中小規模事業者の新人研修

組織の運用
この記事は約11分で読めます。

必要な人材に育て上げる

会社にとって欠かせない経営資源は「人、モノ、カネ、情報」といわれる。確かにこれらは会社経営に欠かせない重要な資源だ。この4つの経営資源に順位付けすることはできないものの、多くの経営者は「人」こそが最も大切な会社の財産と考えているらしい。なぜなら、モノを作り、カネを産み、情報を収集・分析するのは人にほかならないからだ。社員は「宝」や「値うちのあるもの」であるという想いの表現として、人材ではなく「人財」と表記する会社もあるくらいだ。

経営資源の中で、人がもっとも重要であると考えた場合、経営者の指揮のもとで実際の企業活動を担っていく社員は優秀であるに越したことはない。例えば、以下を実現する社員は、経営者であればのどから手が出るほど欲しいはずだ。

  • 他社に真似のできない素晴らしい製品、サービスを開発する
  • 優れた営業能力で次々に新規顧客を開拓する
  • IT(情報技術)のスキルが高く、最適な社内システムを構築する
  • 会計、労務などの専門的な知識を持ち、社内専門家として活躍する
  • 常に客観的な視点を持ち、的確な判断で経営者に助言する

しかし、実際にこうした社員を採用できる企業は限られている。大きな産業構造の変化でも起きない限り、優秀な人材の価値が下がることはなく、賃金などの面で魅力的な条件を提示しなければ応募すらしてこない。誰からも優秀と認められるような人物は、大企業や官公庁に就職するのが通常だ。

スモールビジネスをやっている小規模会社や、もっといえば、中堅と言われる従業員1000名以上の会社であっても、「求人」面では一流大手企業のようなブランド力はないし、大企業のように高額な賃金を提示することもできない。中堅・中小・小規模企業が優秀な人材を採用することは容易ではない。

視点を変えてみる

こうして考えると、中堅・中小・小規模企業の経営者は、いつ採用できるか分からない優秀な人材を待ち続けるよりも、今いる人材と、新たに採用した人材をいかに教育していくかに力を注がなければならなくなる。

ただし、どんなに丁寧に教育しても、誰からも認められるような優秀な人材に育て上げるのは困難だと考えた方がいい。人には得手不得手があるばかりか、営業などには生まれ持っての資質やセンスが求められるなど、教育ではカバーできない要素があるからだ。現実の話として、営業の分野で優秀と呼ばれる人材は、もともと話術が巧みであったり、相手のニーズを読み取る力に長けていたりと「営業に向く素質」を持っている。

それでは、小規模会社における社員教育は何を目的とすればよいのだろうか。ひとつの答えは「小規模会社向きの人材に育て上げる」こと。例えば、社員が少ないことで、人事、営業、総務、経理などの部課が明確でない小規模会社では、一人の人材がさまざまな仕事を担当する。そのため、小規模会社に必要となる人材は、ある特定の分野で100点を取る人材ではなく、どんな仕事でも70点を取ってそつなくこなすオールマイティー型なのかもしれないとも考えられる。

以上を踏まえると、スモールビジネスを行う小規模会社では、例えば以下の資質が必要だと考えられる。

  • 経営者の意向を十分に理解できる社員
  • 聞くばかりだけでなく、自ら考えることができる社員
  • 指示を待つだけでなく、自ら行動することのできる社員
  • 自分のことばかりでなく、周囲に気を配れる社員
  • どんな仕事でも拒絶反応を示さずに取り組む社員
  • 忙しくなった時でもパニックにならず、確実に対処できる社員

つまり、要は社会人としての最低限の資質を備えた社員を育て上げればよいということになる。そのための社員教育を考えて、実行に移すというだけだ。

一般に、社員教育というと、「どのようにして優秀な社員に育て上げようか」と頭を悩ませる経営者も多い。しかし、難しく考える必要はない。そもそも「優秀な社員」の定義が、大企業とは違うのだ。まずは、社会人としての最低限の資質を備えたスモールビジネス向きの人材を育てることから始めてみればよい。

鉄は熱いうちに打て

通常、社員教育は長期的な計画に基づいて進められる。OJT(On The Job Training)中心の小規模会社であってもこれは変わらない。「ある仕事を覚えた、次はこの仕事。また、それを覚えたら今度はこっちの仕事」というように、社員のレベルに合わせて次々に社員教育は進められる。これは、一見無計画なように思われるが、実はそうではない。

経営者あるいはOJTを担当する先輩社員は、自分が教育を受けた時のことやほかの社員を教育した時のことを思い出し、「この仕事なら、1カ月もあればマスターできるはずだ」と教育期間の目安を立てているはず。そして、目安よりも遅れそうな場合には、教育を受ける社員が仕事が覚えられない理由を考え、教育方法を変えるなどの努力をするはず。「社員教育計画表」のような明確な書面になっていなくても、知らず知らずのうちに教育計画が立案され、実行されているものなのだ。

