リエンジニリングとリーダーシップ

リーダーシップ
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組織を白紙に戻した米国

以前に書いた『リエンジニアリングで時短と経費削減』のコラムはアクセス数が多い。このときは業務改善としてのBPRを紹介したが、今回は経営戦略としてのリエンジニアリングについて述べてみたい。対象を小規模事業者や中小企業に限らず、大企業まで含める。さらに、業務を改善するというレベルではなく、もう少し過激な「改革」としてのリエンジニリングだ。

リエンジニアリングを最初にやることになったのは、戦後、世界中で最も早く、どこよりも裕福になったアメリカだ。その背景には、アメリカが「物質文明」のすべてにおいて飽和状態になってしまったことがある。産業を支える「消費者市場」がこの飽和によって変化し、それまでの経営が通用しなくなったのだ。

リエンジニアリングが登場する前には、消費者がみな中流階級となり、価値観が多様化し、製品やサービスへのニーズが一層厳しくなり、技術さえあれば売れるといった図式は通用しない構造不況に苦しむようになった。そして、あの「産業革命」に匹敵するくらいの歴史的な社会変化、まさに「消費者革命」とも呼ぶべき時代に突入したのだと認識し、これを乗り切るにはどうすれば良いのだろうと企業経営者は真剣に考え始めた。

こうして1990年代に入り、米国企業はようやくその解決の糸口を見つけた。それが「リエンジニアリング」と呼ばれる思想だったのだ。

あえて「思想」と書いたのは、日本でのリエンジニアリングの紹介が、どちらかというと手法ばかりに集中しすぎているからだ。手法については、日本と米国では産業構造や働く人間の精神構造が違うので、そっくり真似できるものではない。「日本流リエンジニアリング手法」は、日本人が自分たちで開発すべき課題だと考える。

米国企業の行ったリエンジニアリングの手法は、簡単にいえば、「組織や業務の流れを白紙に戻して再設計する」といった「破壊的」変革。しかし、なぜ「白紙に戻す」まで変革せねばならなかったのかという率直な疑問がわいてくる。

米国には、時折「オールクリア」ボタンを押すような変革を実行する企業がある。日本企業でそのような破壊的変革を実行するのは困難だと思われる。私たちが最も学ぶべきことは、リエンジニアリングの手法ではなく、「思想」だ。いたずらに組織を解体することがリエンジニアリングではなく、今までの組織を解体してまで再設計し直す必要性や、こうした時代の歴史的変革を認識する思想こそ、リエンジニアリングの本質ではないかと考えられる。

アメリカ人は消費者ニーズの多様化と変化(サイクル)の速さに今までの業務体制 ―アダム・スミス以来の分業体制― ではついていけないと感じ、長い苦しみの中で変革すべき組織体制、戦略、そして新しい企業論理を生み出した。

そして、その答えのひとつとして高度な情報環境を携えたフラットな組織を理想像としてあげ、こうした組織に再設計し直そうと改革を始めたのだ。

日本企業が不運だと感じるのは、本来なら新時代に向けて企業改革に取り組むべき「1980年後半時期」に、バブルによる好景気を経験してしまい、「顧客満足度優先時代」について、真剣に悩む機会を逸してしまったということだ。あのバブル期、すでにモノ余りの飽和状態がピークに達しており、あとにして思えば、本気で変革すべきタイミングだったのだ。

顧客満足優先時代に生き残る

1993年に出版した著作『リエンジニアリング革命―企業を根本から変える業務革新』で、リエンジニアリングの提唱者として知られる元マサチューセッツ工科大学教授のマイケル・ハマー氏は、米国企業が力を失っていった過程の要因として、以下の3つの「C」について経営者や中間管理職が十分に注意を払わなかったためだと述べた。

  • Customer(顧客)
  • Competition(競争)
  • Change(変化)

この3つの「C」に注意が払えない組織を作ってしまったと反省することから、リエンジニアリング革命は生まれた。

優良企業を目指し当然のごとく取り組んできた生産性を高めるための垂直・分業体制が、実は最も、顧客・競争・変化に注意を払えない組織であったと考え、アダム・スミス以来の組織体制を白紙に戻し、市場変化を最もキャッチしやすいフラットな組織に作り替えようとハマー氏は提唱した。

では、なぜフラットでなければいけないのだろう。

例えば、顧客の最前線にいる販売部員が「売れない理由」に気づいても、企業全体が改善へと動くには、いくつもの「手順」が必要となる。売れない理由を、一度も会ったことのない経営トップにどう伝えればよいのか。それには数段階にも及ぶ「会議」と「稟議書」をクリアしなければならない。

