ホワイトカラーの生産性
社会に出ると『生産性』という言葉を耳にする機会が増える。生産性とは何か。経済学を学んでいるなら、生産するために投入する要素(人件費、設備、原材料など)の量に対して、どれぐらいの生産物が算出されたのかを測定する指標のことだと分かる。生産量を生産要素の投入量で割った値が生産性だ。
簡単にいうと、モノやサービスをつくるにあたって、そこに投入したお金がどれだけ効果的に使われたかを測る数字だ。機関投資家は、その会社の収益を社員数で割ってみた数字を「生産性」として、投資判断に利用することがある。ひとりあたり売上高は、極めてシンプルな生産性の指標なので、同業者比較や成長率を計算しやすい。
会社は、生き残っていくため、日常的に全業務の効率化を推進し、コストダウンを追及しているが、これは総務・経理・業務といった部門も例外ではない。こうした部門、すなわち、総務・経理・人事・営業などをまとめて「事務管理部門」と呼ぶが、ここの業務の効率化・合理化は常に経営課題として扱われる。
経営の効率化やコストダウン、あるいは生産性の向上といえば、従来はもっぱら生産現場の効率化とコストダウンが重視されてきた。生産現場は「定型業務」が多いため、例えば、以下の4つの対策によって生産性向上策が実行されてきた。
- 新鋭機械設備の導入
- 生産工程、生産ラインの見直し
- 部品の標準化・共通化
- 不採算ラインの切り捨てや外注化
生産部門における効率化とコストダウンは、決して後回しにされることはなかった。
一方、事務管理部門の効率化は後回しにされることが多い。生産部門では「銭」の単位、「秒」の単位の効率化が叫ばれ、「乾いた雑巾を絞る」と言われるほどの徹底的なコストダウンが行われてた。それに比べると、人事、経理、総務、営業などといった部門では、生産部門にくらべて効率化は大きく遅れている。
今現在、経営全体の効率化・コストダウンを図るには、事務管理部門の業務の効率化がポイントであることは多くの経営者の共通認識となっている。いわゆるホワイトカラーの生産性だ。
日本の賃金水準を他国と比較すると、まだまだ高コストといえる。この高コストで競争していくには一層の効率化が求められる。事務管理部門で働いているいわゆるホワイトカラーは、一般的に生産部門の人よりも賃金が高くなっている。従って、業務の効率化がますます必要になるのだ。
ホワイトカラーの賃金が高くなっているのに、その仕事ぶりが悪いと時間当たりのコストはますます高くなる。いくら生産部門の生産コストを下げても、間接部門である事務管理部門のコストが高くては全社的コストダウンは図れない。賃金は下方硬直性がありカットすることは極めて困難だ。そのため、高賃金水準を前提にして、人材を有効活用して事務管理部門の効率化を図っていく必要がある。ホワイトカラーの業務内容や遂行方法などを見直し、生産性を向上させることが必要となるのだ。
業務遂行状況チェック
事務管理部門で働くホワイトカラーの仕事には、一般的に以下の4つの特徴がある。
- 仕事の内容が非定型であり、その都度内容が異なる
- 判断や意志決定を行う仕事が多い
- 仕事の分担や担当分野が個人ごとに決まっており、仕事の進め方や時間配分の決定についても、個人の決定に任されている
- 社内他部門や社外と連絡を取り合ったり、情報交換をしながら進めて行く仕事が多い
これらの特徴を踏まえ、ホワイトカラーの生産性向上策を考えてみよう。
事務管理部門の業務の効率化を一言でいえば、時間を上手に使って仕事をすることに他ならない。時間を上手に使って仕事を進めるためには、あらかじめ、仕事にかけるべき時間を合理的に決め、その時間内に集中的に仕事をこなし仕事を完結させる必要がある。
それには仕事の基本である「管理のサイクル」、つまり、Plan(計画)Do(実施)See(検討)をまわすことだ。すなわち、業務遂行状況チェックを「管理サイクル」に当てはめると以下になる。
- Plan:担当の主な業務について、その仕事に取り掛かる前に予定時間を決める
- Do:仕事が終わったら、実際に要した時間をチェックする
- See:予定時間と実際の所要時間との間に超過または、不足が生じた時には、その原因を検討する
