自由時間は増加傾向
2019年4月から、いわゆる「働き方改革法案」の一部が施行され、それまで問題山積だった労働環境の本格的な改革が始まった。日本人がエコノミック・アニマルと言われていた頃のような長時間勤務の是正といった内容もあるが、例えば、サラリーマンに副業を解禁するといった驚くような内容も盛り込まれ、まさに「改革」という印象を持った。
この働き方改革法案の前に、既に週40時間労働制による週休2日制の実施、フレックスタイム制や在宅勤務などに代表される労働時間管理の多様化などを背景に実は労働時間は短くなってきていた。その証拠となるデータを、独立行政法人労働政策研究・研修機構が「常用労働者1人平均年間総実労働時間数 1951年~2019年」としてとりまとめている。以下がそのグラフだ。
「いやいや。結構忙しいけどね」と、現実には実感することができなかもしれないが、労働時間は確実に減少傾向にあり、反対に、「自由時間は増加」しているといえる。
キチンとした収入が確保された状態での自由時間の増加は喜ばしいことだ。 自由時間の増加は、仕事のストレスによる過労死などが社会的な問題となるなかで、仕事の疲れを癒し、リフレッシュすることはメンタルヘルスの面でも非常に重要だ。
ただ、多くの人は休日などの自由時間を有効に過ごしているとはいえない。休日を家でゴロゴロしているといった人も多くいる。もちろん、休日を家で過ごし、好きな映画を観たり、散歩するなどで日頃の疲れを癒やすというのは有益な時間の過ごし方だ。
自己啓発に挑戦
有意義な自由時間の過ごし方は人それぞれで、家で動画やテレビを見ることこそが最も好ましいと考える人もいるだろう。しかし今回は、「それではもったいない」ということで別のことを考えたい。自由時間だからこそ、普段はなかなかできないこと、新しいことに取り組んだり、挑戦することを考えてみたいのだ。
その体験が自分の知識やスキル向上に役立てばさらに有効だ。こうした自由時間の過ごし方として、いわゆる「自己啓発」へのチャレンジが考えられる。「自己啓発」というと堅苦いイメージがあるし、個人的にはあまり好きな言葉ではない。他に適当な表現が見当たらないので、以降も「自己啓発」と表現するが、それほど重く考えず、「より良い人生のための新しい挑戦」と考えてもらいたい。
いわゆる自己啓発
自由時間に対する認識
労働時間の減少により自由時間は年々増加傾向にあると考えられ、余暇を重視する人々にとっては恵まれた環境が構築されてきているといえるだろう。しかし、そうした人々が、増加した自由時間を「遊ぶこと」だけに利用しているわけではない。
私の世代では、自由時間は純粋に休むための時間、遊ぶための時間、娯楽の時間として認識されることが多かった。労働時間が長いこともあり、遊ぶことに飢えていたのかもしれない。しかし、今は時代が変わった。無料のスマホゲーム、無料の動画、スマホで読める漫画、オンラインでのウィンドーショッピングや動画付きの旅行ブログ、オンライン音楽ライブ、サブスクでの映画やドラマ鑑賞など、一生を費やしても体験できないくらいの大量の娯楽がある。しかも、わざわざ休暇を使わず、通勤途中にも楽しめる娯楽も多い。
私の世代との相違点は、人生における会社の位置づけだと感じる。終身雇用体制は見直され、就職した会社で定年まで勤めるという意識は以前ほどない。むしろ、副業も併せて早期退職の準備をする人が増えているという。会社側も年齢ではなく、優れた能力や高い成果によって優遇するところが増えている。できれば、転職に有利なスキルや実績が欲しい。
20~30歳代の自己啓発意識
このような環境の中、20~30歳代のビジネスマンは自分のキャリアアップ(や自己防衛策)の一環として、自己啓発に取り組むようになってきている。つまり、自由時間を勉強し、自己を磨くための時間として活用する人が多いのだ。
