メンタルヘルス・マネジメント

組織の運用
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今では当然の管理者教育

メンタルヘルスとは、「メンタル=精神面」が「ヘルス=健全かどうか」ということだ。職場において、従業員のメンタルヘルスが良好というのは、本人がもっとも高いパフォーマンスを発揮できている状態。逆に言えば、メンタルヘルスが良好でなければ仕事の生産性が落ちるということ。

企業内ではITをはじめとした技術革新が進む一方、景気の低迷、競争の激化により省力化や合理化を迫られるなど、職場環境は急激に変化してきている。2020年の新型コロナウィルス感染症の世界的流行で、職場の景色が一変した会社も多い。

このような職場環境の変化は、従業員の心身に多大な影響を及ぼし、従来より大きな負担を掛ける。そしてITに適応できない、または逆にスマートフォンなどに依存してしまう「テクノストレス」といった、新しい心の問題も発生してきている。

組織のパフォーマンスを向上させるには「メンタルヘルス・マネジメント」が必要だという認識がある一方、従業員を過重な業務でうつ病を発症させ自殺に至らしめたとして、訴えられる企業もある。

私が初めてメンタルヘルスに関する管理者教育を受けたのは1998年だ。それ以前は「心の健全性」が会社の運営上の問題になることはなかった。この頃から周囲に「うつを発症した」という人が急増したように感じている。

当時はまだこういった管理者教育は珍しかったはずだが、今ではメンタルヘルス・マネジメント教育は多くの会社で普通に行われている。

メンタルヘルスへの関心の高まり

企業と、そこで働く従業員を取り巻く環境は、決して楽な方向には行っておらず、どちらかといえば厳しいものになっている場合が多い。このような状況で、企業は意図せずに従業員を精神的に追い込んでしまうことも少なくない。

厚生労働省の人口動態統計によると、国内の自殺者数は1998年に初めて3万人を超え、以降14年間連続で3万人超となっている。それ以降は徐々に減少しているが、それでも2020年にはまだ2万1081人が自らの命を絶っている。自殺の理由は、「健康問題」「経済・生活問題」などもあるが、「勤務問題」も上位に入ってる。私が初めてメンタルヘルス・ケアの管理者教育を受けた1998年は、まさに国内自殺者数が3万人を超えたときだった。

増加する一方の自殺を防止するため、2004年8月、厚生労働省は1カ月100時間を超える残業をした労働者を対象に、医師による面接・指導を受けさせる制度を設けて健康状態を把握するよう企業に義務づける方針を決定した。これは、従業員がリストラによる人員不足など、さまざまな理由から長時間労働を強いられた場合、うつ病などの精神疾患や脳・心臓疾患による過労死などに陥る可能性があることを厚生労働省が認めたからだ。

このように、従業員が業務を遂行するに際して、その健康状態に留意することは企業にとっても避けられない事態となっている。これは、必ずしも長時間労働に限ったことではなく、従業員のあらゆる業務の遂行に際して、従業員がメンタルヘルス不全に陥り、病気になったり遅刻や欠勤が増えたりすることを防ぐ必要があることを意味している。それが、結果として企業において従業員の生産性に悪影響を及ぼさないように対策を取ることになる。

経営者や管理者は、たとえ合理化に成功し、企業の業績を上向かせたとしても、従業員の精神の健康を保持・増進していくメンタルヘルス・ケアを軽視、または無視すれば、結局は従業員の仕事の能力が低下し、効率が悪くなってしまうことを理解しなければいけない。特に、厳しい経済環境にあって従業員に厳しい結果を求めるようになっている現在、これまで以上に職場でのメンタルヘルス・ケアの重要性が高まっているといえる。

中小事業者でのメンタルヘルス・ケア

厚生労働省と独立行政法人労働者健康安全機構は『職場における心の健康づくり』という指針を公開している。2018~2023年の5年間をかけて取り組んでいる「第13次労働災害防止計画」の重点施策のうち、メンタルヘルス対策のことをまとめた指針だ。

この「第13次労働災害防止計画」では、メンタルヘルス対策の推進目標として「メンタルヘルス・ケアに取り組んでいる事業場の割合を80%以上とする」という具体的な数値を掲げている。

『職場における心の健康づくり』の調査結果によれば、メンタルヘルス・ケアに取り組んでいる事業所の割合は2018年度で59.2%。これを事業所規模別に見ると、従業員100人を超えるすべて規模の事業所ではメンタルヘルス・ケアに取り組んでいる割合が9割を超えている。

中小事業者については、従業員50~99人の規模の事業所では86.0%の事業所がメンタルヘルス・ケアに取り組んでいる。もっと小規模な、従業員30~49人規模では63.5%、従業員10~29人規模では51.6%となっている。小さな会社でもかなりの数が取り組んでいるということだ。

