『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』で会計を学ぶ

経理/財務
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ミリオンセラーの会計本

サブタイトルに「身近な疑問からはじめる会計学」と書いてある。そう。『会計学』の本なのだ。これを買う皆さんは、さおだけ屋…というタイトルを見て、「そう言われてみれば」と不思議に思ってこの本を手にしたのだろうか。それとも内容が面白いからだろうか。とにかく売れに売れた新書である。何しろミリオンセラー。かなりの数のビジネスマンが読んでいるのは間違いない。

著者の山田真哉氏は公認会計士だ。「会計」という堅いテーマにも関らず、とても分かりやすく書いてあり、会計のエッセンスを十分理解できる。著者によれば、これは会計の入門書でも何でもなく、会計を嫌いにならないためのツールだとのこと。著者はこの本以外にも、<女子大生会計士の事件簿>シリーズとして、事件の謎解きをしながら会計知識を身につける小説を書いている。

私はかつて、IT関係の営業職だったことがある。今や会計学は、ITの営業マンにとって最も必要な知識のひとつである。会計システムの提案に必須という単純な話ではない。お客様にITシステムの提案をする際には、必ず導入効果について示さなければならない。かつての導入効果は単純なコスト削減効果だったが、最近では「バランスシートの軽量化」などを語らなければ、お客様も決裁しなくなったのだ。

このところ、会計監査系のITコンサルティング会社が、技術系のITベンダーをおしのけて成長しているのは事実。会計学を理解しているか否かが、ビジネスの勝敗に影響しているようにも見える。

日本の学校で教える会計学は、まず簿記の仕訳から教えるため、面白いと思ってスタートすることはない。「入門」とか「やさしい」と言っても、まず簿記から教えようとするので普通は途中で挫折する。そこに登場したのが本書である。

現代の経営ニーズにつながる会計学の「本質的な考え方」をどうやったら理解してもらえるか。著者は、そのひとつのツールとして本書を書いた。

身近な疑問からはじめる会計学

さおだけ屋のエピソードは、最初の章で「利益」について考える際に登場する。さおだけ屋とは、軽トラックの荷台にものほし竿をたくさん積んで、スピーカーで「さおやー、さおだけー」と歌いながら住宅街をゆっくり走ってまわるあの商売だ。ただ、さおだけ屋からものほし竿を買っている人を見たことがない。本当にこんな商売で利益が上がるのか。

利益は売上から費用を差引いたものだ。利益が上がるためには売上よりも費用が少なければよい。ここで著者はいくつかの仮説を設定し、追跡調査をする。行き着いた結論は2つ。さおだけ屋が単価を上げることで売上を増やしたという結論と、(仕入)費用がほとんどかからない副業だったという結論だ。利益は、売上を増やすか、費用を減らすか、どちらかからしか出てこない。こんな当然のことから、さおだけ屋の商売の本質を考える。

利益を出すことを念頭に置くと、「節約」が大事だ。著者は、この節約に関してだけは、比率(パーセンテージ)で考えてはいけないと説いている。節約は「絶対額」で考えないと意味が無いことを会計学から考察している。

次のエピソードは、普通の住宅地にある高級フランス料理店の謎についてだ。人通りが多いわけでもなく、有名店でもなく、かなり値段の高いこのフランス料理店の商売は、実は「連結経営」にあったという話である。どういうことかは本書をお読みいただきたい。本業だけでなく、副業も併せて利益が出れば、商売は成立するという「連結」の概念を、謎解きを使って解明してみせる。

このような具合に、身近にある不思議な商売の「謎」を解くというエピソードが次々出てくる。

その次のエピソードでは、近所で見かけた「在庫だらけ」の自然食品店の謎解きを行い、在庫と資金繰りの考え方を説き、「掛け」や手形の考え方から、日本が誇る「カンバン」や「サプライチェーン・マネジメント」がなぜ素晴らしい経営手法なのかまでを説明してみせている。

この調子で、「連結経営」「在庫」に続き、「機会損失」「回転率」「キャッシュフロー」など、現代の経営ニーズにつながる会計学のコンセプトが、分かりやすいエピソードで語られている。既に会計を学んだ方々からすると、まどろっこしいお話が並んでいるに過ぎないのだろうが、本書を入口に、もっと会計の世界を理解してビジネスチャンスにつなげる人が増えるのではないだろうか。

