『日本型うつ病社会の構造』

心身の健康
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テレフォン人生相談の加藤諦三氏

ニッポン放送系ラジオ番組で「テレフォン人生相談」という最長寿番組がある。1965年1月に放送開始されたらしいので、現時点でなんと56年以上の歴史がある。その「テレフォン人生相談」で半世紀以上相談者の悩みに向き合ってきたのが、パーソナリティーの加藤諦三氏。今回は、その加藤氏が書いた数百冊の著書・訳書の中から『日本型うつ病社会の構造』について述べてみたい。

私が抱く加藤諦三氏のイメージは「ザ・社会心理学者」だ。加藤氏の著書は学生時代にも何冊か読んでいる。悩んだときに、道を拓くにはどうしたら良いかとアドバイスする本も多い。 『日本型うつ病社会の構造』 では、その加藤氏が、心理学者の立場から日本経済を鑑みる。

日本人はもともとうつ病素質者(前うつ病者)であると加藤氏は言う。

最近とみにうつ病者が増えていると報告されている。多くの人たちは、わが国の経済不況が影響していると考える。しかし、心理学の立場から見れば、日本の高度経済成長自体も、うつ病素質のおかげだったともいえるのである。家庭を犠牲にしても、仕事に打ち込んだのは、実は、心の病の一つである「攻撃ノイローゼ」によるものだったのである。

好況時には、心理的病のことなどは無視された。だが、不況になると、表にあらわれてくる。家庭生活を犠牲にしたことが、若者たちの心を歪めた。今、私たちは何をなすべきか。大人たちが、自ら生きがいのある生活を若者たちに見せることではないか。本書にはそんなことが書かれている。


日本型うつ病社会

わが国で、心の病が増加している。「産業人メンタルヘルス白書」(財団法人社会経済生産性本部・2002年)は、48.9%の企業で「最近3年間の心の病が増加傾向にある」と考えていると報告している。心の病のうち最も多いのがうつ病である。約80%程度が、うつ病だろうと想像される。

世間のおおかたの理解は、経済的に不況になったので人々が心理的に病んできたと思っている。だから、経済成長をとり戻せば、心の病は解決できると考える。しかし、1980年代はじめからの高度経済成長のもとでも、心の病は増加していたのである。

だが、そのことは景気のいい話にかき消されがちであった。たまたまバブルがはじけ、日本が経済政策的に行き詰まったので、うつ病の増加がことさらに注目されだしただけである。

それどころか、日本人がもっているうつ病素質者(前うつ病)のおかげでわが国の高度経済成長が実現したともいえるのである。前うつ病の特徴は、オーストリアの精神科医ベラン・ウルフがいうところの「攻撃ノイローゼ」もその一つである。

攻撃ノイローゼとは、人生のある一点だけを攻撃することで、現実から逃避しようとするノイローゼだ。家庭を無視して猛烈に働いたのは、まさにこの攻撃ノイローゼのせいだったといえなくはない。うつ病ではないが、日本人の喫煙率がなかなか下がらないのも、不安から逃れる一つの方法になっていると考えられる。だからやめられない。

うつ病の病前性格のもう一つが、執着性格である。日本人の執着性格が、高度経済成長をもたらした。敗戦の荒廃から立ち直れたのも、この執着性格があったからであり、未曾有の経済発展を遂げさせる要因となった日本の同調型社会もまた、執着性格が関係している。それが、長引く不況の中で、日本人を「守り」に向かわせ、景気回復を遅らせる原因をつくっている。

日本の指導者たちの自信も、企業の成長を通してのものでしかない。価値観も同じである。高度経済成長の時代に経営者は、企業活動を通して国に貢献しているという誇りを持っていた。これが一転して長引く不況になり、経営トップは自信も誇りも失い右往左往する。あげくは企業の不祥事が続く。

うつ病素質者が、高度成長の時代を心理的に生き抜けたのは、年功序列と終身雇用があったからである。さらに運命共同体といった企業の共同体化も日本人の心の支えとなった。この3つによってでき上がっている社会構造こそが、「日本型うつ病社会の構造」である。

