組織を活性化するインセンティブ報酬

組織の運用
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インセンティブ・プラン

社会人1年目の10カ月におよぶ新入社員研修を経て、そこから約10年間は「コミッション・セールス」として働いた。コミッションというのは歩合給のこと。売上高や利益といった会社が定めた指標の達成度に応じて報酬が支払われる。とはいえ、世にいう「固定給がなく、報酬は完全歩合制」という過激なものではない。ある一定の固定給は保証されており、その上に達成度に応じた歩合給が加算されるという報酬体系だった。

詳しいことは書けないが、 「コミッション・セールス」 だった若いころは、かなりの売上をあげたため、それなりの報酬を頂いていた。当時、転職雑誌からの依頼で、実際の給与明細書原本1年分を渡したところ、その雑誌が集めた様々な業種の同年代100名の年間報酬で最も高額だったらしい。社名と年齢と年収実績の金額が、その雑誌の表紙を飾ってしまった。出さなきゃよかったと今でも後悔している。

営業コミッションというのは、代表的なインセンティブ・プランのひとつ。「頑張って営業成績を伸ばせば、報酬として還元しますよ」という会社側の意思を制度や施策に落とし込んだものだ。

やる気を引出すための施策

インセンティブ制度は、会社の経営資源である「ヒト・モノ・カネ」の中で「ヒト」に焦点をあてた施策だ。ヒトがいなければ、モノを作れないし売れない。知名度や株価を通じた会社のブランド価値も上がらない。どうにかして従業員には頑張ってもらいたいと、普通の経営者は考える。

しかし、従業員は人間だ。人間はえてしては気まぐれなもので「やる気」のある時とそうでない時の格差が大きい。会社としては、従業員が常に高いモチベーションで業務に励む環境を整え、素晴らしい働きを期待したい。そこで、なにがしかの施策を検討することになる。

では、従業員は人はどのような時に「やる気」を感じるだろうか。「やる気」の原動力は個々の価値観で大きく異なるが、例えば、以下の内容でやる気が出るのは普通といえるだろう。

  • 同業他社、同年代に比べて賃金が高い
  • 福利厚生が充実している
  • 業務の社会的意義が高い
  • その会社にいること自体が誇りである

一般的には、収入に関係する要素に「やる気」を感じる人が多い。従って、株式公開を目指す企業の従業員からみれば、ストックオプションは非常に魅力的な制度となる。ストックオプションのように、従業員の「やる気」を向上させるための各種施策をインセンティブ・プランと呼んでいる。魅力的なインセンティブ・プランが構築できれば、活気ある職場環境の実現や外部からのスムーズな人材獲得などの効果が期待できる。

もちろん、どのようなインセンティブ・プランを導入するかは会社によって異なるし、経営陣の考え方によっても違ってくる。ただ、従業員の「やる気」を最大限に引き出す仕組みを用意することは、どんな会社にも共通する重要なテーマであることは間違いない。

代表的なインセンテイブ制度一覧

導入の際の留意点

インセンティブ・プランは必ず成功するわけではない。やる気の向上を狙ったのに、逆にやる気を削いでしまった事例もある。導入に際しての留意点を見ていこう。

■モラールサーベイの実施

インセンティブ・プランの導入を検討する企業は、モラールサーベイ(従業員に対する意識調査)などを通じて、従業員がどんな時に「やる気」を感じるのかを調査することが大切だ。調査項目は、自分が適性配置されていると思うかどうかとか、人間関係はスムーズかなどとするのが一般的。回答は3~5ランクとして、満足度を記入してもらうほか、特に伝えたい内容がある場合に備えて自由記入欄を設ける。こうした調査を通じて、従業員が持つさまざまな希望、満足、不満を把握可能だ。

実際のサーベイ事例から、多くの会社で以下の2点が該当するらしい。

  • 日頃の就業態度が緩慢な従業員であっても、業務に対する理想を持っている
  • 経営ビジョンに共感できないときに不満を感じることが多い

■経営ビジョンの共有

現実のインセンティブ・プランはさまざまで、導入する企業の規模や業種、業績によって異なる。理想的なのは、全従業員が魅力的と感じられる仕組みとすること。これは容易なことではないが、経営者自らが、経営ビジョンなどを伝え、従業員の共感を得ることからはじめるのも一つの方法だ。