そして、計画通りに社員教育を進めるうえで重要となるのは「新人教育」。新人は、新卒の場合は社会人としての経験がなく、先輩社員からみれば「何でそんなことに気がつかないんだ」と頭を抱えてしまう行動を平気で取ることがある。中途採用の新人も、前職で身についた常識が、転職先で悪い方向に作用してしまうことが往々にしてある。これも先輩社員からみれば「気付いてないのか」となってしまう。むろん、新人に悪気があるわけではなく、本当に気がついていないというのが現実であろう。

まず、新人は「まっサラの状態」だと考えよう。そしてまっサラ状態にある新人をいかに上手に教育するかで、その後の進み具合は変わってくる。特に新卒は社会人としての経験がない分、何でもスポンジのように吸収していく。「鉄は熱いうちに打て」だ。中途半端に知識を得る前の段階で、小規模会社向きの人材となるための基本を教え込むべきだろう。

新人研修の活用

新人にはまったくの新卒と、第二新卒などの中途入社がいるが、ここから先は主に新卒入社の新人を想定して新人研修を考えてみたい。

前述のように、中堅・中小・小規模会社の社員教育はOJTが中心。しかし最近は、過去に書いた「小規模事業や中小企業の人材育成」や「中小企業の社外研修活用」の通り、特に新人教育においても、外部の専門機関が行う新人研修が利用されるようになってきた。その理由は、下記4つくらいが考えられる。

  • 専門機関が行う新人研修メニューが豊富になったこと
  • 教育内容はどんな業種にも当てはまる一般的なもので、応用が利きやすいこと
  • 参加費用が廉価になってきたこと
  • 他社の新入社員と接することで多いに刺激を受けること

新人教育の第一歩は、何らかの刺激を受け、社会の厳しさなどを身をもって知ってもらうこと。そうした意味で、新人研修は非常に効果的な場合が多い。

しかし、研修から帰ってくる新入社員を見ても「費用と手間の割には具体的な成果がみえない」と感じることが多々あるといわれる。専門機関は研修は、新人に最も学習して欲しい内容を中心に進められる。そのため、研修に参加した新人は何らかの目的を持って帰ってきて不思議ではないはず。にもかかわらず、研修の効果があまり感じられないのは、恐らく以下の理由だろう。

  • 研修を行う側が新入社員の特徴を理解していないこと
  • 研修を受ける側が研修の目的を理解していないこと

要するに、研修実施側と受講者側のコミュニケーション不足が研修効果の低下を招いているということだ。

新入社員の二面性

今どきの新入社員には二面性があるといわれている。具体的には、全体的に余暇や自分の時間を重視する半面、時として献身的に一生懸命仕事に励むという感じだ。

若者の多くは、間違いなく「仕事は生活費を稼ぐためのもので、残業などせずにできるだけ余暇を重視したい」と考えている。昭和の価値観とも思える「石にかじりついてでも出世したい」というようなガッツはあまり感じられず、残業などは拒みがち。このような態度の善し悪しは別としても、年配社員の批判の的になってしまうことは間違いない。

しかし一方で、新人は就職した会社に期待と希望を抱いている。態度には示さなくても、心の底には並々ならぬやる気が隠されていることも多い。事実、自分が望む仕事を与えると、見違えるように仕事に没頭する新人もいる。

このような新人の特性を年配社員が理解することは難しく、このギャップはますます広がっているように感じることがある。このギャップを埋める努力をしていかなければ、小規模会社で効果的な新人研修の実現は難しくなってしまう。

必要なのは「相互理解」。特に小さな組織ではこれ抜きで人は育たない。相互理解によって新人が以下の2点に気付けば非常に有意義な研修になるだろう。

  • 会社は何のために自分を研修に参加させたのか
  • 自分は研修の場で何を学ぶべきなのか

相互理解によって、会社側として以下を理解するような努力が必要だ。

  • 新人はどんな気持ちで研修に望んだか
  • 研修で学んだことをどのように生かしたいと考えているか

目的を持った新人研修

ここまで説明してきたように、新人研修は、実施側と受講側の相互理解なしに大きな効果は期待できない。ただし、漠然と両者が歩み寄っただけでは、これもまた大きな効果を期待することはできない。

ここで重要なのは、明確な目的を持って新人研修を行うこと。「他企業が行っているから」「毎年行っているから」などの消極的な理由ではなく、新人研修によってプレゼンテーションのスキルを習得させ、先輩社員が同行しなくても、立派に商品の説明ができるようになるなどのように、新人に何を期待するのかを明確にすることが重要だ。

小規模会社では代表的な新人研修の方法とその目的を考えてみよう。

現場研修

現場研修はメーカーなどで頻繁に実施される研修。現場研修の具体的な目的は、取り扱う商品についての以下の4つの最重要事項を理解することだ。

  • 優位性:商品の特徴を理解する
  • 価格:商品の価格を理解する
  • 販売チャネル:商品の流通ルートを理解する
  • お客様:商品の主要購買層を理解する

