スマートフォンのビジネス利用
2021年9月、株式会社NTTドコモのモバイル社会研究所は、この12年間の国内におけるモバイル ICT の利用動向をまとめた「モバイル社会白書 2021 年版」を、無償で公開した。
この白書によれば、2010年から12 年間の特徴として、スマートフォンの普及率の拡大があるようだ。携帯電話に占めるスマートフォン比率は、2010年2月時点ではわずか 4.4%。それが2021年1月時点には92.8%にまでなっている。公開データは以下の通り。
スマートフォンをビジネスで活用するのは普通のことになった。かつて、携帯電話とPHS(今ではフューチャーフォンと呼ぶ)が「1人1台」になった頃、ビジネスへの活用が急激に増えて、それと同時にさまざまな問題点も露呈した。
今回は、携帯電話からスマートフォンの時代になり、それらの問題点がどうなっているのかを再考してみたい。
携帯電話普及のビジネスへの影響
国際電気通信連合(ITU: International Telecommunication Union)では定期的に主要国の携帯電話やインターネットに関する統計資料をまとめ、各国の動向を推し量れるデータを公開している。これによると、日本の携帯電話普及率が「100%を超えた」のが2011年。携帯電話台数が人口を超えている訳なので、ひとりで数台の携帯電話・PHS・スマートフォンを保有する人も珍しくないことを意味している。
日本で最初のiPhoneが登場したのは2008年。ソフトバンクとアップルがiPhone3Gを発売した。それ以前の携帯電話・PHSの普及の段階において、モバイルICTはビジネスのあり方を変えるきっかけとなったと言われる。当時からビジネスにおいては、外出先からの定時連絡、インターネットサービスを利用した在庫確認、携帯電話用ホームページ開設による広告などで利用されていた。
「いつでも、どこでも連絡が取れる」といった携帯電話・PHSの便利さは、企業内あるいは企業同士の連絡を迅速で確実なものにしていると同時に、市場に対する身近な広告媒体になるなどビジネスに大きく生かされていたのだ。この本質的な部分は、スマートフォン時代になっても変わっていない。
携帯電話・PHS・スマートフォンをビジネスに利用することの効果を知った企業は、以下の2つの方法で「これらを社員が仕事に使える環境」を整えた。
- 社員に携帯電話などを貸与する
- 社員が持つ携帯電話などを業務に使用させる
スマートフォンが普及してから、上記2つの方法のうち、下のやり方を「BYOD」と呼んだ。これは「自分のデバイスを持ち込む(Bring Your Own Device」という意味だ。
ビジネスツールとしてのモバイルICT
携帯電話・PHS(以降は「ケータイ」とする)がビジネスに利用されはじめたころ、企業名義のケータイを貸与されていたのは外回りの営業担当者だった。それまで企業は外出中の営業担当者と連絡を取ることが困難だったし、営業担当者自身が外出先から確認したい事項も山ほどあったからだ。こうした社員にケータイを貸与することで、連絡体制がスムーズになり業務の効率化が図れる。「ビジネスにケータイを利用しているのは外回りの営業担当者」というのが当たり前だった。
最近の状況は当時とは少し異なる。営業担当者でなくても、社員は簡単な連絡に私物のスマートフォンを利用するようになった。また、企業側が「私物のスマートフォン利用を勧める」ことも珍しくない。
現在では企業が一定の社員にスマートフォンを貸与するだけでなく、そのほかの社員も私物を利用するようになっており、すべての社員が何らかの形でスマートフォンをビジネスに利用している状況になっているといえるだろう。
かつての問題点はどうなったか
ビジネスにケータイが利用されるようになって顕在化した代表的な問題は「私用電話」だった。今でも通信料金が高いことが話題になるが、高価な通信料を「公私で使い分け」する前提で考えると、会社側は何らかの形で管理する必要がでてくる。
企業が貸与するにしても、社員が自らのケータイを使用するとしても、その管理は非常に難しい。管理というのは、いつ、だれが、何の用で、どこに電話しているかをすべて把握することになってしまう。使い分けのサービスや、利用明細で確認することもできたが、そのためのオプション料金、支払ったり管理コストが発生する。私物のケータイを利用している社員に利用明細を提出させることはそもそもプライバシーの侵害となってしまう。
ケータイをビジネスに利用しはじめた途端、その管理の複雑さに多くの企業が気づいた。かつて社員がケータイを利用する際に生じた問題を以下にまとめ、スマートフォン時代ではどうなるかをみてみよう。
企業が貸与している場合
■私用電話・私用通信
