コストダウンと3M
コストダウンやコスト削減をテーマとしてすでにいくつかコラムを書いてみた。そのうちのひとつ、『コストダウン実践ポイント』では、冒頭部分に以下を述べている。
「どんなに頑張って売上を伸ばしても利益がでません」という状況は本当に最悪だ。徹夜して働いた従業員に業績賞与として利益還元できない会社は、そのうち消えてなくなる運命だと思って間違いない。
引用:『コストダウン実践ポイント』
利益を出すためのコストダウンは、会社経営における最重要なテーマのひとつ。コストダウンに取り組まない会社は皆無だ。しかし、当初の計画通りにコストダウンを実現できている企業はそれほど多くないのが現状だといわれる。また「単なるコストの削減」に成功しても、その一方で「従業員のモチベーション低下」といった弊害が生じている例もある。
コストダウンは会社経営における最重要テーマのひとつといっても過言ではなく、実際、多くの企業が取り組んでいる。しかし、コストダウンには少なからぬ痛みがともなうため、いざ取り組もうというときに「できるだけ、これまでの体制を維持したい」との弱気な発想をしてしまうことがある。
ここで改めて認識したいのは、正しい考え方や手法で取り組まれたコストダウンは必ず生産性を高め、利益に結びつくということだ。利益がでなければ従業員に還元することもできない。それは分かっていても「何から着手してよいか分からない」と立ち止まっていては先に進まない。経営に関わることになったら、必ず正しいコストダウンに取り組むべき。
今回は、コストダウンを理解するために『ムダ・ムラ・ムリを見つける』というテーマ設定で、過剰コストの発生要因となる「ムダ・ムラ・ムリ」についてまとめてみる。「ムダ・ムラ・ムリ」については、3つまとめて『3M』と呼んだり、『3ム』ということもある。
コストダウンの心得
真っ当で正しい考え方のコストダウンには5つの心得があるといわれる。それは以下の内容だ。
- 利益を生まないコストを対象とすること
- 全社的に取り組むこと
- 計画的に取り組むこと
- 無茶な内容ではないこと
- チェック機能があること
■利益を生まないコストを対象とすること
企業活動には必ずコストがともなう。その中には多くの利益を得るために不可欠なコストがある。必要なコストを無理に削減すると、短期的なコストダウンには成功するが、その後の事業活動に支障をきたしてしまう。利益向上という最終目標から考えると本末転倒になってしまう。
■全社的に取り組むこと
コストダウンは、社内の一部だけで推進しても大きな効果を期待することができない。たとえ、コストダウンが購買担当部署など特定の部課だけで開始されることになったとしても、企業経営者、経営幹部はもちろんのこと、すべての従業員がコストダウンの意識を持つことが重要だ。
■計画的に取り組むこと
コストダウンに取り組む際は必ず、「どのコストを、いつまでに、何%削減する」といった計画が必要。さらに、計画を達成するための具体的な取り組みとして、「商品一つの製造原価を何円下げればよいのか」といったレベルにまで落とし込んで検討することが欠かせない。
■無茶な内容ではないこと
コストダウンは徹底的に取り組むほうが大きな効果を期待することができる。しかし、徹底的なコストダウンを間違えて理解し、目標達成が困難というレベルを通り越して、“無茶”な目標を立てることは避けなければならない。
■チェック機能があること
コストダウンは決して最終目標ではなく、利益追求のための取り組みのひとつにすぎない。“やりっぱなし”で終わらせるべき類のものではない。実効性の高いコストダウンを継続するためには、定期的に効果をチェックすることが不可欠だ。
3M(ムダ・ムラ・ムリ)とは
コストダウンに取り組む際、3M(ムダ・ムラ・ムリ)を見つけ出して改善していくことは非常に重要。ここでいう「ムダ・ムラ・ムリ」を以下のように定義しておこう。
- ムダ:時間や労力、経費などを本来必要のないものに利用している状態
