📓イノベーションのジレンマ

賢人に学ぶ
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経営手法に革命を起こした現代の古典

仏教にある人生観で、この世の無常を表している言葉に「盛者必衰、実者必虚」がある。盛えた者はやがて衰え、満ちている者はやがてからっぽになるという意味だ。『平家物語』の冒頭にも「盛者必衰の理(ことわり)をあらわす」があるのは知っているだろう。

盛者=優良企業と考えてみよう。優良企業が、顧客の声に熱心に耳を傾け、顧客の求める新技術への投資を積極的に行なったにも関わらず、市場構造が劇的に変化する破壊的技術が登場する際に、市場のリーダーシップを失ってしまうことがある。これはなぜだろうか?

『イノベーションのジレンマ』は、ディスク・ドライブや掘削機などの実例をもとに、学問的体系に基づいた緻密かつ大胆な論理構成によってこの逆説的なコンセプトを実証している。

著者のクレイトン・クリステンセン(ハーバード・ビジネス・スクール教授)は、1975年ブリガムヤング大学経済学部を首席で卒業後、1977年オックスフォード大学で経済学修士、1979年ハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得。ボストン・コンサルティング・グループ、エリザベス・ドール運輸長官の補佐、セラミック・プロセス・システムズ・コーポレーションの起業・社長・会長などを経て、かねてからの問題意識であった「優秀な企業がなぜ失敗をするのか?」というテーマを研究するために、1992年にハーバード・ビジネス・スクールの博士課程へ入学する。

その研究の集大成として発表された本書は、クリステンセン教授の豊富な実務経験をもとに学問的厳密な理論だけではない実践的応用性を兼ね備えた内容ともなっており、ハーバード・ビジネス・スクール出版より発売されるやいなや大ベストセラーとなった。それから20年以上経った今でも通用する経営手法の考え方なので、現代の古典と言われている。

なお、クリステンセン博士は、1971~1973年の間、韓国に宣教師として従事した経験があるため、韓国語を流暢に話すことが出来る。ブリガムヤング大学卒であるから、敬虔なモルモン教徒だと思われる。また、5人の子供を持つ父でもある。

破壊的イノベーション

なぜ優良企業が「イノベーションのジレンマ」に陥り、失敗するのかという疑問を紐解くため、クリステンセン教授はまずディスク・ドライブ業界を研究対象とした。栄枯盛衰の激しいディスク・ドライブ業界の歴史を理解すると、そこには驚くほど単純で一貫した要因により業界リーダーの明暗が分かれていた。

優良企業の失敗の根底にあるのは、無能な経営者や官僚主義、技術革新の早さや難しさではなく、どの優良企業でも行なっている優れた企業戦略(顧客の意見に積極的に耳を傾け、競争相手の行動に注視し、収益性を高める高性能、高品質の製品の設計と開発に資源を投入)そのものであった。クリステンセン教授は、ここに「イノベーション・ジレンマ」の一端があることを突き止める。

ディスク・ドライブの技術革新は二通りある。ひとつは、主に記憶容量と記憶密度によって測られる性能の向上を持続する技術である。実績のある優良企業は、薄膜ヘッドや薄膜ディスクなどの部品技術など、ディスク・ドライブ業界における全ての持続的技術革新をリードしてきた。もうひとつの技術革新は、ディスク・ドライブが小型化する要因となったアーキテクチャーのイノベーションである。このような破壊的技術による技術革新は過去にはほとんど起きていない。ただし、それこそが業界リーダー企業を失敗に追い込んだ要因である。

クリステンセン教授は、本書の中でグラフ「固定ディスク・ドライブの需要容量と供給容量の軌跡の交差」を使い、ディスク・ドライブ業界の破壊的技術によるイノベーションの歴史を説明している。

1974年に平均的な価格の一般的な仕様のメインフレームが備えていた14インチ・ドライブのハードディスク容量は約130MBであった。この容量はその後15年間にわたって年率15%で増加している。一方で、14インチ・ドライブの平均的な容量は年率22%で増加した。

