事項
- 合併交付金:合併により被合併法人の株主に支払をする金額を定めたときはその規定
- 合併承認株主総会の期日
- 合併期日
- 合併当事法人が合併期日までに利益配当または中間配当をするときは、その限度額
- 合併法人につき、合併に際して就職すべき取締役または監査役を定めたときはその規定
- 被合弁会社の株主に株券を提出させる場合(譲渡制限規定に 関する場合を除く)にはその旨
- 合併法人が合併に際して新株式の発行に代えて保有する自己株式を被合併法人の株主に移転するときは、その株式の総数、種類および数
- 合併法人が合併承認株主総会を要せずに合併をするとき(簡易合併の場合)はその旨
- 合併法人の従来からの役員の任期を本来の任期満了時まで伸長させるときはその旨
任意で記載するもの
会社法上の合併契約書への記載事項は以上の通りだが、そのほかに合併当事法人間において、必要な事項や確認的事項を任意記載事項として合併契約書に記述する。「吸収合併」に関しては下記のようなものとなる。
- 合併の形式:合併当事法人のうち、どの法人が合併法人となり、どの法人が被合併法人となるかを明らかにしておく
- 財産の引継ぎ:合併期日に存在するであろう権利義務一切を引継ぐ旨を現在時点で約束
- 会社財産の善管注意義務:合併契約書締結日から合併期日に至るまでの合併当事法人の財産や権利義務に大きな変動があると、既に決めてしまった合併比率も、その前提を欠き不合理なものとなってしまう。そこで、業務執行および財産管理については、善管注意義務があることをお互いに確認するとともに、財産や権利義務に大きな影響を及ぼす行為を行う場合は、事前に相手と協議を行う旨を規定。
- 従業員の処遇:合併においては、被合併法人の権利・義務が包括的に合併法人に承継されるため、被合併法人の従業員についても引き続き合併法人で雇用するのが一般的。就労条件など細目は調整が必要となる。細目を契約に書くより、双方が協議する旨を規定するほうがベター。
- 役員の選任および退職金の支給:被合併法人の株主の意思を早期に実現するため、合併法人の役員は、合併後最初に訪れる決算に関する定時株主総会で退任することになる。ただし、被合併法人の株主が合併法人の役員が本来の任期満了時まで在任することに同意している場合は、合併法人の役員は、本来の任期満了まで役員を続けることができる。この場合は、合併契約書にその旨を記載。また、合併条件として被合併法人の役員の一部を合併法人の役員に選任する場合には、その旨を記載する。なお、被合併法人の役員のうち退任する役員について退職金が支給される場合、通常、被合併会社の財産への影響が大きいためその旨を合併契約書に記載する。
税務:適格と非適格
合併契約書に関わる「法務」の話の次は「税務」だ。
適格合併と非適格合併
税務上の合併は、被合併法人の資産・負債を簿価で引き継ぐか時価で引き継ぐかにより、以下の2つのどちらかになる。
- 帳簿価額により引継ぐ適格合併:被合併会社において譲渡損益を認識しない合併
- 時価により引継ぐ非適格合併:時価により譲渡したものとして被合併会社の所得計算をおこなう合併
税務上は「非適格合併」の処理、つまり合併は譲渡として課税するのが原則。しかし、それでは経済実態にそぐわない場合があるため、税法の定めた一定の要件を満たした合併については、税務上「適格合併」として特例的処理を認めることとなっている。
「適格」「非適格」は税務上の要件を満たしているかという税務上の区分。従って、会計上は合併をどのように処理しようが自由だが、税務上は以下に述べる方法により処理する必要があり、不一致部分については申告書で調整する。
非適格合併の税務では、原則として、被合併法人の資産および負債を「時価」で合併法人に譲渡したものとして取り扱われる。この場合、被合併法人は合併法人から新株式などを合併時の「時価」で取得し、被合併法人はその株式(出資)を被合併法人の株主に交付したものとするのが法人税法の考え方だ。
