組織の危機管理と未然防止【1】

組織の運用
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危機管理マニュアル作成

ビジネスとして「インシデント対応・対処」の支援サービスを提供していたことがある。お客様はかなり大手の企業ばかりだ。対象としたインシデント(事件・事案)にはここでは触れないが、わざわざ外部の支援を受け、それなりの金額を支払うということは、その企業にとって「ある種の危機」だったことの証明になる。

会社が危機に陥るインシデントは、その会社によって異なる。例えば、上場企業であれば不正会計や横領などは致命的だ。製造では品質不正や特許侵害、販売では談合や賄賂、輸送なら事故で会社が危機に陥ることがある。セクハラ・パワハラや機密情報の漏えいも、内容によってはその会社を危機的状況にしてしまう。新型コロナの感染拡大、つまり「パンデミック」では、特定の業種が危機になった。

企業ではなく学校の場合、文部科学省が「学校の危機管理マニュアル作成の手引」を公開している。このマニュアル(危険等発生時対処要領)は、危険が発生した際に教職員が円滑かつ的確な対応を図るため、学校保健安全法に基づき、全ての学校において作成が義務付けられている。以前は、事件や事故、自然災害への対応だけだったものを、近年の学校や児童生徒等を取り巻く様々な安全上の課題を踏まえ、基本的な対応方法や留意点について大幅な改訂が施されているという。

マニュアル作成の意義

企業の危機管理マニュアルの作成は、専門の担当部署を設け、1~2年をかけて議論・検討を重ね、その会社独自のものを作り上げていくのが一般的だ。危機管理マニュアル作成の意義は以下の通り。

  1. 企業内すべての役職員に自社の危機管理について理解させる
  2. 危機管理対策の基本方針・目的・目標・事前準備・緊急対応体制・緊急対応措置などを明確にする
  3. 危機管理対策における責任者、責任部署、担当者などの役割を事前に明示する
  4. 緊急時の行動について、自社の姿勢と考え方を示すことにより、損害が最小限になるように臨機応変な対処ができるようにする
  5. 緊急時の対応に漏れがないように対応内容がチェックできる体制を構築する

要するに、何か起きたの被害をできるだけ小さくするために、体制と手順をあらかじめ決めておき、関係者全員で理解しておきましょうということだ。

マニュアル作成時の留意点

危機発生時における企業・組織の危機対応レベルをひとつの「品質」としてとらえ、危機管理の水準を継続的に維持・向上させるためのマニュアルの作成こそが望ましいといわれている。何か起きてしまったとき、本当に実践可能なマニュアルに必要な要素は以下の5点となるだろう。

  • 読む対象者が明確化され、体系が分かりやすい
  • 読みやすく、分かりやすい
  • 対策方針、対応方針などが明確化されている
  • 継続的改善の支障となる形骸化を防止する工夫がある
  • 拡張性、汎用性を持っている

マニュアルはその会社に合った現実的なものを目指し、あまりに膨大なものを作成しないことが大切だ。同業他社のマニュアルをコピーしても多くの場合、危機発生時には機能しない。また、キングバインダー何冊にもなるマニュアルは、それを読むだけで時間がかかるため、緊急時の行動には向いていない。

実は、危機管理マニュアルの作成過程こそが企業においては重要。自社の危機に関係する当事者間での活発な議論や検討が、危機管理に対する認識や意識を高めることになるからだ。

危機は予期せず起こり、危機的状況は千差万別。また、危機発生時には事態が刻一刻と変化していくため、常に臨機応変の対応が必要になる。危機管理マニュアルは、危機時に企業が組織的・統一的に対応するための企業としての原則的な姿勢や流れを指し示すことが大切になる。

事案例別マニュアル作成ポイント

前述の通り、発生する危機の端緒となる事案は、会計不正、談合、賄賂、品質不正など多岐に渡る。あまりに幅広いので、ここでは事案例ごとに、危機管理マニュアル作成に際して押さえるべきポイントを整理してみよう。

欠陥商品の販売

消費者または販売店などから、商品の不良・欠陥を指摘されたときは、ただちに営業社員を派遣し、迷惑をかけたことを深く謝罪したうえで、指摘された商品を回収する。消費者または販売店からの苦情の申し出を受けた社員は、次の事項を確認し、ただちに責任者に連絡する。

  • 氏名または販売店名
  • 住所
  • 電話番号・メール

回収した商品については、次の事項について正確に把握し、所属長に伝える。

  • 回収先の販売店名、消費者名
  • 回収月日、時刻
  • 指摘(苦情)の内容
  • そのほか必要と思われる事項

回収した商品について、ただちに事実関係を調査・分析し、かつ、不良・欠陥の重要度を判定する。その結果、商品に不良・欠陥があると確認され、かつ、不良・欠陥の重要度が「重大である」と判定されたときは、ただちに以下の4つの対策を講じる。