本書の魅力は、企業会計への興味をかき立てるばかりではない。実は、家庭人としての生活も、「会計学」から見直してみるエピソードがいくつかある。例えば、家庭の決算書の話。

最近、雑誌やテレビ番組の特集などで、家庭の決算書をつくってみようという話題が多い。ベストセラー「金持ち父さん…」でバランスシートを使って家計を考えた影響の発展形だと思うが、本書で著者はその使い方に注意が必要だと述べている。

家庭の決算書をつくったあとにやることは「見直し」である。そして、必ずと言っていいほど出てくるのは、「住宅ローンの繰上げ返済」と「生命保険の見直し」だ。この2つは確かに家計に占める割合も大きいので、検討するに値する。

著者が指摘しているのは、繰上げ返済の論拠になっている「債務超過状態だから危険」という前提がおかしいということ。会社の場合は確かに債務超過で倒産する可能性が高まるが、それは仕入代金を早く返済しなくてはいけない事情があるからこそだ。20年とか30年かけてかけて数万円ずつ支払う個人の住宅ローンでは、債務超過云々を議論すること自体、センスがない。会計の本質を分かっているかどうか。これをセンスだと著者は言う。

センスといえば、本書の最終エピソードに、「数字のセンス」の話が出てきて面白い。これは国内航空会社や、家電量販店などで実際に行われている「キャンペーン」を紐解いたものだ。

■50人に1人が『無料』 ~キャッシュバック・キャンペーン【実施中!!】

これを見て、多くの人は、「へぇ、タダになるなんてすごいなぁ。」と思う。随分と思い切ったキャンペーンだと感じてしまうのは、無料=お得という思考回路が出来上がっているからだ。50人に1人というのも、案外当たるかもしれないという期待を抱かせる。

しかし、著者は、冷静に計算すれば、この広告主にとって「2%割引」をしているに過ぎないと指摘する。確かにその通りだ。100人で2人が無料なのだから、2%割引である。キチンと数字で考えれば、「50人に1人が無料」より、消費税分を還元=10%割引(本書の時点では5%割引)のほうが確実に得なのだ。著者は、数学が得意とか、数字に強くなくても、「センス」があれば会計は使えるということを述べている。

歓迎すべき新書

どんな専門領域でも、やさしく書いた本と、分かりやすく書いた本が存在する。それらは同じかというと、実は本質的に違うものだと考えている。この本は、会計を学ぼうとする方々のための「やさしい会計学」ではなく、一般向けに会計の本質を噛み砕いた本である。

理系の人間は、これを読んだときに新書「ブルーバックス」シリーズを想いだすかもしれない。同シリーズには、微分・積分を使わないで様々な物理現象を説明しようと試みたものが多く、これを読んで、大学入学以前に科学に興味を持った友人も多かった。もちろん、専門的に学んでから、このシリーズを読むことはなくなったが。

なぜ本書が出版されるまで、会計学に関してこの手の本がなかったのか不思議に思う。この本が大ヒットしたことで、会計学の世界でも、類似のアプローチが増えたように感じる。本書のコミック版まで出版されており、専門外の者にとっては歓迎すべきことである。

最後に余談をひとつ。

本書で指摘されている「住宅ローンの繰上げ返済」について、確かに債務超過というセンスのない理由を述べる輩もいるが、最近のアドバイザーは「金利」や「手元のキャッシュ」を言及する。

ローン金利が高い場合、普通の預貯金ではスズメの涙ほどしか金利がつかないが、繰上げ返済をすることで、金利負担を大幅に削減できる可能性がある。逆にローン金利が低い場合、住宅ローンは極めて有益な借り入れ手段として考えることができる。

これも概算で出すことができるので、センスを磨くために算出して、借入と金利の全体について自分の頭で考えてみることをお勧めする。

目次概略

山田真哉著『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学』の目次概略は以下の通り。

  1. さおだけ屋はなぜ潰れないのか?(利益の出し方)
  2. ベッドタウンに高級フランス料理店の謎(連結経営)
  3. 在庫だらけの自然食品店 (在庫と資金繰り)
  4. 完売したのに怒られた! (機会損失と決算書)
  5. トップを逃して満足するギャンブラー (回転率)
  6. あの人はなぜいつもワリカンの支払い役になるのか?(キャッシュ・フロー)
  7. 数字に弱くても「数字のセンス」があればいい(数字のセンス)
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