📖伊藤雅俊の商いのこころ

賢人に学ぶ
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「商い」を愛する著者

イトーヨーカ堂の創業者で、普段からお世話になっているセブン-イレブン・ジャパン(元のヨークセブン)、セブン&アイ・フードシステムズ(元のデニーズジャパン)設立者である伊藤雅俊氏について書いてみたいと思う。日本経済新聞の人気連載「私の履歴書」 に掲載された内容を中心に再編集された著書『伊藤雅俊の商いのこころ』をここで紹介する。なお、「イトーヨーカ堂」は会社名、「イトーヨーカドー」は店舗名である。

イトーヨーカ堂は、言わずと知れた総合スーパー(GMS)だ。かつては、ジャスコ(現在のイオン)とダイエーとを合わせて「大手流通3社」と呼ばれたこともあった。イトーヨーカ堂は全国展開をせず、主に首都圏で出展したことから、 西のダイエー、東のイトーヨーカ堂と対比されていたこともある。また、創業者を比較して「動の中内、静の伊藤」とも評された。結果からいえば、バブル経済時に慎重だった伊藤氏に軍配が上がった。

なぜバブルで伊藤氏は踊らなかったのか。人には幼いときからの原体験が、後の人生を導いていくことを知る。静かな人ではあるが、強い信念と、猛烈な情報・知識に意欲を持っている人でもある。本書の題にもなっている「商い」という言葉をこよなく愛する。この本以外の数冊の著書も「商い」の文字がタイトルについている。

本書は、日本経済新聞の「私の履歴書」に掲載された内容に加え、新たに「忘れえぬ人々」「伊藤雅俊・商売の要諦」が書き加えられたものである。

上り詰めた愚か者が見る夢

戦後、母と兄が商売を再開したのは浅草ではなく、東京都足立区の千住だった。中華そば屋の店先を借りた、たった2坪の洋品店で、戦災を免れた行李一杯のメリヤス下着が元手だった。名前は戦前の店から引き継いだ「羊華堂」。21歳の時、著者はここで働くようになった。

母と兄は、著者にとって商人の鑑であり、師であり、商人の道、人の道を教えられた。逆境で苦労に苦労を重ねてきた母は、「お客様は来てくださらないもの」「お取引先は売ってくださらないもの」「銀行は貸してくださらないもの」、それが商売の基本だと教えてくれた。だからこそ、一番大切なのは信用であり、信用の担保は、お金や物ではなく、人間としての誠実さ、真面目さ、そして何より真摯であること、ということだった。

千住の店は順調に発展していった。そのころ、羊華堂の年商は1億円ほどになっており、東京の繁盛店といわれるまでになり、上野の赤札堂、池袋のキンカ堂と並ぶ下町の有力店になっていた。

しかし、大黒柱だった兄が、持病の喘息の発作で、突然亡くなった。1956年の夏、暑い日だった。まだ44歳の若さだった。ショックに打ちひしがれていたが、結局、兄亡き後の羊華堂を引き継いで社長になった。

2年後の1958年、株式会社ヨーカ堂を設立した。1961年、NCR主催の海外視察旅行に加わり、これからは百貨店ではなくスーパーの時代であることを確信した。しかし、多くの店を持つチェーン展開には踏ん切りがつかず、母も店を大きくすることには反対だった。

そんな折、恩人で経営の指南役でもあった関口寛快氏(当時、神奈川県平塚市の百貨店梅屋の経営者)から、「千住の店に依存する状態はよくない。千住に未練を持たずに店をどんどん出しなさい」と勧められ、1961年に東京・赤羽店を、1962年に埼玉県・北浦和店を出した。

1960年代のヨーカ堂の利益は、ほとんど千住の店1店に負っていた。株式を上場した1972年の時点でも、千住の店への利益依存度は半分以上だった。それでも1965年の年商100億円は、5年後には1,000億円になった。

出店を始めると、それまでは無借金だったヨーカ堂の借金が雪だるま式に増えて担保も底をつき、銀行も慎重になってくる。もともと借金が大嫌いな著者は、資金を固定させずに出店する方法を社員に考えさせた。その結果、編み出したのが、賃貸(リース方式)の出店だった。

これは、まず、地主さんが自分の土地を担保に提供して、銀行から借りた資金で店舗を建ててもらい、次に、ヨーカ堂は保証金を預け、地主さんと20年の長期賃貸契約をむすんでその店を借りて営業するという方法である。ヨーカ堂が自前で土地を買い、店舗を建てる場合に比べて資金負担が軽くてすむのは助かるが、半面、土地の値上がりで利益を得ることはできない。責任も重大である。もし契約期間の途中でヨーカ堂の経営が傾いたり、店舗の競争力がなくなり約束を守れなくなれば、地主さんと共倒れになりかねない。

ヨーカ堂の店が東京中心の関東に集中した理由は、知名度が低かったヨーカ堂を信用してもらえる地主さんが東京周辺に限られていたこともある。

1966年の田無店を皮切りに、賃貸方式がヨーカ堂の出店の基本パターンとなり、土地や建物の自前主義にこだわった他の大手スーパーとは異なる道を行くことになった。

バブルが崩壊した1990年代以降、土地インフレが土地デフレに変わって、「土地資本主義にまみれなかったヨーカ堂は先見の明があった」と褒めていただくのは有難いが、面はゆい気もする。先を見通していたわけではなく、ただ、お金がなかったからそうなったということでもある。