ちなみに、その取り組み内容で最も多いのが「調査票を用いたストレスチェックの実施」。次いで「労働者への教育研修・情報提供」、「相談体制の整備」の順となっていた。

メンタルヘルスが不全な状態とは

メンタルヘルス不全にはいろいろな種類があるが、その多くは「うつ病」に分類できる。

うつ病は「心の風邪」ともいわれており、誰にでもかかるリスクがある病気だ。例えば、「失敗」「転勤」「対人関係のトラブル」など、自分が望まない状況に置かれたときは、誰でも気分が優れないのは当然。うつ状態になるのもうなずける。

実は、「結婚」「昇進」など、本来嬉しいはずの出来事が、本人に思った以上の責任や負担をかけ、結果としてうつ状態になってしまうことがある。「マリッジブルー」という言葉を聞いたことがあるだろう。また、大きな仕事をやり遂げた後に燃え尽きてしまって、うつ状態になる「バーンアウト症候群」もある。

うつ病は性格的に「真面目な人」「几帳面な人」「周囲の人に信頼されているような人」「つい仕事を抱え込みすぎてしまう人」などに多いと言われる。

うつ病は精神が疲労を起こしている状態であり、「精神異常」や「性格異常」とは異なり、適切な治療を続ければ完治するということを理解する必要がある。

職場のメンタルヘルス・ケア

メンタルヘルスに関する管理者教育を受講したときのノートから、ポイントだけ記述する。

マネジメントの役割が重要

マネジメントの役割は与えられた業務を遂行し、目標を達成することにある。そのためには、働きやすい環境づくりを心掛け、適切な業務命令を発し、部下が生き生きと働けるように配慮しなくてはならない。それには適切な介入と、危機に対して速やかな対応が望ましい。

従業員のメンタルヘルス・ケアにおいて、マネジメントが与える影響は大きく、必要な時に手助けをしてやれるようにするには、十分な知識と考えを持って対応することが必要だ。

日常において従業員はマネジメントよりも同僚と接する機会が多いが、マネジメントは業務命令や就業管理、人事上の措置にまで配慮できることから、マネジメントが適切な処置をできるか否かが、従業員のメンタルヘルス・ケアのカギとなる。

人を知り細かな変化を見逃さない

人はそれぞれ生まれ持った特徴があり、育った環境も異なる。「健康状態」「家庭環境」「その他の悩み」などで、人の心の状態は日々変わる。その人の特徴や育った環境、普段の様子を知らなければ、その人の変化に気づくことができず、またどう対応してよいかもわからない。そのため、マネジメントは部下のプロフィールを把握しておくことが重要だ。

そして、部下のことをよく知っているマネジメントが、一人ひとりのコンディションに目を配り、関心を持つことが大切になる。この目配りそのものがマネジメントのストレスになってしまっては元も子もないので、対話しやすい環境をつくっておくことをお勧めする。

「眠れない」「疲れやすい」「食欲がない」「以前のように仕事に集中できない」など、従業員の精神状態が思わしくないことに気づくのが早ければ早いほど、対応が取りやすく、大きなトラブルを避けやすくなるのは言うまでもない。

部下の変化に気付いたら

何らかの変化に気付いたら、「よく話を聞く」ことで少しでも「不平不満を解消してあげる」ことを試みよう。相談を受ける場合には、受身の立場で話を聞き、批判などを加えずに理解しようと努力することが大事だ。場合によっては、「よく話を聞く」だけで心の状態が回復することもある。

受講した教育によれば、例えば、うつ状態で苦しむ従業員に対して、一杯やろうと飲みに誘ったり、気晴らしをさせようとして温泉に連れて行ったり、「がんばれ」と叱咤激励するなど、善意で行ったことが逆効果の場合があるので注意が必要だ。

原則的には、治療は専門家(精神科、神経科、精神神経科、神経精神科、メンタルクリニックなど)にしかできないと考える方が妥当だ。当の本人の立場になってみると、他人にどのように思われるか不安だったり、精神科など病院に対する負のイメージがあるはず。状況にもよるが、マネジメントとしてメンタルヘルス・ケアサービスの専門家を紹介するなどの対応を行うことも必要だと考えよう。

職場復帰した人に対する対処

メンタルヘルス不全となった従業員が職場に復帰した場合、マネジメントや同僚はどのように接したらよいか迷うだろう。理解ある温かい迎え方をするのが原則だ。復帰した従業員は完全に回復していれば、ほかの人と同様に接しても問題ない。もちろん、復帰後の職場の環境が精神的肉体的に高い負担をかけるものであれば別だが、過度な気遣いや差別をしてしまっては悪い影響を与えることがある。

これまでの経験から、復帰した従業員を担当していた専門家から対処のアドバイスを頂くのが最も合理的だと考える。

職場の健康を維持する

マネジメントは時には職場を振り返り、作業環境、業務量、業務内容、人間関係など職場内にメンタルヘルスの阻害因子がないかチェックし、その改善を図ることも重要な役割だ。

そして同時に、組織のメンタルヘルスを配慮するには、まずは自らの心身の状態を健康に保つように心掛けなくてはならない。マネジメント自身のメンタルヘルスが不全に陥れば、職場全体の活力低下を招くのは間違いない。管理職は大変だ。若い人が「管理職に出世したくない」と思うようになったらしいが、それもうなずける話だ。

