田口弘著『日本で最高のサラリーを稼ぐ男たちの仕事術』

素敵な経営者
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創業期のミスミ社長

「製造部品のAmazon」と例えられるミスミ(株式会社ミスミグループ本社/証券コード:9962)を知っているだろうか。ミスミは1963年に機械部品の商社として創業し、1977年からはカタログによる標準部品販売を開始した。

公開されている「数字で見るミスミ」によれば、現在のミスミのEC(電子商取引)サイトは、FA、金型部品や工具、消耗品を含め、3000万点超の製造業向け商品を取り扱う。標準2日、最短即日出荷という短納期を受注生産で実現、グローバルで部品1個から納品するという体制で顧客数を伸ばし、約32万社と取引。2020年度の連結売上高は3107億円だ。

現在のミスミの西本会長/大野社長の「トップメーッセージ」には、ミスミがカタログ販売を始めた翌1978年からの業績推移が以下のグラフで公開されている。

引用:株式会社ミスミグループ本社 株主・投資家情報 「トップメーッセージ

上記の驚異的な成長グラフには、売上ゼロから500億円になった2001年までを「創業期」、2002年以降に3000億円なるくらいまでを「第2創業期」と書いてある。今回取り上げる『日本で最高のサラリーを稼ぐ男たちの仕事術』の著者である田口弘氏は、この「創業期」の社長っだった人だ。

「第2創業期」の社長である三枝匡氏は名経営者として知られるが、それまで33年間、ミスミの社長を務めた田口氏も、ユニークな経営の実践者として知られる。田口氏が社長の時代のミスミは、30代でも年収が2000万、3000万円という社員はさほどめずらしくはなかったという。単年度、1億円のボーナスを手にした社員もいたという。21世紀にはいる前の話だ。

当時のミスミでは、役員になると新しい事業についてみんなの前でプレゼンテーションをすることが義務づけられていたらしい。もちろん、厳しい質問や意見が出される。これは有望と判断されると、その提案者が長となり、賛同する社員を集めてチームをつくる。計画どおり成功をおさめれば、多額のボーナスがもらえる。そんな会社だった。

田口氏がこの本で書いていることは、サラリーマンは夢のある仕事であるということ。それを希望のないものと思い込んでいる日本の社会は間違っている。やる気になれば、どんなことでも成功する。そんな内容だ。


目指すは企業内起業家

会社はプラットホーム(場)のようなもの。経営資源を提供するから社員は自由に稼げばいい、という考えで、いろいろ工夫をしながら経営をしてきたら、いつのまにか、30代でも年収が2000万、3000万円という社員がめずらしくないという、ユニークな会社になってしまった。

ミスミでは毎年、役員はやりたい事業を企画書にして、全社員が参加できるオープンな経営会議でプレゼンテーションをする。そこでの説明を聞いていて、面白い、やりがいがあると思った社員が、その役員の率いる事業チームに応募していくという変わったやり方を実行している。魅力あるプレゼンテーションをしないと、誰もついてきてくれない。同じ内容の仕事を、別の人が別のやり方で提案してくる場合もある。まさに社内コンペといった雰囲気になる。

自分の提案した企画が採用されなければ、役員はその年自分のやるべき仕事がなくなってしまう。そのときは役員を退任して、1ランク下のチームリーダーとして働くか、もしくは退社するしかなくなる。つまり役員は1年1年が勝負なのである。

したがって、ミスミでは役員の仕事が一番キツイ。ちょっとでも気を抜いたら後がない。降格するか会社をやめるしかなくなる。ただし、同時に収入も一番多額になるというわけである。新しい事業が黒字転換すると、多額のボーナスがもらえる。このボーナスが1億円を超えることもある。