このチェックを行う期間の単位としては、1日、1週間、1カ月などがある。
生産性向上策のスタートにあたり、まずは業務遂行チェックシートのようなものを、実情に合わせて作るとよい。これによって現状が定量的に把握できる。
業務計画の実践
朝、出社してから「今日の仕事は何をするのか」と考えていたのでは、ムダな時間を過ごすことになる。このムダを1カ月とか1年間も積算する前に何とかしたいと考えるのは普通のことだ。もし、1日、1週間、1カ月についてあらかじめ仕事のスケジュールが決まっていれば、仕事の開始前の時間のムダを最小化できる。つまり「業務計画」が生産性向上につながるのだ。
事務管理部門の仕事を効率的に進めるためには、「いつ、何をするか」「何曜日にはどういう仕事をするか」といったスケジュールを明確にしておくことが重要だ。
スケジュールは期間を単位として1日、1週間、1カ月、半期、1年間などで作成する。スケジュールは「作成すること」ではなく、「実行すること」に意義がある。そのため各スケジュールが終了したら、社員一人ひとりが以下をチェックする体制をつくろう。
- 時間を有効に活用して仕事をしたか
- 仕事に積極的に取り組んだか
- 仕事の進捗状況を上司に報告をしたか
集中時間の設定
経済学者で元大蔵官僚の野口悠紀雄氏は大ヒットした著書「『超』整理法」シリーズのなかで仕事の進め方五原則の原則1として以下を挙げている。
原則1 中断しない時間帯を確保する
野口悠紀雄著:続『超』整理法・時間編 第2章 スケジューリングの技術 「仕事の進め方五原則」
集中して報告書や企画書を作成している時に、取引先から重要でない電話がかかってきたり、上司に呼ばれたり、コピー取りなどの雑務で仕事が中断することがよくある。このような状態では仕事の効率が上がらないし、仕事への集中力もそがれることになる。明らかに生産性が落ちる。
それを避けるために、社員が業務に集中するべき時間帯、社員が業務に集中できる時間帯を設ける必要がある。この時間帯は、原則として会議やミーティングは開かないものとする。また、緊急以外の電話を取り次がず、周囲が「あとからかけ直させます」と返事をする。この時間帯を徹底するために、通知と協力依頼を文書で連絡するなどを実行することで、さらなる効率化が期待できるはずだ。
会議の効率化
社内会議も効率化が可能だ。会議は社員の人数に比例して増えるといわれている。とはいえ会議は必要なもの。出席者の知恵の結集、相互の情報交換、相互の意見交換による意志決定、決定事項の伝達など大きな効果も期待できるからだ。しかし、現実の会議の中には、以下のようなものもあるだろう。
- 開催の目的が必ずしも明確でない「会議のための会議」がある
- 会議の時間がダラダラと必要以上に長くなる
- 会議に遅れたり、中座する社員が多いために会議に時間がかかる
- 会議の進行、運営がまずいためになかなか結論が出ない
- 会議のための資料が多いためにその資料作成と説明に長い時間が費やされる
会議の効率化を図ることは、ホワイトカラーの生産性を上げる重要な条件だ。そのためには、4つの改善ステップと5つの基本ルールがあることを知っておこう。
■4つの改善ステップ
- 社内で開かれているすべての会議をリストアップする
- 定期的に開かれている主要な会議について、会議運営の面で問題点はないか出席者および主催者双方が検討する
- 問題点がある会議については、主催者が改善策を策定する
- 改善策を実行する
■5つの基本ルール
- 開催の日時・場所を事前に出席者に連絡する
- 開始時刻、終了時刻を厳守する
- 1回当たりの時間は2時間以内とする
- 会議の途中での中座は原則として認めない
- 閉会する前に、その会議での決定事項を出席者全員で確認する
その他の見直し
■報告書の見直し
会社では、多くの報告書が作成されている。それらは日報、週報、月報、四季報、年報などのような定期的なものもあれば、不定期なものもある。報告書は情報収集や意志決定など会社経営上、必要不可欠なものだが、以下の4点に留意して見直してみよう
