労働意欲を高めるために
今回は「年俸制の給与報酬」についてまとめるが、その観点を「労働意欲を高める手段」としての年俸制導入としてみたい。以前に書いた年俸制関連コラム「年俸制導入時の労基法の留意点」は、そのタイトルの通り、労働基準法に対応することを前提とした留意事項をまとめたものだった。
今回のテーマは社員のヤル気を引き起こし、社内の活力を向上させることが重要だという立ち位置で考えている。社員一人一人の勤労意欲が高い会社ならば、厳しい現状を乗り越えていくことも可能なはず。社員の中でも、とりわけ管理職の活性化が重要であり、第一線のリーダーである管理職がヤル気を出さなければ、それに従う部下のモチベーションも下がってしまうという前提で話を進めたい。
社員のヤル気を引き出し、活気に満ちた職場を実現するには、一人一人の役割や責任、目標を明確にしたうえで、各社員が役割や責任、目標をどの程度達成しているかを公正に評価し、さらにその評価を処遇に反映させていくことが必要。これを実現する重要な方法は、業績評価を賃金に反映させること。
「企業のことを考え業績向上に努める社員」と「与えられた業務だけをこなす社員」の賃金に格差が生じないのでは、頑張っている社員はヤル気を失なうだろう。業績を公正に評価し、高い業績には高い賃金で報いるような体制を整えれば、おのずと社員のヤル気は高まっていくもの。そういう前提で、ヤル気を高める賃金形態の一つとして「年俸制」に注目し、導入時のポイントについてまとめてみる。
年俸制が馴染む業種
以前に書いた労基法に関係する年俸制コラムでは以下の内容について触れた。
月給を採用している企業が圧倒的に多いが、以下に示す厚生労働省の2014年の調査では、1000人以上規模の企業における年俸制の導入率が26.4%となっている。1000人以上規模の企業の4社に1社以上が何らかの形で年俸制を導入しているということだ。
引用」「年俸制導入時の労基法の留意点」
もちろん、年俸制が馴染む業種とそうでない業種がある。下表を見る限り、情報通信業や学術研究、専門・技術サービス業、金融・保険業には年俸制が馴染むということが見てとれる。
ここでいう下表を再掲しておこう。
年俸制導入の効果
実際に年俸制を導入し運用している会社の目的はさまざまだが、背景には「能力・成果主義」への移行促進がある。年俸制は賃金の支払い方法を変えるだけのように見えるが、今回のテーマである「労働意欲を高める」という観点での導入効果を考えてみよう。
業績評価を反映しやすい
時給、日給、月給、年俸など、賃金支払いの単位を「賃金形態」と呼んでいる。規模や業種などで賃金形態は異なるが、多くの会社が採用しているのは月給制だ。月給制の場合は、「1カ月で○○万円」という形で賃金支給額が決定されるため、会社として管理・運用がしやすいのが特徴。これが例えば日給制であれば、賃金支払いが煩雑になってしまう。
しかし一方で、月給制を採用しつつ、業績評価を強く打ち出すのは容易ではないという側面もある。一部の社員の月給を10%も20%も引き上げることは、実際問題として困難といえる。
これに対して、年俸制は「年間で○○○万円」などの形で賃金を決めることになるため、業績評価を明確にし、業績に応じて年俸を10~20%引き上げることも、あるいは逆に引き下げることも可能となる。つまり、年俸制は能力・成果主義の賃金制度として、業績評価を反映しやすく、使い勝手がよいということだ。
経営参加意識の高揚
社員の意欲を高めるうえで、とりわけ管理職の経営参加意識を高揚させることが重要となる。しかし、現実には多くの管理職が、「経営は社長や役員など一部の経営陣が行うもの」であって、自分は一人の雇われ人にすぎないと考えている。
