元祖ベンチャー企業家
オフィスや自宅に警備用の機械を設置することを「セコムする」という人が多い。今回は、そのセコム株式会社を創業した飯田亮氏について書いてみたい。飯田氏と戸田寿一氏が、セコムの前身である日本警備保障株式会社を創業したのは1962年。警備会社などなかった日本に、初の警備保障会社をつくり、「機械警備」という一大産業を育て上げたベンチャー企業家の元祖だ。文字通りの「無」から有を為し、2021年3月期の売上は3,943億8,900万円だという。
以前に「週刊ダイヤモンド」で警備業界の特集記事があった。記事によれば、この業界は比較的小規模が会社が多いため、国内には1万社以上の警備保障会社があるという。もちろんセコムは圧倒的なトップ企業。売上だけではなく利益率も高い。「機械警備」への技術開発投資が利益に貢献している状況が良く分かった。
自分が初めて上場企業の取締役になったとき、その会社の経営チームが選定した「目指すべき先輩企業」はセコムだった。お客様に安心・安全を提供する機械警備に対する技術開発と、その裏にある人間系のサービスを徹底的につくりこむことで、価格・品質ともに他社を圧倒する。セコムにはそのイメージがあり、憧れていた。
このコラムを書いている時点で、創業者の飯田氏はセコムの取締役最高顧問。既に第一線は退いている。著名なカリスマ経営者だったので、10冊程度の単行本が出ていたはずだ。それらの本は、飯田氏が創業から数10年にわたるビジネス生活を通じ学んできた仕事のしかたや考え方、ものの見方、経営哲学などについて綴ったものである。
今回は、そのうちの1冊、『できる上司は「あと5分」の考え方が違う!―その先の壁を突き破るための仕事術』で飯田氏の考え方に少しだけ触れてみよう。
経営者や上司に必用な資質、能力にはいろいろなものがあるが、「先見性を持つ」こと、すなわち時代を見る力、先を読む力を鍛え、市場や技術がどのように変化していくかをある程度見通していかなければ、事業計画は立てられない。
しかし、我々凡人には、先を見通す力などそう簡単に身に付くものではない。常に先を読もうとする、問題意識を持って情報を集める、情報に接することを心がければ、先を読む力は多少はついてくるものである。長いことビジネスをやってきて感じるのは、公正というものの力であり、上に立つ人に求めたいのは、人間的容量の大きさ、人間的魅力だと飯田氏は語る。
その先の壁を突き破るための仕事術
飯田亮著『できる上司は「あと5分」の考え方が違う!―その先の壁を突き破るための仕事術』の目次の各章には、78の項目が並ぶ。これを一覧すれば、著者が何をアドバイスしたいかの大体の見当がつく。その中のいくつかを以下に列挙する。
- 「提出前の5分」の上手な使い方
- 大事なことは人に相談しない
- アイデアは紙に落としてみる
- アイデアより思考力で勝負する
- 「シンプルなシステム」ほど上手く機能する
- 優秀な人材には、ヘソ曲がりが多い
- 「良いリズムと良いテンポ」を心がける
- 純粋であれば直感が働く
- トラブルのとき誰の視点で見るか
- 努力の量は必ず質に変化する
- 群れるとアイデアは出てこない
- 意欲の強さと発想力は比例する
- どんなことでも20分で決めてみる
- 「潮の変り目」にチャンスは集まる
- 発酵させると情報は生きてくる
- 情報の組み合わせが新しい視点をつくる
- できる上司は細かいミスも注意する
- ミスがあっても逃げない姿勢を人は見ている
- 「明るく失敗しよう」
- 考え抜き、楽観的に決断する
飯田亮氏が上記の各項で何を言いたいのかを眺めてみる。
「提出前の5分」の上手な使い方
「暁」 (あかつき) という字は、動詞として読むと「さとる」「さとす」になる。発明・開発の仕事をする人などが、発見をしたり真理に気がついたりするのは暁の頃に多いといわれるから、暁を「さとる」と読むようになったというのはいささか屁理屈のようだが、どうも関係がありそうである。
あと5分、あと5分といってギリギリまで考え抜いた結果が、素晴らしい成果となってもたらされるということを示しているのではないかと、著者は思う。考え抜けば、それは集中したエネルギーが時間の積となって出てくる。中期計画や事業プランを描くときなど、「あと5分」を実行してほしい。
大事なことは人に相談しない
事業構想などを作る際、著者は決して人に相談することなどない。一人部屋に籠り、何時間も考え続ける。なぜ人に相談しないかといえば、相談した途端に集中力がプツンと切れてしまうからだ。物事を考える上で何が大切かと言えば、集中力を切らさないこと、真剣に考え抜くことである。
人に相談するということは、自分で考えたくないから、あるいは考える力がないから相談するのであって、自分で考えることの放棄だといえよう。答も妥協的なものしか得られない。妥協的な考えからいい案が生まれるわけがない。警備保障事業を立ち上げるに当たって、普通なら先行している国でのやり方を視察して参考にするというのが常識的な発想だと思うが、著者はヨーロッパ視察なども一切しなかった。ヨーロッパでのやり方を見てくれば、どうしてもそれを真似する。
