📓質問力ー話し上手はここがちがう

賢人に学ぶ
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対話スキルとしての質問

教育学者で明治大学教授の齋藤孝著『質問力ー話し上手はここがちがう』を取り上げたい。『声に出して読みたい日本語』(毎日出版文化賞特別賞受賞)がベストセラーとなったあの齋藤孝氏の著作で、この本も34万部以上売れたらしい。

実は、社会人1年目の新入社員研修で、「質問」に関するレクチャーを受け、その応用をロールプレイしたことがある。目的は、顧客や見込み客から、ニーズを聞き出すことだ。

入社した会社のビジネスは、課題解決型の提案によって成り立っていたため、その最初の一歩が「相手の課題やニーズを引き出す」ことだった。課題が何もなければ解決策の提案のしようがないからだ。

人とのコミュニケーションは得意なほうだと自分では思っていたが、このロールプレイを通じて非常に難しいと思ったのは、いかに相手に喋ってもらう環境をつくるかということだ。たいていの質問に対して、特に初対面の相手には、「はい」「いいえ」くらいしか答えない。これでは、本当に大事なことが何ひとつ聞き出せないのだ。生まれて初めて、質問を重要な対話スキルとして認識した瞬間だ。

対話のテクニックとして「オープンエンドの質問法」などを教わったが、これはあくまで相手を喋らせるのが目的だ。その先にはコミュニケーションを通じて課題やニーズを引き出すという最終目的が待っている。コミュニケーションを盛り上げるための質問をするには、それなりのスキルと経験が必要だと感じた。

ちなみに 、オープンエンドの質問というのは、相手に自由に話してもらう拡大型の聞き方。代表的なのは「これについてどのような感想をお持ちですか?」といった質問だ。 この逆が、「はい」「いいえ」くらいしか答えられないクローズエンドの質問。代表的なのは「飲みに行かない?」だろうか。

今回取り上げた『質問力ー話し上手はここがちがう』では、素晴らしい回答の方法ではなく、その回答を引き出す「質問」に焦点をあてている。

沿いつつずらす

日本で今後間違いなく問題になってくるのは、コミュニケーション能力だろう。にもかかわらず、その能力は低下傾向にある。日本語力だけでなく、体でのコミュニケーション力も落ちてきている。人と会話をする際、自分の体全体で相手に応答する習慣がない世代が増えてきている。「コミュニケーション不全症候群」という言葉もあるほどだ。

テレビを見ている時は、自分の方から何も発信しなくてもよい。テレビに向かってレスポンス(応答)しなくても、テレビは文句を言わない。そのことが、コミュニケーション力の低下を招いているとも思われる。しかし、若い人たちを見ていて、友だち同士のコミュニケーション能力がさほど落ちているわけではない。ただ、自分の言いたいことを一方的にしゃべるという傾向はあるが、それでも彼らの間では了解済みであることが多い。

プライベートな関係では、自分勝手な会話や少ない語彙でも許されるが、友だち以外の人間には通じない。

何百人もの人を前にして、しっかり書き言葉のように話せといわれても、万人ができるわけではない。しかし初めて会う人と3分後には深い話ができたり、相手の専門的な知識や話題を、たとえ自分は素人でもきちんと聞き出せる能力があるかないかは、その人の人生の豊かさを決定づける鍵になる。

出会いが人生の豊かさの本質を決めるのである。「初めて出会う人と、どれだけ短い時間で濃密な対話ができるか」ということが、社会で生き抜く差が生まれてくるのだと実感する。

このような対話に「質問力」がいかに重要か。質問するという積極的な行為によってコミュニケーションを自ら深めていくことができるのである。コミュニケーション力=質問力といっていいであろう。

普通私たちは、問いよりも答のほうに注目しがちである。だが、おもしろい答、正しい答ができるかどうかは、専門的な知識や経験、言語能力などの差によって違ってくる。要するに、その人の総合的な実力にかかる。知識も経験も乏しければ、答も内容は薄くなるのは仕方がない。急に変えようといっても無理である。

しかし、質問は違う。自分が例え素人でも、質問の仕方によって、優れた人から面白い話を引き出すことができる。頭の中で少しでも質問を工夫するだけで、現実は変わってくる。聞き方がうまければ、自分に実力がなくても面白い人の面白い話が聞き出せる。

インタビュアーが優勝した選手に「いまのお気持ちは?」と尋ね、選手のほうは「嬉しいです」と答える。これは不毛に近い対話である。「嬉しい」という言葉に込められた気持ちに複雑なニュアンスはあるかもしれないが、答として出てきたものは明らかに凡庸である。問いは本質であるが、聞き方も、答も抽象的である。これは答えた側が悪いのではなく、インタビュアーの「質問力」のなさと考えたほうがいい。

いい質問のキーワードは「具体的かつ本質的」な質問をするということにある。しかし、本質的であることと抽象的であることは一見似ているから、大事なことや真面目なことを聞こうとする場合、どうしても具体性がなくなってしまいがちである。

レンタルビデオのベンチャーTSUTAYAに転職した小城武彦氏は、iモードが登場した時、これを使って市場調査をした。金曜日の昼間30分以内にアンケートに答えてくれたら特典をさしあげますという実験をやった。3万通のメールに対して2,000通もの返信があったという。

このアンケートで彼が出した質問がすばらしかった。「今、あなたはどこにいますか?」という質問である。驚いたことに過半数の人が、学校か職場にいることがわかった。授業中や勤務時間中に携帯を操作してアンケートに応えてくれているということを知り、iモードがとんでもないメディアであることを悟ったという。もしこの時、「あなたは1日にiモードをどれくらい使いますか?」と聞いてもiモードの効果を知る的確な答は得られなかったに違いない。