公益財団法人日本生産性本部は2020年10月16日、「第3回 働く人の意識調査」の結果を発表した。日本の企業・団体に所属する20歳以上の1,100名からの回答により、働く人の自己啓発に対する取組みなどが明らかになった。この調査から年代別の自己啓発意識を見てみよう。
自己啓発を行っている割合が高いのは20代、30代と70代であることがわかる。なんと2割程度がすでに自己啓発に取り組んでいる。ただし70代は「特に取り組む意向は無い」という回答も非常に多く、両極端な回答結果となった。一方で、20代と30代は「行っていないが、始めたいと思う」が他の年代より多く、自己啓発に積極的な姿勢であることが見て取れる。
この調査で、自己啓発を「行っている」または「始めたいと思っている」とした回答者に、「自己啓発の目的」を尋ねたところ以下になった。
上記がその結果だが、最多は「現在の仕事に必要な知識・能力を身につけるため」(50.4%)、次いで「将来の仕事やキャリアアップに備えて」(49.2%)となり、いずれも約半数を占めている。以降、「資格取得のため」(28.4%)、「転職や独立のため」(21.8%)が続く。自由な時間を、自分の未来のために前向きに利用しているという姿が見てとれる。
何から始めるか
自己啓発の必要性は感じながらも、何から着手してよいか分からないときはどうするか。その場合はまず、自分の将来像と今の業務内容について考えてみるところから始めよう。
例えば、将来的に会計や労務など特定分野のスペシャリストを目指すのであれば、国家資格の取得が一つの近道となるだろう。国家資格に限らず、著名な第三者資格の取得でもいいだろう。
国家資格といえば、弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士、弁理士など多様なので、業務分野にあった資格を選択することが大切。ITに関係する業務の場合は、ネットワークやデータベースのベンダー資格や、情報セキュリティ関係の第三者資格、システム監査の専門資格などかなり細分化されており、資格に詳しい先輩などに聞いてみることを薦める。
公的制度や支援制度
目指すべき将来像は明確であるものの、時間や費用のことを考えて、なかなか行動に移せない場合は、公的制度や会社の支援策を探してみよう。
■公的制度:教育訓練給付金
教育訓練給付金制度とは、働く人の主体的な能力開発の取り組みを支援し、雇用の安定と再就職の促進を図ることを目的とする雇用保険の給付制度で、1998年12月より始まった。具体的には、厚生労働大臣指定の講座を受講し、出席率などの一定の基準を満たして修了すると、入学金・受講料の一部が国から給付金として支給される。この制度は非常に人気が高い。
厚生労働省は、「教育訓練給付金制度」専用のホームページを公開している。そこには以下の説明が記載されている。
働く方の主体的な能力開発の取組み又は中長期的なキャリア形成を支援し、雇用の安定と再就職の促進を図ることを目的とし、教育訓練受講に支払った費用の一部が支給されるものです。
引用:厚生労働省 雇用・労働 > 人材開発 > 教育訓練給付制度
また、初めて専門実践教育訓練(通信制、夜間制を除く)を受講する方で、受講開始時に45歳未満など一定の要件を満たす方が、訓練期間中、失業状態にある場合に訓練受講をさらに支援するため、「教育訓練支援給付金」が支給されます。
一定の受給要件を満たす方が、「厚生労働大臣の指定」を受けた教育訓練を受けた場合に、その費用の一部を「教育訓練給付」として雇用保険により支援しています。
「厚生労働大臣の指定」を受けた教育訓練としてどのような講座があるかは、こちらの「教育訓練講座検索システム」から検索してください。
自分が学びたい内容やスキルに関する講座があれば儲けものだ。自己啓発のテーマが定まったら、まず最初に教育訓練講座を検索してみるといい。
■会社の支援制度