社員がケータイを利用することで起こる代表的な問題が私用電話。これを防止することは簡単ではなく、社員のモラルに任せるところが大きい。もし、私用電話を確実に防止し、「私用電話の通話料金は社員負担にする」のであれば、利用明細書のチェックなどを検討することになる。チェックに関わる手間やコストとの見合いであまり現実的ではない。仮に、私用電話と思われるものを発見しても、社員がもっともらしい説明をしてくれば、立証は困難だ。
このような状況から、多くの企業は「よほど悪質でない限りは私用電話を黙認する」ようだ。異常な通信料金であれば追及するものの、そうでなければ黙認が最も合理的な運用方法だといえよう。この問題はスマートフォン時代になっても根本的には同じだ。
■破損・紛失・情報漏洩
社用ケータイは、企業が業務用の必要性から社員に貸与しているものであるため、その保管責任は社員にも発生する。そのため、ケータイに限らず企業が貸与している物品を社員が紛失あるいは破損した際は、企業はその実費を請求することができる。ただし、この際に実費以上の損害賠償を請求したり、あらかじめ損害賠償の金額を決めておくことはできない。スマートフォンになって変わったのは、この「実費」の金額が高価になったことが挙げられる。
また、紛失での大きなリスクとして「情報漏洩」がある。業務で利用する重要情報ごと紛失した場合には、その内容や対処法によっては取引停止などのリスクが発生する。スマートフォン時代になり、紛失したデバイスを探すサービスが提供されていたり、遠隔からデータを消去するサービスが提供されるようになった。
私物を利用している場合
■利用料金の負担
企業がケータイを貸与していない社員、あるいは貸与の対象となっていない社員でも、外出先からのちょっとした連絡事項に私物のケータイを利用することがある。企業から貸与されていないため、仕方なく私物を利用しているといった人もいるだろう。このようなケースで問題となるのは利用料金の負担ルール。私物利用には以下の2パターンがあり、各々で考え方が異なる。
- 企業が私物を利用するように指示
- 社員が自発的に私物を使用
まず、「1.企業が私物を利用するように指示」の場合は、企業側が一定の利用料金を負担すべきだ。ただし、利用頻度が低く、受信が中心などの場合には特に留意すべき問題ではないといえる。社員側から何らかのアクションが起こったときに対処すれば十分。
次に、「2.社員が自発的に私物を使用」の場合は、一般論をいえば、企業が指示をしているわけでもないため、企業がその料金を負担する必要はない。利用頻度が低い場合はなおさらだ。もし、業務上、私物の利用頻度が高く、そのために利用料金が高額になってしまう社員がいたら、こうした社員にはケータイを貸与してしまうのが最も合理的だといえる。これらについてはスマートフォン時代でも事情は同じだと考えられる。
■紛失・情報漏洩
企業側が貸与している場合と同じく、業務で使う私用ケータイ紛失での大きなリスクとして「情報漏洩」がある。漏洩の責任が企業なのか個人なのかは、「1.企業が私物を利用するように指示」の場合は確実に企業だが、「2.社員が自発的に私物を使用」ではやや微妙だ。少なくとも利用規程のような会社のルールを定め、社員教育などを通じて企業側が安全のための努力をしない場合は、管理責任を問われることになるだろう。
前述の通り、スマートフォン時代になり、紛失したデバイスを探すサービスが提供されていたり、遠隔からデータを消去するサービスが提供されるようになったが、私物の場合にこういったサービスを使えるかどうかは持ち主の設定に依存してしまう。
労務管理上の問題点
■休日連絡とハラスメント
休日は労働の義務が免除された日であり、社員は自由に過ごすことができる。しかし、ケータイで気軽に連絡が取れるため、休日であっても社員に連絡することが多くなりがちだ。緊急の要件であれば仕方のないことだが、次の営業日でも間に合うようなちょっとした内容を確認するのは避けたほうがよいだろう。企業にとって、平日・休日を問わずケータイで連絡が取れるのは好ましいことでも、社員にとっては恐らく迷惑に違いない。
また、特にセクシャルハラスメント問題には配慮すべきと言われている。業務上利用するケータイの場合、その番号は関係する社員のほとんどに知らされている。そのため、休日にプライベートの誘いをする社員がいるかもしれない。この点については明確なルールを設ける必要がある。
こういった問題点は、ケータイがスマートフォンになっても同様。スマートフォンでは、従来の電話・メッセンジャー・キャリアメール以外にLINEをはじめとするSNSなど連絡手段が多様になった分、あらゆる手段で休日連絡を取れる可能性がある。
■就業時間外の連絡