「これから先、自分たちは何を目標にし、それを達成するためにどのような活動をするのか」といった経営ビジョンが周知徹底されていなければ、従業員は会社に無関心になり、「やる気」を失なう。特に、経営者を中心に少数の従業員が、がっちりとスクラムを組んでいるスモールビジネスでは、意識の共有が非常に重要となる。

■明確で透明な指標の作成

インセンティブ・プランをスムーズに運営するためには、以下の2つが必須といわれている。

  • 透明性のある人事考課制度の確立
  • 明確な職務分担の実現

これは、インセンティブ・プランをめぐる従業員の不公平感を払拭するためだ。会社が導入するインセンティブ・プランはさまざまで、必ずしも全従業員を対象に導入されるわけではない。透明性がないと従業員が納得しないであろうことは容易に想像できる。

また、必要であれば、従来からの仕組みを抜本的に見直す姿勢も大切だ。例えば、賃金体系について「客観的な基準に基づく能力給」「優れた技術開発や商品開発に対する報奨金」を導入する企業が増えている。これらの導入が進んでいるのは、たとえ従来からの制度を抜本的に見直すことになっても、従業員の能力、行動、成果を公正かつ客観的に評価し、それを賃金などの処遇に反映させることが従業員の「やる気」向上に効果的であると考えられているためだ。

ストックオプション

株式公開とインセンティブ・プラン

株式公開を前提とするインセンティブ・プランは、自社株式を絡めたものが一般的だ。株式公開を実現するためには、将来的にも高収益を確保しなければならない。

株式公開を志向する企業の多くは、資金が必ずしも潤沢でなく、優秀で将来性のある従業員に高い賃金を払えないことがある。このような場合に、賃金の代わりに自社株式を付与することで、従業員の「やる気」を引き出そうとしているのだ。未公開の段階では換金性がなく、あまり価値のない株式でも、自分たちが頑張ることで企業が株式公開すれば、株式に換金性が生まれ、その価値も市場によって決定される。

これをうまく利用することで優秀な従業員の採用を容易にし、「やる気」を引き出すことが可能になる。株式公開を前提としたインセンティブ・プランには、以下の2つがある。

  • 「自社株式」を実際に購入させる方法
  • 「将来的に自社株式を取得する権利」を付与する方法

対象となる従業員および割当の株数は、法律の枠内であれば会社が自由な裁量で決定できる。

ストックオプションとは

「従業員持ち株制度」や「ストックオプション」など従業員報酬と会社の株式価値をリンクさせる仕組みは、従業員に株式価値最大化を達成するような活躍をうながすほか、従業員の士気高揚、優秀な人材確保などの効果をもたらす。では「ストックオプション」を簡単に紹介しよう。

ストックオプションとは、株価上昇による恩恵を経営者や従業員にも分配することで、業績向上のインセンティブにする制度だ。内容的には、あらかじめ決めた価格(権利行使価格)で自社株を購入できるため、株価が上がれば株式を売却して値上がり益を享受できるというもの。

ストックオプションは、成長段階にある会社が、資金的な負担を抑えながら貢献者に対して充分な報奨を与えることができるインセンティブ・プランとして検討するとよいだろう。もちろん、既に株式を上場している企業であっても、ストックオプションはインセンティブとして有効に機能する。

メリット・デメリット

現時点で金銭的に充分な報酬を取締役や従業員に与えられないベンチャー企業であっても、ストックオプションの導入により事業が成功して株価が上昇した際には、取締役や従業員に十分な利益を与えることができ、優秀な人材の確保が容易となる。また、株価上昇に比例して高い報酬が得られることになるので、経営努力と勤労意欲が促進されることが期待できる。

さらに、経営コンサルタントなどの外部の支援者に対する報酬の支払いにストックオプションを活用して、成功報酬支払いにすることで金銭的に余裕のない段階から、質の高い外部サービスを受けることが可能になる。

