ベンチャー投資とその意義
実は、ベンチャー企業として「投資していただく立場」と、経営戦略としてベンチャー企業に対して「投資する立場」の両方を経験している。この経験を通じて、個人投資家や機関投資家、企業で投資を担当する経営者、投資組合を運用するベンチャーキャピタルなど、「投資」を生業とする皆さんと触れ合う機会を得た。
ベンチャー投資は、オルタナティブ投資のひとつだといわれる。オルタナティブ(Alternative)とは、「代替」という意味だ。オルタナティブ投資を直訳すると「代替投資」となる。代表的な投資対象である株式や債券ではなく、「それ以外の資産」への投資全般を指す。具体的には、農産物・鉱物、不動産などの商品、未公開株や金融技術が駆使された先物、オプション、スワップなどの取引が投資対象だ。
今回は、「株式未公開企業への投資」をベンチャー投資ととらえている。従来とは異なる新たな資産への投資であるオルタナティブ投資のひとつとしての「ベンチャー投資」について考えてみたい。
ベンチャー投資の意義
ベンチャー投資の意義として最も大きいと思われるのは、高いリターン(投資収益率)が期待できる点だ。ベンチャー企業の中には、上場企業にはないような、年平均成長率が数倍とか数10倍といった目覚しい成長を遂げるものも含まれている。
また、大きなベンチャー投資を行う別の理由として挙げられるのは、他の資産との相関が低いという点だ。ベンチャー投資のように他の資産との相関が低い資産を投資ポートフォリオに組み入れることによって、投資ポートフォリオ全体のリスクを分散させることができる。さらに新規産業の育成や地域経済の活性化などの意味を持ったベンチャー投資も意義あるものと考えられる。
これらをまとめると、ベンチャー投資の意義は以下の4つくらいになるだろう。
- 高リターンの期待:リスクが大きい分だけリターンが期待できる
- リスク低減効果:上場株式や債券との相関が低いためリスク分散可能
- 地域経済の振興
- 新規産業の育成
ベンチャー投資の方法
ベンチャー投資の代表的な形がベンチャーキャピタルファンド(投資事業組合)といわれるもの。ベンチャーキャピタルファンドによるベンチャー投資のしくみを簡単に説明する。
日本のベンチャーキャピタルによる投資には、以下の2つの方法が存在する
- 本体投資:ベンチャーキャピタル本体からの直接投資
- 組合投資:投資家から資金を募って投資事業組合を設立し、その組合から投資
ここでいう「投資事業組合」とは、米国のベンチャーファンド(基金)で多く利用されるリミテッド・パートナーシップ(LPS)という仕組みを参考にしたものらしい。LPSは、ベンチャーキャピタルが投資資金を仕入れるために作られる組織で、ベンチャー企業投資に理解のある法人や個人から出資金を集め、投資活動の結果生み出された利益を組合員へ配分する仕組みのことだ。
日本では1982年に、現在のジャフコ グループ株式会社(略称 JAFCO)の前身である日本合同ファイナンス株式会社が投資事業組合の第一号を設立したのが始まりといわれ、現在では日本のベンチャーキャピタルの最も一般的な投資方法となっている。
ファンドへの投資と直接投融資
事業会社がベンチャー投資する場合は、本体投資よりも組合投資のほうが一般的。これは本体投資よりも組合投資のほうがリスクが少ないためだ。
本体投資はベンチャー企業の株式や社債などを購入する方法。仮にベンチャー企業の株式を購入し株主となったと想定しよう。投資先のベンチャー企業が、株式公開に代表されるような成功を収めたときには大きな収益となるが、逆に、ビジネスに失敗し倒産などに至った場合には投資金額はまず戻ってこない。
もちろん、別の手段として、ベンチャー企業の社債を購入したり、ベンチャー企業に直接貸し付けをするという方法もある。しかし、社債や融資という手段では、得られるリターンは限定的となり、旨みが少ない。なお、転換社債やワラント債といった株式と連動する債券は、株式と社債の中間的な性質をもっている。これらへの投資であれば社債や貸し付けよりリスクは高くなるが、その分高いリターンが期待できる。
ベンチャーキャピタルファンド
ベンチャーキャピタルファンドは、投資家(組合員)が資金を出し合ってファンド(投資事業組合)を設立し、当該ファンドからベンチャー企業へ投資を行う投資方法。投信や信託銀行の合同口などに近いものと考えればよいだろう。
このファンドを管理し、投資先ベンチャー企業を選定して投資を実際に行うのは「業務執行組合員」。ベンチャーキャピタル会社やベンチャーキャピタリストがこれを行うことになる。
日本のベンチャー投資
一般社団法人ベンチャーエンタープライズセンターは、「ベンチャーキャピタル等投資動向調査」を四半期ごとに公表している。ここで日本のベンチャー投資に関連するさまざまな調査データを入手することができる。
