事業承継の「自社株移転」計画策定

計画づくり
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後継者がいないという現実

以前のコラムで国内の企業数は約400万社あり、そのうち98%以上が中小規模の事業者であると述べた。別のコラムでは、圧倒的に数が多いのは小規模事業者で、その多くがオーナー会社であることが分かっているとも書いた。

信用調査会社の使い方』コラムの中で紹介した代表的な大手信用調査会社である帝国データバンク東京商工リサーチは、毎年11月になると、『後継者不在率』調査の発表を行っている。中小規模の会社では以前から後継者問題が深刻だと言われるが、それを実際の数字として調査分析したものだ。

2021年11月22日に帝国データバンクが公開した『全国企業「後継者不在率」動向調査(2021年)』には以下の記載があり、後継者不在率は61.5%。過去10年では最も低い数字だったという。

2021年の全国・全業種約26万6000社における後継者動向は、後継者が「いない」、または「未定」とした企業が16万社に上った。この結果、全国の後継者不在率は61.5%となり、20年の不在率65.1%から3.6ptの改善、4年連続で不在率が低下し、調査を開始した11年以降で最低となった。

引用:帝国データバンク:全国企業「後継者不在率」動向調査(2021年)

2021年11月18日に東京商工リサーチが公開した『2021年「後継者不在率」調査』では、以下の記載があり、後継者不在率が58.6%。前年比1.0ポイント上昇だそうだ。

中小企業での後継者問題が深刻さを増しているが、2021年の「後継者不在率」は58.62%で前年(57.53%)より1.09ポイント上昇した。後継者「有り」の企業でも、「同族継承」が66.7%を占め親族以外の承継が浸透していない。親族以外への承継の遅れが、後継者不在率を押し上げる一因にもなっている。

引用:東京商工リサーチ:2021年「後継者不在率」調査

事業承継計画の立案

後継者問題は「事業承継」の話と深く関わってくる。事業承継には、経営の承継と資産の承継の両方がある。従って、人の面で後継者を誰にするかという問題と、物、金の面で所有株をどのように移転するかという問題の両方の対策が必要となる。

所得と経営が一体となっている「オーナー会社」にとっては、このことがことさら重要。オーナー経営者が事業承継をスムーズに行うには、長期にわたる計画が必要となる。

まず何年で計画を実施するのか、その計画に要する期間の設定からはじめなければならない。5年間で承継対策を終えるのか、10年なのか、さらに長期間かけて実施するのか。それには次のような要因の検討から出発する。

  • オーナー経営者のリタイア(退任)の時期
  • 後継者の育成期間
  • 自社株の移転に要する期間
  • 後継者のブレーン・スタッフの育成期間
  • 今後の経営戦略実施に要する期間

後継者の育成、自社株の移転はいずれも短期間では不可能ということが分かっている。かなりの期間と計画性が必要で、一般には少なくとも10~15年の期間が要求されるといわれる。

5つの事業承継対策

事業承継対策は、まとめてしまえば以下の5つの対策となる。

  1. 後継者の育成
  2. 株価引き下げ対策
  3. 株式分散、移転
  4. 金融資産の増大対策
  5. 安定株主対策

今回は、上記を踏まえて、オーナー会社の「オーナー株式移転」を中心に事業継承対策の考え方をまとめてみる。

オーナーの自社株移転

オーナーの自社株対策は、オーナーの所有している自社株の数量を、生前贈与、譲渡等の方法により減少させ、相続財産としての自社株の数量を減少させる「数量対策」と、退職金等の支給による純資産価額の減少、増資による会社区分の変更、類似業種比準価額計算の基礎となる評価係数の引き下げ等の方法による自社株の評価額を減少させる「評価対策」の2つに大別される。