- あまり活用されていない報告書に多くの手間と時間をかけている
- 報告書の作成のタイミングが悪く、せっかくの情報が生かし切れていない
- 情報の整理方法が悪く、使い勝手がよくない
- 極めて簡単な報告書を給料の高い社員が作成している
必要な報告書を簡潔に作成し、情報収集や意志決定に役立たせるのが理想。会議と同様、ホワイトカラーの効率化のために報告書の見直しを行う。見直し手順は以下の通り。
- 社内で作成されている報告書をすべてリストアップする
- 報告書を受け取っている部課を対象として、報告書の活用度合いや重要度と使いやすさをアンケート調査する
- アンケートの結果を報告書の作成部課に伝える
- 改善策を作成し、実行する
■残業時間の上限規制
残業は、業務の必要性に基づいて会社が社員に対して命令するもの。受注量が極めて多かったり、納期の短い仕事が急に入ったりして所定時間内の作業で間に合わない時に、やむを得ず行うのが残業だ。
通常、生産部門ではこの原則が守られているが、事務管理部門では、往々にして守られない。ホワイトカラーは仕事の進め方や仕事の分担が個人に任されており、残業も個人の判断による。
従って、時間管理についても甘くなり、残業恒常化にもなりがちだ。所定の時間内に仕事を効率的・集中的に処理するため、また、時間管理意識を醸成するために1カ月の残業時間の上限を決めて時間管理の徹底を図ることが生産性向上には効いてくる。
上限時間の設定には、全社員一律に決める方法や、部門ごと、月別に決める方法がある。この制度の実効を高めるため、以下の方法をとるとよいだろう。
- すべての残業について事前届け出制とする
- すべての残業について許可制とする
- 一定時刻以降の残業についてのみ、事前届け出制または許可制とする
- 一定時間数を超える残業についてのみ、事前届け出制とする
また、残業の上限規制と同時に残業をしない日や週を設定する。所定の勤務時間内に効率的・計画的に仕事を行い、定時に退社するのが理想だ。「ノー残業デー」や「ノー残業ウィーク」はそのために設定される。
一般的に「ノー残業デー」は一定の日(曜日)を決め、その日は残業を認めないで定時に退社させるという制度。この日は残業ができないため、特に仕事の優先順位、重要度を考えて仕事を処理することになる。
「ノー残業ウィーク」は1週間にわたって残業を認めず、毎日定時に退社させるという制度。この制度を導入する場合は、全社員にその主旨と目的を理解させ協力を求めることになるだろう。
推進体制を考える
事務管理部門のホワイトカラー生産性向上策を全社的に推進する方法は、以下の2通りが考えられる。
- 人事部(総務部)主導方式
- プロジェクトチーム方式
■人事部(総務部)主導方式
この方式は人事担当の人事部(総務部)が中心となって事務管理部門の効率化を推進するもの。どのような方法・手法を採用するかについて企画立案をはじめとし、各職場への指示・命令、効率化の推進状態のチェック、効率化の効果の確認、効率化手法の見直しなど効率化推進にかかる一切のことを人事部で行う。
この方式は、部長が部員を指揮命令し業務の一環として行うことから、比較的スムーズに展開できるメリットがある。しかし、デメリットとしては以下の2つが考えられる。
- 人事部が各部課に指示命令するため、全社的な運動として盛り上がりにくい
- 社員が業務効率化を上からの命令と受け止め、積極的に取り組まない恐れがある
■プロジェクトチーム方式
もう一つの方式として、プロジェクトチーム方式がある。この方式は、事務管理部門の各セクションの代表者から構成されるチーム(委員会)を作り、そのチームが中心となって業務の効率化、生産性の向上を推進していく。
各セクションの代表者による構成なので、効率化の手法について意見の食い違いが生じることがあるだろう。また、メンバーがそれぞれ仕事を抱え、仕事の傍らチームに参加しなければならないというハンディがある。プロジェクトチーム方式のメリットは以下の3点。
- 多くの社員の知恵、アイデア、経験を共通に活用できる
- 全社的に業務の効率化、生産性向上についての関心を高めることができる
- 各部門の理解と協力が得やすい