リーダーシップとは何か
カタカナの「リーダーシップ」は、恐らく適当な日本語がないからそのまま「リーダーシップ」と表記するのだろうと推察する。近いイメージの日本語では「統率力」あたりだろうか。会社でのリーダー職や、アルバイト先でのバイトリーダーは、「職場の目標を達成するためにチームメンバーを束ねて行動を促すことができる人物」というイメージがあるが、それはそれでリーダーシップのひとつの形だろう。
ビジネス系メディアのアンケートでは、「リーダーシップで思い浮かべる人物」のランキングが毎年出ている。今なら、だいたい登場するのは、ソフトバンクの孫正義氏、ファーストリテイリングの柳井正氏、楽天の三木谷浩史氏と日本電産の永守重信氏あたりだろうか。2022年8月24日に亡くなった京セラの稲盛和夫氏も思い浮かぶし、10年前なら日産自動車のカルロス・ゴーン氏もランクインしていたことだろう。
つまり、リーダーシップといえば、経営トップのことであり、さらにカリスマというイメージが強いということを意味している。
経営学者のピーター・F・ドラッカーはリーダーシップについて、多くの著書で書いている。その一部を紹介すると、ドラッカーは以下のような表現で「リーダーシップ」を述べている。
重要なのはカリスマ性ではない。リーダーシップとは人を惹きつけることではない。惹きつけるだけでは扇動者にすぎない。
P.F.ドラッカー 「マネジメント」
友達をつくり、影響を与えることでもない。それでは人気取りにすぎない。
リーダーシップとは、人のビジョンを高め、成果の基準を高め、人格を高めることである。
今日のような乱気流の時代にあっては、変化が常態である。
P.F.ドラッカー 「明日を支配するもの」
変化はリスクに満ち、悪戦苦闘を強いられる。
だが、変化の先頭に立たない限り、生き残ることはできない。
変化を脅威ではなく、チャンスとして捉えるリーダーでなくてはならない。
現在、各企業を取り巻く経営環境はひと昔前とは比べものにならないくらい変化の激しいものになっている。例えば、以前なら「中長期計画」を5年、10年で立案し、公表する会社を見かけたが、今はせいぜい3年だ。高度成長を遂げていた時代(1960年代)からバブル経済の最盛期(1980年代末)までなら、多少のブレはあっても社会全体が右肩上がりだった。10年という長期計画も立案できたと思うが、今は3年先の見通しすら怪しいと思えるほど世の中がガラリと変わるスピードが速い。
変化への対応のために、経営トップはまず自社の置かれた現状を冷静に分析し、それを反映させた経営目標や戦略を策定する。その後は経営トップと経営陣が社員を指揮・監督し、自社の経営目標や戦略を確実に実現させなければならない。
その際に求められるのが経営トップの強いリーダーシップだ。なぜなら、強いリーダーシップを持った経営トップがいる企業ほど、変化や不況による耐性が強いと言われているからだ。
前述した孫氏、柳井氏、稲森氏などの活躍からも分かるように、企業が生き残りを図っていけるかどうかは「トップ(経営者)による強いリーダーシップの発揮にかかっている」と言っても過言ではない。
「経営者が強いリーダーシップを発揮していくために、求められるものは何なのか」という観点から、下記の3つについて考えてみよう。
- 経営トップの果たすべき役割
- 経営トップに求められる能力
- リーダーシップ発揮場面
経営トップの役割
最初に経営トップの役割とはどのようなものであるかについてみていこう。組織において経営者が果たすべき役割は、一般的に「目標設定」「戦略策定」「資源配分」の3つといわれる。
目標の設定
経営トップは、自らが統率している組織によって、何を実現しようとしているのかということを明確にしなければならない。そのときに留意すべきことは、現状ではどう頑張っても不可能な目標を設定しないということだ。経営トップのすべきことは、社員が実現したいと思うような目標で、なおかつ努力すればつかみ取ることのできるような目標を設定し、それを周知徹底させることだといえる。
トップが決める目標は「自社の利益のみを追求したもの」だけだと片手落ちだ。目標は、「自社の利益増にもつながり、かつそれが社会のためにも役立っている」という観点から設定するのが理想的だろう。こうすることで様々な不正・不祥事の抑止効果も期待できる。
経営戦略の策定
目標が決まったら、次にどのようにしてその目標に近づいていくかを考えなければならない。この分野のシェアと取るとか、この市場に参入するなどの、いわゆる「経営戦略」だ。