具体的な事柄を訊ねながら、本質的な事柄に迫ることができるのが、具体的かつ本質的な質問のしかたの真髄である。

コミュニケーションの秘訣は「沿いつつずらす」ことだというのが、私の持論である。人と対話する時、相手に沿った話をしないと乗ってこない。しかし、沿っているだけでは話は発展しない。沿うことを前提とした上で、角度をつけて少しずらしていくのが私が経験的に得たコミュニケーションのコツである。これは武道でも、相撲でも見られることである。

相手のことを無視して、自分中心に話をする人が少なくない。会話をする場合、相手と自分がどこでつながっているか強く意識しながら対話をすることが、いい質問を生み、コミュニケーション全体をいきいきとしたものにする。これが「相手に沿う」ことである。

「沿いながらずらしていく」には、質問を通して相手の真意を確かめながら、相手の言葉を少しずつ言いかえていくというのも一つの技である。「具体的に言うとどういうことなんですか」という質問も、話を発展させていくのに便利に使える。

著名人対談からのヒント

本書は、随所に著名人の対談集から一節を引用して、それを材料に、質問の妙を説明しているが、引用文は除外して、上手な質問のヒントになるコメントを以下に紹介する。

  • 楽しい場を作っていくためには、お互いに経験世界を混ぜ合わせることが大切である。
  • 質問は網だ。しっかり作っておけば、いい魚がとれる。
  • 質問は思いつくものではなく、練り上げるものと思うのが上達の近道。
  • 聞いたことがない専門用語や固有名詞が相手から出た時は、繰り返すことで自分のほうが慣れていく。
  • その人間がいちばん力を入れている部分をしっかり認めることがコミュニケーションには必要である。
  • 相手の言ったことに対して、「それは別のこれと似ていますか?」と質問するのは、質問の王道である。
  • 「どちらへ?」「ちょっとそこまで」は意味のないやりとりだが、これが潤滑油として必要だと、司馬遼太郎は言う。
  • 相手に起こった変化について語ってもらう。その答は豊かになることが多い。劇的に変わった瞬間については、人は熱く語るものである。
  • 「質問力」のなさを決定付けるのは、勉強不足である。相手に関する情報がなければ、いい質問はできない。
  • 答えている当人が、その質問をされるまで思いもしなかったことが導きだされるものが、最もすぐれたクリエイティブな質問である。
  • 相手が言ったことに対して「どうして?」と聞き、その答に対して「ああ、そうですね。わかりますよ」と受ければ、共感が生まれる。
  • 一つでもインスピレーションを得ることができれば、コミュニケーションは完全な成功である。
  • 質問は短いのに答は長い。ということはそれだけ答を引き出すパワーをもった質問ということになる。

本が売れるテーマ

齋藤孝氏らしく、質問を「ワザ」として、その方法を指南する本である。ワザは技能のこと。技能を英訳すれば「スキル」となる。「相手に沿う」という気持ちが大事だという著者のアドバイスは、コミュニケーションとしての「質問」をうまくやるための基本かもしれない。

自分だけが喋るのは辛いし、質問ばかりしていては今度は相手が辛い。質問に対する答えに対して、自分の体験を絡ませるという著者のアドバイスは、まさにコミュニケーションを円滑にし、話を盛り上げることになるだろう。

オンライン書店で「質問する力」をテーマにした本について調べてみたら、想像をはるかに超える量が出版されていることに驚いた。ということは、恐らく『売れるテーマ』なのだろう。百聞は一見にしかず。最後に「質問力」関連本の一部をざっと眺めてみよう。

  • 知の越境法~「質問力」を磨く:池上彰著
  • 最高の結果を引き出す質問力:茂木健一郎著
  • 20代で身につけたい質問力:清宮普美代著
  • 「質問力」って、じつは仕事を有利に進める最強のスキルなんです。:ひきたよしあき著
  • 誰も教えてくれない質問するスキル:芝本秀徳著
  • 「良い質問」をする技術:粟津恭一郎著
  • 「いい質問」が人を動かす:谷原誠著
  • カジサックの質問力:焚き火たかじ著
  • パワー・クエスチョン 空気を一変させ、相手を動かす質問の技術:ジェロルド・パナス著
  • コンサルタントの「質問力」:野口吉昭著
  • 一目置かれる質問力トレーニング:箱田忠昭著
  • 質問7つの力:ドロシー・リーズ著
  • 超一流 できる人の質問力:安田正著
  • 最高の質問力:鎌田靖著
  • すべては「前向き質問」でうまくいく:マリリー・G・アダムス著
  • ビジネスリーダーの「質問力」:青木毅著
  • 質問は人生を変える:マツダミヒロ著
  • 質問する力:大前研一著
  • 質問力ノート:ホワイト著
  • いい質問は、人を動かす。:中谷彰宏著
  • 最強の質問力:工藤浩司著
  • 問題解決のための質問力:木村孝・高橋慶治共著
  • 仕事ができる人の質問力:中島孝志著
  • 質問力:飯久保広嗣著

目次概要

齋藤孝著『質問力ー話し上手はここがちがう』の目次概要は以下の通り。

  1. 「質問力」を技化する
  2. いい質問とは何か?-座標軸を使って
  3. コミュニケーションの秘訣(1)沿う技
  4. コミュニケーションの秘訣(2)ずらす技
  5. クリエイティブな「質問力」
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