- ムラ:ムダとムリがばらつきながら発生している状態
- ムリ:目標達成に必要な時間や労力、経費などが不足している状態
「ムダ・ムラ・ムリ」が発生しているということは、ヒト・モノ・カネ・情報などの限られた経営資源が企業活動に適切に配分されていない状態を指す。これをコストダウンの観点で表現するなら、以下の2つの状態だと言えるだろう。
- 不要な業務にコストをかけてしまっている
- 収益を高める可能性がある業務に対して必要なコストをかけていない
コストダウンを図るためには、現在の業務を見直し、「ムダ・ムラ・ムリ」のない組織を目指す必要がある。
見えない「ムダ・ムラ・ムリ」への対応
「ムダ・ムラ・ムリ」には、既に認識しているが、うまく対応できずに発生している「ムダ・ムラ・ムリ」もあれば、そもそもその存在が認識されていない「ムダ・ムラ・ムリ」もあるといわれる。全部が見えていることは普通はない。
ここで問題になるのは、存在が認識されていない「ムダ・ムラ・ムリ」。存在が認識されている「ムダ・ムラ・ムリ」は工夫次第で改善することが可能だ。一方、存在すら認識されていないものは、知らず知らずのうちに貴重な経営資源を浪費し続けることになってしまうだろう。
「ムダ・ムラ・ムリ」の解消に取り組むための第一歩は、社内で存在が認識されていない「ムダ・ムラ・ムリ」を顕在化させ、認識することにある。
潜在化しやすい3Mの特徴
潜在化している3M(ムダ・ムラ・ムリ)は、ただ闇雲に探しても見つかるものではない。潜在化している3Mには、それなりの固有の要因がある。「ムダ・ムラ・ムリ」が潜在化しやすい業務の特徴を洗い出し見よう。
慣例化してしまっている業務
はじめから「ムダ・ムラ・ムリ」だと分かっていて導入する業務はない。導入当時には明確な目的を持ち、目的を達成するための最適な方法として導入されていたはずだ。しかし、時が経つにつれて本来の目的は忘れ去られ、業務の手続きだけが慣例として組織内に残ってしまう。当初は目的を達成するために行う業務だったものが、次第にその業務を行うこと自体が目的化してしまった。そんな業務はどの会社にも存在する。
このため、その業務が「ムダ・ムラ・ムリ」の原因となっていても「従来から続いているから」といった理由だけで、「その業務が現在の業務目的に適合しているか」といった検討を行うことがなくなってしまう。特に、以下のような業務は慣例化しやすい傾向にある。
■担当者の変更が頻繁な業務
転勤・異動・転職・退職などによって、多くの担当者が引き継いできた業務は目的があいまいになり、業務自体が慣例化してしまう傾向がある。
業務を引き継ぐ際、前任者は「自分がいなくなってもその業務を順調に遂行できるようにする」ことに注力する。このため、作業手順の引継ぎは行っても、「この業務は何のために行っているのか」という業務目的を伝えることを怠ってしまいがちだ。
一方の新任者も、前任者がやっていたように業務を遂行しなければ、という意識から業務手順を覚えるのに必死。結果として「なぜ、この仕事を現在のような手順や方法で行っているのか」という意識が希薄となり、業務だけが慣例化されて残ってしまう。
■特定の人しか理解していない業務
日常的に自分の担当業務の目的を思い起こし、そこに「ムダ・ムラ・ムリ」がないか定期的に検討している従業員などほとんどいないだろう。このため、「ムダ・ムラ・ムリ」を発見するきっかけとして、担当者以外の従業員や管理者が客観的に業務上の問題を指摘することのできる体制を整えることが大切。
しかし、特定の人にしか分からない業務はそのような指摘をしてくれる人がいない。指摘しようにも、そもそもその業務を知らないので指摘できるわけがない。その結果、「ムダ・ムラ・ムリ」があっても誰からの批判も受けずに業務が慣例化していくことになってしまう。
