意思決定とリアルオプション(1)

中小企業経営
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意思決定に取入れたい考え方

あまり聞きなれない「リアルオプション」は金融工学における事業評価手法のひとつ。これを経営者の意思決定に活かそうというのが今回の内容だ。ビジネスの世界はとにかく変化が激しく、将来には不確実な要素が多い。なるべく柔軟に対応しないと変化を乗り切れない。そこで、このリアルアプションの考え方が経営者にとっても非常に重要となってくる。

リアルオプションの「オプション」とは、簡単にいうと経営上などの意思決定に際して保有している『選択肢』のことをいう。このオプションという概念は、金融派生商品(デリバティブ)のオプション取引(金融オプション)に由来している。金融オプションとは、株式や債券自体を売買するのではなく、それらを特定の期日に特定の価格で購入または売却する権利のことだ。

金融オプションの背景には、売買される権利の価値を評価したり、価格設定などを行うための理論などがあるが、これを経営におけるプロジェクト投資などに援用した考え方をリアルオプションという。なお、リアルオプション(Real Option)という名称は、金融オプションが株式や債券などの金融商品を対象とするのに対して、実物経済の資産やプロジェクト案件などを対象としていることから「リアルオプション」と呼ばれている。

このように説明するとリアルオプションは非常に難しいと感じてしまうだろう。実際、その背景にある理論などは非常に高度なもので難しい。しかし、その考え方自体は決して難しいものではないし、リアルオプションを知らない経営者が、無意識のうちに同じ視点から意思決定を行なっているケースは少なくない。

今回は、経営における意思決定に新たな視点をもたらすリアルオプションの考え方についてまとめてみたい。

リアルオプションの基本的な考え方

リアルオプション研究に関して、日本リアルオプション学会が2006年に設立されており、その設立趣意書に「リアルオプションの視点と手法」に関する下記説明がある。

リアルオプションの視点と手法は、不確実な将来の可能性に、新しい価値認識をもたらし、有用な行動指針を与えます。それは、不確実性に満ちた投資には小さな価値しか認めなかった伝統的な経済論理に対して、リスクに直面しての意思決定に、正しい価値づけの仕方を示し、価値創造の戦略形成に新しい力を与えています。

また、技術開発の投資、ライセンス、契約や権利など、当面はなんら便益をもたらさないが、将来なんらかのきっかけで価値をもたらすかも知れないような知的財産や無形資産の価値評価にも、リアルオプションの概念枠組みは、適正なモデルと手法を提示します。企業間の提携やM&Aの評価にあたっても、不透明な未来に向けての価値と戦略の問題が、その中心にあります。

引用:日本リアルオプション学会「設立趣意書」冒頭部分

また、グロービス経営大学院の「MBA用語集」では、リアルオプションの原理について、以下の説明をしている。

リアル・オプションの原理は、不確実性のある将来において、柔軟性を持つプロジェクトや資産は、そうではないプロジェクトや資産に比べて高く評価できるというものだ。柔軟性を持つとは、ある状況が明らかになった段階で、継続か中止かなどの判断が可能な場合をいう。

引用:グロービス経営大学院「MBA用語集」:リアル・オプション

少し難しくなってしまったので、最終消費財を生産する工場新設に関する投資を例に考えてみよう。

工場新設の投資例で考える

この最終消費財は新規性の高い製品であり、現状では十分な収益を確保できるだけの市場規模はない。今後の市場動向に対する予測は、消費者にとっては非常に利便性の高い商品であることから「製品は急速に消費者の間に普及し、市場もまた急速に成長する」という見方がある一方で、「その製品は消費者の間に浸透せず、市場規模は現状のままで推移する」という見方をする関係者も少なくない。

新規性が高い製品ゆえ、既存製品の市場動向などを参考とすることができず、現状では誰も信頼性の高い市場予測を行うことができない。これを「不確実性の存在」という。

また、新規に建設する工場は当該製品を製造するための専用工場であることから、一旦投資を行ってしまうと、他社にその工場を売却するなどして投資資金を回収することはできない。これを「不可逆性の存在」という。

