「リアルオプション」の考え方:後編

経営戦略
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オプションの種類

「リアルオプション」の考え方:前編』の工場新設投資の事例で紹介した意思決定を先に延ばすというオプションは「延期オプション」と呼ばれるが、このほかにもオプションにはさまざまな種類がある。ここでは、例を挙げながら基本的なオプションの種類を紹介していこう。

なお、ここで紹介するオプションの種類、名称、内容(定義)などは、書籍や論者などによって異なる場合があるので、まったく同じではない可能性もあることを注意されたい。

縮小オプション

事業環境などが予想以上に悪化してしまった場合などに、その状況に合わせて事業規模を縮小することのできるオプションのこと。チェーン展開している小売店が、経営環境が悪化した場合に、赤字店舗などを対象として一部の店舗を閉鎖するといったケースは縮小オプションの典型例だ。

撤退オプション

事業環境が著しく悪化してしまい、事業環境の回復が見込めない場合などに、その事業から撤退することのできるオプションのこと。

上記の「縮小オプション」も同様だが、撤退オプションでは、単に「撤退できる」というのではなく、「自社の経営などに与える悪影響を最小限にとどめることによって、撤退しやすい状況を確保しているか」という点が撤退オプションにおける重要なポイントとなる。

例えば、「事前に料金を支払い、1年間に渡ってサービスの提供を受ける」という年間契約の中に「ただし、2カ月前までに解約を申し出た場合、契約を解除することができ、残余期間分の料金は返還される」といった解約条項を盛り込んでおくことは撤退オプションを設けている例といえる。

延期オプション

「リアルオプション」の考え方:前編』で触れた工場新設の例に相当する。将来的に本格的に事業を行うことのできる「権利」のみを確保するなどして、現状では、最終的な意思決定を保留することのできるオプションのこと。

分譲が始まったばかりの新興住宅地に土地を保有している小売業者を考えてみよう。この住宅地で順調に分譲が進めば大きな市場となることから、保有している土地にすぐでも出店したいところだが、分譲が順調に進まずに終わってしまうリスクもある。

この場合において「1年後の分譲の進行状況をみたうえで出店するか否かを決定する」というオプションが保有されていれば、これは「延期オプション」を利用している例になる。

拡大オプション

対象となる事業において市場が拡大するなど自社にとって望ましい状況になった時点で、行使されるオプション。

例えば、工場を新設する際には、予測される需要量よりも高い生産能力を持った工場とするのが一般的だ。これは、需要が予想を上回る量で推移した場合、その需要量にも対応して生産することができるようにしているものであり、「拡大オプション」の例ということができる。

休止・再開オプション

事業を継続することが望ましくない状況に陥ったときに、一時的に事業などを休止したり、逆に事業環境が回復した場合、あるいは回復が期待できる場合に一時休止していた事業を再開することのできるオプションのこと。また、休止・再開といった極端な状況に至らなくても、事業などの規模を拡大・縮小を柔軟に変更することのできる場合も含む。

休止・再開オプションは、需要動向など市場環境の変化が激しい事業にとっては有効性の高いオプションとなる。例えば、リアルオプション的な視点からみると製造業で大流行した「セル生産方式」は休止・再開オプションを備えた生産方式といえる。

工場において大規模な生産ラインを設けている場合は、容易に生産品目や生産量を変更することが難しい。それに対して、少人数の作業者のグループを構成して生産を行う「セル生産方式」は柔軟に生産品目や生産量を変更できる。

前述の縮小オプションや拡大オプションは、これらのオプションが既存事業の規模を「縮小できるか」もしくは「拡大できるか」といったように「一方通行」のオプション。それに対して、休止・再開オプションは「事業環境に応じて、柔軟に事業の規模などを変更することができるか」という「双方向」のオプションである点が縮小・拡大オプションと異なっている。

段階オプション

事業環境の変化などに応じて、意思決定を段階的に行うことのできるオプションのこと。段階オプションは、商業施設の開発や、医薬品事業など大型の投資をともない、かつプロジェクトが長期に渡る事業の場合、有効性が高いオプションとなる。

例えば、大規模商業施設や大型のマンションの開発の場合は「一期工事」「二期工事」といったように段階的に施設開発を行うケースがみられる。これは、まず一期工事分の投資で商業施設やマンションをオープンさせ、実際の集客状況や入居状況などをみたうえで、二期工事を行うか否かを決定することができる段階オプションを保有している例といえる。

リアルオプションを取入れた意思決定

多くの場面で利用可能な手法

ここまでは、新設工場への投資など比較的大型の投資案件を念頭においてリアルオプションの説明をしてきた。もともとリアルオプションは投資案件などを評価する際に用いられてきた考え方であるため、このような評価を行う場合には適した考え方といえる。

経営における重要な活動のひとつが「資金を投入して収益を上げる」ことであるということを考えると、金額の大小という違いはあるものの経営上の意思決定の多くは投資案件に対する評価と同様に考えることができる。