1978年から80年にかけて、シュガード・アソシエーツ社、マイクロポリス社、プライアム社などの新規参入企業が、容量10、20、30、40MBのより小型の8インチ・ドライブを開発した。この容量は、メインフレーム・メーカーからの関心をひかなかったが、ミニコンという新しいマーケットで支持された。最初は、1MBあたりのコストは、8インチ・ドライブの方が14インチ・ドライブのものより高かったが、新しい顧客達は、「小型」である点を高く評価した。

ミニコン市場で8インチ・ドライブの利用が確立されると、平均的なハードディスクの容量はそれ以降年率25%で増加した。一方で、8インチ・ドライブ・メーカーは、持続的なイノベーションを積極的に行なうことで年率40%以上のペースで容量を増加させた。しかも、出荷台数が増えるに従い、8インチ・ドライブの単価が下がり、その他の長所(駆動時の振動など)も明らかになってきた。と同時に、8インチ・ドライブは上位市場を侵食しはじめ、ローエンドのメインフレーム市場で14インチ・ドライブに取ってかわるようになった。

14インチ・ドライブのメーカーは、8インチ・ドライブのメーカーが参入してきたとき、技術的な問題で失敗したのではない。これをクリステンセン教授は「既存の顧客の声に束縛されていた」という表現で説明する。既存顧客、すなわちメインフレーム・メーカーは、8インチ・ドライブを必要とせず、容量が大きく単価の低いドライブを求めた。14インチ・ドライブのメーカーは、既存顧客の声に積極的に耳を傾ける一方で、8インチ・ドライブのメーカーがターゲットとした新規市場に参入するという戦略的決定が遅れたのである。

同様のことは、その後の新規参入企業であるシーゲート・テクノロジー社が発表した5.25インチ・ドライブでも起きた。5.25インチ・ドライブは、当初5MB、10MBの容量しか対応していなかったため、40~60MBの容量を必要としたミニコン・メーカーの関心をひかなかった。しかし、デスクトップ・パソコンという新しい用途とその市場の伸びと、需要の2倍のペースで向上する持続的な技術革新により、あっという間に上位市場であるメインフレーム市場やミニコン市場においても5.25インチが採用されるようになる。同様のことは、3.5インチ・ドライブ、2.5インチ・ドライブ、1.8インチ・ドライブへとディスク・ドライブが小型化する過程でも起きている。

ディスク・ドライブ業界のイノベーションの歴史には、いくつかのパターンがみられる。破壊的イノベーションは技術的には単純で、アーキテクチャーも従来よりも単純なケースが多い。一方で、ディスク・ドライブそのものの性能を持続的に高めることは難しいことではあるが破壊的ではない。既存企業は、持続的なイノベーションをリードする技術力は持っていたが、破壊的な技術を率先し開発し、採用したのは新規参入企業がほとんどであった。

なぜ、このような破壊的イノベーションが起きるのだろうか?これまでの研究者はイノベーションというテーマを主に技術革新という視点から解決しようとアプローチしてきた。しかし、クリステンセン教授は、これを「バリュー・ネットワーク」という概念を用いて、イノベーションのジレンマの現象を説明している。

企業は、バリュー・ネットワークという枠組みの中で、顧客のニーズを認識し、利潤を追求する。バリュー・ネットワークのなかに組み込まれた企業は、そのネットワークに合わせた能力、組織構造、企業文化を形成する。さらに、バリュー・ネットワーク内の競争や顧客の需要が、製品のライフサイクル、企業のコスト構造、競争力を維持するために必要な企業規模、成長率までを決定する。

バリュー・ネットワークによって製品価値は異なる。それぞれ定義の異なる複数のバリュー・ネットワークが広い意味で同じ業界のなかに共存していることもある。しかし、バリュー・ネットワーク内の顧客ニーズに応えようとする既存企業は破壊的技術イノベーションにおいて遅れをとる。というのも、ある特定のバリュー・ネットワークに属する既存企業のパラダイムからしてみると、別のネットワークにある破壊的技術の価値や用途が不明であるからである。そして、破壊的技術は確立されたバリュー・ネットワークとは異なる全く別の性能指標を用いたバリュー・ネットワークにおいて商品化され、確立されたバリュー・ネットワークを侵食し、恐るべきスピードで既存技術と既存の実績ある企業を駆遂する。

