裁判員制度の概要
裁判員制度は、国民から無作為に選ばれた裁判員が、殺人・傷害致死などの重大事件の刑事裁判で裁判官と一緒に裁判をするという制度だ。小泉政権の時代の2004年5月に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」 が成立・公布され、2009年5月から制度がスタートした。
裁判員制度が始まった当初は情報も少なく、「映画で観たことのある陪審員制度みたいなものだね」程度の認識だったが、今では最高裁判所の「裁判員制度ホームページ」で、かなり詳細な情報が公開されている。
この制度は、司法制度改革を目的として導入された。裁判員は法律の専門家ではない一般人だ。素人である一般人がプロの裁判官と一緒に、被告人が有罪か無罪かを決め、被告人が有罪であると判断した場合には「懲役○年」などのように刑の種類と刑の重さを決める。この裁判員制度の導入により、国民の感覚が裁判の内容に反映されることになり、国民の司法への参加が大きく進むことになる。そんな期待がこの制度には込められていると聞いている。
統計情報や資料を公開
前述の「裁判員制度ホームページ」では、関連するさまざまな統計データや調査資料を公開しており、「統計データ・資料集のページ」にまとめられている。
ここに掲載されている統計速報「裁判員制度の実施状況等について(施行~令和5年1月末・速報)」によれば、令和5年1月までに裁判員を経験したのは11万7,000人ほどだ。これまでに裁判員候補者として名簿に記載されたのが延べ380万人超ということも分かる。2021年までのトレンドは下図となる。
裁判員の参加する裁判
裁判員の参加する裁判は、地方裁判所における刑事裁判のうち、特に重大な事件の裁判。具体的には以下の2種類だ。
- 法定刑に死刑または無期の懲役もしくは禁錮刑が定められている事件:殺人、強盗殺人・強盗致死傷、現住建造物等放火など
- 故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件:傷害致死、危険運転致死など
ただし、裁判員やその親族などに対する加害行為がなされるおそれがあるような事件で、裁判員の関与が非常に困難と認められるような、ごく例外的な事案については、上に当たるものであっても、裁判員は参加せず、裁判官のみで審理・裁判することができるものとされている。
裁判員の仕事
裁判員は、公判審理に出席し、裁判官と一緒に裁判を行う。公判審理では、裁判官のうち1人が裁判長として、審理の進行役をする。
裁判員は、有罪か無罪かの判断と、有罪の場合の刑の種類や重さの判断をするが、法律の規定がどのような意味なのかという判断、証拠として取り調べるかどうかなどといった手続に関する判断は、専門家である裁判官が担当する。素人である裁判員に、法令の解釈にかかわる判断や訴訟手続に関する判断をさせることはない。また、裁判員は、証人や被告人などに対して質問することもできる。
裁判員が加わる事件では、公判審理の前に必ず、「公判前整理手続」というものが行われることになっている。「公判前整理手続」とは、被告人には事件についてどういう言い分があり、この事件ではどういう点がポイントとなるのかを明らかにして、公判審理でどのような証拠を取り調べるのかということをあらかじめ決めるための手続。要するに争点と証拠の整理だ。公判審理は、「公判前整理手続」の結果を踏まえ、そこで明らかになった争点を中心にして、証拠の取調べが行われる。
裁判官と裁判員は、判決の内容を決めるための話し合いを行う。これを「評議」という。評議では、有罪か無罪かを決め、有罪の場合はどのような種類・重さの刑を科すことにするかについて、裁判官と裁判員は、対等な立場で議論する。裁判員も裁判官も、評議では自分の意見を言わなければならない。
議論を尽くしても全員一致の結論が得られない場合は、判決の内容は、多数決で決められる。ただし、裁判官だけの意見、あるいは裁判員だけの意見では、判決の内容を決めることはできず、少なくとも裁判官、裁判員各1名以上の賛成が必要ということになっている。
判決の内容が決まったら、法廷で判決の言渡しが行われる。裁判員は、それにも立ち会い、それが終わったら裁判員の仕事は終わる。
裁判員の決定手続き
