📓新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く

賢人に学ぶ
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世界が違って見える

『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』という本がある。これはひとことで言うなら「ネットワーク理論」の解説書だ。そもそも数学の話だからなのか、日本では売れたという話を聞かないが、原書は米国で科学界のみならず、ビジネス界で話題になったと聞いている。非常に面白い。間違いなくモノの見方をガラリと変えてくれる。世界が違って見えてくる。

著者のアルバート=ラズロ・バラバシは物理学者。インターネットから細胞内化学反応まで、多くのネットワークに広く見られるトポロジー構造の発見で脚光を浴びる。常にに革新的な意見を発表し続けるネットワーク理論研究の第一人者でもある。その著者が、ネットワーク理論の最新知識を一般向けにわかりやすく解説したのがこの本だ。中身は相当に高度な話題で埋まっている。

ネットワークの本質探究を求めて、インターネットやウエブはもとより、エイズ感染のメカニズム、生態系や細胞の生化学、アルカイダ(テロリストのネットワーク)など、さまざまな分野のネットワークを話題にし、物語風に読みやすく書かれている。一見すると何の共通項もないように見える事象を、ネットワークという視点で見直すと、一定の数式で表される法則が見出せるという話だ。
私たちは、毎日のように「ネットワーク」という言葉を使う。しかし、ネットワークの本質を科学的に解明するという研究が認められるようになったのはごく最近のことという。本書を読み終わった後には、身の回りのものが「あ、あれもネットワークだ」と思い当たり、世界が違って見えてくるだろう。

スケールフリー・ネットワーク

放浪の大天才数学者として知られるハンガリーのポール・エルデシュは、1996年に世を去るまでに1500篇を超す数学の論文を書いたが、その中に8篇、同じハンガリーの数学者アルフレッド・レーニイとの共著論文があり、これが「ネットワークはいかにして形成されるか?」という問題に、史上初めて取り組んだ論文なのである。

1959年に発表されたランダム・ネットワーク理論は、今日に至るまで、ネットワークの科学を支配してきた。そのエレガントな理論は、ネットワークに対する考え方をあまりにも深く規定し、いまなお、私たちはこの束縛から逃れようともがいているほどである。

どんな複雑なネットワークであれ、ノードとリンクの結びつきで構成されている。ネットワーク上にある点がノードであり、点と点を結ぶものをリンクと呼ぶ。ランダム・ネットワーク理論は、もしネットワークが十分に大きく、リンクが完全にランダムに付け加えられるとすると、ほとんどすべてのノードは近似的に同数のリンクをもつようになるとする。

この理論が発表されて以来、複雑な現実世界のネットワークは、根本的にランダムだとみなされてきた。現実はランダム・ネットワーク・モデルとは異なる組織原理をもっているとも思われたが、最近まで、絡み合ったこの宇宙を記述する理論に対案がなかった。ネットワークをモデル化しようとする私たちの頭は、ランダム・ネットワークに支配されていたのである。

私たちの社会は、すべてのノードが同じ数のリンクをもつような平等なものでないことを直観的に知っている。数学者の論文共著関係、ハリウッド俳優たちの共演関係などを調べた研究から、特定の人の周囲により多くのつながりが集まっていることが明らかになった。これがクラスターである。

十分な数のリンクを付け加えた段階で奇跡が起こる。巨大クラスターが出現するのだ。大半のノードが一つの大きなクラスターに含まれてしまう。

ダンカン・ワッツとスティーヴン・ストロガッツは、1998年「ネイチャー」誌に発表した論文で、エルデシュとレーニイのランダム・ネットワーク・モデルに代わるものを提案した。このとき打ち出したのが、クラスタリングであった。

ネットワークは完全にでたらめな性質のものではなく、あるノードの周りに、平均以上に多くのリンクをもつという構造があることを、電力網や生物の神経回路などを調べて裏付けたのだった。

ワッツとストロガッツの予期せぬ発見のおかげでクラスタリングが注目されて以来、科学者はさまざまなネットワークを詳細に調べてきた。これまで社会に特有の性質とみなされていたクラスタリングが、複雑なネットワークに普遍的に見られる性質へと急速に格上げされた。

それと同時に、現実のネットワークが本質的にランダムだとする考え方に、初めて重大な疑問符がつけられることになったのである。

アメリカの主要都市を結ぶ高速道路は、どの都市からもほぼ決まった数の道路が他の都市へと伸びている。このような結びつきをしているものが、ランダム・ネットワークである。ランダム・ネットワークの度数分布は釣り鐘状をしており、大半のノードはほぼ同数のリンクをもち、とくべつに多くのリンクをもつノードは存在しない。

ところが、全米の空港を結ぶ航空便のルートマップを見れば、ランダム・ネットワークになっていないことに気づくだろう。多数の小さな空港が、少数のハブ空港によって結ばれている。リンク数が異常に大きなノードが少しと、リンク数がきわめて少ない数多くのノードとが存在する。

