子会社管理の留意点
会社役員として過去に経験したM&Aでは、買収した会社を子会社にしたこもとあれば、上場企業に買収されて子会社になったこともある。つまり、親会社から見た子会社管理の手法も、子会社として親会社から管理される立場としてのさまざまな方法も経験済みだ。
今ではM&Aは普通のこと。親会社が子会社を統括・管理するときのポイントを知っておいて損はない。子会社管理機能としては一般的に以下の6項目が挙げられる。
- 企業グループ全体としての最高意思決定機能の保有
- 資金の調達、維持、蓄積、投資の各機能の保有
- 製品・技術開発の集約化
- 人材開発の集約化
- 管理事務処理の集中化
- 経理規定や会計処理の統一化
■企業グループ全体としての最高意思決定機能の保有
企業グループとしての全体目標と経営基本方針を親会社において決定する。また、各子会社の経営戦略や経営計画の指導・承認を行う。ただし、各子会社は自社の営む事業については、自らの責任で経営を行う必要がある。
■資金の調達、維持、蓄積、投資の各機能の保有
親会社に金融機能を集約し、資金を集中させて効率的な資金運用を行うことが可能になる。また、親会社の債務保証により、子会社が金融機関などから借り入れすることが容易になる。
■製品・技術開発の集約化
日常的な製品の改良や生産技術の向上は各子会社で独自に行う。全くの新製品・新技術の開発は、親会社または直属の研究機関、あるいは子会社を含めた開発チームを組織し、そこで行う。
■人材開発の集約化
従業員の採用や能力開発を親会社において一元的に進めることも可能だ。ただし、各子会社の営む事業分野が多岐にわたる場合は、それぞれの子会社が求める人材が異なるため、子会社が自らの責任で従業員の採用や能力開発を行わなければならない。
■管理事務処理の集中化
親会社に管理事務処理を集中して、管理事務の効率化を目指すことも可能となる。その基盤はコンピュータ・ネットワーク・システム。共通の業務アプリケーションや経営情報の利用が可能となるようなシステムを構築することになる。
■経理規定や会計処理の統一化
企業グループの事業管理や業績管理のために、できるだけ統一した経理規定を作成し、グループ内の会計処理を確立することが必要となる。特に「内部取引処理」「内部監査制度」「連結会計制度」などの規定が重要となってくる。
子会社の管理は上記のように、ヒト・モノ・カネ・情報という「経営資源」のすべてについて実施されるが、特に経理と人事は業種や事業内容を問わないため、関連する留意点を簡単にまとめておこう。
経理に関する子会社管理
会計基準
親会社と子会社の会計処理基準が違う場合、「原則的に統一」しなくてはならない。統一すべきとされているのは、「資産の評価基準」「引当金の計上基準」などで、棚卸資産の評価法や減価償却方法などは必ずしも統一する必要はない。
海外子会社の処理
海外子会社の決算書はその国の通貨で作成されるので、連結決算では円に換算しなくてはならない。このとき、いつの為替レートを使うかが問題となるが、実務的には、決算日の為替レートを用いるのが原則となっている。
連結決算日
連結決算書は、親会社の決算日に合わせて作成することになっているが、親会社と子会社の決算日が異なる場合は、次のいずれかの方法をとることになる。
- 子会社の決算日を親会社の決算日に合わせる
- 親会社の決算日に合わせて子会社が仮決算をする
- 3カ月以内のズレの場合、そのまま連結する
最後の3. を採用した場合、決算日のズレの間に起きた重要な差異や変動は、必要な整理を行ったうえで連結することになる。
連結決算書の利用
連結決算書は、グループ全体の財政状態および経営成績を総合的に報告するもの。連結決算書は利害関係者に対する情報提供を行うことが第一の目的だが、これを作成することで子会社の全体管理にも役立つ。
親会社が上場企業であれば四半期決算での連結、未上場でも大企業では四半期決算や年度決算の連結会計は一般的だ。中には月次決算で連結会計を行う会社もある。なお、グループの業績管理はセグメント別(事業部別、地域別、顧客別など)の情報で管理されるのが一般的。
実務的な課題
連結決算を行う場合、経理担当組織の負担が増加する。作業を円滑に行うためには、子会社の経理担当者に対して連結決算書に関する説明会を開催したり、担当者どうしの連絡体制を整えておくなどの事前準備が必要だ。
