法人向け通信教育
以前のコラム「スモールビジネスの人材育成」や「スモールビジネスの社外研修活用」では、小規模な会社であっても、研修専門会社が提供する企業向け研修を活用してさまざまな人材育成ができることを述べた。これらは『集合教育』を前提とした研修で、例えば、ほかの会社からの参加者との人脈形成の場になるなど、スキル向上以外のメリットについても書いた。
今回は集合研修ではなく、通信教育を取り上げる。
通信教育を、社員活性化などの一環として取り入れる動きが盛んだ。例えば新入社員研修の一つとして、新任管理者向けに、経理などの専門職養成にと、さまざまな場で通信教育が活用されている。少し前なら、DVD教材を活用する講座が多かったが、今はオンライン教材での通信教育が中心的。いわゆる「eラーニング」と呼ばれる、主にインターネットを利用した学習形態。この形態も取り組み方次第で、外部の集合研修に参加するより効果が上がるケースもあるといわれる。
2020年の新型コロナウィルス感染症の拡大により、そもそも集合研修を実施できず、教育産業の各社はオンラインでの研修の充実を図った。パンデミックの副産物として、「eラーニング」の充実度が飛躍的に向上したのだ。
もともと、生涯教育へのニーズは社会的にますます強くなってきており、通信教育(eラーニング)は単に社内研修の代行としてのみではなく、社員の自己啓発を援助するという重要な福利厚生の一環としても見直されている。今回は、通信教育(eラーニング)について、以下の目的別に整理してみた。
- 新人教育/管理者教育
- 専門スタッフやスペシャリスト養成
- 社員の自己啓発
上記の3つの目的ごとに見てみよう。
新人教育/管理者教育
ある大手通信教育業者が企業の人事・教育担当者に対して行った調査によると、社内に導入している通信教育 (eラーニング)の対象者は、「新入社員」「管理者」がぴったり同じ数字でトップを占めたという。
これは、新入社員や新任管理者が獲得しなければならない知識や技能が、業種や業態を超えて共通点を多く持っているからだと思われる。まずこの両者に向けた通信教育についてまとめてみる。
内定者教育と新人教育
新入社員研修は、通信教育(eラーニング)のみで実施するわけにはいかないものだ。新人同士が顔を合わせ、社内の諸先輩からさまざまな話を聞くには、集合研修方式でなければ実施できない。現実に、特に社会人としての常識や、基本的なビジネスマナーに関する通信教育は、主として、入社前の内定者を対象とすることが多い。
入社前の内定者は、入社後の社会生活に不安を持っているし、また、会社側が入社前に頻繁に内定者とコミュニケーションをとることで、内定者を逃さない方策としても、通信教育が有効となる。近年は、ちゃんと知識や能力が身に付くもののほうがもてはやされる傾向にあり、内定者の確保には飲み会より教育がベスト、と断言する人事担当者も多い。
先行き不透明な時代には、当然といえることだが、教育が福利厚生のひとつとなる時代の兆候を的確にとらえていく必要がある。
上記の視点から考えると、マナーや心得のほかにも、英語などの語学研修やITに関するスキル研修が新人の人気を博し、企業としての教育効果を上げるものととらえることができる。
もちろん、こうした研修は、内定者に限らず、例えば新人の集合研修は主に新人相互や先輩社員とのコミュニケーションとし、知識教育は、通信教育(eラーニング)に委ねるという形で、効果的な教育設計を行うことも可能だ。
管理者教育
管理者についても、新任管理者に対して、集合研修により管理者としての心得とやる気を身に付けさせることは不可欠。むしろ新人の集合研修よりも、管理者の集合研修の方が、はるかに大切だといえる。
しかし管理者は、受け持つ業務により、求められる知識や能力に大きな差があるのが普通。また、マネジメント能力も、新人がマナーを修得するほど、簡単ではないのが通常だ。そこで、どんな管理者も集合研修以外に、独力で自己研鑽に励むことが必要にってくる。多忙な管理者の自己研鑽を助ける手段として、空いた時間などの活用が可能で、しかも場所を選ばない通信教育(eラーニング)が重要となってくる。
専門スタッフやスペシャリスト養成
ここまで、「新人の即戦力化を図る」「管理者のマネジメント能力を効果的に向上させる」といった、主に企業の組織力強化に直接効果をもたらす種類の通信講座の効用について述べた。しかし一方で、最近の傾向として見逃せないのが、社内専門スタッフやスペシャリスト養成の動きだ。
例えば、これまで組織で十分に活かしきれてこなかった人材を活躍させる方法として、専門能力を身に付けさせることによって、人的活力の強化を図る方策が、盛んに企業に取り入れられるようになった。この手段としては、専門の学校へ参加することも考えられるが、同時に時間と場所を選ばない通信教育を利用することも有効な策になる。
日常業務に追われる毎日の中で不安に陥りやすい社員に、明確な成果のはっきりしたゴールを持たせて、やる気を喚起する方法としても、資格取得を目標に置いた通信教育は有効だ。
社内の専門スタッフやスペシャリストの養成と一口に言っても、実際は業務に直結した通信講座に主眼を置くか、あるいは、個人の資格取得のための通信講座を奨励するかという選択の幅の中で、自社にとって最も望ましい方法を考えていくことになるだろう。この場合、より会社側の実利を重んじるのが前者で、個人の要望を尊重するのが後者となる。
