宅急便の次は「福祉」
ときどき、NHKのEテレでやっている『先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)』を観ることがある。『知恵泉』という歴史居酒屋で、主に歴史上の人物のユニークな知恵について、居酒屋の店主と3人の客が語り合うという番組だ。仕事で悩んだり、壁にぶつかったりしたとき、歴史上の人物から解決のヒントを得ようという内容。2013年から放送されている。
2021年の8月・9月に、この番組で小倉昌男氏が取り上げられた。小倉氏については、このブログで過去にも「📓小倉昌男 経営はロマンだ!」というタイトルで取り上げている。NHKの番組『知恵泉』は小倉氏について、8月のテーマは「宅急便」、9月のテーマを「福祉」としていた。9月放送の概要は以下の通りだ。
「福祉の世界に新たな風を!小倉昌男」
引用:NHK「先人たちの底力 知恵泉」:福祉の世界に新たな風を!小倉昌男
障害者の自立を助けたいと、福祉の世界に異業種から一石を投じた人がいる。宅配便を生み出した後、経営から退いた小倉昌男だ。当時の障害者雇用のあり方に疑問を持った小倉は、これまでのビジネス経験を生かし、共同作業所など福祉の現場に、“経営”の考え方を広めようとする。「金もうけの企業人が乗り込んできた」「福祉は経営と違う」という批判を受けるなか、小倉はどのように人々の意識を変えていったのか、その知恵に迫る。
今回は、小倉昌男著『福祉を変える経営~障害者の月給一万円からの脱出』を取り上げてみたい。宅急便で役所と戦った小倉氏が、福祉の世界でも政策を論破した著作物だ。
「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親として知られる小倉氏は、ヤマト福祉財団の理事長として、福祉事業にかかわることになった。そこで見たものは、6000カ所近くもある私的な共同作業所で働く障害者たちが手にする月給は1万円に満たないという事実だった。これでは生活はおろか、小遣いにもならない。無理もない。作業所では、仕事らしい仕事はまったくされておらず、利潤を求める経営意識もない。
小倉氏は、こうした共同作業所の関係者を集めて、無料のセミナーを開いてきた。「月給1万円からの脱出」をかかげ、そのためには何をしなければならないかを教えた。
その結果、いくつかの有望な共同作業所が生まれてきた。身体障害者と知的障害者の数は合わせて370万人を超す。ある障害者が、「私は障害を持って生まれたことを不幸とは思わないが、日本の国に生まれたことを不幸だと思う」と言ったといわれる。この言葉の意味するものには深いものがある。
「福祉」の美名のもとにお金を注ぎ込んでも、いっこうに障害者の幸せにつながらない福祉政策を理解できるばかりでなく、企業のありかたについても考えさせられる本である。
月給1万円からの脱出
障害者雇用促進法では、常用雇用者数が56人以上の民間事業主は、その常用雇用者数の1.8%以上の障害者(身体障害もしくは知的障害者)を雇用しなければならないと定めている。
しかし、この法律には重い罰則規定はない。従業員300人を超える企業が雇用率を守らない場合、不足人数1人につき月額5万円を国に納めるだけですむ。現在、一般企業のこれら障害者の雇用率は、1.49%にすぎない。
しかし、障害者の数は370万人を超える(身体障害者約325万人、知的障害者約46万人)。これに精神障害者が約204万人いる。日本の人口の約5%である。
これだけの障害者たちはどこでどうやって働いているのか。国が用意した授産施設というのが全国に1861カ所あるが、これではとても需要に見合わない。そこで障害者の親たちが中心になってつくった障害者就労の場が「共同作業所」である。年々増えており、2002年には5942カ所になっている。
共同作業所は、厚生労働省から社会福祉法人として認められれば、施設をつくってくれ、職員に地方公務員並みの給料を払ってくれるが、土地と建物の提供が必要など、認可のハードルは高く、いまだ572カ所しかない。