バリュー・ネットワークに属する企業は、その境界からまったく抜け出せないわけではない。上位へのネットワークへは移動できるが、下位への移動には大きな制約が存在する。事実、優良な企業が収益性の低い小規模なローエンド市場に参入したという事例はほとんどない。企業は、利益率が高く市場規模が大きいマーケットへの資源や投資を割り当てる傾向がある。優良企業が、高い利益率を稼げる高性能製品の市場である上位のバリュー・ネットワークに移動すれば、さらに業績向上の期待は高まる。しかし、顧客のニーズや競争相手からの圧力に応じて、研究、開発、営業、マーケティング、マネジメントに費やすコストや組織構造を決めてきた企業が、下位市場に参入することは難しい。例えば、上位市場で粗利益率40%を必要とするコスト構造を持つ企業が、下位市場へ進出すると、25%の粗利益率で利益を上げられるコスト構造をつくりあげてきた敵と戦う羽目になる。

このようにバリュー・ネットワークは、企業の戦略(コスト構造や組織構造)や企業が製品の価値をどう認識するかを決定する要因となる。実績ある企業は、既得権を得ている権益の源泉であるバリュー・ネットワークから逃れられない。そして、新しく育ってくるバリュー・ネットワークにおける製品の評価に対して盲目となっている間に、下位のネットワークにおいて競争力を持った技術が、自らが属する上位市場へ侵食してくるのである。

破壊的技術への対応5原則

破壊的イノベーションに遭遇したときに企業はどうすべきか?本書では、成功したわずかな例と失敗に関する詳しい事例研究をもとに、第二章以降でその対処方法が記述されている。その冒頭で、クリステンセン教授は、破壊的技術への対応に成功した経営者は、組織の性質に関する五つの原則にのっとって経営を行なっていたことを突き止める。その五つの原則と成功した経営者はそれらの原則をどう経営に適用してきたのか?

原則1:
資源の依存。優良企業の資源配分のパターンは、実質的に、顧客が支配している。

対処方法:
破壊的技術それを求める顧客を持つ組織に任せる。

「破壊的技術を開発し、商品化するプロジェクトを、それを必要とする顧客を持つ組織に組み込んだ。経営者が破壊的イノベーションを適切な顧客に結びつけると、顧客の需要により、イノベーションに必要な資源が集まる可能性が高くなる。」

優良企業の資源配分のパターンは顧客が支配している。であれば、破壊的技術が出現したとき、独立した組織を構成し、その技術を必要とする新しい顧客の中で活動させるべきである。

原則2:
小規模な市場は、大企業の成長需要を解決しない。

対処方法:
組織の規模を市場の規模に合わせる。

「破壊的技術を開発するプロジェクトを、小さな機会や小さな勝利にも前向きになれる小さな組織に任せた。」

破壊的なイノベーションに直面した経営者は、誰よりも早く破壊的技術を商品化する必要がある。破壊的技術を開発するプロジェクトは、対象とする市場の規模にあわせて組織を構築する必要がある。というのも、破壊的技術を商品化するには持続的技術に対応するとき以上にリーダーシップが必要であること、小規模の新しい市場では、大企業における短期的な成長と利益ニーズを満たせないからである。

原則3:
破壊的技術の最終的な用途は事前にわからない。失敗は成功への一歩である。

対処方法:
新しい成長市場を見出す。

「破壊的技術の市場を探る過程で、失敗を早い段階でわずかな犠牲でとどめるよう計画をたてた。市場は、試行錯誤の繰り返しのなかで形成されていくものであると知っていた。」