数量対策

自社株の数量対策全体像をまとめると以下の様になる。

  • 直接対策:生前贈与対策/譲渡対策/併用対策
  • 間接対策:借地権の活用/負担付贈与

それぞれについて少し掘り下げてみる。

直接対策

■生前贈与

後継者への生前贈与は、相続財産としての自社株の数量を減少させ、贈与時点の評価額で自社株を引き継がせることができる。含み資産(土地等)を多く所有している会社では、土地の評価額の上昇とともに純資産価額が増加し、株価は自然に上昇することになる。

例えば、評価額800円の自社株が土地の評価額の上昇等により1200円となった場合、800円の時点で後継者に贈与したとすると、400円の株価上昇による負担を抑えたことになる。

このように会社の業績もよく、自社株の評価額が将来上昇すると見込まれるものであれば、早い時期に贈与することにより、株価の上昇の負担を抑えることができる。

後継者に贈与することによって、資産承継をスムーズにするとともに、後継者育成にもつながる。たとえ後継者の収入が低い場合でも、親からの借り入れにより贈与税の納税資金をまかなえば、ある程度の贈与も可能となる。また、親族の場合は相続時精算課税制度の利用が有効な対策となることもある。

■譲渡

【後継者への譲渡】

社長交代などを機会として自社株を後継者に譲渡する場合、その譲渡時の評価額で譲渡することになる。自社株の譲渡は現金との等価交換取引で、譲渡時点ではオーナーの総財産に変動はないが、換金性のない自社株から換金性のある現預金に財産構成を変えることができる。この現預金を使うことによって総財産を減少させることが可能であり、また運用によって相続税納付資金に充てることも考えられる。

社長交代を機に自社株を譲渡するのは、後継者の経営支配権が安定することになるため、事業承継の上では有効な手段といえるだろう。この際、退任する社長の退職金の支給は、将来の相続税納付資金となる。

従業員である後継者の役員昇格を機会として自社株を譲渡する場合、後継者の退職金をもって自社株の買い取り資金とすることができる。また、後継社長の役員報酬を増額し、この資金で自社株を計画的に買取ることも有効な手段といえるだろう。

【後継者以外の者への譲渡】

従業員に譲渡する場合には、原則的評価方法でなく、例外的評価方法である配当還元価額方式による低い価額で譲渡が可能となり、相続財産を減少させることができる。また、従業員に自社株を保有させることにより、会社への帰属意識を高めることとなる。

従業員に対する譲渡は第三者への譲渡のため、外部へ売却されたり、相続が発生した場合には、その相続人に相続されることになる。これを防止するため、株式の譲渡制限及び相続発生による自社株買い取りの規定を設ける必要がある。

一旦譲渡した自社株をオーナー一族が買い取る場合には、配当還元価額方式ではなく、原則的評価方法によることになる。従業員に対する譲渡については「従業員持ち株会制度」の導入をするとよい。

従業員持ち株会制度とは、自社株の保有を通じて、従業員の会社への参画意識を高め、また一方で従業員の財産形成を助成するという目的で行うもの。一般的には、従業員が毎月の給与から一定額を持ち株会に拠出し、持ち株会を通じて自社株を購入する方法がとられる。

従業員持ち株会に譲渡する場合には、従業員に譲渡する場合と同様配当還元価額による譲渡ができ、それだけ相続財産を減少させることができる。持ち株会ということで、多数の従業員を対象とすることができ、一定の収益が継続すれば、全体の勤労意欲を高めることが可能となり、従業員の就業定着も期待できる。役員に自社株を譲渡する場合は、役員の権限を高めるとともに、経営陣の強化が図られる。

なお、この際、当該株式を配当優先株式といった種類株式に転換することにより、従業員にとって有利な貯蓄の代替とすることも可能だ。

■併用方式

これは主として、後継者に対する自社株対策として用いるもので、後継者の収入状況等に応じ、上述した「生前贈与」と「譲渡」を併用する方式。

間接対策

■借地権の活用

オーナーが地主で、会社が借地人である場合に、相当の地代(相続税評価額の年6%相当額)を収受した後、地価の値上がりに応じて地代を改訂している場合や、無償返還の届け出をしている場合に相続が発生したときの土地の評価は、自用地価額の80%相当額となる。