会社としての取組み

メンタルヘルスに関係する報道は、多くが「過労死」「過労自殺」のものだ。しかも有名な大組織が多い。例えば、大手広告代理店、大手スーパーマーケット、大手居酒屋チェーン、大手自動車、大手放送事業者など、インターネット検索で次々に出てくる。

これらの大組織がメンタルヘルス・ケアに無関心なのかと言えば、恐らくそうではない。ちゃんと人事部門に担当がいたり、社内研修をやっていたりしてるだろう。異常な残業時間だって、社内では知っているはずだ。カタチだけ作っておいて実際には運用していないという気がしてならない。

会社としてのメンタルヘルス・ケアをやる場合には、身の丈に応じた方法で、実効性のある運用を目指さないと無意味なものになってしまう。

メンタルヘルス管理委員会

スモールビジネスのときと違って、少し会社が大きくなると、組織全体として従業員のメンタルヘルスを保持・増進することも必要だ。社内に人事担当者などを含むメンタルヘルス管理に関する組織をつくり、事前ケアを行ったり、外部のメンタルヘルス・ケアサービスを行う企業に管理を委託するなど、従業員がなるべくメンタルヘルス不全に陥らないための体制を作る。

メンタルヘルスの事前ケアとは、「管理者および従業員への教育」「実態の調査」「利用しやすい相談体制」「メンタルヘルス・ケアサービスを専門に行う企業に管理を委託する」などだ。

実際にメンタルヘルス不全に陥った従業員が出た場合には、「速やかで適切な対処」「復職への配慮」「適正な配置への支援」などが必要になる。

復職の時期に関しては、専門家の意見を前提に、本人の意思を尊重して決める。そして、場合によっては、一定期間ほかの仕事につけるなどの配慮をする。

現実に実施した例としては、役員を中心とした体制をつくり、産業医と契約し、毎月の管理委員会の中で、事前ケアの内容を決定したり、情報共有を行った。従業員40人の上場企業での例だ。

人事措置

人事考課や昇給、昇格、人事異動などの人事措置は、従業員のメンタルヘルスに間違いなく影響を与える。個人の業績や適性を、公正、適格に把握し、バランスのよい人事措置が望まれる。本人の納得が重要と言える。

また、従業員を配置転換した場合、その従業員が十分な技術や対応能力を習得していなかったために、メンタルヘルス不全に陥ることもある。そのため、普段から従業員の能力、技術向上、適応力拡大を目指し、教育・研修の機会を設けることも必要だ。スキル向上とメンタルヘルス・ケアの両方の目的があると思っていい。

個人情報の守秘

メンタルヘルス・ケアは、個人のプライバシーの守秘を前提として成り立つ活動である。個人情報が他に漏洩するようでは、従業員からの信用が低下し、得られる情報が少なくなり、結果として実効のあるメンタルヘルスケアの推進は困難だ。

例えば、メンタルヘルス不全に陥った経験のある者が配置転換になる場合、就業管理上必要な事情を職場の上司や同僚に伝えておく必要があるかもしれない。しかし、その場合でも、本人の了解を得て、プライバシーの保護を十分配慮することが重要だ。

インターネットの活用

「労働安全衛生法」の改正により、2015年12月以降、50人以上の労働者がいる事業所でストレスチェック制度の実施が義務づけられた。それを機にインターネット上でストレスチェックできる仕組みが色々でてきて、有償・無償のサービスが提供されている。ネット上のサービスを活用しない手はない。

厚生労働省の『心の健康』

厚生労働省には『心の健康』という政策サイトが設置されている。ここから更に目的別の総合サイトに誘導されるようになっている。代表的なものは以下の2つだ。

みんなのメンタルヘルス総合サイト
こころの不調・病気に関する情報をまとめた総合情報サイト。病気や症状の説明や、医療機関、相談窓口、各種支援サービスについての紹介など、治療や生活に役立つ情報を分かりやすく提供。

こころもメンテしよう(10代20代のサポート)
10代、20代の方向けのメンタルヘルス情報サイト。ゆううつな気分、やる気がなくなる、不安な思いなど、こころのSOSサインに気づいたときにどうすればいいのか、など役立つ情報を分かりやすく紹介。ご家族や、教職員の方々向けのページもある。

様々なオンラインサービス

オンラインセミナーはもちろんのこと、このコラム執筆時点で国内には約40のストレスチェックのオンラインサービスがある。有償であってもひとり数百円の利用料金だ。

また、オンラインで産業医や臨床心理士などの専門家と相談できるサービスや、オンラインで治療にまで乗り出したサービスもある。

メンタルヘルス・ケアは、社会に出たら必ず出くわすものだと考えたほうがいい。できるだけ正確に状況を捉え、うまくネットを活用することで最短の対処を探し、最終的には必ず『専門家』に相談しよう。

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