後者、つまり、個人の資格取得のための通信講座を奨励する場合、会社側にどうしても一つの懸念が出てくる。それは、少し高度な専門資格をとらせると、取得したと同時に転職したり、独立するなどして、会社から去っていくのではないかという懸念だ。
しかし、転職も独立も資格があればだいじょうぶと言えるほど簡単ではない。現在のような先行き不透明な社会ではますます難しくなってきているのが実情。社員に明確な目標を持たせて実務能力向上や専門知識の蓄積を果たさせるような形であれば、資格取得のための通信教育は大いに取り入れるべきだろうと考える。
社員の自己啓発
自己啓発援助のための通信教育講座導入は、前述したように、業務への即効性を目標とするのではなく、向上心を持つ社員の自己学習を支援し、人材育成の一環として社員の資質の底上げを狙うというところに意味がある。具体的な講座の内容としては、資格・検定関連講座や教養一般関連講座などがこれに当たる。
同じ資格・検定関連講座を導入するにしても、それが社員教育の一環としてなのか、社員の自己啓発のためなのかによって、運営の仕方に違いが生じてくる。自己啓発を援助する制度としてこれを導入する場合は、以下の2点に注意する必要があるだろう。
- あくまでも社員自身の自己啓発であり、会社からの押しつけにならないようにする
- 制度を円滑に運営するための、会社側のバックアップ体制を整える
実際の例をひとつ挙げる。
社員のレベルアップが会社の強化には欠かせないとする社長の考えから、eラーニングを中心とした「自己啓発を支援する制度」を導入している会社がある。社員は、会社が選んだ比較的難しい公的資格の中から、自由に選択して講座を受講できる。
埋もれた才能をもっと引き出したいというのがこの社長のモットーで、資格を取ることより、それに挑むことを重視していると聞く。したがって、この会社では資格取得成功の有無に関わらず、毎年「チャレンジ賞」として、一定人数の社員を表彰している。
自社向けeラーニング
市販のものではなく、独自のeラーニングを自社で行う例もある。以前から、社員向けコンプライアンス教育や情報セキュリティ教育にeラーニングを用いて、社員の理解度をチェックするという会社は数多くあった。しかし最近では、その会社の仕事に必要な専門知識研修まで作り上げる例もみられる。以下に実例を挙げてみる。
■店長育成にeラーニング導入
あるレストランチェーンは、幹部養成策の一環として「店長を対象とするeラーニング」を導入した。月に1回、本部サイドが店舗運営に関する問題を作成、それに対する回答を添削するというものだ。内容は、品質向上や原価管理などのマネジメントの基礎が中心。
同社はこれまでにも毎年1~2回のペースで全国の店長を一堂に集め研修を行ってきたが、この方法だと人手が足りない店では店長が現場を離れにくいなど、きめ細かな指導ができなかった。集合研修にeラーニングを並行して進めることで、時間や距離の制約を超えた指導を実現した。
■技術・技能のeラーニングを全社導入
ある保守サービス会社は、社員研修センターの講師や現場の管理職が中心となってeラーニングの教材を開発した。カリキュラムの内容は当初、事業に関する15講座。eラーニングを始めてみると、この教材が研修用だけでなく、業務マニュアルとして機能することが分かった。
今後は、総務などのeラーニング講座も開設し、全社員向けの業務マニュアルとして活用する予定だ。
以上の例から想像できる通り、自社でeラーニングを行う際には、問題を作成し、添削を行う人材の確保が最大の問題となる。社員の現実的なレベルアップが図れる問題をつくり、それを適切に指導することは大変だ。多くの場合、外部機関を使うほうが、効果的でしかも経済的であるケースが多い。
しかし、例えば、経営陣のメッセージをそのまま問題にするとか、市販の問題をベースに、自社に合った内容の問題に作り替えるなどの工夫を行い、問題をつくることそのものを定例化してしまう形をとれば、効率と効果の両方を狙える可能性もあるだろう。
教育訓練給付制度の活用
通信教育(eラーニング)の導入に際し、一定の要件を満たす場合には、厚生労働省の教育訓練給付制度を活用することができる。
教育訓練給付制度
教育訓練給付制度とは、働く人の主体的な能力開発やキャリア形成を支援し、雇用の安定と就職の促進を図ることを目的として、厚生労働大臣が指定する教育訓練を修了した際に、受講費用の一部が支給されるもの。雇用保険の給付制度だ。制度の案内は厚生労働省のパンフレットに分かりやすくまとまっている。
一定の条件を満たす雇用保険の一般被保険者(在職者)または一般被保険者であった人(離職者)が、厚生労働大臣の指定する教育訓練を受講し修了した場合、本人が教育訓練施設に支払った教育訓練経費の一定割合に相当する額(上限あり)をハローワーク(公共職業安定所)から支給する。
教育訓練給付制度では、情報処理技術者資格、簿記検定、社会保険労務士資格などをめざす講座や、ビジネスキャリア制度の認定を受けているホワイトカラーの専門的知識・能力の向上に役立つ講座など、働く人の職業能力アップを支援する多彩な講座が指定されている。
指定内容は、厚生労働省の「教育訓練講座検索システム」で検索可能だ。また、ハローワークの「厚生労働大臣指定教育訓練講座一覧」で調べることもできる。
給付金の対象となる教育訓練は、そのレベル等に応じて、専門実践教育訓練、特定一般教育訓練、一般教育訓練の3種類があり、各々の教育訓練で支給される費用の条件が異なる。
給付資格の要件など詳しい手続きの詳細に関しては、厚生労働省の「教育訓練給付制度」のページで調べるか、ハローワークで相談・確認をするのがよいだろう。