裁判員は、衆議院議員の選挙権を有する者の中から、無作為に選ばれる。
裁判員を選ぶための手続きは、「裁判員候補者名簿」を作るまでの段階と、実際の裁判ごとに裁判員を選ぶ段階に分かれている。
まず、1年ごとに、全国の地方裁判所が、翌年1年間の裁判員の候補者として必要な人数を計算して、これを裁判所が管轄する区域内の市町村に割り振る。各市町村の選挙管理委員会は、選挙人名簿から、割り振られた人数の者を無作為に選び出した名簿を作り、裁判所に送る。
裁判所は、送られた名簿をもとにして、「裁判員候補者名簿」を作成する。この名簿に記載された裁判員の候補者が、翌年1年間に、裁判員候補者として裁判所から呼び出しを受ける可能性があることになり、この段階で、名簿に記載された裁判員の候補者には裁判所から通知が行われる。
そして、実際の裁判が行われる日が決まると、裁判所は、その事件の裁判に必要と思われる数の裁判員候補者を「裁判員候補者名簿」から無作為に選び出す。裁判所は、このようにして選ばれた裁判員候補者に、裁判員を選ぶ手続きを行う日に裁判所に来てほしいという連絡をする。
裁判員を選ぶ手続きを行う日に裁判所は、裁判所に来た裁判員候補者に対して質問をして、裁判員になれない理由がある人が含まれているかどうかを調べたり、裁判員となることを辞退したいという申し出をした人について、辞退が認められる理由があるかを調べたりする。
最後に、裁判所は、裁判員になれない理由がある人や、裁判員となることを辞退することができる人などを除いた残りの裁判員候補者の中から、さらに無作為の方法で、裁判員となる人を決める。
裁判員は前述の通り、衆議院議員の選挙権を有する者の中から無作為に選ばれるわけだが、実は裁判員になれない人もいる。法務省はこれに関して「次のような方は裁判員になることができません」として公開している。
裁判員の辞退
原則として裁判員の辞退はできない。しかし、統計データを見ると6割超が辞退している。法務省は辞退に関し、「裁判員を辞退することはできないのですか?」の回答ページで、法律や政令に例えば次のような辞退事由が定められており,裁判所がこれらの事情にあたると認めれば辞退することができることを解説している。
- 70歳以上の人
- 学生,生徒
- 妊娠中
- 出産の日から8週間以内
- 妻・娘の出産のための入退院の付き添いまたは出産の立ち会い
- 重い病気やけが
- 親族・同居人の通院等の付き添い
- 親族や同居人の養育・介護
- とても重要な仕事があり、自分で処理しないと著しい損害が生じるおそれがある
- 父母の葬式への出席など社会生活上の重要な用務があって、別の日に行うことができない
- 過去一定期間内に、裁判員等の職務に従事したり、裁判員候補者等として裁判所に行ったことがある
正当な辞退理由のない人は、召喚を受けたら例外なく裁判所に出頭しなければならず、不出頭の場合は、罰金が科せられる。
裁判員になったら
守秘義務
裁判員となった人は、裁判員としての仕事をする際に知った「秘密」を漏らしてはいけない。「守秘義務」だ。守秘義務は、その人が、裁判員である間だけではなく、裁判員をやめた後も守らなければならない義務。もし、この義務に違反して、わざと「秘密」を漏らした場合には、刑事罰が科される可能性がある。
守らなければならない「秘密」の範囲は、法律で決まっている。その内容はおおざっぱに「評議の秘密」と「それ以外の秘密」の2種類だ。
■評議の秘密
「評議」は前述の通り、裁判官と裁判員が判決の内容を決めるために行う話し合いのことだ。この内容は秘密にしなければならない。具体的には、「裁判官および裁判員の意見およびその多少の数」つまり、裁判官・裁判員が評議で述べた意見の内容やその数と、「評議の経過」つまり、評議がどのような進行過程を経て結論に至ったかの道筋の両方が含まれる。
■それ以外の秘密
裁判員は、刑事裁判で証拠を見聞きする。刑事裁判の証拠の中には、他人のプライバシーにかかわる情報など他人に知られたくない内容も含まれていることが予想される。そこで、こうした秘密が、不必要に明らかにされないようにすることが必要なので、裁判員になった人は、こうした秘密を知った場合には、その秘密を漏らしてはならないことになっている。