もちろん、社員が非常に多い企業では、経営トップが社員とコミュニケーションを持ちたいと考えても、物理的に不可能なので、「仕方ない」問題にも見える。また、社員が勝手に自分の意見ばかり述べていても改革などできるわけがない。それまでの企業文化では情報が力であり、情報をためこむことでエキスパートになれた。その人しか知らない情報を持つことで、その人は組織内で重要な存在になれたのだ。

そこで、必要な情報が正確に組織を縦横断し、的確な指示・判断がトップだけでなく、末端社員でも可能となる組織 ―― つまり、変化に素早く対応できるビジネスプロセスこそ、これからの理想の組織体制として浮かび上がることになる。組織のフラット化や権限の委譲、それを支える情報共有基盤といったアイデアが出てくる。

しかし、これを実現することが簡単ではないことは誰にでも分かる。いきなり末端社員にまで情報が流れてきても、また、組織がフラットになり、権限が大幅に委譲されるようになったとしても、垂直に流れる一方的な指揮命令系統に慣れてきた企業人としてはただ混乱するばかり。モノを作りだす、または販売するといった根本的な業務すらできなくなってしまう恐れがある。そして何よりも、それほどの大改革を行える「勇気」が経営者にあるかどうかという点も問題だ。

ここで、理想のフラット組織を実現するためのカギを整理すると、大きな課題は以下の3点に絞られる。

  1. コミュニケーションを目的とした高度な情報環境とそれを可能にする技術
  2. 再設計したビジネス・プロセスの中で社員にどうやって権限委譲させるか
  3. 全社員を引っ張って大改革を完成させるためのリーダーシップをいかにして発揮するか

他にも課題は多くあるだろうが、リエンジニアリングの「思想」の本質に迫るためにも、この3点を少し掘り下げてみよう。

高度な情報環境

人と人との会話、文書、電話といった手段に加えて、ネットワークで結ばれたPCやスマートデバイスが個人の知的活動を支え、電子メールやSNSによって他部署と自由に情報交換のできる環境が、ひとつの例として挙げられる。

高度な情報環境とは、組織に必要なデータベースの構築と情報共有の実現に他ならない。こうした情報環境は、いわば人間に流れる「血液」に匹敵する存在になりうる。

もちろん、情報システムの導入だけでは、人の仕事の方法や組織構造を変える段階へとは移行はできない。情報システムを構築するだけではなく、企業そのものを情報型に変えなければならないことに気づくはずだ。情報システムの導入と同時進行で、情報処理の方法や活用法の整備という、ビジネス・プロセスの面での情報化に取り組む必要がある。

情報には「インフォメーション」「データ」「インテリジェンス」といった3つの異なる言い方がある。リエンジニアリングに欠かせない情報とは、3番目の「インテリジェンス」であり、これは「問題志向・目的志向を持った」情報としてとらえられている。

数字の羅列である「データ」や、状況通達が中心の「インフォメーション」では、次の行動への判断が迅速にできない。これら情報を加工分析する部署に流し、判断をトップに委ね、そして下へとおろしてくるのにはどうしても時間がかかるからだ。

目的志向や問題志向は「人の知性」から生まる。「インテリジェンス」を伝達するフラットな組織こそリエンジニアリングの目指すものだ。簡単に言ってしまえば、「データ」や「インフォメーション」を伝達する従来の方式に、社員の知性(問題志向、目的志向)が付加されて伝達されることが必要だ。

社員の知性の付加ということについて、マイケル・ハマー氏は「考える企業文化」を提唱しているが、それはすなわち、「正しい意思決定に必要な情報と研修が与えられる環境を企業内に創り出せ」ということだ。

顧客のニーズに代表される急激な環境変化を的確につかみ取り、迅速に対応するには、社員個々のレベルで「変化」への対応を考え、そしてその考えたことを組織全体に伝達する必要がある。そうしないと企業としての次の一歩の判断が「間に合わない」時代が到来している。

フラットな組織の権限委譲

フラットな組織において社員に与える権限について考えてみよう。権限をやみくもに与えていたら、間違った判断、指示がいたる所で多く生じることだろう。ここで再度、リエンジニアリングの思想を思い起こすことにする。