そのため、自社株の評価は自用地の価額の20%相当額の借地権が法人にあるものとして、純資産価額を算出することになる。この場合、純資産価額計算上、清算所得に対する法人税等相当額(45%)が控除され、株価に反映されるのは20%×(1-0.45)=11%となる。これに対し、当初の相当の地代を据え置くことにより、将来自然発生的に借地権価格を会社へ移転させることも可能だ。

オーナーの後継者の持ち分100%の会社を設立し、その会社に自然発生的借地権を移転すると、この自然発生的借地権は、オーナーの相続財産には含まれず、評価引き下げを行うことができ、結果として後継者への資産承継が可能となる。この場合、後継者の出資した会社は、相当の地代を支払える収益を計上できる実態のある会社でなければならない。

■負担付贈与

負担付贈与は、オーナーが後継者に自社株を贈与し、その条件として、オーナーの自社株の相続税評価額に相当する借入金等の債務を後継者に承継し、返済させるもの。この場合、個人の財産移転となり、自社株(未公開の株式)の評価は相続税評価額となる。そして、後継者が自分の会社にこの自社株を譲渡する。

この場合、自社株の評価は、個人、法人間の譲渡のため時価となる。こうすることにより、後継者は相続税評価額で取得した自社株を、時価で譲渡することになるので譲渡所得税が課税されるが、負担付贈与により承継した債務の弁済は可能となる。

このように、負担付贈与、後継者の会社への譲渡を通じて、オーナー所有の自社株をスムーズに後継者の会社へ移転し、後継者は自社株の譲渡による可処分所得を得ることができる。

しかし、不動産、株式等の個人間の負担付贈与については、債務負担額を対価とした譲渡として取り扱われ、通常の取引価額(時価)より著しく低い額等の負担付贈与が行われた場合には、時価との差額につき、みなし贈与課税が行われる。従って、個人間の土地等、建物等の負担付贈与には注意が必要だ。

評価対策

自社株の評価対策も、上記の数量対策と同じように全体像は以下となる。

  • 直接対策:支出対策/評価係数対策
  • 間接対策:借入金による資産取得/土地等の等価交換

これらを詳細に見てみよう。

直接対策

■支出対策

【退職金】

オーナー会社の事業承継問題は、オーナーが世代交代期を迎えていることから始まる。オーナーがいつ退職してもよい状況にあるといってもよいだろう。事業承継は、後継者に「経営の承継」と「所有の承継」を行うことを意味するが、経営の承継は代表権を後継者に譲ることになる。

オーナーが代表取締役をやめて報酬を2分の1以下にすれば、分掌変更としての打ち切り支給の退職金が法人税法上認められる。これを利用してオーナーが代表権を後継者に譲り、役員退職金を受け取った場合、税法上、次のような利点がある。

  • 所得税課税のうち最も安い退職金課税を享受することができる
  • 上記により会社の資産を個人の資産に転換することを意味し、現預金により、相続税納付資金に充てることも可能
  • 退職金を支払うことにより、会社の純資産は減少し、株式の評価額が下がる
  • 退職金の支払いは、過大な役員退職金でない限り損金に算入され、法人税が軽減される

【死亡退職金】

役員の死亡により遺族に支払われる死亡退職金は、当然、その役員の死亡後に発生した債務だが、株式評価の純資産価額方式の計算に際して、この死亡退職金は、課税時期(死亡時)の負債とされ、資産の価額から控除することになる。従って株式の評価を下げることになる。

国税庁の「相続税の課税対象になる死亡退職金」説明によれば、この死亡退職金はみなし相続財産となり相続税の課税対象となるが、法定相続人1人につき500万円が非課税とされ、非課税枠は1 相続につき500万円×法定相続人の数とされている。