現実の会社では、このような業務は意外と多いといわれる。典型的なのは「専門性の高い業務」だが、日常的なルーチンワークの中にも決して少なくない。例えば、担当者に任せっきりとなっていて、その人が休んでしまうと、実は誰もその人に代わって業務を行えなかったなどといった経験はどこの職場でも見られるはずだ。このような業務は「ムダ・ムラ・ムリ」が潜みやすい業務といえるだろう。
一般の会社では、専門的な業務に比べ、日常のルーチンワークが圧倒的に多い。このため、「ムダ・ムラ・ムリ」の多くはルーチンワークの中に潜んでいる。専門性の高い業務については、高い専門知識を持った限られた人材しか「ムダ・ムラ・ムリ」の存在を見抜くことができないが、ルーチンワークはその業務に注意を払うことによって、誰もが「ムダ・ムラ・ムリ」を発見し、改善に取り組むことができる。このため、まず優先して取り組むべきは、このルーチンワークに見られる「ムダ・ムラ・ムリ」の発見と改善ということになる。
責任者があいまいな業務
責任者があいまいな業務についても「ムダ・ムラ・ムリ」が潜みがちだといわれる。
例えば、複数の部門間にわたる業務がこれに該当する。多くの場合、実務レベルの管理は各部課単位で行っている。しかし、会社の業務は各部課単位で完結しているわけではなく、必ず複数の部課が関与している業務がある。このため、管理主体と業務内容の間にミスマッチが発生し、業務全体にわたって責任を持った管理者が不在になってしまう。
管理者があいまいだと、積極的に3M(ムダ・ムラ・ムリ)を探し出し、解決する人がいないわけなので、ここにに注意を払う人は不在ということになる。
実務担当者などが「ムダ・ムラ・ムリ」に気がついたとしても、単独の部課では見直しを行うことができないし、ほかの関係部門と相談することも面倒臭い、あるいは今度時間に余裕があるときにしようとずるずると後回しになってしまい、結果として放置されてしまうことになる。
ムダ・ムラ・ムリを見つける
3M(ムダ・ムラ・ムリ)を発見し、その解消を個別に推進する取り組みは、全社的にはもちろん、部課単位や個々の従業員でも進めていくことが可能だ。しかし、最終目標である「コストダウン」の取り組みの一環として3Mの削減を行うのであれば、全社的な活動として一貫した取り組みを行っていくことが重要。
この観点から考えた場合、コストダウンを推進するために設置された経営者および部課長などから構成される「コストダウン推進委員会」のような組織が主導的役割を果たすことが適切だろう。コストダウン推進委員会は、文字通りコストダウン推進のシンボルとなる組織であり、この存在だけで従業員のコストダウンに対する意識は高まっていくはず。
コストダウン推進委員会が中心となって行う「ムダ・ムラ・ムリ」の発見方法として、事前の回避策を講じるやりかたと、事後の改善策を講じるアプローチがある。
事前の回避策
現在発生している「ムダ・ムラ・ムリ」、あるいはこれから発生するかもしれない「ムダ・ムラ・ムリ」を見つけるために、以下のような順序を実行する。
■職務内容の明確化
最初に、現在行っている業務プロセスや業務内容の全体像を明らかにする。特に現場レベルの業務を対象とする場合は、担当職務が詳細かつ膨大になる傾向があり容易ではない。方法としては「職務記述書」などを使って自己申告をさせるとともに、不明な部分については直属の上司がヒアリングなどを通じて確認するといったことも必要になるだろう。
■業務目標の明確化
全社、部課、従業員ごとなどの業務に対する目標を明確にする。明確化された業務目標は、本当に業務活動上必要となる業務と「ムダ・ムラ・ムリ」の原因となる必要性の低い業務を判断する際の指針となる。
■現在の業務プロセス(業務方法)との差異分析
明確にした業務目標に従って、現在の業務内容が目標達成に対して有効な業務であるかどうかについて検討を加える。ここで、有効性の低い業務が「ムダ・ムラ・ムリ」を生み出している業務となる。
事後の改善策
前述した事前の回避策に取り組んでいる会社であっても、不意に「ムダ、ムラ、ムリ」が現れることがある。