ところが、家庭が崩壊し、企業は本来の姿である機能集団になって、日本人は情緒的満足を求める場所がなくなってしまった。日本の年功序列と終身雇用は加速度的に崩れていった。ビジネスマンは献身の対象を失い、金が中心の価値観になってしまった。この大変革のなかで、変化に弱いうつ病素質者がうつ病者となって現れてきた。

バブル期、私たち日本人は競って株や土地、ゴルフ会員権を買ったが、それは、貯金よりそうするほうが「必ず」得をすると思うから買っただけである。株を買う動機は、貯金をする動機と同じである。日本人の貯蓄性向の性格が変わったわけではなかった。

日本人はバブルであれ、不況であれ、リスクはとらないのである。日本のような同調型の社会に住む人は、「リスク・アボイダー」である。自信がないからそうなる。

不況脱出のためにとられた政府の施策や、テレビに出るエコノミストたちの話が、日本人のこのような性格や心理を無視したものであることが気になる。リスクをとりたがらない国民に向かって「株を買え」といっても無理な話である。日本人がベンチャー企業に向かない性格であることもまた、リスクを嫌う性格から説明できる。

世界で初めて遺伝子と性格との関わりについて論文を発表したイスラエルのヘルツォーク記念病院研究所のエプタイン博士は、新奇探索傾向は、ドーパミンD4レセプターと関係するという。

日本人は上昇志向に疲れている。解決すべきは、社会的基盤の整備ではなく、心理的なことである。他人の行動に従う同調型社会で、いくら「リスクをとりなさい」と説得しても無理である。

うつ病者は変化を恐れる。また変化に対応できない。変化の時代にうつ病者が多く現れるのは、この変化への不安が関係している。私たち日本人が、「変化、変化」と騒ぐのは、変化が怖いことの裏返しでもある。

ハードには強く、ソフトに弱いとされる日本人の性格も、ハードが変化しにくく、ソフトは簡単に変わってしまうことに原因がある。「昇進うつ病」や「引っ越しうつ病」というのもある。ともにうつ病者が変化を嫌うことから起きる。変化の時代は、私たち日本人にとって最も恐ろしいことなのだ。

日本は経済的に豊かになり、価値観が多様化した。その多様化にとまどったり、自らの価値観のなかで挫折したりという要因のなかで、人々はうつ病になっていく。うつ病者にとっては、「魚ではトロが一番いい」という価値観の社会が生きやすい。「トロもいいけどイワシは健康によい」といわれるのは苦手なのである。

日本は経費削減で社内の仕事を合理化するというのは得意であるが、産業構造の転換といった大変化を乗り切ることは不得意である。今日本が解決を迫られている課題は、オイルショックの時のような問題とは本質的に違う。

これまでの問題は、「生産現場での小さな改善」で解決できた。それは生真面目で仕事熱心な執着性格者の得意とするところである。このような性格は一朝一夕に変わるものではない。経済政策によってどうこうできるものではない。この大きな変化を乗り切るには、経済政策と同時に教育である。教育抜きにこの問題は解決しない。

今の日本で上昇志向の発想を力で推し進めれば、もっと暗い顔をした人で日本は埋まるだろう。そして、人々はもっと恨みがましい人間になる。変革はあくまでも日本人の性格に適合したものでなければならない。日本はそれを越えてはいけない一線を越えつつある。

個人的には、変化に耐えられる自分をつくることである。もっと心理的に落ち着いた生活をすることである。日本人は生きるエネルギーを失いつつある。これをなおすには、いったん休んで、そこから出直すこと以外にない。

日本人の精神的荒廃が進むなか、心の病をもつ人たちが驚くほど増加している。とりわけ若者に多い。今、必要なことは、こうした若者たちに衝動を抑えろと教えるのではなく、もっと生きがいを持てる生き方があると、大人が身をもって教えることだ。「身をもって教える」とは、そのように大人自身が生きることである。

