『歩合給』導入の基礎知識

給与/報酬
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能力・成果を反映する賃金

以前にも書いた通り、日本では、終身雇用や年功序列賃金、新卒一括採用が特徴の人事制度・雇用制度が中心だ。新卒一括採用で学生を大量に採用して、入社後の職場教育でスキルを身につけさせ、定期昇給と終身雇用制度で生活を保障し、安心して働いてもらうシステムだ。

ここに「能力と成果」を入れ込もうとすると、『職能給』『職務給』で差をつけることになる。これは中長期のインセンティブとして有効に働く。これ以外に「能力と成果」を入れるとすると、『歩合給』を付け加えるというアイデアがある。これは、どちらかというと短期的なインセンティブとなる。

賃金体系の見直し

「能力・成果」を反映するために、賃金体系を見直すことが考えられる。賃金体系を見直す際に多くの企業が検討しているのは、賃金全体を構成する要素をどのように組み合わせるかという点にある。例えば、賃金の中心となる基本給は以下の組合せで決定される。

  • 属人給:年齢給(年齢による)、勤続給(勤続年数による)など 
  • 仕事給:職能給(仕事の遂行能力による)、職務給(仕事の価値による)など

この組み合わせを調整することで、賃金は年功主義的にも能力・成果主義的にもなる。そこで、「能力・成果」を反映する目的で、属人給の比率を下げ、逆に仕事給の比率を高めていくといった見直しを進める方法が考えられる。

また、賃金体系の見直しのみに終わらず、賃金形態の見直しまでを行う企業も増えてきている。賃金形態とは、賃金の支払単位のことで、具体的には日給制、月給制、年俸制などがある。年俸制については、別コラム『年俸制導入時の労基法の留意点』で現状を述べた。厚生労働省の調査では、1000人以上規模の企業の4社に1社以上が何らかの形で年俸制を導入しているということだ。

賃金制度をめぐる見直しの目的は、だいたい以下の2つしかない。

  • 企業側の視点:肥大化した人件費の圧縮
  • 従業員の視点:労働に対する意欲の向上

企業は能力・成果主義的な賃金制度を構築することで、成果や能力に見合った賃金を支払うことのできる制度を目指している。また、従業員も自己の能力を高く評価しそれを賃金に反映してくれる企業を求めている。昔と違って、転職や再就職による人材流動化が普通になっているのは。こうした背景があるからだ。

賃金体系見直しに際し、インセンティブのひとつとして『歩合給』を導入する企業も少なくない。歩合給は、成果に応じて支払われる賃金で、販売・営業などで成果が「数字」として表れやすい業界で多く採用されている。


歩合給の概要と導入業種

歩合給の運用方法は、導入している企業によってさまざまだ。歩合給と言えば、ベースになるものと、どの程度が賃金に反映されるかの2つの要素に分けられる。

  • 歩合のベース:商品の販売金額など
  • 歩合の割合:販売金額の何パーセントが歩合給として賃金に反映されるか

歩合給を導入する会社によって上記は大きな違いが見られる。会社によっては、特に外資系企業では、年度によって上記が大きく変わる場合もある。

まず、歩合給の一般的な特徴を確認してみよう。特徴を確認する際に、歩合給とは反対の性質を持つ固定給についても触れる。両制度を比較すると、歩合給がより分かりやすくなるはずだ。

■固定給

固定給とは、基本的に月や業績などによって変動しない賃金。

「定期昇給やベースアップによって変動する」との指摘もありそうだが、定期昇給などは毎月のことではなく基本的には年1~2回だ。そのため、固定給は、1年間あるいは6カ月間は固定された賃金といえる。最近では、定期昇給やベースアップを廃止する動きもあることから、固定給が変動することは少なくなってきている。

■固定給+歩合給

従業員が達成した成果などに応じて、固定給に加算されるのが歩合給。以下の2つの例ように、最初に決められているものだ。

  • XX件販売したらXXX,XXX円の歩合給
  • XXXキロメートル走行したらXXX,XXX 円の歩合給

上記例では、その月の従業員の販売成績などによって支給額は異なる。固定給と歩合給が組み合わされている場合、従業員からみると固定給は必ず支給される「安定の賃金」、歩合給は成果などに応じて上乗せされる「刺激の賃金」となる。

■完全歩合給

支給される賃金のすべてが歩合給といった賃金体系。つまり、企業から支給される賃金は、その月の販売成績などによって大きく変動する。

ただし、完全歩合給であるからといっても、成果が全く上がらなかった月に賃金を一切支払わないということはできない。労働基準法第27条で、「出来高払い制そのほかの請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金を支払わなければならない」としているからだ。従って、成果がまったくない月であっても最低限の賃金は支払わなければならない。なお、ここでいう最低限の賃金とは最低賃金法に定められた賃金で、業種別、都道府県別に設定されている。最低賃金額以上かどうかを確認する方法も公開されている。