休日と同様に、就業時間外の連絡も問題となってくる。連絡内容によっては、その連絡応対は労働とみなされ、その結果、法定労働時間を超えるようであれば、その分の残業手当を支払う必要がある。現実問題として、就業時間外のちょっとした業務連絡を「残業である」と主張する社員はいないだろうが、法的には残業とみなされ、残業手当の支払義務が発生することもある、といった事実は念頭に置かなければならない。
この問題点も、ケータイがスマートフォンになっても同様だ。スマートフォンでは、従来より連絡手段が多様になった分、あらゆる手段で就業時間外連絡を取れる可能性がある。
問題の解決策
ここまでで、ケータイのビジネス利用で生じるさまざまな問題を紹介し、それがスマートフォンに代わったときの考察を行った。企業としては、スマートフォンのビジネス利用をより安全かつ有効なものとするためにさまざまな問題に対処しなければならない。
しかし、残念ながら、スマートフォンのビジネス利用にかかわる問題を即座に解決できる方法はない。例えば「安全なBYODのために」と銘打ったソリューションは色々出ているが、これらはどちらかというとセキュリティに関わる問題であって、解決できるのは情報漏洩などに限られる。
結局は意識の改善につきる
ここまで見てきたように、ケータイやスマートフォンのビジネス利用に関する問題は、企業と社員の意識の違いや公私の区別によるところが多く、両者が誠意をもって対応していれば発生しないともいえる。本質的に解決しようと思えば、まずは企業と社員の業務上のスマートフォン利用に対するモラルを向上させるための意識改革が必要になるだろう。
その意識改革をうながすための手段として「スマートフォンの利用規程」の作成がある。それがどれ程の実効力を持つかについては、やはり企業と社員の意識の問題となるが、書面によって明確に示されることと、それを会社側がキッチリ説明し、理解度を把握するなどの努力をすべきだ。
こういった意識改善により問題解決が図れる例としては、情報セキュリティやコンプライアンス(法令遵守)、インサイダー取引禁止、ハラスメント禁止などがある。どれも本質的には企業と社員の意識の違いや公私の区別によるところが多く、スマートフォンのビジネス利用の問題と根源は同じだ。
スマートフォンの利用規程を考える
上記でふれた「スマートフォンの利用規程」は、企業が独自に定めるものであるため、就業規則や他の規程のように法律に則る内容ではない。企業は、社員のスマートフォン利用状況やそれにかかわる問題を調査し、自社に適した規程を定めることが重要だ。利用規程に盛り込むべきに主な内容は、以下の4点くらいだろう。
- 業務でスマートフォンを利用するうえでの心得
- スマートフォン貸与の範囲
- 利用料金の負担の有無、またその負担方法
- 紛失、破損した際の責任範囲
必要であれば罰則規定も設けるとよい。イメージを具体化するため規程の例を示しておく。
■スマートフォン貸与に関する規程(例)
第1条(目的)
この規程は、○○株式会社(以下「会社」)が、その名義において契約したスマートフォンを、社員に貸与する際の取り扱いについて定めるものであり、スマートフォンの有効かつ効率的な利用を促進することを目的とする。
第2条(貸与対象者)
会社は、業務の遂行上、スマートフォンを利用することが適当と認める社員に対して、会社名義のスマートフォンを貸与する。
第3条(社員の申請)
第2条以外の社員であっても、業務の遂行上、スマートフォンの使用が必要であるとする社員は、貸与を申請することができる。
2. 前項の申出があったときは、申請者の業務内容などを審査し、会社が適当と認めた場合に貸与対象者とする。
第4条(順守規定)
第2条および第3条により、会社からスマートフォンの貸与を受けた社員は、次に掲げる事項を誠実に順守しなければならない。
- 使用にあたって周囲に迷惑をかけないこと
- 使用は、業務上の必要最低限の範囲にとどめること
- 商談中や自動車の運転中は電源を切っておくこと
- 業務以外の連絡事項には私用しないこと
第5条(通話記録の確認)
会社は、必要があると認めたときは、あらかじめ社員に通知したうえで、その通話記録を確認することができる。
1)業務の遂行以外の目的でスマートフォンが使用されたと認められる時は、その通話に関わる料金を社員から徴収することができる。
2)前項の措置に不服のある場合は、社員は総務部長に対して不服を申し立てることができる。
第6条(紛失、破損時の取り扱い)
会社は、企業が貸与した携帯電話・PHSを紛失または破損した社員に対して、実費を請求することができる。
第7条(貸与の中止)
会社は第4条各号に違反した社員および会社が重大と認める過失をおかした社員へのスマートフォンの貸与を中止することができる。