破壊的技術の用途となる市場は開発の時点では知りえない。したがって、破壊的イノベーションに直面したときは、実行するために計画するのではなく、学習し発見するための戦略を計画する必要がある。新しい顧客と新しい用途と直接会話をし、試行錯誤の繰り返しのなかから新しい市場を発見するのである。

原則4:
組織の能力は、組織内で働く人材の能力とは関係ない。組織の能力は、そのプロセスと価値基準にある。現在の事業モデルの核となる能力を生みだすプロセスと価値基準が、実は破壊的技術に直面したときに、無能力の決定的要因となる。

対処方法:
組織のできること、できないことを評価する方法

「破壊的技術にとりくむために、主流組織の資源の一部は利用するが、主流組織のプロセスや価値基準は利用しないように注意した。組織の中に、破壊的技術に提起した価値基準やコスト構造を持つ違ったやり方を作り出した。」

破壊的技術に直面した経営者は、まず必要な資源を確保する必要がある。そして、新しい問題へ対応するための価値観とプロセスを構築する。そのためには、スピンアウト、買収などもその手段のひとつとして考慮にいれるべきである。

原則5:
技術の供給は市場の需要と一致しないことがある。確立された市場では魅力のない破壊的な技術の特徴が、新しい市場では大きな価値を産むことがある。

対処方法:
供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル

「破壊的技術を商品化する際は、破壊的製品を主流市場の持続的技術として売り出すのではなく、破壊的製品の特長が評価される新しい市場をみつけるか開拓した。」

歴史的に見て性能の供給過剰が発生すると、破壊的技術が出現し、確立された市場を下から侵食する可能性が出てくる。主流市場で破壊的製品に価値がないとされる特性が、新しい市場では強力なセールス・ポイントになることがある。

破壊的イノベーションは今も続く

今日でも、破壊的技術によるイノベーションと優良企業の市場をゴッソリ奪うのを身近で感じることが出来る。例えば、スマートフォンは、パーソナルオーディオ機器やカセットテープ、CD、MD、携帯電話、家庭用ビデオカメラ、デジタルカメラ、写真フィルム、携帯電話、携帯型ゲーム機、万歩計などの市場や、出版社などのメディア市場に壊滅的な打撃を与えた。『イノベーションのジレンマ』は、故スティーブ・ジョブズ氏の愛読書だったそうだが、うなずける話だ。

クリステンセン教授によると、性能の供給過剰が発生すると下位市場から破壊的イノベーションが出現してくる可能性が高くなるという。一般的に、優良企業と言われる日本のメーカーが激しい競争の中で提供するものは、多機能でやや「オーバースペック」になりがちなので、下位市場から出てくる破壊的技術に現状を脅かされるリスクがあるのだろう。

本書は究極のイノベーション論であり、必ずと言っていいほどイノベーションをテーマにするときに取り上げられる一冊だ。経営者、管理職、メーカーのエンジニアでなくても、是非読んでおいてもらいたい。続編として『イノベーションへの解―利益ある成長に向けて』が出版されている。こちらは、イノベーションを起こす立場からの記述がなされている。あわせて読んで、イノベーション理論への理解を深めたい。

また、クリステンセン教授はその後『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』といった共著を出版している。こちらのテーマは「人はなぜそれを買うのか?」を解き明かす内容だが、機会があれば別途紹介したい。

目次概略

クレイトン・クリステンセン著『イノベーションのジレンマ』の目次概略は以下の通り。

第一部 優良企業が失敗する理由

  • なぜ優良企業が失敗するのか~ハードディスク業界に見るその理由
  • バリュー・ネットワークとイノベーションへの刺激
  • 掘削機業界における破壊的イノベーション
  • 登れるが、降りられない

第二部 破壊的イノベーションへの対応

  • 破壊的技術それを求める顧客を持つ組織に任せる
  • 組織の規模を市場の規模に合わせる
  • 新しい成長市場を見出す
  • 組織のできること、できないことを評価する方法
  • 供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル
  • 破壊的イノベーションのマネジメント-事例研究-
  • イノベーションのジレンマ-まとめ-付録
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