その結果、被合併法人の最終事業年度の所得には、合併法人に移転した資産および負債の譲渡損益が含まれることになる。被合併法人が移転した負債には、合併の日以後に申告期限が到来する被合併法人の法人税などが含まれる。
一方、適格合併においては特例が認められている。被合併法人から移転した資産および負債をその最終事業年度末の「帳簿価額」で合併法人は引き継ぐことが可能だ。
この場合、被合併法人は合併法人から株式(出資)を合併時の被合併法人の「帳簿価額による純資産価額」で取得し、被合併法人はその株式(出資)を被合併法人の株主に交付したものとする。合併法人が被合併法人より受け入れた資産および負債の価額は被合併法人の最終事業年度の「帳簿価額に相当する金額」となる。
適格合併の場合、合併法人が評価益を認識しても税務上はその評価益を戻さなければならない。特例的処理とはいっても、帳簿価額での引継ぎが強制されるので、任意での適用はできない。
適格合併の要件
適格合併とは、以下のいずれかの要件を満たした合併で、かつ被合併法人の株主(出資者)に合併法人の株式(出資)のみが交付される合併がこれに該当する。
- 100%完全支配関係にある会社間の合併
- 50%超100%未満の支配関係にある会社間の合併で、従業員の80%以上と事業が引継がれる合併
- 共同事業を営むため従業員の80%以上と事業が引継がれる合併で一定のもの
多くの合併では、配当見合の「合併交付金」や「端数株式処分代金」が発生するが、これらは「株式(出資)のみが交付される合併」の要件を満たす。
資本の部の取り扱い
適格合併は簿価純資産価額が適用されるが、非適格合併の場合は時価純資産価額が適用される。また、非適格合併の場合は利益積立金の引き継ぎは認められない。利益積立金の引き継ぎが認められないため、被合併法人の株主にみなし配当課税が生じることになる。
なお、いずれの合併においても増加資本金は、会計上の処理と同額となり、差額が「資本積立金」となる。
繰越欠損金の取り扱い
適格合併では、被合併法人の合併の日の前7年以内に開始した各事業年度に生じた繰越欠損金を合併法人は引き継ぐことができる。この場合被合併法人の合併する事業年度の欠損金は前事業年度において生じたものとして処理する。
ただし、適格合併であっても、合併法人と被合併法人が合併の日の7年前の日以後、特定資本関係となった場合で、みなし共同事業要件を満たしていない場合には欠損金の一部または全部を引き継げない。なお、さまざまな条件で繰越欠損金の引継ぎが認められることもあるので、ここはぜひ専門家に相談すべき内容だ。
被合併法人の株主
被合併法人の株主は合併により合併法人の株式(出資)やそのほかの資産(合併交付金など)の交付を受けることになる。
非適格合併の場合には、株主に「みなし配当」の課税が行われる。また、株式(出資)のみが合併により交付された場合を除き、税務上の譲渡損益を算出し法人税(法人株主の場合)または所得税(個人の場合)が課税される。
消費税そのほか
合併は、被合併法人の資産が合併法人に移転する取引であり、特に税務上、非適格合併は譲渡として取り扱うことから、消費税が発生する感がある。しかし現実には、適格・非適格を問わず、合併による資産の移転は消費税の課税取引には該当しない。これは消費税の課税取引から合併などの「包括承継」が除かれているため。
ここまでざっと税務を見てきたが、実際の合併に際しては上記に挙げた以外の税務が発生する。税務処理に関する実務は公認会計士または税理士など専門家と相談しながら進めるのがベターだ。
人事労務
合併に際して、労務や社会保険関係の実務が発生する。その概要をみていこう。
労働基準法関係
合併に伴い、退職金や雇用保険の実務が発生する。この先の説明では、合併法人を「存続会社」、被合併法人を「消滅会社」として記載する。
■退職金
退職金の処理は以下3つのいずれかの方法で行う。
- 消滅会社退職時に退職金を支払い、存続会社で一から権利獲得
- 消滅会社退職時に退職金を支払い、存続会社での支給係数は消滅会社勤務分を通算
- 消滅会社勤務期間を通算して、存続会社退職時に支払う