一般の社員がそのような考えを持つのはやむを得ないことかもしれない。しかし、課長、部長など権限ある立場にある管理職までが「自分は会社に雇われているにすぎない」といった考えを持っているとしたら、組織全体としてはなんとかする必要がある。このような上司に従う部下の労働意欲が高まるはずもなく、職場全体の士気が低下してしまうだろう。
管理職の経営参加意識を高揚させるための一つの方法が年俸制の導入だ。年俸制は、個々の社員が発揮する能力、達成した成果、社内で果たす役割や責任、業績への貢献度などを基にして賃金を決める制度。頑張って会社に貢献すれば、それは賃金で評価されるため、年俸制の対象となった社員は、これまで以上に経営に敏感になり、積極的に業務に励むようになることが期待できるの。
年俸制導入のポイント
対象者
まずは年俸制を適用する社員を決定する。全社員に適用する、一部の社員に限定して適用するなどの考え方があるが、多くの場合は管理職を対象に導入されている。年俸制は、業務上の役割と責任とを明確にしたうえで、その業績に対して賃金を支払う制度。従って、業務上の役割と責任が明確で、業績評価を明確に行える管理職に適用するのが一般的となっている。
ただし最近は、一般職も年俸制の対象とする動きが少しずつ高まってきており、今後、年俸制の対象は広がっていくだろう。
年俸の決め方
年俸の決め方としては、例えば以下の方法がある。
- 「年間○○○万円」という形で、年俸額一本で決める
- 月給と賞与を積み重ねて年俸とする
- 大きな査定幅のある賞与と月給を積み重ねて年俸とする
年俸額一本で決めるのが単純明快だが、日本の場合には、年間所得に対する賞与の比率が高いため、米国のような年俸額一本方式はなじみにくい。そのため、月給と賞与を積み重ねて年俸とする方式が現実的。
年俸の決定要因
年俸を決定する基準を明確にする。客観的に公平な基準を設けることが必要で、これがなければ年俸制対象となった社員の不満の原因となってしまう。
年俸の一般的な決定基準としては、例えば以下のものが挙げられる。
- 前年度の業務上の実績度
- 企業の社員への期待度
- 企業において果たす役割の重要度
- 職能資格制度における資格等級
年俸の決定方法
年俸の決定方法の代表的なものを以下に挙げてみる。
- 会社が社員の貢献度や業務達成状況などを評価して年俸を決定し、それを本人に通知する
- 会社が社員の貢献度や業務達成状況などを評価して年俸案を作成し、本人と話し合って正式に決定する
- 社員から年俸の希望額を申請させ、会社が社員の貢献度や業務達成状況などを評価して正式に決定する
どの方法を採用するかは会社の事情で異なるが、会社が一方的に決定するのではなく、目標管理制度などと連動しながら、社員との話し合いで決定するのが好ましいといわれている。年俸の決定は、年俸制を導入するうえで非常に重要なポイントなので、詳しくは後述する。
支払い方法と支払日
年俸の支払い方法としては、以下の2つの方法が多い。
- 12等分し、毎月1回ずつ支払う
- 年俸を月給と賞与とで構成する場合は、月給は毎月支払い、賞与部分は年2回支払う
年俸制というと賃金の支払いも「年1回」と考えるかもしれないが、労働基準法で賃金は毎月1回以上定期的に支払わなければならないと規定しているため、最低でも毎月1回以上は賃金を支払う必要がある。
支払日は、月給制の時と同様、一定の日に支払う。このことも、労働基準法に規定されている。
退職金
多くの会社の規定では、退職金は退職時の基本給に勤続年数別の支給率を乗じて算出する。年俸制を導入した場合、月給制の場合ほど「基本給の範囲」が明確でなくなるため、年俸制導入後の退職金の計算方法を明確にする必要がある。
年俸の決定方式
年俸の決定方式の種類
前述した通り、年俸の決定方法には代表的なものとして次の3つがある。
- 会社社員の貢献度や業務達成状況などを評価して年俸を決定し、それを本人に通知する
- 会社が社員の貢献度や業務達成状況などを評価して年俸案を作成し、本人と話し合って正式に決定する