顧客満足優先時代に突入した現在、企業が生き残るには、本当に顧客が望んでいるニーズを早く正確につかみ、そして他社よりも先手を打てる組織を作ることだ。

日本では、その手法(フラット組織化論)だけが取り上げられ、「ホワイトカラーの生産性向上」問題とあいまって、奇跡のリストラ策として紹介されてしまっている。このコラムでは「すべてを白紙に戻して再設計する」といった破壊的変革としてのリエンジニアリングを取り上げているので、権限委譲の問題もそこから考えてみたい。

権限委譲により、人間本来が持つ複合判断処理能力を発揮し、結果的には人材の活性化を促す。リエンジニアリングは単なる「自動化」の仕組みではない。

「権限」委譲のキーポイントとして、「顧客ニーズ」を満たすことにその権限は必要なことなのかという点が挙げられる。顧客のためになることであれば、どんどん社員に業務の決定権を与えるべきといのがリエンジニリングにおける権限移譲なのだ。

例えば、メーカーの社員が販売店に出張し、仕事が終り帰ろうとした時、その販売店から修理の依頼が急遽飛び込んできたとしよう。その販売店のために1日出張を伸ばして対応すべきか、それとも今回の出張目的ではないとして帰るべきか。

リエンジニリングでの権限移譲とは、このケースの場合、販売店との今後の関係を考えて、ここは出張を一日延ばしても会社にとって意味があると、新人の社員でも「思考」でき、かつ行動に移せるビジネスプロセスの実現だ。新人社員であっても、急遽の依頼を「問題志向を持った情報」として状況を本社に報告し、上司がいなければ自分で判断し、出張を延ばせる「権限」がある。こういう状態が目指す権限移譲なのだ。

「問題志向を持った情報」とは、前述したインテリジェンスのこと。権限はインテリジェンスを発信できるようになって初めて与えられるべきものといえる。逆に、目的・問題志向を持たない社員に権限を委譲しても、会社の利益を生みだす行動は期待できない。

リエンジニアリングの目指す組織には、このような「情報」と「権限」が必要だと考えられる。もちろん、権限を与えることばかり検討する必要はない。最終的に顧客の立場が最優先されるようになればよいのであって、そのために会社の意思決定経路を短くする方向で少しずつ権限委譲を考えていけばよいだろう。

経営リーダーシップ

このように考えていくと、改革のために経営陣がリーダーシップをいかにして発揮するかという問題点にもおのずと答えがみえてくる。

経営トップが「顧客ニーズを徹底的に追求し、たとえ変化が起きても、事態に対応すべく素早く次の行動に移せる企業になりたい」という意思を示し、なぜ改革をするのかという「目的」と「ビジョン」を社員に対するメッセージとして明確に打ち出すことが、改革の第一歩であり、そして最大のポイントになるはずだ。

今すべきこと

日本も「顧客満足度優先時代」に入って久しいといえるだろう。モノもサービスも量的には飽和状態。かつてのアメリカと同様に消費者市場は30年前に大きく変わった。

製造業は、グローバルに見ても生産性が高いといわれてきたが、顧客ニーズの構造変化が起きている以上、常に製造機能の見直しが必要だ。製造業は、消費と製造コストを考え、「商品開発部門」「製造部門」を地理的に分散することがある。こういう状況でも、顧客ニーズの変化に対応しながら各部門が協調的に業務を遂行していくには、高度な情報システムの活用が不可欠だ。

流通業は消費者ニーズの変化が直接影響してくる業種だ。それだけでなく、さまざまな規制緩和によって、本格的な自由競争が展開されており、業界構造が常に変化している。この業界は「労働集約的な業務」に特徴があるため、業務の効率化などによる生産性の向上や他社との差異化、より一層の顧客志向を継続しないと淘汰されてしまう。

このほかにも、金融業では30年前まので横ならび的な経営が行われてきたが、金融の自由化、国際化などの構造変化によって、これに合わせたリエンジニアリングが必要となっている。

米国が「白紙に戻す」レベルの抜本的変革としてリエンジニアリングを行ったのは、大きな歴史のうねりを感じ取ったうえでの「決断」であったはずだ。日本ではリエンジニアリングを「リストラ手法」としてとらえる傾向がみうけられるが、これはいかにも残念だと思う。

リエンジアリングは、顧客満足優先時代へと移り変わる大きなパラダイム転換期の経営戦略そのものだ。最初に「何を目指すのか」という戦略がなければ「どんな組織にするのか」を考えられるはずがない。リストラ手法ではなく、経営の方向性に対する「思想」なのだ。

この思想から、「今すべきこと」は、自ずと見えてくる。それは、今後どのような顧客ニーズの変化があったとしても、迅速に対応できる組織を作り上げること。これが全てだ。

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