一方、デメリットとしては、主に以下の3つが考えられる。

  • ストックオプションを付与された者とされない者との間の不公平感から、従業員の「やる気」低下を招きかねないこと
  • 業績が悪化すれば権利行使の機会がなくなり、人材流出の危険が生じてしまうこと
  • 経営者が短期的な株価に目を奪われてしまう恐れがあること

報奨金制度

報奨金とは何か

報奨金とは、就業規則などに定められた毎月決まって支給される賃金ではなく、一定期間の成果・業績に報いるために支給される金銭をいう。報奨金としては、冒頭で述べた営業職向けの営業コミッション(成果報酬)がイメージしやすいが、実際には企画職・研究開発職から事務職までさまざまな職種に及ぶ。また、個人対象はもちろん、チームが対象となる場合もある。

報奨金を決定するための指標は売上数量・金額、目標達成率、企画件数、資格取得などがある。審査期間は1カ月単位、2~3カ月単位、1年単位 など企業によって異なる。さまざまな発明報奨金の裁判があったことから、特許・発明といった技術系分野への報奨金規定は、特に労使双方での明確なルール作りが求められている。

資格取得に対する報奨金

報奨金として一般的なのは、従業員の資格取得に対して支給されるものだ。人材の質的向上により、経営環境の急速な変化に対応することが主な狙いではあるが、例えば入札の要件として特定分野の資格が必須であった場合は、資格取得者が社内にいることがそのままビジネスに直結することになる。

対象となる資格は会社によって異なるが、基本は本業に生かせる資格となっているはずだ。資格取得に対する報奨金制度がしっかりと整備されている企業では、対象となる資格を社内規定で定めている。例えば次のようなイメージだ。

  • 必要な公的資格:ビジネスに必要不可欠な資格
  • 有益な公的資格:ビジネスにおいて有益になると考えられる資格
  • 自己啓発資格:社会一般に能力の尺度として認められている公的、または民間の資格で、資格取得への努力が従業員の業務遂行能力の向上に役立つと判断される資格

資格を取得した従業員に対する報奨金の内訳はさまざまで、「合格時の報奨一時金の支払い」や「毎月の資格手当の支払い」が代表的だ。この際、本業に活かせる資格ほど手厚い報奨金を支払うなどの格差も設けられる。このほか、受験対象者に資格取得にかかる費用、および時間的配慮が行われることもある。

こうした資格取得に対する報奨金は、スモールビジネスであっても積極的に取り入れたい制度だ。有資格者が何人も所属していることは、そのことだけでもある種の信頼性・品質の証明となる可能性があるからだ。資格手当という形の支給では難しい場合でも、一時金という形で設計すれば、会社の負担もそれほど大きいものとはならず、従業員の自発的な能力開発をうながすことが可能となるだろう。

会社の魅力を高める

今では転職そのものが普通のことであるので、その会社で働くことで、「自分の能力をどれだけ高められるか」「転職時に有利となるような能力を習得できるか」という点がインセンティブになることがある。ほかの企業で通用する「特別なスキル」を習得できる企業が高いインセンティブ価値を持っているとの考え方だ。就職面接では、「どういう教育プログラムが揃っていますか?」といった質問が年々増えているという。

「特別なスキル」の習得をインセンティブ・プランに組み込んでいる企業は少ないものの、「M B A留学や社外スキルアップ・プログラムへの参加補助」などの制度導入事例は増えているらしい。セカンドキャリアを考えている従業員にとって、自分が望む分野にキャリアを振っていけるように企業が後押ししてくれる仕組みは非常に魅力的だ。

転職活動など人材の流動化が盛んな現在、終身雇用の考え方は実情に沿わないものとなっている。会社は新卒にとらわれることなく中途採用を進めているし、従業員も自己をより高く評価してくれる企業を強く求めている。人材流動化の時代に、優秀な人材を定期的に獲得していくためには、その会社で働くことの魅力を高めることが欠かせない。そのためのひとつの方法が、ストックオプション、資格取得報奨金などインセンティブ・プランの導入である。

こうした取り組みは、従業員満足度を高める効果的な手法ではあるが、万能のものではない。同時に、経営者自らが自社業務の社会的意義や夢のある経営ビジョンを伝え、会社の魅力を常に高める努力を続けることもまた非常に大切な取り組みとなるだろう。

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