従業員が自己啓発に取り組むことは、会社にとっても大きなメリットとなる場合がある。そのため、資格取得費用の補助など、従業員の自己啓発を支援する制度を導入している会社が多い。厚生労働省の令和2年度「能力開発基本調査」の結果から、実際に企業が行っている自己啓発支援の内訳を見てみよう。
正社員の自己啓発に対する金銭的支援を行っている会社は8割近い。会社の支援制度を利用すれば、時間的・金銭的な負担が少なからず軽減されるため、自己啓発に取り組む前に、就業規則などを必ず確認しよう。
国家資格・認定資格
せっかく時間を使って自己啓発に取り組むなら、その道のプロとして認められるような国家資格や、聞いただけでカッコいい第三者認定資格を目指すほうがやる気も起きるだろう。目指す将来によって様々な資格があるので、ここでは「よく知られる資格」のいくつかと、「投資対効果の高い資格」をいくつか紹介しておこう。
よく知られる資格
■公認会計士
公認会計士の業務は、各種法人の監査証明(会計審査)、財務に関する調査・立案・相談業務、会計指導、税務業務などだ。特に、会計監査は公認会計士だけに許された業務。日本の企業会計は、「国際会計基準」の導入やさまざまな制度変更で、しょっちゅう大きく変化するため、常に公認会計士のニーズはあるものと思われる。
■社会保険労務士
社会保険労務士(略して社労士)の主な業務は、健保厚生年金の受給手続き、労災補償の受給手続き、労働保険の年度更新、社保資格取得および喪失届、算定基礎届、そのほか、労務管理に関する諸問題の解決などだ。
社労士は上記業務内容に関して「事務代理、代行サービス」「相談、指導サービス」を行う。労務管理全体のアドバイザーとしての役割を期待されることも少なくない。また最近は、企業対個人で争われる「個別労働関係紛争」を解決するための役割も期待されている。
■ファイナンシャル・プランナー
最近、「FIRE」を目指す若者が増えている。FIREは、「Financial Independence, Retire Early」を略した言葉。「経済的自立と早期リタイア」という意味だ。そこで注目されているのがファイナンシャル・プランナー。学校では習わない金融リテラシーを、 ファイナンシャル・プランナー の勉強で補い、経済的自立のための計画づくりに役立てようとしているらしい。
ファイナンシャル・プランナーの主な業務は、クライアントの収支や資産などを分析し、節約、貯蓄などクライアントが求めるライフプランを達成するためのアドバイスを行うこと。ケースに応じて生命保険商品の見直しなども提案するなど、まさに「生活設計のアドバイザー」ということができる。
■中小企業診断士
中小企業診断士は、国が認めた経営コンサルタントの資格。守備範囲は非常に広く、競合店の進出など企業経営に付随して起こるさまざな問題に対してコンサルティングを行う。守備範囲が広い分、広範な知識を活用してのコンサルティングが期待できるが、得意分野を見極めるのが難しいといった面もあるという。
■行政書士
行政書士の主な業務は、官公庁などに提出する書類、事実関係を証明する書類を本人に代わって、作成、提出、手続きを行う。就業規則から自動車事故示談書まで幅広い書類を代書する。国際法関連として、帰化申請なども行う。
■司法書士
司法書士の主な業務としては、不動産登記、法人登記、供託手続き、裁判事務などがある。これらの中でなじみが薄いのは「供託手続き」だろう。供託とは、金銭などの管理を供託所に任せ、最終的には、それらの財産を受け取るべき相手に確実に受け取ってもらう行為だ。司法書士は、供託の一連の手続きを行う。
弁護士事務所でサポート的な業務を行う司法書士も多くいるが、司法書士の試験はきわめて難関で、不動産登記や法人登記に関する専門的な知識を有している頼れる専門家だ。
■弁理士
弁理士は、特許・実用新案・意匠・商標・条約など工業所有権に関して、本人に代わって、特許庁に対して出願、申請、登録などを行う。現在、所有権の明確化や権利保護の重要性が増しているだけでなく、ビジネスモデル特許も誕生していることから、弁理士に対するニーズは高まっている。