この場合、経営者が行うことのできる意思決定は、大きな成長の機会を失うかもしれないが、経営に及ぼす悪影響を避けるために「新規工場建設への投資を行わない」とするか、「成長も可能性を求めて投資を行う」と決断するかのいずれかになる。

「先延ばし」というオプション

しかし、ここで、市場動向の推移をみたうえで、1年後にあらためて投資するか否かの意思決定を行うことができるという選択肢があるとするとどうだろうか。仮に、その事業から得られることが期待される収益は、投資を行う時期にかかわらず等しいとすると、多くの経営者が「1年後に意思決定を行う」という選択肢を選ぶと考えられる。

意思決定の時期を先に延ばすことができれば、その間に多くの情報を収集・分析でき、市場動向についてより適切な判断を下すことができる。もしかしたら1年後に市場が望ましい規模までに成長しているかもしれない。また、逆に当初想定していた規模までは市場が成長しないことが判明するかもしれない。

1年後に投資に関する意思決定を行うことができれば、市場が成長した場合(もしくは成長の可能性が高い場合)は「投資を行う」、市場が成長しない場合(もしくは成長の可能性が低い場合)は「投資を行わない」という意思決定を行うことができる。

従って、「不確実性」下で「不可逆的」な意思決定を行う場合に、その決定を「先延ばしにできる自由度」を持つという経営上の選択肢(オプション)を持つことには大きな価値がある。

このようなオプションの価値を、意思決定を行う際にも考慮していくことがリアルオプション的な視点からみた意思決定の基本的な考え方となる。

オプションが価値を創出する理由

工場新設例で計算してみる

前述の工場新設投資の例をもとに、オプションを持たない場合と「1年後に意思決定を行う」というオプションを保有する場合の比較を簡単な計算例で確認してみよう。計算を分かりやすくするために、初期投資額などをを低く設定する。

■前提条件

  1. 工場の新設にともなう初期投資額は3000万円
  2. 事業参入後、1年後に想定されるシナリオは「市場が成長した場合」と「市場が成長しなかった場合」の2パターンあり、それぞれの場合に期待される営業利益は「市場が成長した場合:4000万円」「市場が成長しなかった場合:1000万円」とする
  3. 実際に上記2つのシナリオが現実のものとなる可能性は各50%ずつ
  4. 現時点では、市場に対する見通しが不明だが、1年後には先行企業の動向などから今後の市場動向をほぼ正確に予測することができる
  5. 投資を行うか否かの意思決定は、投資額と、工場を新設して事業に参入することによって得られることが期待される営業利益の差を基準とし、「期待される営業利益-投資額>0ならば投資を行う」「期待される営業利益-投資額<0ならば投資を行わない」ものとする
  6. 比較対象となる「事業から得られることが期待される営業利益」は1年分しか考慮しない
  7. 便宜上、資金などに関する「時間的価値」については考慮しない

この条件下において、以下の2つのケースを考えてみる。

  • すぐに意思決定を行わなければならない場合
  • 1年後に意思決定を行うことができる場合

■すぐに意思決定を行わなければならない場合

現状では、市場が成長するか否かを判断することができないことから、2つのシナリオそれぞれが50%の確率で発生する可能性がある。この場合、この事業から期待できる収益は2つのケースの平均値で考えるので、以下となる。

4000万円×50%+1000万円×50%=2500万円

従って、この事業から得られることが期待される営業利益-投資額(以下「収益」または「損失」)は、以下で計算される。

2500万円-3000万円=-500万円

この場合には、投資を行ってもマイナス500万円という損失が発生してしまうため「投資を行わない」という意思決定がなされることになる。

■1年後に意思決定を行うことができる場合

このケースでは、1年後に意思決定を行うことで、市場の動向をほぼ正確に判断することができる。市場が成長した場合には投資を行い、市場が成長しなかった場合には、損失が発生するために投資を行わない。

