事業承継の実態
21世紀に入ってから創業したスタートアップは、創業当初からある程度の出口戦略を想定している。それが株式上場なのか事業売却なのかは別として、創業メンバーである経営陣は、立ち上げたスモールビジネスをこの先何10年も経営し続けるという想定をしていない人が多い。
しかし、大多数のスモールビジネスである中小企業・小規模事業者においては、経営者の高齢化が進む中で、多くの経営者がいずれ自身の引退と会社を次世代へ承継する場面に直面する。中小事業者の中には、経営者の親族や役員・従業員に事業承継していこうとする経営者もいれば、第三者に事業を譲渡・売却・統合するような、いわゆるM&Aを実施することで次世代に引き継ぐ経営者もいる。
実は、後継者が見つからないという理由で、事業が黒字でも廃業を選択する事業者は案外多い。日本政策金融公庫の調査では、60歳以上の経営者のうち50%超が将来的な廃業を予定。このうち「後継者難」を理由とする廃業が全体の約3割に迫るとのことだ。
2020年「後継者不在率」調査
以前のコラム『信用調査会社の使い方』で紹介した帝国データバンクと東京商工リサーチは、「後継者不在率」を調査して公開している。「後継者不在率」は、営業活動を行い事業実態が確認できた企業のうち、後継者が決まっていない企業の割合を示す。
- 帝国データバンク:2020年11月30日『全国企業「後継者不在率」動向調査(2020年)』
- 東京商工リサーチ:2020年11月13日『2020年「後継者不在率」調査』
この2つの調査による「2020年の後継者不在率」は、帝国データバンクが65.1%、東京商工リサーチが57.5%で、大雑把に言って6割の会社には後継者がいないという結果となっている。2つの調査は少し切り口が異なるが、傾向そのものはよく似ている。そこで、東京商工リサーチの最新の「後継者不在率」調査の結果をざっと見てみよう。
■業種別の後継者不在率
「後継者不在」の企業の産業別は、2019年は農・林・漁・鉱業が48.9%、製造業が48.3%で、2産業が50.0%を下回ったが、2020年は10産業すべて50.0%を上回ったということだ。以下がその結果だ。
この調査では後継者不在率が最も高かったのは、「情報通信業」の75.6%だった。ソフトウェア開発などIT関連業種が含まれ、業歴が浅い企業が多く代表者の年齢も比較的若いことが背景にあるとみられる。また、サービス業他は63.3%、小売業は60.7%、不動産業が59.2%で、全産業平均(57.5%)を上回った。なお、帝国データバンクの調査では、業種別で最も後継者不在率が高いのは「建設業」で、70.5%だった。
■「同族継承」が約7割
同じ調査で、後継者「有り」の7万8,674社では、息子、娘などへの「同族継承」を予定する企業は5万3,065社(構成比67.4%)で約7割を占めた。次いで、従業員へ承継する「内部昇進」が1万3,556社(同17.2%)、社外の人材に承継する「外部招聘」が1万1,727社(同14.9%)で、いずれも20%を割り込んだ。下図がその構成比となる。
後継者に関する諸々のこと
中小事業者に多いのは、いわゆるオーナー企業だ。オーナー企業の多くは、子息あるいは親族を後継者に選ぶこととなる。その際に問題となるのは、どのような過程を経て後継者に会社を譲るかという点だろう。
スムーズな事業承継のためには、後継者が学業を通して学んだ知識や、社会人として習得した技術・人脈・ネットワークなどを生かせる環境づくりが必要。そのためには、現経営者と後継者が会社のビジョンや将来像を語り合い、長期的な事業戦略に基づく事業承継計画を策定していくことが重要となる。
■事業承継後の苦労
事業承継のについては、前述の日本政策金融公庫、帝国データバンクや東京商工リサーチをはじめ、内閣府や中小企業庁の「事業承継ガイドライン」、独立行政法人中小企業基盤整備機構の「事業承継実態調査」などでも調査分析が公開されいてる。
これらの調査を総合すると、事業承継において苦労した点は、以下の2つが大きいようだ。
- リーダーシップの発揮