純粋であれば直感が働く
著者が人手による警備を一歩進めた機械を使った警備システムとして、SPアラームシステムを始めようと思っていた昭和41年10月、国際警備連盟の会議がニューヨークで行われ、オブザーバーとして出席したときのことである。SPアラームというシステムを始めるにあたり、機械を売るのではなく、トータルパッケージのセキュリティとして売り出し、機械はレンタルにするつもりだと話したところ、15人のメンバーが口を揃えて著者を笑った。当時、著者は32歳、会議のメンバーは40歳から60歳ぐらいだった。
今でもそうだが、欧米のセキュリティ会社は機械を売っていた。もしかしたら、著者が間違っているのかという思いを持って日本へ帰ってきたが、いろいろ考えた末、やっぱり元のレンタル方式を選んだ。社会にとって有用なシステム、最も好ましいシステムというのは、安全を売ることであって、機械を売ることではない。こういうことで著者は強引に機械をレンタルにした。それから十何年ほど経ってから、アメリカの会社が我々の選択が正しかったことを認めた。我々が正しい道を歩んできたのは、純粋な発想を持っていたからだと思う。
トラブルのとき誰の視点で見るか
機械が機能しない、機能が不具合だったりした場合、交換もしくは修理をすればいい。オペレーション・ミスがあれば、お詫びに行って丸く収まればそれで良しとする考え方が、我々の中にありやしないかと著者は反省する。そのような考え方を持ってお客さんに対応したのでは、お客さんの抱く不快感、不信感は拭い切れないであろうし、それまでの信頼感は決して回復されないと思うからである。
機器やシステム、サービスをお客さんに提供していく場合、通常のときでも、ミスが発生した場合でも、お客様の立場、すなわち素直に一生活者としての視点に立ち、考え、行動することが大事だ。
「潮の変り目」にチャンスは集まる
著者は海釣りを趣味にしているので、潮の変わり目には、新しい潮に乗ってやってきた魚がピンピン跳ね上がって、そこに釣り糸を垂れれば、面白いように掛かることを知っている。ビジネスも同じで、時代の変わり目にこそビジネスチャンスがある。
多くの経営者や中間管理職にとっては、潮の変わり目、つまり時代の転換期は辛い時代だと思う。今まで自分が培ってきた経験や能力が役立たなくなってしまいかねない。こういう時代は、何とか時代を見ようという意思を持ち、努力する。さもないと新しい時代の潮流は見つけられない。魚が出そうなところを見極める必用がある。それには外へ出て動くことだ。
『ザ・ガードマン』
飯田氏の家業は酒類問屋だったらしく、大学卒業後にはそこに入社した。しかし、早くから独立心を持っており、学生時代の友達の戸田寿一氏(セコムの共同創業者)が家に遊びにくると、酒を飲みながら「何かいいビジネスはないか」とよく話し合っていた。
米国のシアーズ・ローバック社の分厚いカタログを見て、通信販売をやろうかと考え、計画を作り始めた矢先、浅草の牛鍋屋で友達から「ヨーロッパには警備を代行するセキュリティビジネスというものがある」という話を聞いた。それが日本警備保障 (現セコム)を創業するきっかけなったと、経緯を述べている。飯田氏はそのとき29歳だった。
前述したように、飯田氏はこの本以外にも何冊かのビジネス書を出しているが、すべて著者自身がビジネスマン生活の実践で学んだものである。経営学から学んだものではない。
日本に存在しない新しい業を興し育てた著者は、新ビジネスをデザインするため、徹底的に考え抜く。そして実行し、「困難の泥水」を何杯も飲み込み、結果責任の覚悟をいだき前進してゆく。こうして経営とは何であるか、その本質を洞察し、実際の場に投影し、発展させてきた。その経験から学んだことを凝縮させたのがこの本である。ビジネスマンにとって貴重な指針が語られているはずだ。
自分がまだ小さい子供だったころ、『ザ・ガードマン』というすごい人気のテレビドラマがあった。最高視聴率40%というバケモノ番組だ。ここにに登場する警備会社はセコムの前身である日本警備保障がモデルだったというのは有名な話だ。ガードマンは和製英語。
自社をモデルにされるにあたり、協力していた飯田氏は番組の脚本ついて「乱暴な言葉づかいをしない」、「女絡みなし」、「酒は飲ませない」などの条件を出したと言われている。ドラマに登場するガードマンたちは、今のセコムの人たちのような制服ではなく、スーツ姿だったのを良く覚えている。
目次概略
飯田亮著『できる上司は「あと5分」の考え方が違う!―その先の壁を突き破るための仕事術』の目次概略は以下の通り。
- 「純粋に考える」と仕事の直感が働き始める
- 時代におもねらない「その先」の読み方
- できる上司に共通の「愛情ある個性」とは
- 「正しいこと」を続ける人が評価される
- 人を魅きつける「容量」の大きさを知る