ヤマト運輸の会長職を退いた後、ヤマト福祉財団の理事長に専念することになって、これら共同作業所の人たちと会う機会が増えた。そして驚いたことは、そこで働いている障害者たちが手にする報酬は、なんと月額1万円にも満たないという現実だった。
訪ねていって見学すると、まったく事業の体をなしていない。仕事はせずに、歌をうたったりして障害者が仲間と一緒に楽しく過ごす「デイケア」が主目的の場所になっていた。お金を稼ぐ仕組みはほとんどできていない。
もちろん仕事をちゃんとやっている作業所もたくさんある。ただそういった作業所でも、障害者に十分な賃金を支払えているところはない。しかし、単純労働の下請けでは、「円」ではなく「銭」の単位の仕事である。そのような下請け仕事すら、そうそうあるわけではない。
今行なわれている仕事で一番多いのがリサイクル、すなわち空き缶つぶしである。空き缶を拾ってきてそれをつぶして、1キロいくらで売る。そのほか、牛乳パックの再生処理、天ぷら油の廃油を使った石鹸、木工所からもらってきた木の切れ端で木工製品を作るといったことをやっている。しかし、これでは到底まともな給料を払える事業にはなりえない。
著者は考えた。そして、さまざまな問題点を考慮した結果、まず手始めに共同作業所の経営を立て直し、障害者の月給が1万円という状況を打破してもらうことが第一だという結論に達した。著者の経営者として積んできた経験とノウハウを作業所の人たちに伝授することならできる。
ヤマト運輸の経営から完全に退いて1年たった1996年、財団の正式な事業として共同作業所の運営者向けの経営セミナーをスタートさせた。最初は、どのような方法で共同作業所の人たちを集めたらよいかわからなかったし、「経営」という意味を考えたことのない福祉の世界の関係者には、「経営セミナー」と言われてもぴんとこない。そこでセミナー会場までの交通費から2泊3日の宿泊費まで財団で全額持ってあげることにした。
セミナーでは、冒頭の基調講演で、著者は作業所の方たちを前に、いきなり「経営とはなんぞや」を話した。ところが、熱心に聞こうという気持ちがみられない。自分たちは福祉をやってきた。20年30年とやってきた。福祉の仕事は尊い仕事だ、という自信が皆にある。
それに比べると、企業がやっているのはしょせん金儲けじゃないか。金儲けは汚いことだ。目の前で話している小倉昌男という男も、宅急便という商売で儲けた。福祉に比べると金儲けという汚い仕事をやってきた人間に、なぜ自分たちが教えを請わなければいけないんだ。そう思っているのが、ありありと顔に出ていた。
そう思われているままではしゃくだし、そもそも金儲けが汚い、という発想から脱却してもらわないと、共同作業所の経営改善は絶対にできない。金儲けとは、お客さんが喜んで使ってくれ、その代わりにおカネをいただく。そのおカネが積み重なって利益になる。これがビジネスであり、お客さんのために頑張ったご褒美として収入が増える。この金儲けの原則を説いた。こうしてセミナーの参加者の人たちの顔つきがだんだん変わってきた。
戦後の日本では、製造業が頑張って経済を伸ばした。しかし、ただモノをつくれば人々の生活が豊かになるというわけではない。消費者が欲しいものを、消費者の手に届けなければ意味がない。消費者がモノを手に入れるには流通業が必要になる。
だが今や、モノがたくさんあるから幸せ、という時代は日本においては終わった。人々はモノ以外の部分で幸せを感じる。モノは大事だが、それだけでは人は幸せにはならない。心を豊かにすること。そうした人々のニーズを満たす産業がサービス業である。
モノを買えば幸せだったころは「消費者」の時代だった。いまでは、心が豊かになって生活が楽しいことを求める「生活者」の時代に入っている。それにはサービスを考えなければならない。食べ物を扱う商売であれば、「ほかよりおいしい」というのが最大のサービスである。さらに「おいしさ」以外にお客さんを呼べるサービスはなんだろうかと考える。これが、「付加価値」である。
ヤマト運輸の経営者だったころ、著者は社員たちに、「ライバルが出たら喜びなさい。うちの良さをお客さまに認めてもらえるチャンスなんだから」と教えてきた。ライバルに差をつける手こそが「付加価値」なのだ。
