トヨタのように紙1枚に要約しよう

賢人に学ぶ
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動画の影響が大きい時代

小中学生の「将来なりたい職業」の第一位が『YouTuber(ユーチューバー)などの動画投稿者』になって久しいが、2022年の同様の調査でもまだ上位なのだそうだ。米国の日系人の少年が8歳で年収28億円を稼ぐYouTuberになったという2020年のニュースも影響しているのだろう。小学校低学年でも好きなことを仕事にして、楽しみながら親が一生かけても稼げない年収を手に入れるチャンスがあるのだから、憧れるのは当然といえる。

YouTuberには、いくつかジャンルがある。「〇〇をやってみた」「××を使ってみた」といった、何かを体験レビューするものや、ゲームの実況、日々の日常生活を公開するもの、メイク、料理、衝撃映像などなど、エンターテイメント動画として楽しめるものは人気YouTuberの定番企画だ。

中田敦彦のYouTube大学

お笑いタレントの中田敦彦氏も人気YouTuberのひとりだ。中田氏は相方の藤森慎吾氏と「オリエンタルラジオ」というお笑いコンビで一世を風靡したほか、実弟と一緒にダンスグループを結成し、さまざまな賞を獲得している有名人。こうした実績にも関わらず、中田氏はテレビ番組には出演せず、所属していた吉本興業を辞めた。今現在は『教育系YouTuber』として大活躍している。

「中田敦彦のYouTube大学 – NAKATA UNIVERSITY」はこのコラム執筆時点でチャンネル登録者数が490万人を超えている。文学や経済・歴史などを、参考文献やビジネス書などをもとに紹介し解説する動画を投稿しており、教育をエンターテイメントにしたといってもいい内容だ。

中田氏はそもそもお笑いタレントなので、喋ることのプロ。このYouTube大学の魅力のひとつは中田氏のプレゼンテーション技術であることは間違いない。しかし実は、もうひとつの大きな魅力が「要約の素晴らしさ」だと思っている。動画のもとになっている参考文献は厳選されたものなので、中身が濃く、ページ数も多い。動画では、要約全体が1枚のホワイトボードに書かれていて、その横で中田氏が喋るのだ。

中田氏は、300ページある文献を、ひと目で全体が分かるホワイトボード1枚にまとめ、数十分の動画でその要約を語る。ホワイトボードに書かれているのはキーワードだけ。つまり「要点となる言葉」だ。それを中田氏が「線として」つなぎ、お笑い芸人らしい展開で「面として」拡げることで、はじめて『要約』が完成する。

ビジネスでの要約動画

ビジネスの世界でも要約動画は重要な位置付けになってきた。会社概要や製品やサービスを説明するWebサイトで、検索の上位に入ってくるものには、かなりの確率で要約動画が入っている。こういったWebサイトは、丁寧で整理された説明文、分かりやすいイラスト、よくある質問やチャットによる回答窓口などが整っているが、動画によってサッと概要を伝えるコーナーがある。

企業や各種団体から、こういった動画の制作を請け負う都内のマーケティング支援会社がある。その創業社長が友人だったこともあり、自社のWebサイトで使う数本の動画制作についてさまざまな本気のアドバイスをもらった。もらったアドバイスのうち、最も重要なのは以下の2つだ。

  1. 90秒以内の動画にしないと最後まで見てくれない
  2. 90秒でも起承転結が明確でないと効果的に伝わらない

つまり、ビジネスで動画をつくるなら「90秒の要約動画」にしろということ。実際にやってみると分かるが、製品やサービスをちゃんと説明するのに、90秒の起承転結シナリオを書くのは至難の業だ。カタログを説明するとか、パワーポイントを使ってプレゼンテーションするのとは全然違う。そもそも90秒では収まらない。

試みとして、同じテーマについて複数人で90秒動画シナリオを書いてみた。すると、人によって随分「要約スキル」の差があることが分かった。要点を手短かに書き出し、かつ全体像をしっかり理解することが「要約」という作業だ。この要約を正しく効率的にできる能力が要約スキル。動画の時代には、この要約スキルがこれまで以上に重要になってきていると感じる。

要約スキル

要約動画が出てくる以前から、要約スキルが必要な場面はいろいろあった。ビジネスの世界では、さまざまな人の意見を聞いて、総合的な判断を下すというのは日常茶飯事。このためには優れた要約スキルに必要だ。文献や報告書の要約のみならず、状況を的確に判断するにも要約スキルが求められる。そして、なぜか日本人は要約が少し苦手なようだ。

論理的思考

前述の中田敦彦のところで触れたように、要約とは要点という「点」を、論理という「線」でつないで全体像を理解することである。要約しようとするとき、この「点」は本や資料からキーワードなどとして抜き出せばよいが、「線」でつなぐ作業は自ら行わなければならない。つまり要約作業をすると、自然に論理的な思考が身につくことになる。論理的思考スキルを鍛えることになるのだ。

論理的思考を背景にした要約スキルのあるなしで、対人コミュニケーションの密度も速度もがらりと変わる。これは情報収集も同様だ。インターネット・新聞・書籍、テレビやラジオ、映像メディア等の膨大なコンテンツから、必要な情報を迅速に収集し、理解する能力が求められる場合、ここでも要約スキルが力を発揮する。