読み人知らずの「商人の道」を、著者は座右の銘にして生きてきた。孤独を恐れず、わが道を行けと、先人は教える。母と兄と著者の3人で始めた2坪の店が、グループ売上高約6兆円、約32万人が働く大企業になり、それゆえに自分の思うままにならない孤独感はいよいよ募るばかりである。

本当にこれでよかったのか。もう一度やり直すとしたら、同じ道を歩むだろうか。夫婦ふたりの小さな店で、いつまでも自分の思うような商売ができたならば、それが一番の幸せなのではなかろうか。

バベルの塔を上り詰めた愚か者が見る夢は、いつしか遠い過去を遡っていく。これも自業自得だと思う。

商人の道

農民は連帯感に生きる
商人は孤独を生き甲斐にしなければならぬ
総べては競争者である

農民は安定を求める
商人は不安定こそ利潤の源泉として喜ばねばならぬ

農民は安全を欲する
商人は冒険を望まねばならぬ
絶えず危険な世界を求めそこに飛び込まぬ商人は利子生活者であり隠居であるにすぎぬ

農民は土着を喜ぶ
大地に根を深くおろそうとする
商人は何処からでも養分を吸い上げられる浮草でなければならぬ
其の故郷は住む所すべてである
自分の墓所はこの全世界である
先祖伝来の土地などと言う商人は一刻も早く算盤を捨てて鍬を取るべきである

石橋をたたいて歩いてはならぬ
人の作った道を用心して通るのは女子供と老人の仕事である
我が歩む処そのものが道である
他人の道は自分の道ではないと云う事が商人の道である

信用のモノサシ

商人と呼ぶには、あまりにも大商人の伊藤雅俊氏。生き様そのものが経営哲学のようであり、すべてのビジネスマンにとって学ぶところの多い本だと思う。経営の神様とか、オカネの神様と呼ばれる某著名人氏も、その著作の中で「信用」がいかに大切かを説いていたが、同じことを伊藤氏は、自分の母親から言われたという。そして、その信用を計るモノサシは、誠実さやマジメさだ。

このことは、普通のビジネスマンに対しても、スモールビジネスの経営者にも言えることで、実は、私たちは、知らないうちに「信用」のモノサシで計られているのだ。

分かりやすい例で言えば「約束を守るかどうか」が、重要な信用のモノサシになっているという事実がある。例えば、金額の大小に関らず、毎月の返済義務を期日通りはたしているかどうか。これはお金を貸し付ける金融機関にとって、大変重要なな信用のモノサシであるらしい。年収1000万円でも時々口座引落し残高が不足する人と、その半分の年収500万円なのに、10年間毎月きちんとローンを返した人では、明らかに後者のほうが信用度が高い。孤独を恐れず、わが道を行くとはいっても、約束を守ることを忘れてはいけない。

よく比較されたGMS3社

このコラムを書いていて、そういえば本当に総合スーパー(GMS)3社は、かつてよく比較されていたことを思い出した。よく見かけたのは「この3社は同業者なのに決算書が違う」というような分析や、そういった分析を活用した教材だ。

ある教材で、決算書の「キャッシュフローをどう読むか」というお題のときに取り上げられた3社比較を最後に紹介しておこう。この教材では、「キャッシュフロー計算書は経営実態を読み取るのに便利」ということを教える目的で、総合スーパー3社を比較した。

総合スーパー3社のキャッシュフロー計算書から読み取れるポイントを以下に列挙しよう。

■セブン&アイ(イトーヨーカ堂)

  • 営業キャッシュフローの範囲内で投資している
  • 営業キャッシュフローは3社中で最も高水準

■イオン

  • 営業キャッシュフローを上回る投資をした時期が多い

■ダイエー

  • XX年X月期は営業キャッシュフローがマイナス。資産売却で投資キャッシュフローをプラスにしてまかなった
  • 投資キャッシュフローが一貫してプラスなのは、十分に投資のお金が使えず、逆に資産売却が多かったことを示す

3社は同業だが、投資戦略がまったく異なることをキャッシュフロー計算書から読み取る教材だった。 ダイエーは苦労しており、イオンは勝負にでている状況。伊藤雅俊氏は稼いだ範囲で投資をするような、「堅実かつお金持ち」という経営をしていたことが分かる。

目次概要

伊藤雅俊著『伊藤雅俊の商いのこころ』の目次概要は以下の通り。

Ⅰお蔭さまです~私の履歴書
Ⅱ忘れえぬ人々
Ⅲ伊藤雅俊・商売の要諦

  1. 資本より元手
  2. まず、お客様ありき
  3. 漬物石としての存在
  4. 浮気せず本業専念
  5. 商業の極意は自由であること
  6. 質がよければ、安く借りられる
  7. 基本の徹底と変化への対応
  8. 荒天に準備せよ
  9. 創業のこころを忘れず
  10. 革新は辺境から生まれる
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