  1. 官庁への届出:法律または行政指導によって官庁への届出が義務付けられているものについては、所管官庁へ届出
  2. 商品の回収:同一商品に同様の不良・欠陥のあることが十分考えらるため、同一のラインで生産された同一の商品をすべて販売店から回収。その際、販売店に回収の事情を説明する
  3. 代替品との交換修理:既に販売されている商品については、代替品と交換するか無料で修理する
  4. 謝罪文の掲載:新聞等のメディア、ホームページなどに謝罪文を掲載する

以上の対策は確実かつ迅速に実施されなければならず、それぞれの対策項目ごとに実施責任者を選任する。さらに、この事案対処のために、時間外労働、休日労働、出張や、一時休業、自宅待機などの事態が発生する場合には、社員に説明し、賃金の取り扱いについても明確にする。一時休業や自宅待機の場合は、できるだけ期間を明示するのが理想的だ。

不良・欠陥商品を発生させた原因を、会社を挙げて徹底的に究明し、再発防止策を検討・決定・実施する。その際、必要に応じて組織横断的なプロジェクトチームを編成する。

労働災害

労働災害が発生したときは、居合わせた社員は災害の状況に応じて、消火・危険物の散乱防止・機械の作動停止・けがの手当・人命の救助などの応急措置をする。そのうえで、所属長に下記を正確に通報する。

  • 原因:どのような災害が何が原因で生じたのか
  • 日時:何時何分に生じたのか
  • 場所:どこで生じたのか

通報を受けた所属長はただちに以下2カ所に報告する。

  • 管轄の警察署
  • 管轄の労働基準監督署

報告の内容として以下は必須だ。

  • 事業所の名称
  • 労働災害の発生日時
  • 労働災害の内容
  • そのほか必要事項

会社は人命の救出と社員および周辺住民の健康への影響を最小限にとどめることを最優先する。労働災害が発生すると、警察と労働基準監督署による調査が行われる。その際は会社は全面的に協力する。

労働災害によって、周辺の住民・家屋などに損害を与えることがある。その際は会社は誠意を持って損害補償に当たる。補償額の決定については必要に応じて、信頼できる第三者に調停を求める。

会社は、労働災害が発生した原因を徹底的に究明し、再発防止策を検討・決定・実施する。また、労働災害によって機械設備に重大な損害を受けたときは、機械設備の再建計画を策定する。必要ならば外部の専門家あるいは消費者の代表の協力を求めることもある。発生原因の究明の終わらないうちは、労働災害にかかわる業務は再開しないこととする。

社員に対して以下の措置を講じる。

  • 労働災害の発生現場の整理
  • 労働災害の発生原因の究明
  • 労働災害の再発防止策の策定と実施

さらに、この事案対処のために、時間外労働、休日労働、労働災害が発生した事業所への応援派遣、配置転換一時休業などの事態が発生する場合には、社員に説明し、賃金の取り扱いについても明確にする。

厚生労働省が「労働災害が発生したとき」のページで、重要情報や手続きなどの詳細を公開している。これらの内容を危機管理マニュアルに盛り込むことで、内容が充実するだろう。

自然災害

地震や豪雨などの自然災害は不測の出来事だ。夜間や休日に発生する場合もありえるが、会社の機械設備や建物などに被害が出たと予想される場合は、役職者は出社して状況を確認する。また、一般社員も含めて道路や交通機関の不通などで出社できない場合は、携帯電話などで、上司、同僚、または部下に必ず連絡し、所在を明らかにしておく。

次に被害の調査を実施する。調査は迅速にかつ正確に行わなければならないため、マニュアルではあらかじめ調査の区分を決めておく。以下が区分例だ。

  • 建物(建築中も含む)
  • 機械設備(据付中も含む)
  • 商品(製造中も含む)
  • 原材料(未検収も含む)
  • ライフライン(電気、ガス、水道など)
  • 情報システム
  • 社員および家族(パートタイマー、嘱託も)
  • 金銭(手形、小切手も含む)
  • 取引先
  • そのほか

調査は各部署ごとに行なうが、責任者を明確にしておく。各部署の責任者は調査結果を取りまとめて社長、役員などへ報告する。また、官庁や所属経済団体などから被害の報告を求められたときは、次の事項を正確に報告する。

  • 被害を受けた日時
  • 被害の内容
  • 被害の程度

被害調査のほか、必要に応じて以下の措置を講じる。

  • 被害の拡大防止
  • 資産の保全
  • 社員の安全の確保
  • 社員の安否の確認

これら緊急措置の実施についても責任者を明確にしておくのは言うまでもない。

被害の調査や後片付けのために人手を必要とする事業所に応援の社員を派遣するときは、以下の順序で実施する。

  1. 応援を必要とする事業所長の申請:業務内容・人員・期間・宿泊施設の有無など
  2. 申請内容の審査と決定
  3. 派遣する社員の人選
  4. 社員への派遣命令の発令