- 従業員との信頼関係形成
取引先、金融機関、役員それぞれとの信頼関係形成でも苦労するようだが、上記の2つに比べて割合が少なくなっている。とはいえ、これはあくまでも一般的な傾向であり、事業承継の進め方次第では苦労するポイントが異なる可能性もある。
■先代経営者の取り組み
後継者への事業承継のために先代経営者が取り組んだ内容は、主に下記3点だ。
- 役員への打診
- 権限の委譲
- 金融機関や取引先への事前説明
役員や金融機関、取引先といった会社の人的・物的つながりにかかわる人物に事業承継の内容を伝えるケースが多いのは、スムーズな事業承継を実現するために「根回しが重要である」と考える経営者が多いためであろう。
■経営者の取組みと承継の成功
事業承継前の経営者の取組みが、事業承継の成功に寄与するか否かを調べた調査もあった。当然だが、取組みの種類を問わず、承継前に先代経営者が何らかの取組みを行っている企業のほうが、承継を成功させている割合が多くなっていた。特に、取組んだほうが良さそうな項目は以下の2点。
- 後継者に権限の一部を委譲
- 従業員の世代交代
逆に、取組んでも取組まなくても、承継の成功には関係なさそうなものは以下の2点だ。
- 従業員への打診
- 役員の交代
これらは調査アンケートの結果によるものなので、経営者の「主観」で判断した内容だ。承継の成功といっても、そこには明確な客観的基準があるわけではないので、参考程度に読むのが正しいと考える。例えば、権限委譲や古参従業員の交代などは、後継者自身の自由度が高まる効果をもつ対策だ。それに対しては、当事者である後継者自身が「効果が高かったなあ」と認識しやすい傾向にあると思われる。
ただし、事業を承継した後継者自身が、そうした「自由度の高さ」を「事業承継の成功」だと考えることが多いという事実は忘れてはならない。
■後継者にさせておきたいこと
事業継承を実現するまでに、後継者に何をさせたいかという調査もある。これは経営者の年齢と密接に関係するようだ。結果は以下の通り。
- 経営者が高齢:後継者は自社で勤務させたい
- 経営者が若い:後継者は他社で勤務させたい
これは、事業承継までに残された時間を考えれば当然の結果だといえる。
これ以外の「後継者にさせておきたいこと」としては、業界内外での人脈づくりや、財務知識の習得などを挙げる経営者が多い。人脈の充実も豊富な財務に関する知識も、経営者にとって不可欠なものだ。後継者にこうした経営スキルを身に付けさせたいという考え方は、先輩経営者としての経験に裏打ちされたものと考えられる。
■他社勤務の効果
他社での就業経験のある後継者のうち、その経験が何らかの形で「役に立っている」という回答はさまざまな調査で9割を超えている。事業承継前に、他社に就業して勤務することについては、非常に有効性が高いと認識されていることが分かる。他社就業の経験から得られるものとして挙げられているのは、主に以下の4つだ。
- 視野の拡大
- 社内の管理
- 社外との交渉
- 人的ネットワーク
特に、他社への就業により自社と比較し、自社を相対的に見つめ直す機会を得ることが、視野の拡大につながっているとのこと。視野の拡大は異業種の企業に就業することで身に付きやすいらしい。
また、後継者は他社では従業員という立場。使われる側に立つことによって、後継者は仕事を進めるうえでの多くの示唆を受けているといえるだろう。
■先代経営者のアドバイスによる効果
事業承継を済ませた後に、先代経営者がどの程度アドバイスすべきかは悩むところだろう。よかれと思ってしたアドバイスが経営への口出しと取られ、トラブルへと発展することも少なくないという。
調査結果を見る限り、事業承継後に先代経営者のアドバイスが少なかった後継者のほうが承継を成功としてとらえる割合が高くなっている。逆に、全般的な傾向としては、先代経営者のアドバイスが頻繁なほど後継者の苦労は大きいという結果が出ている。
先代経営者のアドバイスが頻繁で、その影響力を発揮すればするほど、後継者の社内における影響力や統治能力を疑われる結果となり、それにともなう苦労が増えることになるのだろう。従業員の立場で考えれば、どちらの言うことをきけば良いのか混乱するに違いない。