成長論者は、経済が不況だから人々の心の荒廃が起きていると考えているようであるが、これは逆である。日本の場合、経済がうまくいっているときに人々の心の荒廃が起きていることを忘れてはならない。

日本人の悩みの本質

日本人が「うつ病素質」であるというのには驚いた。加藤諦三氏のアドバイスは非常に好きなのだが、その一方、一般的に心理学者や精神医学者はどんなことでも病気にしてしまう傾向があることも確か。国民的に「うつ病素質」といわれて戸惑ってしまった。

「どうして凶悪犯罪が続発するのか」と疑問に思うひとは多いだろう。それは日本社会に潜む恐るべき病理が原因だと加藤氏は説く。 周囲に聞いても、「いつから、こんなに職場の雰囲気が悪くなったんだろう」と感じている人は多い。日本中どこの職場も、次第に能力主義になっていく。それで、皆が幸せな感じになっているのなら問題はない。しかし、状況は逆だ。

今は心理的に言えば、戦後日本の半世紀にわたる経済成長の根底にある哲学のツケを払っていることになるそうだ。いつも上を目指し、そのために頑張ってきた。しかし、今の日本がこれ以上上昇志向にこだわれば、日本の経済的・社会的な上昇はないという。

日本が経済不況で壊れることはないが、今の日本人の心理状態をこのまま放置すれば日本が壊れることは十分あると示唆している。

日本人に不向きなこと、例えば「リスクを取りなさい」「株を買いなさい」「起業しなさい」といった内容を、評論家などがすぐにも実行せよと言っているのは間違いない。自分自身は普通よりはリスクを取る人生を歩んできたが、心理的に「向いているか?」と問われると、素直に「もちろん」とはいえない。加藤氏の見立ては当たっているような気がする。

加藤諦三氏は、どんなときでも私たち日本人の悩みの本質を伝えてくれる。

なお、加藤氏の新刊が2021年9月に出ている。冒頭に紹介した最長寿のラジオ番組初の公式本『テレフォン人生相談~心のマスクを忘れるな~』だ。最後に、この番組が公式本について解説している文章の一部を以下に紹介する。

「テレフォン人生相談」は、1965年1月より放送がスタートし、今年放送開始57年目を迎えているニッポン放送最長寿番組です。その「テレフォン人生相談」で半世紀以上相談者の悩みに向き合ってきたのが、加藤諦三氏です。

テレフォン人生相談が56年目を迎えていた2020年、新型コロナウィルスの感染拡大で人々が様々な心理的な負担を強いられる中で、10年後、20年後の心理的崩壊を危惧した加藤諦三氏がニッポン放送の番組スタッフに伝えた「心のマスクを忘れるな」という言葉をきっかけに、この時代だからこそ「心の大切さ」を伝えたいという思いで2020年12月年末に放送された特別番組「テレフォン人生相談55周年記念! 加藤諦三、令和時代への提言 ~心のマスクを忘れるな~」。この番組は、大反響を呼び、「2021年日本民間放送連盟賞 ラジオ教養番組部門 優秀」を受賞し、この度の本の発売へとつながりました。

加藤諦三氏は、昭和、平成、令和と時代を超えて、様々な人の悩みに答えていますが、時代は変わっても「人の悩みの本質」は変わらないと話します。この本では、色々な相談の本質を紐解き「その悩みの本質」を伝えています。あなたの悩みも「本質を知る」ことで解決方法や幸せになるためのヒントがみつかるかもしれません。

引用:ニッポン放送:番組初の公式本「テレフォン人生相談~心のマスクを忘れるな~」発売!

目次概略

加藤諦三著『日本型うつ病社会の構造 心理学者から見た停滞する日本の現状と未来』の目次概略は以下の通り。

  1. 心の病にかかっている日本人
  2. 高度経済成長で日本人が失ったもの
  3. 日本人の心理を無視した景気回復政策
  4. うつ病社会を生きる人々
  5. 変化をどう受けとめるか
  6. 日本の活路

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