また、『「リアルオプション」の考え方:前編』ではオプションに価値がある前提条件として「不確実性の存在」と「不可逆性の存在」があることを述べた。経営環境の変化が激しい現在では、意思決定に際して不確実性がともなわないケースはほとんどないといえるだろう。また、不可逆性については、「一度決定した内容を変更することができない」というケースは少ないだろうが、決定を覆した場合に、そこに投入した資金などを回収できないという実例は決して少なくないはずだ。

従って、経営における意思決定に際して「オプションの価値を評価する」というリアルオプション的な考え方を取り入れることは有効性が高い。

リアルオプション的視点のメリット

オプションを保有するということの大きなメリットのひとつは、損失発生の危険性を回避できるという点にある。そのため、オプションを持つことによって従来では損失の危険性が高く実行できなかった投資を行うことができるなど、意思決定の可能性を広げることができる。

例えば、『「リアルオプション」の考え方:前編』で示した工場の新規建設おける例では、オプションがない場合は「損失が発生してしまう」として却下された投資案件が、オプションを保有することによって損失発生の危険性を回避しながら、工場新設に対する選択肢を残すことができた。仮に1年後に市場が望ましい規模まで成長した場合、この企業は投資を行い、新規事業に参入することによって新たな成長の機会を得ることができる。

一般的には「リスクとリターンは比例する」といわれ、例えば高いリターンが期待できるようなケースには高いリスクがともなうものだ。しかし、オプションを保有することによって損失発生の危険性を最小にしながら、自社の成長の機会を選択することができるようになる。

また、ここで忘れてはならないのは、オプションは自ら創出することができるものだという点。

例えば、「段階オプション」の説明で紹介した商業施設のケースであれば、二期分の工事を一気に実施することも可能なはず。しかし、工事を二期に分割することによって「段階オプションを創出している」といえる。リスクを回避しながらリターンを最大化するような意思決定を行うためには積極的にオプションを創出することに取り組むことが重要なポイントとなる。

オプション的視点の意思決定の留意点

リアルオプションの本質として「不確実性」のもとで「不可逆的」な意思決定を行う場合に、その決定を「先延ばしにできる自由度」の価値ということを紹介してきた。

ここでいう「先延ばし」とは、責任を追いたくないから、今は意思決定を行わずに『先延ばし』にするといった無責任かつ後ろ向きの「先延ばし」ではない。リアルオプションで示している「先延ばし」とは「より確度の高い意思決定を行うための先延ばし」であり、前述した意味での「先延ばし」とは全く異なるものだ。

このため、リアルオプションにおいては、悪い意味での「先延ばし」となることを避けるためにオプションを行使する(意思決定を行う)タイミングをあらかじめ決定しておく必要がある。この際には、大きく分けて2つの要素がポイントとなる。

ひとつ目は、将来の経営環境の予測を困難にしている不確実な要素を解消できるとき。このような場合は、比較的確度の高い経営環境に対する予測を行うことができるわけなので、適切な意思決定を行うことができるだろう。

もうひとつは、所有しているオプションを変化あるいは喪失させるような要因が発生した場合だ。例えば、新規市場への参入の可否について検討している会社があるとする。その会社は、新規市場の動向について以下の分析をし、新規事業への参入対する意思決定を保留しようとしたとしよう。これは「延期オプション」を保有していることになる。

  • 長期的には有望な市場と考えられるものの、現状での需要動向が不安定である
  • 市場で活動している既存事業者は、自社と同規模の企業が数社活動しているだけであり、自社が参入しても競合他社に伍して一定のシェアを確保できる

このような場合、この会社はオプションを行使するタイミングをどのように設定すべきだろうか。

ひとつは、需要動向が明確になったときが考えられる。例えば、需要が堅調に推移しており、今後も市場の成長することが明確になった場合には「新規事業へ参入する」という意思決定が行われることになる。

また、仮に大手企業が参入した場合、あとから市場に参入しても大手企業に勝ち目がないとすると、大手企業の市場への参入動向もオプションを行使するためのタイミングのひとつとして設定しておくことが重要となる。大手企業が参入した場合には「新規事業への参入は行わない」という意思決定を行うという設定だ。

このように、先延ばしにした最終的な意思決定を行わなければならないタイミングを分析し、事前に決定しておくことが重要になってくる。

「リアルオプション」という言葉は知らなくても、経営における意思決定に際しては同じような考え方を取り入れているという経営者は少なくない。

ただ、言葉を知っているか否かにかかわらず、オプションの価値を明確に常に意識して意思決定を行っている経営者はそれほど多くはないと思われる。また、さらに一歩進んで、意思決定の可能性を広げるために積極的にオプションを創出することを心がけているという経営者はもっと少数ではないだろうか。

「意思決定を良い意味で先延ばしできるオプションを創出する」という考え方を積極的に取り入れることは、経営戦略立案には非常に有益だと思っている。

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