- 社員から年俸の希望額を申請させ、会社が社員の貢献度や業務達成状況などを評価して正式に決定する
上記のうち、会社側が一方的に社員の業績などを評価して年俸を決定し、それを本人に通知するという方式を採用した場合、会社の業績を最も色濃く年俸に反映させることができる。しかし、賃金のような重要な労働条件を会社側で一方的に決めてしまうと、「決定された年俸に不満がある」「年俸が下がった理由が分からない」など社員側の不満が大きくなる危険性がある。
社員に不満が出れば、労働意欲の低下につながり、職場の活気は失われていく。そのため、年俸は会社と社員が話し合って決定することが望ましい。
話し合いの進め方
会社と社員による年俸決定の話し合いの進め方としては、以下の7つのステップを参考として考えるといいだろう。
- 本人による業務目標の設定:年俸制の適用を受ける個々の社員に、自分の役職、資格、能力などを勘案し、年間の業務目標を作成させる。目標は具体的なものであり、また、目標達成の手段、プロセスも明確にする必要がある。
- 業績目標決定の面談:本人が業績目標を作成したら、上司が面談を行い、本人の役職・資格・能力などから判断して、業務目標が適切かどうかをチェックする。過大・過小と判断されるときは修正を求め、本人納得のうえ業務目標を正式に決定する。
- 目標達成へのチャレンジ:本人に目標達成に向けてチャレンジさせる。上司は達成状況をチェックし、必要に応じて適切なアドバイスを行う。
- 業績の評価:年度が終了したら、社員の目標達成度を正式に評価する。この場合、「結果」だけではなく、目標達成までの「努力」や「プロセス」も評価する。
- 年俸案の作成:本人の業務目標の達成度、業績への貢献度、本年度果たすべき役割、本年度の本人への期待度などを勘案して年俸案を作成する。
- 年俸の提示と話合い:会社の年俸案を本人に提示し、作成根拠を十分説明して理解を求める。年俸は、年間の賃金を決める重要なもの。話合いにはできる限り上位の役職者が同席すべきだろう。本人が不満を示したり、納得しない態度をとった時には、日を改めて2回目、3回目の話合いを行う。誠実に、かつ積極的に話合いを重ね、相互理解を得られるまでお互いに主張したほうがいい。
- 年俸の正式決定:本人との話合いがまとまったときは、それをもって正式な年俸とし、文書で本人に通知する。
年俸制の問題点
年俸制には、社内の活性化、経営者意識の醸成、賃金管理の簡素化、人事管理の弾力化などのメリットがある一方で、「業績評価が難しい」といった問題がある。年俸制の導入を検討する場合は、年俸制のデメリットについても十分に考慮することが大切だ。
業績評価が難しい
年俸制では、客観的に公正な業績評価が不可欠。評価を客観的に行い、結果について被評価者に納得してもらうためには、例えば以下のような工夫が必要だ。
- 本人に自分の業績を評価させ、それを踏まえて会社側が評価を行う
- 複数の上司が評価する
- 仕事上の権限を与え、自由に能力を発揮できる条件にして評価する
年俸制は、年単位で賃金を決定する制度。同時に「社員のパフォーマンスに対して賃金を支払う」制度でもある。そのため、「社員がどの程度のパフォーマンスを示そうとしているのか(示したつもりなのか)」、あるいは「会社はそれをどのように評価するつもりなのか(実際に評価したのか)」を明らかにすることが不可欠であり、そのための仕組みがうまく回らないと、制度そのものが失敗してしまう。
年俸の決定に時間がかかる
年俸を決定する際は、通常、会社側と本人との話合いが行われる。これは、会社で一方的に決定すると本人に不満が残る恐れがあるためだ。そのため、年俸の決定は社員との個別交渉になり、長い時間がかかることになる。しかし、その時間は年俸制を円満に運営するために必要かつ不可欠なものとして対応しなければならない。