この空港ハブは、ワッツとストロガッツのいうクラスターに当てはまらないのである。ワッツとストロガッツの画期的論文が発表されたとき、私が率いる研究グループは、主としてワールド・ワイド・ウエブに焦点を合わせて複雑なネットワークの構造を理解しようとしていた。

しかし、膨大なリンクをもつノード、すなわちハブは、平均数よりもはるかに多いリンクをもつようなノードの存在を禁じているワッツ=ストロガッツのモデルでは説明できないことに気づいた。

ランダム・ネットワーク・モデル、クラスター・モデルからも、何か重要な要素が抜け落ちていることは明らかだった。私たちは、現実のネットワークをより深く理解すべく新たな研究に着手した。そして結局は、ランダムな世界観を完全に手放すことになった。

ウエブが目立つか目立たないかの目安となるのは、インカミング・リンク数である。平均的なウエブページは、5つから7つのリンクしかもたない。私たちは、ノートルダム大学のドメインにある32万5千ページについて調査した結果、その82%にあたる27万ページまでが、リンクを3つ以下しかもたなかった。

しかし、42ほどのページは1000を上回るリンクをもっていたのである。その後の別の調査では、さらに分布の幅が広いことがわかった。

ウエブのトポロジーはきわめて不均質なものであり、ウエブの構造を規定しているのは、きわめて多数のリンクをもつノード、すなわちハブであることが明らかになった。

当初、私たちは、ウエブページは互いにリンクされており、その度数分布にはピークが現れるものと予想していた。しかし、実際にわかったことは、大半のノードはごくわずかのリンクしかもたず、ごく少数のハブが莫大な数のリンクを集めていたのである。

私たちは、このリンク数の度数分布を両対数グラフに表し、それをうまくなぞるような関数を探してみた。その結果、私たちは度肝を抜かれた。リンク数の度数分布は、数学でいうところの「ベキ法則」にぴったり合っていたのである。

自然界に現れる量はほとんどすべて釣り鐘型の分布を示す。人の身長を測定して度数分布図をつくれば、身長はたいてい150~180センチメートルの間に収まり、そこにピークが現れる。しかし、ベキ法則の分布にはピークが現れない。小さな度数をもつたくさんの事象と、大きな度数をもつ少数の事象とが共存する。

ランダム・ネットワークと、ベキ法則に従うネットワークとでは、見た目も実際の構造も衝撃的なまでに違っている。それは、先に述べたアメリカの高速道路地図と航空会社のルートマップとの違いから歴然である。前者がランダム・ネットワークで、後者がベキ法則のネットワークである。

ベキ法則に従う場合、第1位のハブに、第2、第3のハブが僅差で続き、さらに小さなハブが数十ほどそれに続いて、しまいには無数の小さなノードになるというように、ノードのヒエラルキーはなめらかに移行する。

ベキ法則では、系に特徴的なスケールとか、系の代表的ノードというものがない。そこで、私たち研究グループは、ベキ法則に従うネットワークを”スケールフリー”と呼ぶことにした。

ベキ法則は、カオス、フラクタル、相転移など、20世紀後半に成し遂げられた概念上の大躍進の中核にある法則なのである。ネットワークにもベキ法則が見出されたということは、ネットワークと他の自然現象の間に、予期せぬつながりが存在するからにほかならない。こうしてネットワークは、複雑系研究の最前線に躍り出たのである。

結局は単純な法則が支配

トポロジー(位相幾何学)などの数学的な話はでてくるものの、一般向けに書かれているので、誰にとっても相当面白いと思う。既に「複雑系」は市民権を得ており、その次はこの「ネットワーク理論」が主役になるであろうことは容易に想像できる。複雑に見える全てのネットワークは、秩序とシンプルな法則で成立していたのである。

複雑なものを支えている法則は、ランダム・ネットワークでも、クラスターでもなく、ベキ法則であるということがわかってきたのは、ごく最近のことらしい。一握りの大金持ちと、無数の貧者がおり、それをつなぐそこそこの数の経済力をもつミドル階層が存在している社会構造が、ベキ法則が支配する世界であることは理解できる。

読者の理解を深めるために、AIDS撲滅の方法や、あのアルカイダのネットワークの話まで出しており、私たちの身の周りで起きている事象とネットワーク理論を具体的に結びつけることができる。これを読んだら、本当にモノの見方が変りそうだ。

目次概要

アルバート=ラズロ・バラバシ著(青木薫訳)『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』の目次は以下の通り。

  1. ランダムな宇宙
  2. 6次の隔たり
  3. 小さな世界
  4. ハブとコネクター
  5. 80対20の法則
  6. 金持ちはもっと金持ちに
  7. アインシュタインの遺産
  8. アキレス腱
  9. ウイルスと流行
  10. 目覚めつつあるインターネット
  11. 断片化するウエブ
  12. 生命の地図
  13. ネットワーク経済
  14. クモのいないクモの巣
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