どの方法をとるにしても、従業員に説明して納得を得ることが必須。また、必要であれば、存続会社の退職金規定を見直す。仮に消滅会社に退職金規定がある場合は法定事務となる。
■労働条件の明示
存続会社と消滅会社で労働条件が変わらない場合は、存続会社の就業規則の該当部分を周知徹底すればよい。その際には、実務上は面談のうえ、書面で明示するのがよいだろう。
存続会社と消滅会社で労働条件が異なる場合は、労働条件について従業員の納得を得ることが必須。特に、消滅会社から移った従業員に不利となる場合は注意が必要。労働条件の明示は面談のうえ書面で明示する。
必要であれば、存続会社の就業規則を見直し、労働基準監督署への届け出る。
■労働者名簿・賃金台帳の調製
消滅会社から受け入れる労働者の氏名、生年月日などを記載した労働者名簿を調製する。賃金の計算期間、支払額などを記載した賃金台帳を調整する。
■雇用保険
雇用保険被保険者資格取得届を公共職業安定所に届け出る。消滅会社で雇用保険に加入していた場合には、古い雇用保険被保険者証を添付する。届け出は合併の翌月の10日までだ。
社会保険法関係
健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届を社会保険事務所に提出する。この際、労働者に被扶養者(配偶者や子供など)がある場合には、被扶養者届を添付する。労働者が消滅会社で健康保険、厚生年金保険に加入していた場合には、健康保険証、年金手帳を添付する。新たに被保険者の資格を取得すると、存続会社での賃金に基づき、従業員の保険料が決定されることになる。
健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届けは、合併の日(雇入れた日)から起算して5日以内となっている。
徴収法関係
消滅会社から受け入れる労働者数が多い場合、労働保険料の算定の基礎となる額(単純には税込給与支給総額)が2倍を超えて、計算した保険料が消滅会社の労働者受け入れ前に計算した保険料よりも13万円以上高くなる場合には、増加概算保険料を納付する。
合併の日(要件に該当することとなった日)から起算して30日以内の納付となる。
合併に関する情報開示など
総務的な実務としては、合併に伴う情報開示や、名刺などの印刷物対応、銀行口座の変更、加盟団体への名称変更、郵便物対応などがある。特に大事なのは「情報開示」だ。
情報開示
合併の情報開示については、開示する相手が株主や取引先といった重要な相手先になるため、相手に応じた方法で速やかに正確に実施したい。以下では相手先ごとに概要をまとめておく。
■株主
合併は重要な決定事項であるため、株主の特別決議を必要とするが、実際には合併に関する取締役会の決議があった当日に情報を開示する。
東京証券取引所の適時開示規則では、「上場有価証券に関する権利等に係る重要な事項についての決議または決定の情報(決定事項に関する情報) 」「「経営に重大な影響を与える事実の発生に係る情報( 発生事項に関する情報) 」「重要な会社情報として認められる決算情報( 決算に関する情報) 」「そのほか(株式単位の引き下げなど)」について情報開示を求めている。
もちろん合併は上記「適時開示」に該当するため、速やかな情報開示が必要。上場会社では「情報開示日を決定してから合併に関する取締役会を行う」ことで、情報開示の迅速性を確保している。
■重要な取引先や取引銀行
重要な取引先や取引銀行については、事前に合併についての内諾を取り付けておく。重要な取引先や取引銀行が株主である場合には、ケースによってはインサイダー取引につながる恐れはあるものの、こうした先に合併の事実を伏せたまま実務を遂行することは現実的でなく、困難を伴う。
■従業員
従業員に対しては、合併に関する取締役会の決議後、速やかに情報を開示すればよい。従業員への通知は存続会社、消滅会社を問わず、社内通達で十分だ。
■取引先
通常の取引先への案内は、存続会社と消滅会社はそれぞれ社長名で通知する。消滅会社の通知は取引先に漏れがないように十分に注意する。