市場が成長した場合の収益は4000万円-3000万円=1000万円となり、市場が成長しなかった場合には投資を行わない代わりに収益・損失も発生しないため0円となる。

現在からみると、2つのケースが発生する可能性はそれぞれ50%。従って、この事業から得られる収益は以下で計算できる。

1000万円×50%+0万円×50%=500万円

この結果より、500万円の収益が見込まれることから「1年後の市場動向などを判断し、投資の可否を決定する」という意思決定がなされることになる。

このように、「1年後に意思決定を行うことができる」というオプションがあるか否かによって意思決定の結果が異なる。また、「オプションの価値」は、オプションがある場合の価値からオプションがない場合の価値の差し引きで表すことができるので、「1年後に意思決定を行うことができる」というオプションの価値は以下で計算できる。

500万円-(-500万円)=1000万円

ここでは、非常に単純化した事例を使ってリアルオプションの事例を紹介したが、実際の計算方法は、より複雑なものとなる。また、リアルオプションを使った事業価値などの算出方法には複数の方法があるが、本質的な考え方はここで紹介したものと同様となる。

リアルオプションが価値を生み出す理由

ここで改めて、将来に対する意思決定のオプションを持つことがなぜ価値のあることなのかをまとめてみよう。その大きな理由は、「情報・知識蓄積の価値」と「『損切り』ができる」という2つの点になる。

■「損切り」ができる

オプションの保有が価値を生み出す最も大きな理由は、いわゆる「損切り」ができる点にある。

例えば、先の例の「意思決定を先延ばしするオプションがない」という状況で投資を行う場合は、成功するという可能性もある一方で、失敗する危険性をも含んだ状況で意思決定を行うことになる。このため、工場新設という投資案件を評価する際には「失敗する危険性」も考慮しなければならない。従って、この「失敗する危険性」を考慮する分だけ、投資案件に対する評価は低いものとなってしまう。

一方、「意思決定を先延ばしするオプションがある」場合は、状況を見極めたうえで、「成功の可能性が高い場合には投資を行う」ことを選択できる一方、失敗の可能性が高い場合には投資を行わないという選択を行うことができる。

先の工場投資の事例「1年後に意思決定を行うことができる場合」でいうと、損失が発生してしまうことになる「市場が成長しなかった場合」というシナリオが発生した場合に「投資を行わない」という選択を行うことによって、損失発生を回避することができる。これは、いわゆる「損切り」を行うことができるということだ。

従って、オプションを保有するということは成功する可能性を残したまま、失敗する危険性だけを回避することができ、このことがオプションの価値を生み出すひとつの要因となっている。

■情報・知識蓄積の価値

意思決定を先に延ばすことができれば、その間にさまざまな情報を得たり、それらの情報を分析することによって、より確度の高い意思決定を行うことができる。前述の工場投資の例でいえば、「市場調査を行って消費者のニーズを調査する」といったことを通じて市場動向に対するより確度の高い予測を行うことが可能だ。

また、時間の経過そのものが「不確実性」を減少させる効果がある。「明日は雨が降るか否か」ということは、今日の時点では不確実なことだが、明日になれば確実に分かる。経営においても時間の経過が不確実性を減少させることは少なくない。

工場への新規投資の事例の場合、今は市場が立ち上がるか否かは判断できないかもしれないが、先行している他社の販売動向を1年間みることによって、今後の市場の動向を予測することができるため、不確実性は大きく減少する。もちろんこの場合は、他社が市場で成功することによって、新規市場から得られることが期待される自社の収益が減少する危険性もある。

このように、経営に関するオプションを保有し、意思決定を先に延ばすことで、損失が発生する危険性を低下させ、成功の可能性を高めることがオプションの価値を生み出す要因のひとつとなっている。

この続きは『意思決定とリアルオプション(2)』で述べたい。ここまでは「意思決定を先に延ばす」というオプションを紹介したが、ほかにもさまざまなオプションがあるので、後編ではこれらを説明する。

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