小規模企業経営のバイブル
もし小規模企業の経営に携わることになったら、マイケル・E・ガーバー著、原田喜浩訳の『はじめの一歩を踏み出そう 成功する人たちの起業術』は必読だ。本書は、アメリカの起業家たちに最も影響を与え続けているバイブル的な一冊である。著者であるガーバー氏は、スモールビジネス向け経営コンサルタントで、実に25,000社のアドバイスを行ってきたという。
初めて上場企業の役員になったとき、その会社の社員は40名もいなかった。典型的な小規模企業だ。しかも、幹部全員が腕に覚えのある職人的エンジニアばかり。この会社で毎年40%近い売上成長と、40%近い経常利益率を実現するに際して、この本に書かれていることをかなり参考にした。いわゆるビジネス書を繰り返し読むことは少ない私が、何度も読んだ珍しい本だ。
起業する方々の多くは、まず最初に自分の能力を発揮できる仕事を始める。例えば、エンジニアとして独立したり、ケーキ職人がお店を開いたりするケースだ。いわば、スキルフルな職人が経営者になってしまうのが典型的な起業である。
この手の起業はおびただしい数があるが、ある調査によれば、5年後には8割が姿を消すという。本書は、こういった職人タイプの経営者が本物の経営者になるために参考とするには最善の書であると思う。それと同時に、実は組織運用で多忙を極めるビジネスパーソンにも「目からウロコ」のヒントがたくさん転がっている。
この本では読者の実感としての理解を深めるために、パイ焼き名人の女性が開いたパイ屋さんのケーススタディを行っている。開店から3年で行き詰っており、当初の夢破れ、何もかもイヤになっている。他業種でもそのまま当てはまる状況だ。この女性がコンサルタントからアドバイスを受けながら、経営することに気付いていくのである。
出版社によれば、米「Inc.」誌(2000年10月17日号)が行った起業家向けアンケートでは『7つの習慣』『ビジョナリーカンパニー』を抑えてビジネス書として第一位に選ばれたらしい。また、ロバート・キヨサキ氏を世界の有名人にした『金持ち父さん』シリーズでは推薦書として取上げられているという。
一流企業のように振る舞う
米国では毎年百万人以上の人たちが会社を立ち上げる一方、1年目に40%、5年目で80%以上が姿を消している。世の中に成功のノウハウ本は多くあるのに、なぜこんなに失敗するのか。
著者が言いたいポイントは4つだけ。第一に、多くの起業家が失敗に終わる理由を知ること。第二に、成功率の高いフランチャイズビジネスに学ぶこと。第三に、会社が小さいうちから、一流企業のように経営すること。そして最後に、毎日の仕事で実践すること。
3つの人格でモノをみる
失敗原因の多くは「事業の中心となる専門的な能力があれば、事業を経営する能力は十分に備わっている」という誤った仮定で事業を始めるからだ。実際には専門的な仕事をこなすことと、事業を経営することは全く別の問題だ。
職人としての仕事だけでなく、帳簿をつけたり、人を雇ったりと、これまでに経験がないような仕事がわき出してきて、本業に手が回らなくなる。
著者は、事業を起こすには「起業家」「マネジャー」「職人」という3つの人格を持つ必要があると説く。事業の立上げから成長するにつれて、各人格の視点でモノをみる必要がある。
成功のカギは、収益を生み出す事業を定型化して、パッケージにしてしまうことだ。つまり、自分がいなくても、他の人が同じように事業を回せる仕組みをつくること。マクドナルドのレイ・クロックが、それまで職人が作っていたハンバーガーをフランチャイズにしたように。
商品だけでなく、売るための「仕組みそのものを販売するのがフランチャイズ」という考え方だ。フランチャイズそのものをやれとは言わないが、真似をすることには大きな意味がある。
今行っている事業を、フランチャイズの真似をして成長させるには、事業の試作モデルという考え方が有効だ。さらに試作モデルには6つの必要なルールがある。商品・サービスだけでなく、マニュアル化や組織運営のルールもある。
事業の発展プログラム
事業の試作モデルを完成させるためにまとめたものが「事業の発展プログラム」と呼ばれるもので、3つのルールと7つのステップで構成されている。3つのルールとは、以下の通り。
- イノベーション
- 数値化
- マニュアル化
事業の発展プログラムの7つのステップは以下の通りである。
- 事業の究極の目標を設定
- 戦略的目標を設定
- 組織戦略を考える
- マネジメント戦略
- 人事戦略
- マーケティング戦略
- システム戦略
事業は人生の目標ではなく、それを達成するために手段にすぎない。あなたがどのような人生を送りたいかを決め、その人生のために、この事業がどんな役割を果たすのかを考えよう。
どんな小さな会社でも、大きな企業のような組織図を描いてみよう。仕事の役割分担が明確になることで、個人に依存した小さな会社の限界を破ることができるはずだ。
顧客を満足させる「管理システム」を考えてみよう。管理の目的は効率ではなく、マーケティング効果である。システムは人手を介さず自動的であるほど、事業の試作モデルは完成に近づく。
従業員を働かせるという発想を捨て、成果をあげることにやりがいを感じる仕組みをつくろう。事業はゲームだ。良いゲームのルールをつくれば、ゲームの参加者である従業員は、長く楽しく働くことが出来る。
この本は、成功のための単なる処方箋ではなく、学ぶための招待状である。そして、本当に学ぶためには、今すぐ実践に移すしかないのである。
忙しいだけの人生ではなく
ビジネス書と呼ぶには、あまりにもよくできた内容だと思っている。ビジネスパーソンが読むだけだと正直言ってもったいない。この本に影響され、実際に自分の会社経営で実践した内容もいくつかある。先述した起業家アンケートで第1位になったのもうなずける。日本ではコミック版も出ているので、それなりに売れていることが想像できる。
読者の理解を深めるために、ケースを多く引用していることもあり、非常に分かりやすく、読みやすい。マクドナルドやIBMの創立者の話も出てくるが、このような巨大企業も、創設時には小さな会社であったことを考えると、会社の規模と無関係に成功の秘訣というのがあるのではないかと考えてしまう。
職人ワザで仕事をやるにしても、結局は「収益のあがるビジネスモデル」、つまり『ビジネスシステム』を持たないと、ただひたすら仕事をこなすために毎日を忙しく過ごすだけの人生になってしまう。周りを見渡せば、大きな企業の中でも、そういった仕事のやり方をしている部署や人物がすぐに見つかる。
起業するしないとは関係なく、個人のスキルや専門的能力を超える『ビジネスシステム』を考えることは、社会に出てから数10年に渡って必ず役に立つはずだ。自分がいなくても最高の品質、最善のサービスを実現できる『ビジネスシステム』を創ることをいつも考えよう。
目次概略
マイケル・E・ガーバー著、原田喜浩訳『はじめの一歩を踏み出そう 成功する人たちの起業術』の目次概略は以下の通り。
【part1】失敗の原因を知る
- 起業家の神話
- 「起業家」「マネジャー」「職人」―3つの人格
- 幼年期―職人の時代
【part2】成功へのカギ
- フランチャイズに学ぶ「事業のパッケージ化」という考え方
- 「事業」の試作モデルをつくる
- 自分がいなくてもうまくいく仕組み
【part3】成功するための7つのステップ
- 事業発展プログラムとは何か?
- 事業発展プログラムの7つのステップ