いま日本で行われている実力主義とか成果主義というのは、従来の人事政策内で賃金体系だけ変えようとするものである。社員は働く部署を選べないから、好きではない仕事に回されることになる。そこで「さあ給料は実力主義ですよ」といわれても、がんばろうという気がなかなか起きるわけはない。自分で自由に好きな部署に移り、好きな仕事ができて初めて、実力主義、成果主義の正当性を感じるはずだ。

会社の概念や経営方針を、会社中心から個人中心へと変える必要がある。これからは、「会社がなんとかしてくれる」というサラリーマン根性を捨てて、「自分でなんとかする!」という気持ちを持つ人でないと生き残っていくのは難しい。つまり、目指すは「企業内起業家」である。会社の経営資源を思い切り使って仕事ができれば、独立するよりもサラリーマンはかえって好都合な時代になっているのである。

つまり、ビジネスの世界は、一人ひとりが独立したプロ集団の世界になりつつある。それぞれのサラリーマンが会社に依存し、支配されるのではなく、会社と対等に契約を結んで仕事をする時代がやってくる。

仕事のヒントを紹介

本書には、各章に分けて、新しいサラリーマンがどのように仕事をしたらよいかのヒントが60以上も書かれている。各章から1つずつ選び、簡単にその内容を紹介する。

■「知らない」ことが大きな武器になる

20代の終わり頃、機械部品のベアリングを扱うようになったが、いろんなベアリングを扱っているうちに、あるユーザーのことが契機となって金型部品も扱いはじめた。しかし、金型については素人で専門知識もなかったことから、金型メーカーへ聞きにいき、金型分野のことをいろいろ教わったが、ここでは「生産者中心」の論理で売られていた。

著者たちは「おかしい」と感じた。生産者のためではなく、ユーザーのための代理店があってもいいのではないかと。ユーザーの要望の最大公約数をとって、それまで誰も試みなかった金型部品の「標準化」を初めて実現した。これが金型部品の「カタログ販売」という新しいビジネスモデルを生み成功した。もし中途半端に金型のことを知っていたら、この発想は出てこなかったろう。独創的なモノを生み出すようなときは、むしろ「知らない」ことが武器になることもある。

■「自分にふさわしい給料額」を算出する方法

ほとんどの人は、給料に不満を持っていると思う。その言い分はわかる。しかし、これからは給料観も根本から変えなければいけない。給料は「上がる」と思わないこと、「会社からもらう」という気持ちを捨てることだ。そして、「会社に収益をもたらす」という気持ちをはっきりと持つ。

ミスミでは「もし転職するとしたら、よその会社ではいくらくらいの年俸を払ってもらえるか」を専門家の知恵を借りて計算してもらった。最近、転職したが前の会社との給与格差にがく然としたという話をよく聞くが、転職した先の給与こそが自分の価値に対する世の中の客観的な評価なのだと思ったほうがいい。それが不満なら、仕事でそれを証明しなければならない。

■ドラッカーを読め

「頭の痛くなる本」はあなたをどんどん大きくする。 料理人の包丁は家庭の包丁と違ってあきれるほどよく切れるが、あれは常に研いでいるからで、その努力なくして切れ味のある包丁で料理することはできない。毎日を仕事で忙しくしている人が、どうやって自分を磨くかだが、やはり本を読むことを勧めたい。本を読む人が減っており、よく読んでいるサラリーマンでも、ハウツー物など、軽めの本が多いのが気になる。そうした本も役立たないことはないであろうが、たまには分厚い本もじっくり読んではどうだろうか。

著者がこれまでに一番感銘を受けた本はドラッカーの「現代の経営」で、そこに述べられている「商売というのは、ただ儲けるだけでなく、絶対的価値を作らなければならない」という考え方は、いまでも著者のものの考え方の基本になっている。原論を書いた分厚い本を勧めるのは、そういう本には時代を超えた普遍的な価値や考え方が盛られていることが多いからである。