その「手」を見つけるには、まずデメリットに着目する。デメリットを克服すれば、未開拓の大きな市場が拓けるかもしれない。デメリットがあるからビジネスチャンスがある。デメリットをどうメリットに変えていくのか。それを一生懸命考えることである。
いくらデメリットをメリットに変える方法を考えても、なかなかアイデアが出てこないときは、とにかく「できることからやってみる」というのが、著者の経験則である。
「クロネコヤマトの宅急便」をやるには、始めた当時はたくさんのデメリットがあった。だから誰もこのようなサービスを考えなかったのである。デメリットを克服し、成功に導くことができた理由のひとつは、売り手の立場ではなく、常に買い手の立場に立って考えたことにあった。買い手の論理でものを考えること、これが経営のポイントである。
著者がセミナーを通して、共同作業所の人たちに「月給1万円からの脱出」を目標にすることを説く。最初のころは、経営によって、障害者が自立できるだけの給料を稼ぐ仕組みをつくろうと「やさしく」接してきたが、4年目からは基調講演の出だしをがらりと変えて、「皆さん方は障害者のために献身的に仕事をされているが、そこで働いている障害者は月に1万円以下しかもらっていない。逆に言えば、皆さんは1万円以下しか障害者に給料を払っていない。見方を変えたら、これは搾取だと言われてもしかたがない」という過激な説得に変えていった。
さまざまな経営のノウハウ、商売の仕方を教えたが、「月給1万円」脱出の最後の奥の手がある。それは、来月から働いている障害者の人たちに3万円払うことである。儲けがないのに払えるわけはないという人がほとんどであろう。しかし、普通の会社で「今月は売上げが少ないから給料はいつもの半分にする」と言う会社はない。まず一歩を踏み出す勇気が必要である。
東京2020パラリンピック
「この子は障害を持っているのではありません。これがこの子の個性なんです。」という表現を耳にする機会が多いと思う。数十年前に比べれば、障害に対する理解も深まり、極端に差別的な扱いを受けることが少なくなってる。
2021年は1年遅れで「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」が無観客開催された年だ。オリもパラも、超人的な選手たちの活躍する姿に日本中が熱くなり盛り上がった。驚いたのは東京パラリンピックのメディアでの扱いの変化だ。
パラリンピック2020の競技は、地上波テレビで普通に観戦できた。競技の様子は、新聞各紙の「スポーツ面」に堂々と掲載されていた。オリンピックもパラリンピックも同じ扱いになっているなんて、こんなことは初めてだった。例えば、前回までのパラリンピックでは、選手インタビューや競技の結果が、新聞の「社会面」で扱われたそうだ。スポーツの競技者としての扱い以前に「何歳で障害を負い、それを乗り越えて…」という部分にスポットが当たっていたのだ。
東京2020パラリンピックの開会式や閉会式では、さまざまな障害のある人が登場するキャンペーン映像が流された。映像の中で表示される「We are 15% of the world’s population」というフレーズの通り、世界の人口の約15%を障害者が占めている。7人にひとりという、予想を超える比率だ。今回紹介したこの著作では日本の人口の約5%が障害者だとしているが、世界の約15%というのはWHOの調査らしい。
私のいとこのひとりはダウン症なので、障害者を特殊な存在とは思っていなかったが、それでも人口の15%というのには驚いた。仮に5%としても20人にひとりだ。やはり多いという印象を持つ。
障害のある人の数が実際より少なく見えているのだとすれば、それはさまざまな理由で障害者の皆さんが表舞台に出てきていないことを意味するような気がする。障害者の皆さんを取り巻く環境について、まずは関心をもつことが大切なのだろう。東京2020パラリンピック は、そのための良いキッカケになった。
目次概略
小倉昌男著『福祉を変える経営~障害者の月給一万円からの脱出』の目次概要は以下の通り。
- 障害者の自立を目指そう!私の福祉革命
- 福祉を変える経済学
- 福祉を変える経営学
- 先進共同作業所の経営に学ぼう