【役員賞与】

類似業種比準価額方式の比準する項目で、1株当たりの役員賞与が評価要素になっていないのが特徴。上場会社は所有と経営が分離しており、株式の評価要素に役員賞与が取り上げられなかったものと推定される。一方、オーナー会社では、所有と経営が分離しておらず、配当金の支出に代えて役員賞与として支出することができる。

利益処分における配当と役員賞与は次の通り、法人税及び所得税の計算上、密接な関係がある。

  • 所得税において、配当金には配当控除はあるが、役員賞与にはそれがない。しかし給与所得計算上、給与所得控除がある。
  • 配当所得に係る源泉徴収税額は原則として20%だが、役員賞与(給与所得)に 係る源泉徴収額には、超過累進税率が適用される。

こういった諸点を考慮のうえ、役員賞与による相続税の節税対策を行うことは、事業承継対策の有効な手段。ただし、これにより不当に相続税額の負担を減少させる結果と認められるときは、同族会社の行為又は計算の否認」が適用される。

■評価係数対策

類似業種比準価額方式の算式の、評価要素を変えることによって、この方式が適用される中会社および大会社の自社株評価を引き下げることができる。

【1株当たりの配当金額についての対策】

1株当たりの配当金額について、オーナー会社が配当金額を支出せず、役員賞与に振り替えることについては前述したが、不当に株式の評価額を減額すると認められる場合には、相続税における「同族会社の行為又は計算の否認」の規定が適用される。従って、配当は上場類似業種の平均配当率を目安として、それ以上は役員賞与として検討すべきだろう。

1株当たりの配当金額は、直前2期間の通常配当の平均値より計算し、特別配当、記念配当等はこの計算の対象に含まれない。通常配当は減配、無配を継続し、利益が増加して増配するときは、特別配当を行い、評価係数を下げることができる。

【1株当たりの年利益金額についての対策】

1株当たりの年利益金額は、法人税の課税所得金額を減少させることが先決。そこで会社の実情に合わせて、役員報酬の引き上げ、退職金の支給等を行い、課税所得金額の減少を図ることが必要だ。

【1株当たりの純資産価額についての対策】

純資産価額方式における1株当たりの純資産価額には、繰延資産(創業費、建設利息、開業費、開発費等)、回収不能見込み債権等は、貸借対照表に記載されていても、財産性がない資産として、計算に算入しない。

類似業種比準価額方式における1株当たりの純資産価額は、貸借対照表の資本の部の金額を発行済株式数で除して、1株当たりの価額を算出するので、次の点に留意する必要がある。

  • 繰延資産は社債発行差金均等償却をしなければならないものを除いて、一時償却を採用する
  • 1年以内の前払費用については、当期の損金に算入できる取り扱いを援用する
  • 資産の評価損(棚卸資産、有価証券、固定資産の評価損)、債権の評価損(貸倒 れ損失)については、事実の発生した年度に損失を計上する

間接対策

■借入金による資産取得

借入金は元本の額で評価され、会社の借入金は株式の評価では純資産価額の計算上、資産の額から控除される。一方、取得した土地・建物は相続税評価額で評価される。

土地等の相続税評価額は、時価の80%程度といわれており、100の借入金で土地を取得した場合、相続税評価額との差額の20(100×0.8)は、純資産評価額を減少させる節税対策とされていた。しかし、課税時期前3年以内に取得した土地や家屋等の価額は、相続税評価額ではなく、課税時期における通常の取引価額で評価しなければならない。

■土地等の等価交換

租税特別措置法に規定する特定事業用の課税の特例を適用して、土地と土地・建物の区分所有とで等価交換する方法だ。

これにより評価額は、土地の評価から土地・建物区分所有の評価となり、建物に対応する部分の評価額を引き下げることができる。

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