不祥事とコンプライアンス
今ではお笑い芸人までが「これはコンプラインス的にあかんやろ」と普通に口にするほど『コンプライアンス』という言葉が浸透している。社会人になると新入社員教育に「コンプラインス教育」や「情報セキュリティ教育」プログラムが普通に組み込まれている。コンプライアンス教育は、先進企業で2000年前後から始まり、情報セキュリティ教育は『個人情報保護法』以降の2005年前後から始まったものと記憶している。
コンプライアンスに対する取り組みの重要性は増す一方であり、それは中小企業・小規模事業者にとっても例外ではない。もっと分かりやすい話をすると、大手企業は、その取引先に対してコンプライアンスを厳格に求める傾向が強まっていて、下手をすれば取引継続の条件にもなりかねない。小規模事業者だからと言って無関心ではいられないのだ。
不正・不祥事はなくならない
コンプラインアスという言葉が一般化した背景には、企業による不正・不祥事事件が相次いでいることがある。「食品会社による産地偽装事件」「メーカーによる品質データ改ざん」「財務担当者による金銭の横領」「総会屋への不正利益供与」というニュースは耳にしたことがあるだろう。
しかも、それらの企業の中には、日本の産業界をけん引してきたリーディングカンパニーも多く含まれている。「有名なあの企業までが…」という思いが我々の受ける衝撃を一層大きなものとしている。
不正・不祥事が起きると、原因究明などの目的で「第三者委員会」とか「特別調査委員会」と呼ばれる組織がつくられ、最終的には「調査報告書」が公開される場合がある。ざっと調べると、2020年の1年間で、この調査報告書は少なくとも42件が公開されている。毎月平均3.5件だ。内容は不正会計、横領、偽装、賄賂、ハラスメント、労働、環境などに関する違反だ。
このような不祥事が一旦公になると企業の命運を左右しかねないほどの影響を経営に及ぼす場合がある。不祥事をきっかけに廃業に追い込まれた大手企業の例は探せばいくつも出てくる。
不祥事の中には、「売り上げの拡大」や「企業のメンツ」を重視するあまり、企業が社会の一員として法令を順守し、倫理的な行動を取らなければならないという意識が希薄になっていることに大きな原因があるものがある。しかし、こうした風潮は決して不祥事を引き起こしてしまった企業だけが持っている特性ではない。どの企業にとって他人事ではないといえる。
そして、不祥事の発生を防ぐための方法・考え方として登場したのが「コンプライアンス」だ。
コンプライアンスとは
コンプライアンス(compliance)は、日本語では「法令順守」と訳される。
日本にコンプライアンスという概念が広まり始めた1990年代後半には、そのまま文字通り「法令や規則を守ること」という意味合いで使われていた。
しかし、現在では、一般的に「コンプライアンス」という場合には、法令や規則だけをその対象とはしていない。そこには、企業が経営活動を行っていくうえで不可欠な倫理性や道徳性といった要因も含まれている。つまり、今現在のコンプライアンスとは「経営において法令や規則および企業としての倫理を順守していくこと」を意味している。
コンプライアンスに取組む意義
現在では、コンプライアンスを軽視した経営を続けていくことは、企業自身が破たんしてしまうほどの大きなリスクをともなうものとなっている。しかし、コンプライアンスを重視した経営を行うことの意義は「問題発生のリスクを軽減する」という点にだけあるわけではない。
企業がコンプライアンスに取組む意義とその効果を確認してみよう。
リスクの軽減
法令違反が発覚した場合は、当然行政や司法による処分が行われることになる。しかし、SNSなどが一般化した今は、それだけではない。企業の不正や不祥事に厳しい目を向けるようになってきている近年の消費者は、法令違反だけではなく非倫理的な行動を行う企業に対して製品を買い控えるなど強い行動に出るようになってきている。
また、最近では不祥事に対する非難は、その企業に対するものだけにとどまらず、不祥事を起こした企業の製品を扱っている取引先企業にも「不祥事を許す甘い会社」としてその非難が及ぶことがある。このため、取引先企業も不祥事を引き起こした企業との取引を中止するなどの行動を起こす場合がある。
結果として、不祥事を起こした企業は売り上げの急激な低下という直接的な影響を被るだけではなく、長年にわたって築き上げてきたブランドイメージは崩壊し、取引先企業や消費者からの信頼も一瞬にして失ってしまうことになる。
コンプライアンスに取り組むことは、これらのリスクを軽減するための行動そのものだ。
競争力の強化
コンプライアンスを重視した真摯な取り組みは、消費者や取引先企業との間の信頼関係の構築に寄与し、企業のブランドイメージを向上させる効果が期待できる。近年の消費者は、企業の不祥事に厳しい目を向ける一方、倫理性を重視したり、公益性を考慮した企業や製品を高く評価しているからだ。
例えば、環境に配慮した製品はこのような消費者に受け入れられて人気になる。
企業間の取引に際しても、コンプライアンスに積極的に取り組んでいる企業はそうでない企業に比べて信頼性が高く、新規の取引を開始したり、取引量の拡大を図るときも安心して任せることができる。
また、コンプライアンス重視の姿勢は優れた従業員を集め、モラルの高い集団を作り上げるうえでの基本的な条件となり得る。極端な話だが、顧客にウソの説明をしてでも売上ノルマの達成を強要されるような企業に、長く籍を置きたいと考えるマトモな従業員はいないだろう。特に優秀な人材ほどこのような企業を嫌い早々と見切りをつけて退職する。さらに、こういった内容がインターネットの転職の掲示板に書かれると、希望者が激減する。