相手を理解するスキル

要約スキルをいつ身につけるか。小学校で「読書感想文」を書くことはあっても「読書要約文」を書かされることはなかった。感想文と要約文はどちらも大事で、しかもまったく異なるものだ。

「感想」は、自分の考えや思いといった主観や情緒を表現するスキルだが、「要約」は、相手(著者)の主観や情報・データを論理的に捉えるスキルで、「相手の個性を知的に理解する力」が要求される。日本の学校教育では、要約することの本質的な大切さを教えていないのかもしれない。

そのせいなのか、日本の社会では要約スキルがないがしろにされてきた。国民性からいっても、日本人は要約が苦手だったともいえる。話のなかで、「論拠」を求めようとしないのが日本人の思考習慣である。あまり理屈っぽいことを言うと、むしろ嫌われる。

「なぜだろう?」とは考えずに、目の前の状況を「こんなものだ」と受け入れてしまう。受け入れたとしても、心の底ではなんとなく釈然としていない。それがストレスとしてたまり、そのジレンマを精神的に解決する手立てが、情緒的で短絡的な答えを導き出す。

身内でトラブルが起きたときも、「さてどうやって対処しようか」ではなく、「あいつは許せない」「けしからん」などと、感情的な話に終始してしまう。なぜあんなことになったのか、それを深く考えようとしない。

日常の会議でスキルアップ

要約スキルを鍛えるには、日常でちょっとだけ意識すればそれなりにスキルアップが望めると考える。

私たちは、日々膨大な情報に接し、頭のなかに入る情報をまず、自分なりにキーワードを拾ったり、簡単に要約して記憶中枢にインプットしている。ここで必要になるのは、情報の的確・簡潔な圧縮だ。これだけだと情報のエッセンスを自分なりに吸収したにすぎない。

吸収された簡単な要約情報は頭のなかで集約され、個々の要約情報が目的に沿って整理・仕分けされ、そして統合されることによって新たな要約情報になる。ここで要約は強化されたことになる。この「要約の強化」が行われてはじめて、要約としての大きな力になる。

日常の仕事の中で、会議は最も要約力が求められる分野だ。若手のうちは議事録を書かされる。これは絶好のスキルアップの機会だと思われる。会議に参加している人の言い分を要約しなければいけないし、自分の意見も要約して発言しなければならない。個々の要約と要約の間の関連を論理的に説明することも必要だ。

通常は、会議での発言の順番に沿って、気付いた点をメモすることになるが、メモをする目的が、発言者を基準にまとめることに意味があるのか、会議全体としてまとめることに意味があるのかをまず押さえておく必要がある。

さらに重要なのは、メモは単なる記録ではなく、要点をまとめることに意味があるということ。誰かの発言内容に、自分が感じたこと、思ったことをを併せてメモしておく。同感する場合、疑問に思う場合など、自分の心の中に浮かんだことを記入する。他人の発言内容が、先に述べた簡単な要約であり、自分の思ったことのを加えることで、新しい要約として、要約の強化が図られる。

要約スキルというのは生まれ持っての才能ではなく、こういった日常の習慣で身に付くものだと考えている。習うより慣れろ。数をこなしているうちにスキルアップするはずだ。

紙1枚にまとめる

若いころにお世話になったお客様に、見たり聞いたり読んだりしたことを紙1枚に「要約」して管理している方がいた。大手通信会社に勤務されていたが、若くして大きな組織のトップを任されていた。

その方は、ご自身で「A4要約」と名付けたプライベートノートを習慣的に作っており、新しく知ったことや見聞きしたものをA4の紙1枚にまとめてファイルしていた。背景をお聞きしたところ、子供の頃から物覚えが悪いと自分で思い込んでおり、社会に出て恥ずかしい思いをしないようにと、工夫して作るようになったらしい。それが自然に「要約」のトレーニングになった。

精神科医でありながら200冊以上の本を書いている和田秀樹氏も、見聞きしたことをすべて「要約」として管理し、必要なときにそれを出してきて文章を書くらしい。

トヨタの紙1枚文化

非常に有名な話だが、トヨタ自動車では、業務上の書類はすべてA3またはA4サイズの紙1枚に収める、という習慣が企業全体の文化として根づいている。報告書、企画書、会議の資料や議事録、打ち合わせ時に使う書類、プレゼンテーション資料、スケジュール確認用のリスト、考課面談用の書類・・・どんな種類の書類も、そしてどんなに複雑な内容の書類も、原則『紙1枚』で作られるという。 『紙1枚』 ということは、要約以外の何物でもない。

トヨタがすごいのは、このシンプルな『紙1枚』への要約を、一部の社員ではなく、全社員で実行していることだ。トヨタが日本を代表する優良企業であり続けている理由が分かるような気がする。

トヨタ式のA3資料の作成術や、活用術、フォーマット集、サンプルなどは、書籍も出ているし、ビジネス誌での特集もある。インターネット検索で資料の画像も色々公開されているので、要約スキルを向上させる参考資料として、ぜひ一度、調べてみて欲しい。

「要約」についての知恵に関しては、さまざまな公開情報がある。それらを参考に、自分なりの確かな要約をつくれるスキルは、人生のさまざまな場面で強力な武器になるに違いない。

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