守秘義務の対象となるのは、上記2つの「秘密」に当たる場合だけ。例えば、公判審理で行われた証人尋問は、普通は、誰でも傍聴できる公開の法廷で行われるので「秘密」ではない。従って、こうした内容については、たとえ他人に話したとしても、守秘義務違反には当たらない。
また、評議の秘密や他人のプライバシーなどを漏らさないように注意すれば、裁判員の職務や実際の裁判制度について、自由に感想を述べることができる。
審理の開始
被告人が起訴事実を認めている事件は、1日から数日程度で終了するが、否認事件や複雑な事件の場合、1カ月以上かかるケースも出る可能性がある。一部の刑事裁判のように、判決が出るまでに何年もかかるようなことになれば、裁判員に過度の負担がかかることになる。
そのため、審理ができるだけ早く終わるようにするための工夫、つまり、裁判員の参加する裁判では、公判審理の前に必ず、「公判前整理手続」が行われることになっている。通常、第1回公判の前に、この裁判はどの程度の期間・日数が必要かが裁判所側から明らかにされる。公判の審理は、その事件のポイントとなる点を中心にして集中的に行われ、できる限り間を置かずに連日行われるようになるため、迅速な裁判が実現される。
公判で行われる証拠調べについては、「迅速さ」に加え、「分かりやすさ」も要求される。裁判員のほとんどは法律の素人。裁判員制度は、裁判員が専門的な法律の知識がないということを前提としている。
法令の解釈や訴訟手続に関する判断は、裁判官が担当することになっているが、裁判員が仕事をするために必要な法的な知識や刑事裁判の手続きについては、公判審理が始まる前や、公判審理の間あるいは最終的な評議などの場で、裁判官から丁寧な説明がなされる。また、裁判官・検察官・弁護人は、審理を迅速で分かりやすいものとすることに努めなければならないということが法律で決められているので、難しい法律用語はできるだけ分かりやすい言葉で説明される。
公判とは別に、裁判官と裁判員は「評議」を行う。公判で明らかにされた証拠、証人の陳述や被告人の供述内容などを基に、有罪か無罪か、有罪だとすればどの程度の刑を科すべきか、議論をたたかわせることになる。ここが裁判員制度のも最も重要な部分と考えていいだろう。
法律を熟知しているプロの裁判官の発言は、裁判員には重くのしかかるはずだ。「へたなことを言ったら恥をかく、黙っていよう」「裁判官の意見に反論したら、怒られるかもしれない」などと思い、すべて裁判官の意見のままに評議が進むのであれば、「裁判内容に国民の健全な社会常識を反映させる」という制度の趣旨は台なしになってしまう。
従って、裁判官は、裁判員が意見を言いやすい雰囲気を作り出す義務があり、一方の裁判員も臆せずに、率直な感想・意見・疑問点を出すことが大切になってくる。
裁判員のプライバシー保護
裁判員となった人が、プライバシーや生活の平穏を害されたり、事件の関係者などから脅しや嫌がらせを受けることがあってはならない。そのようなことがなく、安心して裁判員となってもらえるようにするため、さまざまな工夫がなされている。
まず、裁判員に対して、その仕事に関して頼み事をする行為などを禁止している。このような行為をした人は、処罰される。また、裁判員や裁判員であった人、その親族を脅した場合にも処罰される。
そして、このような行為をしにくくして、同時に、裁判員となった人がいろいろなことで煩わされないようにするため、裁判員が担当している事件に関しては、裁判員に接触してはならないこととしている。裁判員の仕事が終わった後も、その人が職務上知りえた「秘密」を知る目的で接触することが禁止されている。裁判員であった人は守秘義務を負っているため、それを聞き出そうとして接触することを禁止しているのだ。
このほか、裁判員のプライバシーを守るためなどの理由から、誰であっても、裁判員の氏名・住所など裁判員の個人を特定する情報は公にしてはならないとされている。裁判員であった人についても、原則として氏名などは公にしてはいけないこととされている。本人が望まない限り、自分が裁判員であったことが知れ渡るようなことにはならないようになっている。
また、裁判員の仕事をするために必要な時間は、職場を離れることができることが法律で保障されており、裁判員の仕事をするために仕事を休んだことなどを理由として事業主がその人を解雇するなどの不利益な取扱いをすることは法律で禁止されている。