■上司に「反抗する」人ほどよく伸びる

著者が「信頼できるな」と思うのはどういう人かというと、一言でいえば「自分よりも厳しく考えている人」である。そういう人は上司の顔色をうかがうことなく、自分で考えているし、自分の考えが上と違っていてもはっきりといえる。しかも現実を厳しくとらえる目を持っている。反抗的な部下は嫌われると多くの人は思い込んでいる。たしかに反抗されてよい気分にはなれないが、問題は中身である。文句や批判、反発ではなく、建設的な提言あるいは意見として表明することが大切である。

上司のほうも反抗する部下に対する見方を変える必要があろう。子どもと同じで、反抗することは「成長」している証だ。部下も、成長していく人間であれば、いつもいつも上司に従順でいるわけはない。「生意気だ」などと思わず、「成長しているんだ」という見方をしてもらいたい。

■「これから伸びる会社」はここでわかる

今伸びている会社はどんな会社かというと、大企業がやることの逆をやっているような会社である。いま日本の経済界で起きていることは、この激変の時代に旧来の組織のあり方がうまく機能しなくなったことも大きな原因なのだ。従来の会社は、役職につけて仕事をやらせてきた。これからは仕事に基づいて役職をつけるという発想が望ましい。「持たざる経営」も大切だ。それから企業の透明性。これからの企業はオープンな体質でいくしかない。オープンにできるということは、正しい経営をしているということである。

変化に対応できる柔軟な組織、身軽さを目指す持たざる経営、オープンポリシーの経営。この三つの指標で見れば、自分の所属する会社が、これから伸びていく会社かどうかの判断がある程度はつくはずである。

個人のために会社がある

この本を読んで、田口氏が社長として実践した「ミスミで働く環境」は、新興ベンチャー企業との類似点が多いと感じた。会社を「稼ぐためのツール」と考え、自由な発想でビジネス開発するのは、本来、ベンチャー企業のやりかただ。それを「企業内企業家」に置き換えればシックリくる。

ベンチャー創業メンバーと当時のミスミ社員とでは、成功報酬を株のキャピタルゲインで受け取るのか、サラリーとしてもらうのかが相違点だが、本質は同じ。高額の報酬には責任とプレッシャーが伴う点も同じ。違いがあるとすると、ミスミの場合には、リスクを会社がある程度吸収してくれることと、最初から既存販路を使った大きなスケール感で考えることができることだろうか。

20年も前の話だが、今でも学ぶところは間違いなく多い。冒頭に書いた通り、このあとのミスミは「第2創業期」に入り、更なる急成長を遂げる。ミスミは常に次の段階に進む会社に見える。決して立ち止まらない。著者の田口氏が65歳で社長から取締役相談役に身を引いたのは、新しい時代にふさわしい経営には新しい発想が必要なことを感じてのことであろうと感じる。

田口氏は創業メンバーであり、苦労して会社をゼロから売上500億円にした社長だ。その社長自らが、本の最初に「サラリーマンほど稼げる商売はない」と述べ、「個人のために会社がある」と言い切っている。これは多くのビジネスマンに贈るエールだと受け止めたい。自分自身と会社との関係を考え直すには最高の教科書かもしれない。

なお、田口氏はミスミ社長在職時にアメリカン・ポップアートを中心とした「ミスミ・コレクション」を築き、企業コレクションの先駆けとなった。現在は、個人で収集した現代アートの「タグチアートコレクション」を全国の美術館などで展示している。2019年度文化庁長官表彰受賞。

目次概略

田口弘著『日本で最高のサラリーを稼ぐ男たちの仕事術~必要なのは「この考え方」。それだけでいい!』の目次概略は以下の通り。

  1. 企業内「企業家」の発想-頭の中に革命を起こせ!
  2. 必要なのはこの「考え方」。それだけでいい!
  3. 年収3000万円以上のサラリーマンが実践している仕事術
  4. 「大きな仕事」のできる人、「小さな仕事」しかできない人
  5. 「自分が社長だったらどうするか」で考えよ!

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