歩合給の代表的な業界

歩合給を導入している代表的な業界は、身近なところではタクシー業界だ。タクシードライバーは「1日に何人の客を乗せ、売上をいくら確保したか」で歩合給が決まる。タクシードライバーの賃金は「固定給+歩合給」であるのが通常で、各タクシー会社が定める一定金額以上を売り上げたタクシードライバーには、決まって支給される固定給に、企業の期待を上回った売り上げに応じた歩合給が上乗せして支払われる。歩合給の比率は年々下がってきていると聞く。

タクシードライバーのほかに歩合給を導入している代表的業種として、アパレルの販売職や、保険の営業職、自動車ディーラーの営業職、不動産の営業職がある。それ以外にも理容師・美容師、エステサロンやネイルサロンのスタッフなども歩合給の代表職種だ。これら職種もタクシードライバーと同様で、会社側が定める一定ラインを越えた売上げが歩合給算出のベースになる。

導入メリットとデメリット

導入メリット

歩合給を導入するメリットはさまざまだが、代表的なのは以下になるだろう。

  • 会社側の視点:労働に対する従業員のインセンティブを高めることができる
  • 従業員の視点:成果に応じた賃金の上積みが望める

歩合給の導入に成功している企業では、賃金の上積みを目指して積極的に業務に励む従業員の姿が目立つ。企業にとって、やる気のある従業員を多く雇用することは大きな利益であり、歩合給導入の効果が上がっているといえるだろう。

従来の年功序列により、成果や能力に関係なく年齢や勤続年数によって高額な賃金を支払ってきた従業員に対しては、歩合給の比率を高めることで賃金の総支給額を調整することが可能となる。

導入によるデメリット

歩合給を導入するデメリットとして考えられるのは、従業員が歩合給に適応しきれずにやる気を失ってしまうこと。会社にとってはリスクでもある。

例えば、肉体的に過酷な業種で歩合給を導入した場合、高齢者や女性が歩合給部分で高い賃金を得ることが困難となり、公平性に欠けた制度となってしまう。また、歩合給に対するマイナスの意識が職場に広がってしまうと、従業員のモラルが低下するリスクがある。

企業努力が必要

導入する業種や運用方法を間違わなければ、歩合給は会社と従業員の双方にメリットのある制度といえるだろう。しかし、導入方法などを誤ると、歩合給導入のメリットを得ることができなくなるばかりか、従業員のやる気が失われるという重大なリスクが発生する。

企業が何らかの人事制度・賃金制度の見直しを行う際は、企業側の努力が必要不可欠だ。特に下記2点には時間と手間を惜しまないことが肝要だろう。

  • 新制度の規定作成
  • 労使間関係の調整

特に、労使間の利害が衝突しやすいのは「賃金」。賃金で対応を間違えるとたいへんなことになるのは目に見えている。会社側の慎重な対応が望まれる。

歩合給導入で留意すべきこと

会社側の姿勢

歩合給に限らず、賃金制度の変更には多大な労力が必要となる。賃金は「最重要の労働条件」だと考えて間違いない。やると決めたら一気に制度変更を行うのが望ましいが、実際は容易ではない。そのため、少しずつでも確実に前進していくことが大切だといわれている。

新しい制度として歩合給を導入する場合には、少なくとも以下の4項目をちゃんと把握したうえで新しい賃金規定を作成すべきだろう。

  • モデルとなる賃金の算出
  • 歩合の割合(売り上げに乗じる割合など)をどの程度に設定するか
  • 歩合給を適用する従業員をどの程度に広げるか
  • 歩合給算出のベースを何にするか

歩合給の対象とする従業員や歩合給算出のベースを決定する時は、歩合給は営業部門、生産部門、販売部門には適用しやすいが、経理部門、人事部門などのバックオフィスにはなじみにくいことも考慮すべきだろう。

労使関係の調整

賃金制度を変更する際に最も注意が必要なのは、どのようなタイミングで新しい制度を開始するかだといわれている。開始タイミングについての代表的な対応は以下の2つだ。

  • 歩合給の導入を、翌年の新入社員からにする
  • 既存の賃金体系と新しい賃金体系の選択権を従業員に与える

賃金は「最重要の労働条件」 だ。歩合給導入や退職金制度の変更など、大きな賃金体系変更に際しては、新制度を望むか否かの選択権を与えたり、適用を次の新入社員からにするなど、柔軟性を持たせてないとうまくいかない。

しかし、会社側が努力をしてもなお、労使間の関係に歪みが生じる例は多い。そうした場合、企業は従業員と徹底的に話し合いをすることになる。とはいえ、従業員が提示するすべての条件を受け入れることは不可能なので、会社側は月間でどれだけの結果を出せば、それが賃金にいくら反映するかなど新制度の特徴を全従業員に丁寧に説明することが大切。

仕事の成果や結果によってはこれまでの給与よりも上積みが望めるといった「従業員視点のでメリット」をきちんと説明し、会社全体の士気を高めていくことが必要となるだろう。


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