大きく伸びている市場でビジネスを展開する経営トップは稀だろう。多くのトップは市場成長率が低く、競争環境は激しいという状態の中で、経営戦略の策定を行う。数字の裏付けがなかったり、意気込みだけの経営戦略を策定してしまうと、場合によっては「倒産まっしぐら」という事態に容易に陥ってしまう。
そうならないためにも、経営トップは社内の優秀な人間だけでなく、社外の取引先や異業種の知人などの意見にも真摯に耳を傾け、経営戦略を練って行く必要がある。
経営資源の配分
目標・戦略が決まったら、目標を実現するための実行体制作りを行う。具体的には、「経営資源」と呼ばれる「人・モノ・金」を適切に配分する。
例えば、「同業他社にはない新商品を開発・販売すること」を目標に据えた場合、経営トップはそれを実現するため、新たな部署の設置や社員の異動、場合によっては中途採用により商品開発の知識に秀でた人員を調達することになるだろう。
なお、経営資源である「人・モノ・金」を配分する際、最も留意しなければならないのは「人」の配分といわれる。長期的視点に立った場合、価値や富を創り出す源泉は人的資源だということを、歴史が証明している。
求められる能力
経営トップの役割を的確に果たすために必要な、リーダーとして求められる基本的な能力をみてみよう。
洞察力・観察力
経営トップには、将来を見通す「洞察力」が要求される。自社を取り巻く環境の変化に絶えず注意を払い、これまでの自身の経験などから数カ月後、数年後の状況を的確に読み取らなければならない。
外部の変化としては、新しい事業者の参入、業務に関連する法規制の改正などがあり、また、内部の変化として、社員の日ごろの行動を観察することも必要だ。
情報分析力
経営トップには、世の中に氾濫する情報に対して「この情報はわが社にとって有益なものかもしれない。もう少し詳しく調べてみよう」「この情報は今ひとつ当てにできないし、わが社にとって関係ないものだ」などといった、「情報分析力」がこれまで以上に求められる。
また、社内で得られる報告(情報)についても、情報分析力を働かさなければならない。特に、問題が発生した際の報告は、冷静に、できるだけ客観的に事実関係の正しい把握に努めてから情報を分析していく必要がある。意思決定を間違わないためにも「情報分析力」は重要だ。
論理的思考力
経営トップが組織をリードしていくためには、目標や戦略について、社員や株主、取引先などの利害関係者に説得力を持って説明することが重要だ。これにより、社員のモチベーションの高揚や、株主や取引先からの信頼増大が期待できる。
その際に必要となるのが、物事を筋道立てて考える「論理的思考力」だ。論理的思考力を身につけていない経営トップというのは、会社の大小を問わず、あまり見たことがない。
意思決定力・行動力
最終的に決定された目標や経営戦略の責任を負うのは経営トップである。従って経営トップには強い「意思決定力」や「行動力」が求められる。意思決定を行う際には、「少数意見にも耳を傾ける」態度や、「一度決定したことを修正撤回することを恐れない」勇気も必要だ。
現在は「経営環境の変化が激しい」という認識に立脚すれば、「今日正しかったことが数カ月後にも正しい」という保証はどこにもない。そのため、経営トップは目標、戦略決定後も常に時代の流れを注視し、仮に誤りと気づいた決定事項については、早急に修正ないしは撤回しなければならない。一番怖いのは、自らの権威の失墜を恐れて、放置してしまうことだ。
高い倫理観
さまざまな不正・不祥事から分かるように、手段を選ばずに利益の追求のみを求める企業は、消費者や取引先からの厳しい評価を受けることになり、淘汰されてしまう場合もある。
会社というものが社会的存在として認知されている以上、「倫理的価値を追及する」ということは今日の企業活動には欠かせない要素となっている。経営トップは、高い倫理観を持って目標や戦略を決定していかなければならない。
リーダーシップ発揮場面
経営トップが周囲から「この人はさすがリーダーだよな」と思われる場面がある。世界を見渡せば、人格的にはやや疑問でも、信じられないようなリーダーシップを発揮する経営トップが何人もいる。そういう人たちがどういう場面でリーダーシップを発揮するのかを垣間見てみよう。
「夢」を語る
経営トップは、自らが掲げた目標(=夢)について、詳細に説明できなければいけない。経営トップの語る夢を詳細に聞くことにより、周囲が共感を抱き、それが社員のモチベーションを高めることにつながる。