現場研修で大切なことは、新人に研修の目的を明確に伝えることだ。現場に配属された理由が分からないままでは、新人は漫然と研修を受けるだけになってしまい、やる気が空回りしてしまう。

ボランティア研修

社会人教育の一環として、老人ホームなどを訪問するボランティア研修を実施する会社が増えてきている。ボランティア研修の主な目的は、以下の2つといわれる。

  • 社員の社会性の向上
  • グループのチームワーク向上

しかし、こうした目的が新人に伝わっていないと「何でボランティアなんかしなければならないんだ」と疑問を感じる新人が出てくるだろう。どのような研修であれ、その研修の目的を明確に新人に伝えることは非常に重要だ。

新人に対する配慮

研修に参加した新人は、現実の社会が自分が想像していたものよりはるかに厳しいことに気づくはずだ。特に現場研修では、アルバイトでは経験したことのないほど過酷な肉体労働を課せられることもあるだろう。

ショックを感じた新人は「いつまでこんなことをしていればいいんだ」と強い不満を抱き始める可能性がある。こうした新人の苦悩を解決するために、研修に行かせっぱなしではなく、毎日のコミュニケーションを実施するなど、いつでも配慮あるサポートができるような体制が必要だ。もし、「いつまでこんなことをしていればいいんだ」と思っていると分かったら、例えば次のような解決策を示すことでキチンと支援していることを表すといいだろう。

  • 現場業務に携わる期間を明確に伝える
  • 異なった仕事をさせて気分転換させる

新人研修の成果の評価ポイント

新人研修の実施側が研修の効果を確認できる指標には以下の4つがある。

  1. 新人にカルチャーショックを与えたか
  2. 新人に会社の現状を認識させ、明確な課題を持たせたか
  3. 新人の意見・主張を聞く時間を十分に用意したか
  4. 新人に何度も学習できる機会を与えたか

上の4項目に対する具体的な効果は、以下のような新人の態度から感じられるはずだ。

  1. 現在の能力では社会に対応しきれないと考え、自主的に自己啓発に励んでいる
  2. 企業の現状を把握したうえで自分がすべきことを考え、先輩社員にアドバイスを求めるなど積極的に行動している
  3. 悩みを自分の中に溜め込まず、先輩社員に明るい態度で相談している
  4. 研修で学んだ知識の定着に努めるだけでなく、新しい事柄についても積極的に学ぼうとしている

カルチャーショック

新卒の新人にカルチャーショックを与えられれば、研修の目的はほぼ達成できたといえる。新人が「今の自分の能力では社会では通用しない」と感じ、その意識が前向きに働けば、少しでも早く企業に必要とされる会社に通用する戦力になろうと努力するからだ。

新人にカルチャーショックを与えるには、外部の専門機関に委託したほうが失敗が少なく、より効果的であるといわれる。専門機関には長年蓄積された多彩なノウハウがあり、企業が望む内容をしっかりと教育してくれる。これをベースに、前述したボランティア研修などを組み合わせると効果的だろう。

課題を持たせる

新人に明確な課題を持たせるためには、経営者が直々に会社の現状と新人に期待する要素を伝えることが重要。研修の場では、新人の一人よがりな考えが芽生えがち。それを防ぐためにも、経営者が現状を伝え、新入社員に良い緊張感を与える。

自分に何が望まれているのかを直接経営者から知った新人は、それを実現するために積極的に行動することが期待される。

意見・主張を聞く

社会に出たばかりの新人は、公私ともにさまざまな悩みを抱く。先輩社員は新人と定期的な話し合いの場を設け、「新人が何を考え、何に悩んでいるのか」を聞いてあげることが大切だ。「良き相談相手」となってあげることで、先輩社員と新人の信頼関係も強固なものとなり、仕事上のチームワークも良好なものになっていくだろう。

ただし、先輩社員によっては、せっかくの新人を転職活動に走らせることがあることも考慮する必要がある。「この会社にいたらこんな社員になってしまうんだ」という失望が大きいと、新人教育したばかりの戦力を失うことになるだろう。

継続的な学習機会

入社時の研修を行った後は何ら社員研修を実施しない会社が多い。そのような教育体系に対して入社2~3年目の社員は「もっと会社の現状を知らせて欲しい」「仕事を進める知識やノウハウを教えて欲しい」などの不満を持つだろう。

入社後2~3年の社員は新人とはいえないが、業務内容を体系的に理解し始める大切な時期。こうした社員の学習意欲に応えるために、入社時→3カ月目→1年目→3年目→5年目など、継続的に学習の機会を与えることが大切。また研修のメニューは、社員の成長度合に合わせてレベルアップさせることも重要だ。

社員から見たとき、小規模会社であっても「自分の成長を会社が後押ししてくれる」という実感を持つことは非常に大事だ。

タイトルとURLをコピーしました