📓影響力の武器

営業/販促
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世界中でロングセラー

今回は、心理学を応用した営業方法やマーケティングに大きな影響を与えているであろう、ロバート・B・チャルディーニ著『影響力の武器』を取り上げる。

日常的にインターネットを使うようになってからだろうか。普通に生活していても「情報量多すぎるな」とか「変化のスピードがずいぶん速いな」と思うことが多い。以前に比べると、今の世の中は、迅速な判断や決定を求められるようになり、その対応のために、自動的に「原始的な反応」をするようになっているという。

自動的で原始的な反応とは、例えば「高価なものは良いものである」といった、私たちが日常的に利用している判断行動だ。きわめて単純で、すぐに対応できるため、経済的で効率的。情報量が多く、変化の速い今の世にはピッタリであるといえる。

しかし、『影響力の武器』で取り上げられている多くの事例から、こういった原始的な判断による行動パターンを悪用するケースや、集団心理が間違った方向に進み、多くの人に誤った行動を取らせてしまうケースなどがあることがわかる。この仕組みを利用した販売活動や、宗教団体などにより、知らぬ間に行動をコントロールされる恐れがあるのだ。

著者のロバート・B・チャルディーニ氏は、米国で活躍中の社会心理学者であり、アリゾナ州立大学名誉教授。対人影響過程、援助の意思決定、社会的規範などに関する多数の研究業績をもつ。著者は専門領域の内容でありながら一般人にも分かりやすいという点で定評があり、なおかつ専門家からも高い評価を受けている。なお、本書は、影響力の問題を著者自身のそれまでの体験や実験結果を踏まえて分かりやすく一般向けにまとめたものではあるが、心理学の参考文献として必ずピックアップされているものである。

さて、本書の帯にはこうある。

あなたは経験ないだろうか
欲しくもない英会話の教材や高価な羽根布団を買ってしまった
高いエステティックの会に入会させられた
怪しげな宗教団体への寄付を断りきれなかった
手相を見るといわれて法外な値段の人格形成セミナーに入会させられていた
映画が好きだと言ったらほとんど役立たないクーポンを売りつけられていた

つまり、こういった日常でよく見られるような、心理学を高度に駆使した勧誘や営業の背景にあるものを解明し、なぜそのように相手の意のままに操作されてしまうのか、そしてその防衛策はあるのか。
対策があるとすればどうすればいいのか、といったことについて社会心理学の立場から数多くの研究サーベイや、著者自身のフィールドワークによる考察を交えて分かりやすく解説してくれている。

社会心理学本なのに、累計発行部数が200万部を超える世界のロングセラーとなったのには、それだけの理由がある。

人を動かす心理状況

七面鳥の母鳥は、優しく、用心深く、ヒナ鳥を守ることで有名であるが、ヒナ鳥に対する母鳥の行動はほとんど全てが、ヒナ鳥の「ピーピー」という鳴き声が引き金となっている。イタチの人形を母鳥に近づけてみると、母鳥は執拗に攻撃を加える。ところが、そのイタチの人形にテープレコーダを埋め込んでおき、ヒナ鳥の鳴き声を流すと、母鳥は、その人形が近づくのを許すだけでなく、自分の翼の下に抱き込んでしまう。

このヒナ鳥の鳴き声に対し盲目的に反応してしまうという固定的行動パターン、あるいは自動的反応と言われるものに似たものは人間にも当てはまる。その1つが、「人に何か頼み事をするときには、理由を添えた方が成功しやすくなる」というものだ。

人は単純に、自分がすることに対して理由が欲しがるものだというのは良く知られているが、実は承諾することに対する本当の理由がなく、また新しい情報が全く付け加えられなかった場合でも「○○ですので」という言葉を付け加えるだけで承諾してしまう、という実験結果がある。これこそ、先ほどの母鳥におけるヒナ鳥の鳴き声に相当する。

また我々の社会では、ある話題についての権威に見える人々のいうことや指示を盲目的に受け入れてしまう傾向がある。つまり、専門家の発言をよく吟味した上で納得するのではなく、その内容に目を向けずに、「専門家」としてのその人の地位によって納得してしまう。

これは、問題があまりにも複雑で、時間が切迫し、気を散らせる刺激が溢れ、情動が強く喚起され、心理的な疲労感が強くなるので、よく考えた上で反応する、という頭の状態にはならず、重要な問題であろうとなかとうと、簡便な方法を選択してしまう、頭が処理する情報量を減らそうとする、生物的な生存本能に依存によるものなのだ。

このような簡便反応の利点は、その効率性と経済性にある。役に立つことが多い引き金特徴に自動的に反応することによって、貴重な時間やエネルギー、精神能力を失わずに済ませることができるのである。

承諾の過程の多くは、自動的な簡便反応を行おうとする人間の傾向によって理解することができる。我々の文化では、大勢の人が、承諾を導く引き金を持っており、それらの特徴を武器のように使って、人々を承諾するように導くことが可能なのである。

昔から「ギブアンドテイク」というが、人間文化の社会には、他社から何かを与えられたら自分も同様に与えるように努めることを要求するルールがある。これを「返報性のルール」という。

このルールに将来への義務感が含まれているので、社会によって有益な様々な持続的人間関係や、交流、交換が即され、このルールを守らないと重大な社会的負傷人を被ることを幼い頃から叩き込まれるのである。

このルールは大変強力でもあり、また望んでいようといまいと適用されるので、場合によっては、不公平な交換が導かれることもある。恩義という不快な勘定を取り除こうとする心理が働き、親切を施された相手から何かを頼まれると、お返しにそれ以上のことをしてしまうことが多い。

また、営業テクニックとして有名な、最初にこちらが何かを譲歩したように見せると、相手からも譲歩を引き出すことができるようになるというのも、この返報性のルールを応用したものである。