会社が受けた被害の程度を把握したうえで、必要に応じ、時間外労働、休日労働、配置転換、一時休業、自宅待機といった措置を講じる。一時休業や自宅待機は、できるだけ期間を明示する。

自然災害で被災した社員への特別措置としては、以下の実施が望ましい。

  • 特別休暇の付与
  • 資金の貸し付け

被災した社員への特別措置の内容は、被害の規模・程度、会社の経営状況などを踏まえて決定し、特別措置の実施を決定した場合は、掲示板や電子メールなどで、次の事項を社員に発表する。

  • 特別措置の具体的内容
  • 特別措置の適用対象者
  • 特別措置の実施期間
  • そのほか必要な事項

被害が大きいときは合理的・現実的な計画を立て再建を図ることになるが、再建計画の策定部門をあらかじめ明確にし、下記内容で計画を策定する。

  • 再建の具体的な方法
  • 再建期間
  • 再建のスケジュール
  • 再建費用
  • 再建資金の調達方法

再建計画は規模にもよるが、通常は経営への影響が大きいので、実行に際しては取締役会の決議事項とすべきだろう。

取引先の倒産

「連鎖倒産」はよく聞く言葉だ。取引先の倒産情報を最も早く知ることが多いのは、その取引先を担当する営業社員。事業所の長は営業社員が報告してきた経営危機情報、倒産情報をただちに営業担当役員および社長に報告する。夜間でも休日でも、速やかに報告する。

取引先の経営危機情報を入手したときは、取引先に対し、ただちに次の措置を講じる。

  • 債権の確認の申し出
  • 支払条件の変更の申し出:現金払いへの変更
  • 経営者の個人保証の要求
  • 連帯保証人擁立の要求
  • 担保提供の要求

取引先が支払条件の変更などの要求に応じないときは、即座に出荷などを停止する。また、取引先に対して債権および債務を有するときはそれらを相殺する。これらは被害の拡大を防ぐためのやむを得ない措置だ。

倒産した取引先から債権を確実に、かつ迅速に回収するために必要に応じて弁護士の力を活用することも考える。

社員による金銭犯罪

社員による経費の使い込み、商品の横流しなど金銭犯罪が発覚したときは、ただちに犯罪を起こした社員に対して業務の停止を命令する。

犯罪を起こした社員は懲戒処分にする。その懲戒処分は、「犯罪行為の目的・動機」「会社に与えた損害の程度」「損害賠償の程度」「改悛の情の程度」などによって決定するが、軽いものから順に下記3段階で整理する。

  1. 減給
  2. 出勤停止
  3. 懲戒解雇

会社は調査責任者を決定し、損害額を調査する。社員は調査責任者に全面的に協力する義務を負う。調査責任者は調査の途中経過および結果を随時、正確に担当役員や社長に報告する。

調査の結果、会社の損害額が確定したときは、会社は犯罪を起こした社員に対して損害賠償を請求する。この請求には、賠償金額、支払期日、支払方法を明記する。犯罪を起こした社員の逃亡を阻止するために、別の社員を派遣して支払いを請求する。

犯罪を起こした社員が支払命令に応じない場合には、身元保証人に対して損害賠償を請求。犯罪を起こした社員または身元保証人が賠償に応じないときは、裁判所に対し、賠償の支払いを求める訴訟を提起する。ここまでは民事だが、犯罪の内容や、会社の受けた損害がきわめて重大であるとき、損害賠償が行われないときには、刑事事件として警察に告発する場合もある。

管理職には部下を監督する責任がある。従って、犯罪を起こした社員の所属長は監督不行届きの責任をとることになる。

ここまでの順序である「犯罪を起こした社員の懲戒処分」「警察への告発」「管理職の監督不行届き責任の処分」については、社長が取締役会に諮って行なう。

社員の退職後に犯罪が発覚することも往々にしてあるが、その場合に上述の対応を応用して実行する。既に退職しているので懲戒処分は不可能だが、順序としては以下の4つの対応を取る。

  1. 会社が受けた損害額を調査する
  2. 損害額を確定する
  3. 損害賠償を求める
  4. 損害を賠償しないときは、支払いを求める裁判を起こす

犯罪の事実が社内で発覚しそうになったときに、犯人である社員が退職届を提出することも考えられる。こうした場合には、事実関係の調査が終了するまで、退職届は受理せず、事実関係の調査が終了し、犯罪を起こしておらず、会社に損害を与えていないことが確認された段階で、退職届を受理するようにする。

続編となる「組織の危機管理と未然防止【2】」では、危機の未然防止や、経団連による危機管理マニュアルサンプルについて述べることにする。

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