単に「売上を上げよう」とか、「新規取引先を開拓しよう」といった目標しか語らない経営トップは、周囲の共感を得ることは難しく、真のリーダーシップを発揮するのは困難だ。
手本を示す
スモールビジネスにおいては、経営トップ自らが経験の浅い社員に対して、業務の処理手順を目の前で示してやることは非常に有意義だ。リーダーシップを示すだけでなく、社員が経営トップに対して尊敬の念を抱きやすくなる。
逆に、自身は働かないで、口先だけで部下を使おうとする経営トップは人望が得られず、業績をアップさせることは困難だ。
チャンスを与える
特に「若い人にチャンスを与える」というのは、簡単なようでいて難しい。チャンスを与えられた側は、粋に感じその任務を遂行するため最大限の努力をするだろうが、その内容があまりにも荷が重すぎる場合、失敗して自信喪失に陥ってしまう危険性もあるからだ。
とはいえ、経営上の問題が起こった際に、経営陣だけで問題処理を行うのではなく、若い人にも解決策を考えさせるというチャンスの与え方は、将来を担う人材をイッキに育成する効果がある。「育成」というより「登用」に近いかもしれない。
一般的に、会議などの場において「問題提起」はするものの、「問題解決」に熱心な社員は少ない。解決策を考えるチャンスを与えることは、社内の自主性を育くみ、「問題解決型」人間へと導くことができる。それを経営トップが行うことで、社員と経営陣の絆もより深いものへと発展するだろう。
褒める
「褒める」というのもなかなか難しいことだ。特に、現場経験を豊富に積んで経営トップになった人は、「自分ならこうするのに、なんで彼はあんなやり方をするのだろう」と、悪い点はすぐ目について、怒る材料には事欠かないものの、良い点を見つけだして褒めるというのは容易ではないだろう。
しかし、経営トップから褒められることによって、モチベーションが大きく下がるという話は聞いたことが無い。褒められれば、仕事に対する意欲や経営者に対する信頼感がより一層高まるだろう。経営トップが強いリーダーシップを発揮するには、「褒める」ことも大切な要素といえる。
話に耳を傾ける
前述の通り、現在は「今日正しかったことが数カ月後にも正しい」という保証がない。経営トップが若かった頃に通用した手法が、今ではまったく通用しないこともある。そのため、経営トップには「謙虚な姿勢も持つ」ことが必要だ。定期的に、社内外の意見に対して耳を傾けるのは有意義なことだろう。
問題には冷静に対応
「謙虚な姿勢」が必要と上述したが、経営上の問題が起こった際には、慌てず泰然自若として問題処理に当たれる器を持っていることも必要だ。周囲は問題を処理する経営トップの姿勢を見ることにより、「頼れるリーダー」という印象を持つことになる。その結果、経営トップはリーダーシップを発揮しやすくなるのだ。
また、問題は放置せずにすぐに関係者の役割分担を決め、早急に処理させることが必要だ。その際、「全員で問題処理を実行するが、最終責任は経営トップである私にある」との姿勢を明確にしておくことが大切。これにより、リーダーへの信頼感が増幅するだけでなく、関係者が安心して問題処理に全力を尽くせる環境が整う。
先天的才能が必要か
「経営トップのリーダーシップ」について、ここまで読むと、「リーダーシップの資質は、先天的な才能や性格に依存する」と感じたかもしれない。確かに、「強いリーダーシップを発揮できるか否か」には、その人の持つ性格やキャラクターがかなり関係しているように思う。
しかし、社会の中で働いていると、必ず素晴らしいリーダーシップの資質を持った人に会えるチャンスがある。そして、その人に近づこうと一生懸命努力することにより、後天的にリーダーシップの能力を身につけることは十分に可能だ。
総まとめとして、ピーター・F・ドラッカーの言葉を2つ引用しておこう。
リーダーシップとは、組織の使命を考え抜き、それを目に見える形で明確に確立することである。
P.F.ドラッカー 「プロフェッショナルの条件」
リーダーとは目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持する者である。
リーダーたることの第一の要件は、リーダーシップを仕事と見ることである
P.F.ドラッカー 「プロフェッショナルの条件」
リーダーシップは先天的な才能やキャラクターとは関係なく「仕事」だということだ。