ちなみに、このベンチャーエンタープライズセンター(略称:VEC)は、日本のベンチャー企業の発展を支援するために1975年に通商産業大臣(現在の経済産業大臣)の許可を受けて「財団法人研究開発型企業育成センター」として設立された。
現在は、ベンチャーキャピタル等投資動向調査等の「調査・情報提供」、特定の課題に関する調査研究を通じた「政策提言」、起業家と 支援者の交流を促進するための「起業環境整備」等の起業支援事業活動を行い、意欲有るベンチャー企業の創出と発展を支援している。
2021年8月にベンチャーエンタープライズセンターが公表した「2020年度ベンチャーキャピタル等投資動向速報」によれば、下図の通り、投資金額は2243億円で、前年の2019年に比べて22.4%もの減少になったという。
一方で、2020年度に新規に組成されたファンドの合計は4390億円。こちらは前年比で74.2%もの増加となっている。
ベンチャーキャピタルファンドのメリット
ベンチャーキャピタルファンドへ投資するメリットのひとつは投資対象への「情報収集」能力だ。非公開企業を投資対象とすることを想定すると、公開企業と比べ投資対象に関する情報を収集することそのものが難しい。ベンチャーキャピタル会社やベンチャーキャピタリストといった、その情報収集ノウハウを持った専門家へ任せてしまう方がよいというメリットがある。
また、ベンチャービジネスは、大きなリスクを抱えており、投資先のベンチャービジネスが失敗に終わるケースが少なくない。そこで、ポートフォリオを組んで投資することが、リスク資産への投資には重要となる。いくつかの投資先は失敗に終わってもいくつか大成功を収める投資先があればポートフォリオ全体では成功したことになるからだ。ベンチャーキャピタルファンドによる投資では、このポートフォリオ運用を実現できることがメリットだといえよう。
ベンチャー投資のリスク
リターンのばらつきと低い流動性
ベンチャー投資のリスクとして、投資対象の評価額の変動、つまりリターンのばらつきがあることを忘れてはいけない。
そのほかのリスクとしては、流動性の問題が挙げられる。自由に売買できないということだ。非公開のベンチャー企業の株式を売買する市場は整備されていない。また、投資事業組合からの脱退は、止むを得ない事情がある場合に限られていて、その場合の持分の払い戻しにも制約があるケースが多いという。組合員としての地位を売買することは難しいと考えたほうがいい。
財務的リスクと株式市況
ベンチャー企業は大きな財務的リスクを負っているという点も重要だ。特に起業して間もない「アーリーステージ」と言われるベンチャー企業では、ビジネスの基盤作りに資金を投入するため、収益が期待できるのは数年後という状態であるのが普通だ。財務的に安全であるとは考えにくい。
また、株式市況は比較的好調に推移したかと思うと軟調になったりするもの。プロが投資するファンドでさえ、投資先企業が株式を公開する可能性はそれほど高いものではない。ベンチャー投資は、高リスクであるからこそ高いリターンが期待できることを再認識するほうがいいだろう。
ベンチャー投資のパフォーマンス特性
ベンチャー投資における投資パフォーマンスには、上場株式などとは異なった特徴が多くある。ベンチャーキャピタルファンドを例にみてみよう。
内部収益率でパフォーマンス測定
ベンチャーキャピタルファンドの運用パフォーマンスは、一般に内部収益率 (Internal Rate of Return、略称:IRR)で測る。ベンチャーキャピタルファンドでは、過去の各時点での正確な時価評価額を決めることができないため、公開株式のように時間加重平均で正確なパフォーマンスを表現できない。
そこで、資金の流出入額からパフォーマンスの比較が可能な数値を算出する。米国投資管理調査協会や日本証券アナリスト協会による投資パフォーマンス基準でも、ベンチャーキャピタルファンドのパフォーマンスは内部収益率IRRによる測定が推奨されている。
内部収益率の計算方法は複雑なためここでは割愛するが、表計算ソフト「マイクロソフト・エクセル」では内部収益率を計算する「IRR関数」が用意されているので、現実の計算にはそれほど苦労しないはずだ。
収益は数年後に始まる
一般的に、ベンチャーキャピタルファンドへの投資は、投資成果が現れるまでにある程度の期間が必要だ。ファンド開始後しばらくは、ベンチャー企業へ資金を提供していく時期。最初から経常的に収益が上がってくるものはベンチャー投資としては少ないと考えらる。
資金投入直後は、ベンチャービジネスの基盤を作り、ベンチャービジネスを育てていくことに資金が使われる。この時期にはまだ安定した収益は得られないのが普通だと考えたほうがいい。
ある程度の期間が過ぎ、中期以降になると、投資先企業の中から利益を上げられる企業が現れ始め、株式公開する企業も出てくる。この時期には投資した資金の回収が可能となり、投資家に対して分配金を出せるようになる。つまり、ベンチャー投資の収益は、資金投入後数年後に始まるというのが基本的な考え方となる。