後継者育成の4つのポイント
さまざまな調査結果から、事業承継における「うまくいった点」と「改善すべき点」の一般的な傾向を知ることができる。後継者育成は、これらを参考にして考えれば事業継承成功の確率が高まるだろう。
体制づくりが重要
事業承継後の後継者の苦労は、対従業員に対するリーダーシップの発揮や信頼関係の形成にかかわるものが多い傾向にある。また、先代経営者が行った事業承継に向けた取り組みとして効果を上げているのは、「後継者への権限委譲」「従業員の世代交代」「承継時期の公表」など、主として後継者のための体制づくりに関するものが多くなっている。
こうした結果は、事業承継を済ませてからの「仕事のやりやすさ」が、後継者の心理に大きな影響を与えていることを示している。
後継者として仕事をしやすい環境を整えるには、先代経営者からのいわゆる「古参社員」への根回しや、後継者自身による若手幹部の抜擢などの人事対策が必要だ。また、随時権限委譲を進めることで後継者が次の世代の経営者として、先代経営者に代わってリーダーシップを発揮できる場も、徐々に増やしていくべきだろう。
そのうえで事業承継の時期をはっきりと宣言し、従業員とともに後継者自身の意識を高めることが重要。従業員の世代交代や経営幹部の刷新などには、長い時間がかかることが考えられる。そのため、こうした人事対策は10年単位の時間をかけてゆっくりと進めることが望ましい。
他社での就業経験は有益
他社で就業することで、使われる側の立場や心情が分かる。それを通して後継者は、会社内の人間関係やコミュニケーション、組織運営のあり方などを学ぶことができるだろう。従業員として働いた経験は、逆に従業員に気持ちよく働いてもらうポイントの修得にもつながるはずだ。就業する業種については、会社の今後の事業展開の方向性や後継者の適性なども配慮して決定する必要があるだろう。
自社への入社後も、現場での勤務体験は不可欠。現場勤務によってその実態や改善課題を学べるうえ、従業員との人間関係や信頼関係を築くことができる。その後、管理部門に移り全社的な問題や経営環境などを学べば、経営者として広い視野とバランス感覚を身に付けることができるだろう。
アドバイスは提言にとどめる
経営者として生きてきた人間が、果たして継承後に事業を任せられるだろうか。そこに至る途中の段階で、どこまで任せられるだろうか。
権限委譲については、何よりも先代経営者の忍耐が必要となる。たとえ事業の一部分であっても、一度権限を委譲して後継者に任せた案件については、余計な口出しは絶対にするべきではない。経営者とは常に責任を問われる立場であり、数多くの経験を経てこそ後継者は経営者としての実力と自覚を身に付けられるのだ。同時に、後継者が失敗をしたら場合によっては役員報酬をカットするなど、経営者として結果責任の重要性を認識させるべきだ。
最終的に全面的な事業承継が行われた後は、先代経営者は経営の一切に口出しをするべきでない。仮にアドバイスをする場合でも、あくまでも後継者を支援するという立場での提言にとどめたほうが、一般的にはよい結果を生むということが分かっている。
スムーズな事業承継の時期
円滑に事業承継を行うために大切なことは、社内外における後継者の信頼が高まり、事業承継に問題はないという安心感を周囲に与えること。そのためには、事業承継の時期が重要となる。事業承継を行うべき時期は、以下の実現タイミングをイメージすればよいだろう。
- 後継者に実績ができ、役員や従業員から信頼され、期待されている
- 後継者が顧客や金融機関に信頼され、関係を深めている
- 後継者の気力や体力が充実し、やる気が旺盛である
これらを踏まえて後継者の成長具合を勘案し、可能であれば会社の業績が順調な時期に事業の完全な承継を行うことが望ましい。具体的には、上記の条件を満たしていると判断した時点で先代経営者が引退と事業承継を宣言し、それから2年後に正式に事業承継を行うなどの手順を踏むこととなる。