「拒否したら譲歩」法を使うと、相手がイエスと言う傾向が強まるだけでなく、相手がその要求を実行し、将来の同じような要求にも同意する傾向が強まるのである。

人には、自分の言葉や信念、態度、行為を一貫したものにしたい、という欲求がある。この欲求は、社会から高い評価を受ける、一般に日常生活に有益である、複雑な原題社会をうまくする抜ける貴重な簡便方略が得られる、という理由からだ。

すなわち以前の決定と一貫性を保持することで、類似した状況に直面した場合に、関連しうる情報を処理する必要がなくなるからである。

これを応用したものが、「小さなコミットメントを引き出すと、そのコミットメントに合致した要請に同意しやすくなる」、というものだ。人は自分の判断は正しいと思いたいので、一旦コミットメントをしてしまうと、自分の中で、それが正しいことを示す新しい理由や正当性を自ら付け加えてしまうのだ。

よくテレビで、笑い声が組み込まれているシーンがある。多くの人はこれを不快に思っているのだが、テレビの作り手は一向に止めようとはしない。というのも、笑い声を組み込むことにより、視聴者がおもしろいと判断する傾向が強まることを知っているからである。これは社会的証明の原理といい、「我々は他人が何を正しいと考えるかに基づいて物事が正しいかどうかを判断する」というものである。一般に、社会的証拠に合致した行動をするほうが、それと反対の行動をするよりも、間違いを犯す可能性が少なくなるからだ。

この社会的証明が最も強い影響力を持つのは、自分が確信をもてないとき、あるいは状況が曖昧なとき、他の人々の行動に注意を向け、それを正しいものとして受け入れようとする、という場合と、人は自分と似た他社のリードに従う傾向にある、という類似性が成り立つ場合である。

人は自分が好意を感じている知人に対してイエスという傾向がある。ある人が望ましい特徴を1つもっていることによって、その人に対する他社の見方が大きく影響を受けることを社会科学者の間では「ハロー効果」と呼んでいるが、外見の良い人の方が他社との付き合いで有利になる、という傾向は我々の想像以上に強いということが最近の研究で明らかになっている。驚くべきことは、裁判においても法律的に有利な扱いを受けがちである、ということだ。

好意と承諾に影響する要因に類似性というものがある。我々は自分と似た人に好意を感じ、そのような人の要求に対してはあまり考えずにイエスという傾向が強い。

好意を高める要因に称賛がある。要するにお世辞である。お世辞は一般に人の好意を高め、承諾を引き出しやすい。さんざん褒めちぎる営業マンと出会った経験をお持ちの方も多いと思われるが、彼はまさに、このルールを応用していたのである。

前述の通り、人には権威者に対して盲目的に信用してしまう傾向がある。その場合、その実体にではなく、権威のシンボルに反応してしまう傾向がある。代表的なシンボルとしては、「肩書き」、「服装」、「装飾品」が特に効果があることが実験でも明らかにされている。

希少性の原理とは、「人は、機会を失いかけると、その機会をより価値あるものとみなす」というものだ。よくある、「数量限定商品」とか「現品限り」といったものがこの希少性の原理を用いた承諾誘導の戦術の代表的なものだ。

希少性の原理が効果をあげる理由としては、まず第一に手にすることが難しいものはそれだけ貴重なものであることが多いので、入手できる可能性そのものがその質を判定する手がかりになるというもの。第二に、手に入りにくくなると、「手に入れるという自由」を失うことになる。この場合、以前よりも自由を欲するというカタチで自由の喪失に対して反応してしまう。

人間とはそういうもの

なんとまあ思い当たることばかりだ。

誰かから何らかの恩恵を受けたら、そのお返しをせずにはいられなくなるし、一度「こうするぞ」と決めたら、その決定と一貫した行動を取り、自らを正当化しようとしてしまう。さらに、多くの人がやっている行動を見たとき、それが正しいものだと思い込んでしまう。

好感を持つ相手からの頼みごとは受け入れるし、シンボリックな相手に従うことは自分の利益になるものと自動的に判断している。さらに「限定品」には間違いなく弱い。自分だけでなく、人間とはそういうものだということが様々な心理状況で理解できて面白い。

「場合によっては、この本は悪用されるのでは?」と思うかもしれない。確かに「騙されないための」知識は、裏を返せば「うまく騙すための」基礎情報としても利用できる。本書はあくまでも社会心理学という立場に基づいて、人間の心理の振る舞いを明らかにすることを目的としており、その過程で筆者らは様々な団体に潜伏し、実態を解明することで研究を進めてきた。本書に書かれている内容は、あくまでも「事実」として受け止め、本書で得られた知識を、悪用ではなく有効利用してみて欲しい。

聞いた話では、本書はじわじわ売れ行きを伸ばしてはいるものの、一向に古書市場には出回っていないらしい。みな、本書を買い込みこっそり自分の本棚にしまい込んでいるのかも知れない。

また、巷によくある心理学を応用したビジネス書や営業スキルを解説した本などは、ほぼ本書がタネ本だと考えてよいだろう。そういった類書を何冊も買い込んで表層のスキルを仕入れるよりも、まずは本書にじっくり対峙してみるのもいいのではないだろうか。

目次概略

ロバート・B・チャルディーニ著『影響力の武器』の目次概略は以下の通り。

  1. 影響力の武器
  2. 返報性―昔からある「ギブ・アンド・テイク」だが
  3. コミットメントと一貫性―心に住む小鬼
  4. 社会的証明―真実は私たちに
  5. 好意―優しそうな顔をした泥棒
  6. 権威―導かれる服従
  7. 希少性―わずかなものについての法則
  8. 手っとり早い影響力―自動化された時代の原始的な承諾
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