日常業務の中では、「納期が遅れてしまった」「お客様から苦情が発生した」など多くのトラブルが発生する。トラブルの原因は、とかく原因を作った人の不注意や能力不足といった「属人的な批判」で終わりがちだ。しかし実は、その背後に「ムダ・ムラ・ムリ」が原因となっているケースは少なくない。人を批判する前に、現在の業務の方法などに「ムダ・ムラ・ムリ」がないか検討してみるといい。
例えば、「納期に遅れてしまった」のは、日々忙しく外を飛び回っている営業担当者が、大口受注にも関わらず、忙しさのあまり在庫の数量を確認せず、必要となる追加発注の手続きや納期の確認などを行っていなかったことが原因かもしれない。
この結果、営業担当者は上司とともに先方へお詫びに行くという本来ならば不必要な「ムダ」な業務が発生する。場合によっては今後予定していた取引が中止となってしまうことにもなりかねない。
この場合は、売上目標達成に向けて注文を獲得する事に一生懸命になっている営業担当者に、在庫数量を確認させ、追加発注や納期管理まで任せることに「ムリ」があったとも考えられる。忙しい営業担当者任せにせず、事務担当者が一連の業務を担当することで、この問題は解決することができる。
事前と事後の両輪で改善する
個々の従業員が抱える業務は、細かい業務を含めると非常に多くてしかも多様。また、他部門からは「何の業務をやっているのか」「その成果を上げるためにどのような方法で、どれ位の時間をかけているのか」といったことが分かりにくいのが普通だ。このため、前述した職務記述書の提出など「事前の取り組み」を従業員に任せっきりでは効果に限界がある。
さらに、積極的に3M(ムダ・ムラ・ムリ)を改善しようとする風土がある組織であれば、発注ミスなども見逃さない。そこに3Mがあると認識し、即座に対応を講じようと試みるはずだ。このように、3Mを削減するうえで、事前の回避策と事後の改善策は両輪となる取り組みであり、これらを従業員が日常的に取り組むように動機付けするのがコストダウン推進委員会の役割となる。
ムダ・ムラ・ムリの解消
前述した2つのアプローチによって、顕在化せずに組織内に巣食っていた3M(ムダ・ムラ・ムリ)の存在を明らかにすることができるはず。今度は、顕在化した3Mを解消するための対策を検討し、実行していく段階になる。
発生する3Mは多様であり、それを解消するための方法もまた、個々のケースに応じて多様な方法を用いらなければならないため、一概に解決策を示すことはできない。しかし、これまでの多くのケースから、3M解消案を検討する際の基本的なフローは以下の3ステップだと言われている。
- 業務を止める
- 業務を減らす
- 業務を変える
業務自体を「止める」
3M(ムダ・ムラ・ムリ)を解消するために最も効果的なものは、3Mの発生原因を根本的になくしてしまうこと。その業務自体を止める(廃止、削除など)ことができないか、という視点で解消を図る。
業務を「減らす」
「止める」ことができない業務については「減らす」(回数、頻度、数量、重さ、サイズなどを減らす)ことを考える。例えば、毎日行っている報告を週単位、あるいは月単位の報告に変えてみるといった方法で解消を図る。
業務のやり方を「変える」
「止める」ことも「減らす」こともできないけれど「ムダ・ムラ・ムリ」が見られる業務については「変える」(形、色、位置、場所、順序、手順、材料、部品、担当などを変える)ことによってより効率的に業務を行う方法を検討し、3Mを解消する。
会社経営にとっての3M(ムダ・ムラ・ムリ)は、車のガソリンタンクにあいた「小さな穴」のような存在と考えるといいだろう。「小さな穴」によって車が直ちにに走れなくなってしまうことはない。しかし、ガソリンは少しずつ確実に減少していうく。また、小さな穴でも、その数が多くなってしまうと大切なガソリンはみるみる減少して、車は走り続けることができなくなってしまう。
3M(ムダ・ムラ・ムリ)の解消に取り組むことは、会社経営にとっては、貴重な経営資源の浪費を防ぐ活動。経営者は「ムダ・ムラ・ムリ」の解消に対してより積極的に取り組む必要があるだろう。