肥満のこと【1】問題なのは体脂肪

心身の健康
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問題は体重よりも体脂肪

40歳代後半から、年に1回の人間ドックのあとに「特定保健指導」を受けることが多くなった。「メタボ」と呼ばれるメタボリックシンドロームの診断基準に引っかかるようになったのだ。基準は体格指数『BMI』と、お腹回りの『腹囲』、あとは血圧、血糖値、脂質の検査結果で判断される。「指導」の内容は食習慣や運動を中心とした生活習慣だ。指導員から目標設定と個別具体的な生活習慣の改善について話し合い、おおよそ半年かけて改善状況の記録を取ることになる。

実際には「もう少し体重を落としなさい」という指導を受ける。軽度の肥満と判断されているのだ。見た目はそうでもないと思うのだけど…。

肥満とは、外見が太っていること、あるいは、体重が重いことだと単純に考えがちだ。けれども、見た目がやせているからといって、「肥満ではない」とは実は言い切れないという。では、「肥満」とはどういう状態を指すのだろうか。

肥満の基準となるのは、からだの「体脂肪(体内に蓄積された脂肪組織)」の割合。人のからだの成分は、およそ60~70%が水分で、残りがたんぱく質、ミネラル、糖質、脂肪だ。このうち脂肪がどのくらいの割合を占めているのかによって、肥満か肥満でないかを判断するという。そして、この構成成分の中の脂肪成分割合を「体脂肪率」と呼んでいる。体脂肪率が高いと、肥満と考えるわけだ。

確かに、体重が重い人は、体脂肪率が高い=肥満である場合が多い。けれども、例えば、体重が100キロを超えるような筋肉隆々としたスポーツマンたちは、体重が重いからといって肥満ではない。彼らは厳しいトレーニングでからだを鍛えた結果、骨や筋肉が発達して重くなり、体重が増加しているのであって、むしろ体脂肪率は低い。逆に、やせていたり、体重が平均的でも、内臓に体脂肪が蓄積されていると、体脂肪率が高くなり、いわゆる「隠れ肥満」になってしまう。

肥満は、ほとんどの生活習慣病のもとになる病的な状態と考える傾向が強まっている。肥満の基準となる体脂肪率の高い人は、太っていようがやせていようが、からだが危険信号を発していると考えられるのだ。

そもそも体脂肪とは

体脂肪とは、からだにたくわえられた脂肪組織のこと。ふつうの人で、全体重の10%以上の重量を体脂肪が占めるといわれる。ダイエット中の人にとっては、「体脂肪」は少しでも減らしたい憎むべきもの。けれども実は、体脂肪は人間が生存していく上でなくてはならない組織だ。

体内にたくわえられた体脂肪は、エネルギー貯蔵庫としての役割を持っている。1キログラムの脂肪の持つエネルギーは約7000キロカロリー。体重50kgの人が体内に20%の脂肪を持っていたとすると、体脂肪は10キロ。体内には7万キロカロリーのエネルギーが蓄えられている計算になる。人間が一日に平均して消費するカロリーを2000キロカロリーとすると、この人は水分さえ補給すれば、35日間は何も食べなくても生き延びることができることになる。時折、地震などの災害時に、がれきの下で、雨水だけで数十日も生き延びたという話を聞くとこがあるが、それも体にたくわえられていた体脂肪がエネルギーを与えてくれたおかげだという。

人類は、太古の昔から飢餓に耐え、厳しい環境に適応しながら進化してきた。狩猟や木の実を採集していた時代には、食物が毎日得られるとは限らないので、わずかな食事でも効率よくエネルギーにする必要があった。そのため、余ったエネルギーを中性脂肪に変えて体脂肪の中に備蓄するという働きが発達したと考えられている。

食料の保存技術が発達し、生活が便利になってきた現代では、食べ過ぎや運動不足から、余分な体脂肪を貯めて肥満になり、さらには、様々な病気を招いているのは、とても皮肉なことといえよう。

体脂肪は変化する臓器

体内の水分が年齢とともに失われていくのと反比例して、体脂肪は、一般的に、年齢を重ねるにつれ増えていく。ドコモ・ヘルスケア株式会社が2017年に発表した調査によると、年代別の体脂肪率を比較すると、年齢が上がるにつれて数値が上昇する傾向があることが明確になったという。以下がその内容だ。

引用:ドコモ・ヘルスケア  2017年1月のリリース

上記グラフは20歳以上のものだが、生まれたばかりの赤ん坊にも体脂肪は存在する。妊娠期間中に脂肪細胞が作られるのだ。人間は、遺伝的に体脂肪をたくわえる能力を持っていると言っていいだろう。