親会社の決算期(連結決算期)と子会社の決算期が同じ場合、子会社の決算が遅れがちになることが予想される。スケジュールが遅れる原因としてよく聞かれるのは、子会社の経理担当者の不足、帳簿作成などが手作業であるといった決算体制の不備だという。その対処方法としては、「子会社経理担当者の業務効率やスキル向上の教育」と「会計システム導入」などが考えられる。
そのほかの問題としては「子会社の作成する資料の正確性が十分でない」ケースが見られる。それは、ほとんどが以下の3つの理由によるものだ。
- 子会社の会計システムが税務申告にだけ対応しており、連結資料作成のために十分なレベルにない
- 勘定科目が親会社と子会社で異なっている
- 子会社の経理担当者が連結決算の目的や記載要項をよく理解していない
勘定科目が異なる場合には、その取り扱いを明確にするためにマニュアル化しておくなどの準備も必要になる。正確性に関しては、新規に連結子会社が増えた場合などには、事前に前年度の実績などを用いて予行演習を行い、「どの程度の正確性なのか」を事前に確かめておくとよいだろう。
国際社会における会計基準の整合性
会計基準の相次ぐ改正により国際会計基準との整合性が高まってきているが、依然として日本でしか認められていない会計基準も残っている。例えば、棚卸資産の評価方法は、「原価法」と「低価法」が認められているが、国際会計基準では原価法は認められていない。国際会計基準で認められる「低価法」とは、棚卸資産を期末の時価と帳簿価額を比較して低い方を評価額とする方法。 これに対して「原価法」とは、帳簿価額を評価額とする方法だ。
世の中の流れを見ると、国際会計基準への整合を求められる時代はすぐそこまで来ている。その観点からいえば、現段階で、できるだけ国際会計基準で認められた会計方針を採用することが望ましい。
人事に関する子会社管理
人事に関する基準
子会社の役員人事は以下のようなケースが多く見られる。
- 子会社の取締役人事については、親会社が候補者を決定し、子会社の株主総会で決議する
- 子会社の社長人事は、親会社が候補者を決定し、子会社の取締役会で決議する
様々な会社を調べてみると、実際には親会社の役員が子会社の役員を兼任することが多い。こうすることでグループ全体の経営方針などを親子間で調整できる。ただ、こうした経営方針を現場レベルにまで落とし込むには、役員だけでなく幹部職員を親会社から子会社に派遣する。
人事に関する子会社管理の一般的な基準例としては、以下の事項が挙げられる。
- 子会社の主要な管理職の任命は、親会社の承認を得て子会社社長が行う
- 親会社からの子会社への出向者は親会社の出向規定による。子会社から親会社への出向および子会社間の出向では、子会社に特別の規定がない限り親会社の出向規定を準用する
- 親会社からの子会社への転籍者は親会社を所定の手続きで退社したうえで改めて子会社に雇用されるものとする。子会社から親会社への転籍および子会社間の転籍も同様とする
そのほかの管理規定として、以下の内容を定めておく必要があるだろう。
- 規程の目的
- 子会社、関連会社の定義
- 基本方針
- 運営の基本原則
- グループ企業連絡会規程
- 子会社、関連会社の経理規程
- 子会社、関連会社の管理窓口
社内会議に関しては、規程のいかんを問わず、「親会社の常務会には子会社の社長は同席する」「親会社の幹部会には子会社の役員は同席する」などして、定期的にグループ企業が交流する場を確保する。
なお、賃金規程、退職金規程、就業規則、勤怠管理規程などに関しては、それぞれの子会社または関連会社で自社に合ったものを策定する。
グループ全体の意思統一
人事の側面から、子会社の幹部職員(部長や課長など)との意思の疎通も重要。親会社の経営陣が、以下の内容を説明会などを使って伝えることでグループ全体の意思統一を図る必要がある。
- グループ全体の経営についてどのような方針を持っているのか
- 親会社の経営状況がどうなっているのか
こうした説明会には、子会社の幹部職員クラスに参加してもらう。講師は、通常は親会社の役員または幹部職員が実施し、年に1度くらいは親会社の社長が実施する。親会社の社長が直接話しかけることで、子会社の従業員との距離が気持ちのうえで縮まれば、彼らの業務に対する意欲と責任感を喚起することにつながる。
子会社の従業員は、自分たち子会社の社長が事実上のトップでないことを知っている。親会社の社長は、グループ全体および子会社の経営方針については子会社の社長に命じただけで十分と考えがちだが、グループ全体の意思統一を図るには、グループの全従業員に直接語りかける機会を持つべきだろう。