会社に残っている従業員も「違法な行為や非倫理的なことをしている」という思いを抱えながら、高いモラルを維持して勤務する人はいないはずだ。
コンプライアンスへの取り組みは、強い組織を作り上げるうえでの基本的な要因として作用する面もあるのだ。
中小企業・小規模会社のコンプライアンス
中小企業や小規模会社の場合、会社の風土や経営陣個々人の育った環境などによって、コンプライアンスに対する温度差があることは容易に想像できる。会社として守るべきことは徹底しているところもあれば、従業員数が少ないから問題ないとか、体制作りまで間に合わないといった会社も少なからずあるはずだ。
小さな会社だから監督官庁から目をつけられることもないだろうし、新しい法律が施行されたり、法改正が行われても無関心というケースもあるに違いない。第三者委員会なんて、大企業の話だと考えるのは不思議でも何でもない。
ところが現実は、国や地方自治体における各行政監督庁としては、日本の多くの割合を占める中小企業だからこそ、コンプライアンスを徹底してもらわねば、企業としての秩序や公正で公平な経済活動が成り立たず、労働者や消費者などの保護もできないとの認識がある。日本の企業のうち、99.7%が中小企業。さらに言えば、従業員が5名以下の小規模企業は全企業の9割弱を占めており、国内全雇用割合の4分の1を占めているのだ。
内部告発が簡単な時代
今は企業の内外からすぐに情報が漏れたり、告発が行われたり、思わぬルートで情報が伝わってしまう時代だ。 例えば、残業代の未払いやサービス残業、パワハラやセクハラなどが発生した場合、豊富な事例を検索可能だし、ネットを使った拡散手段もあることから、すぐに告発されるケースも少なくない。
極端な例では、SNSなどで勤めた会社がブラックだなどと発言され、一気に広まり、炎上して取引先の信頼を失うおそれもある。スモールビジネスこそ信用失墜のインパクトは大きい。コンプライアンスの取組みでリスク低減できるなら、やるべきであろう。
留意すべき6つの違反項目
大企業、しかも上場企業で非常に多いコンプライアンス違反は粉飾決算だ。不正な会計処理によって実際とは異なる決算書を作成し、財務状況や経営状態を良く見せる法令違反行為。上場企業は、決算内容によって会社の価値(時価総額)が大きく変わるため、こういうことが起きる。
しかし、経営陣が株主であるような規模の中小規模の会社では、こういったことはあまり起こらない。違反してまで自社を美しく見せる理由がないからだ。
ここからは、中小規模の会社で起きそうなコンプライアンス違反の代表的なものを6種類見ていこう。
■個人情報の漏洩
小規模会社であっても、何らかの顧客情報を扱うことがある。小さなネットショップでも顧客の住所や氏名、クレジットカード情報などを預かることがある。必ずプライバシーポリシーを定めるとともに、こうした情報の管理を徹底していかなくてはいけない。
■脱税
粉飾決算はあまり起こらないと書いたが、脱税目的の不正会計は小規模会社でもありうる。飲食店などが伝票操作をして有名シェフが逮捕された事例もある。脱税をすればニュースなどで報道されるうえ、追徴課税などが課される。その負担は大きい。
脱税は刑事上・民事上・行政上の責任も問われるので、リスクが非常に大きいコンプライアンス違反行為といえる。
■助成金や補助金などの不正受給
不正受給は偽った申告により、国や自治体からの助成金や補助金を不正に受給する違反行為。医療機関における診療報酬や介護事業者における介護報酬の不正受給もよく問題になる違反事例となっている。
他にも、人材育成に取組む事業主を支援する厚生労働省による助成金制度の事例では、実際には雇用していない人物名で助成金を申請し、ウソがばれて行政処分を受けたケースがある。
■情報の不正使用
インサイダー取引や営業秘密侵害などが情報の不正利用に相当する。特に、営業秘密侵害としては、転職にあたって従来の勤務先から顧客データを持ち出し、転職後の会社の営業活動で使用した事例が代表的だろう。これは不正競争防止法違反の罪に問われるはずだ。
■製品偽装
食品の原産地や品質を偽って表示することや、商品の品質を実際より優れたものとして宣伝する行為をはじめ、耐震基準などの測定データを偽るようなケースもこれに該当する。内容によっては、不正競争防止法違反などの罪に問われているのが現実だ。
■不適切な労務管理
労働基準法違反や最低賃金法違反などが代表的で、賃金や残業代、退職金の未払いやオーバーワークなど労働時間や休日取得の規定違反などを行うことだ。ブラック企業のレッテルが貼られ、人材不足の時代に人材が集まらないという大きなリスクを抱えることになる。
できることから始めよう
中小規模の会社にとってのコンプライアンスの本質は、大企業のように専門組織のコンプライアンス室を設置するとか、充実した教育プログラムを策定するといった「形」を整備する取組みではない。その基本は、一緒に働く仲間たちの心の中にコンプライアンスの重要性に対する意識を植え付け、日々の活動に生かしていくことにある。
例えば、すぐにできそうなことは下記のように色々考えられる。
- 今のコンプライアンス規定が社会情勢や顧客の要望に合っているか見直してみる
- 朝礼で規定の一部の唱和を行い、周知徹底を図る
- 年に2回、全員で集まって「コンプライアンス違反事例勉強会」を開催し理解を深める
特に事例勉強会は、ヤバい話のオンパレードになると思われるため、盛り上がる可能性が大きい。とにかく「できることから始めていこう」という姿勢が、中小規模の会社のコンプライアンス確立のためには重要だ。