体に蓄積された脂肪組織=体脂肪は、体内にエネルギーを貯蔵し、飢餓状態を防ぐ機能を担っている。そのため、「エネルギーの供給源となる臓器」とも言われている。同時に、細胞の重要な構成成分でもあり、複合脂質、ステロールなどの形で、人間のからだの中で様々な機能を果たしている。例えば、体温を保つための断熱作用、クッションとして、内臓を守り、正常な位置を保つといった役割もある。

体脂肪を臓器として捉えるなら、もっとも重量の変化の激しい臓器とも言えるだろう。体脂肪は大きくなったり、小さくなったりしながら、活発に代謝活動を繰り広げているのだ。

また、体脂肪は体のいたるところに存在する。脳の中にさえ脂肪はある。例外が、関節などの部位や男性器。また、乳房も体脂肪とは言えない。乳房の大小は乳腺の発育によるもので、脂肪の多少とは関係ない。乳房に脂肪は含まれているが、主に細胞の構成素となっていて、燃える脂肪は少ないのだ。ダイエットすると、胸がやせると思っている人が意外に多いが、それは心理的にやせたように思えるか、ホルモンによる影響ではないかといわれている。

昔からダイエットはある

歴史をひもといてみると、肥満の治療に食事コントロールが必要であることが認識され、肥満と体脂肪の関係が明らかになってきたのは、19世紀後半になってからのことといわれる。もちろん、肥満が健康上良くないことは、昔の人も気づいていたようで、紀元前4世紀に、医学の父といわれるギリシャの哲学者ヒポクラテスは、肥満に関する医学的な記述を残している。

日本では、平安末期の『今昔物語』や、鎌倉時代の『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)』に、太りすぎに悩む人物が、冬は湯漬け、夏は水漬けの飯でダイエットしている様子が描かれている。天正年間の1588年には、『三十余歳男子御肥満』という書が著され、肥満は脂肪の多い鳥類や魚類をとったり、食べ過ぎから起こると説かれた。今と違って、昔は寿命が短いので、三十余歳と言えば、今で言う中年太りの年代かもしれない。今よりずっと淡泊な食事をしていたはずの昔の日本人でも、やはり肥満を気にする人はいたということだ。

慶應義塾の創始者で「1万円札」の福沢諭吉は、『婦人肥満之説』の中で、婦人は甘い菓子類を好むけれど、炭素原を砂糖からではなく肉や魚から多くとって、十分に運動をすれば、太りすぎることはないと、ダイエットの正論を説いている。しかし、福沢諭吉の時代にも、肥満と体脂肪の関係にはまだ目が向けられていなかったようだ。中には、ぜい肉を針で刺す、ベルトで締め付けるなどの拷問のような肥満治療も試みられたこともあったとか。

肥満が「体脂肪が異常に増加した状態」を指すことがわかるまで、ヒポクラテスの時代から実に幾世紀もの歳月が必要だった。

女性のお尻の脂肪は自然

「ウエストとヒップの比率が高いほど、いろいろな病気のもとになりやすい。そこで、上半身をダイエットしてウエストを細くするのは、スタイルを良く見せるだけでなく、健康にもつながる」という見方がある。たしかに、ウエストとヒップの比率が、中性脂肪の増加、HDLコレステロールの低下、高血圧など各種疾病と関係するという説は、数十年前から言われている。アメリカでも、科学アカデミーがウエストとヒップの比が0.9を超す男性と、0.8を超す女性には注意を呼びかけていた。

しかし、上半身の脂肪のつき具合は、民族や遺伝要素によって異なり、これを目安にするのは日本人向きではない。欧米人は、一般的にヒップが大きくウエストもくっきりとくびれているため、ウエストとヒップ比が病気と相関しやすいと考えられる。一方、日本人は、もともとヒップとウエストの差が小さく、めりはりのない体型が一般的。そして、太ると、ウエストからヒップにかけてなだらかに皮下脂肪がつき、その傾向が助長される。

したがって、一般的な日本人女性はよほどウエストとヒップ比が大きくならない限り、健康上の心配はいらないといわれている。むしろ下半身がふくよかなのは自然なこと。思春期になると女性ホルモンが多量に分泌されて、ヒップや太ももに脂肪がつくが、それは妊娠して出産する時に必要なエネルギーをたくわえている状態だ。

無理なダイエットを繰り返すと、カルシウム不足になり、骨が弱ってしまう可能性がある。すると本人の健康を損なうのは言うまでもなく、出産時に赤ちゃんに悪影響を与えることにもつながる。体脂肪はつき過ぎるのも問題だが、脂肪は人間が活動するために必要なエネルギーなのだ。

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