投資対効果の高い資格
■公認不正検査士
公認不正検査士は、不正対策に重要な4つの分野(会計知識、法律知識、犯罪心理学、調査手法)について豊富な知識を有する人材のこと。CFE(Certified Fraud Examiner)ともいう。米国に本拠地を置く公認不正検査士協会(The Association of Certified Fraud Examiners 略称ACFE)の会員のみに与えられる資格。実務経験がないと資格は取得できないが、金額的・内容的に「お得な専門資格」といわれている。
■情報処理安全確保支援士
情報処理安全確保支援士というのは、経済産業省・IPAが実施している情報処理技術者試験の「情報処理安全確保支援士試験」に合格し、かつ登録手続きを行った人に与えられる国家資格。国家資格には珍しく「ロゴマーク」があり、名刺などに入れると海外の難関資格っぽくてカッコいい。国が定めた情報セキュリティ専門資格なので、入札要件に入っていることが非常に多い。
■公認情報システム監査人
公認情報システム監査人(CISA・Certified Information Systems Auditor)は、情報システムの監査について専門的な知識を有していることを認定する国際資格。情報システム監査に携わるプロフェッショナルの団体である、ISACA(情報システムコントロール協会)が認定する。国家資格ではないが、国際的な認知度は非常に高く、関連資格では最も歴史が長い由緒ある資格だ。このロゴマークを名刺に入れている人たちは間違いなく給与が高い。「転職時に昇給に効く資格」という特集があるとすると、必ず上位に入るはずだ。
■TOEIC 600点以上
正しくは「資格」というものとは異なるが「自己啓発」で普通に思いつくのは語学だ。特に英語によるコミュニケーション。自由な時間の活用というより通勤時間の活用かもしれない。 それでも、「より良い人生のための新しい挑戦」 という意味では、TOEICを通じて仕事や転職、プライベートの様々な面でプラス効果があるのは間違いない。点数を600点以上としたのは、「履歴書に書いてアピール可能」だからだ。つまり、600点以上あればTOEICの点数が「資格として機能」すると考えていいだろう。
スポーツやカルチャー
自己啓発の取り組みは国家資格、第三者認定などのいわゆる資格取得だけではなく、スポーツやカルチャーなどの分野も考えられる。
例えば、スポーツ、食事、書道などによる精神統一はビジネスと直接関係ないように感じられるかもしれない。しかし、優れたビジネスマンの一つの条件は健康管理と柔軟な発想だ。自己啓発を通じて健康管理を進めたり、普段と異なる世界を知ることは、自由時間の有意義な過ごし方となるに違いない。
また、こうした活動は、新しい友人や人脈を形成することができ、交流の場が広がるだろう。
■スポーツ
手軽にできるちょっとした運動から、スポーツジムに通う本格的なものまでさまざまだ。
ジョギング、マラソン、水泳、ボクササイズ、武道(柔道、剣道、空手)、卓球、エアロビクス、ダンス、筋トレ、ストレッチ、バスケットボール、サッカー、ゴルフ、ボウリング、乗馬、釣り、野球、ソフトボール、テニス、スキー、サイクリング…。個人で好きな時間にできるものと、決まった時間や場所で行うチームスポーツがある。自由時間の使い方に合わせて楽しめばいい。
■カルチャー
より良い人生にとって、心身の健康は不可欠。美味しい料理を作ってみる、住んでいる環境を自由な時間で飾ってみる、日本の伝統に触れてみるなどの自由時間の過ごし方もいい。
料理、旅行、お茶、お花(生け花)、写真、ガーデニング、書道、詩、俳句、短歌、和歌、絵画、彫刻、陶芸、工芸、将棋、チェス、囲碁、洋裁、和裁、コーラス、民謡、詩吟…。神社仏閣を巡って御朱印集めをするというのも数年前からブームだ。心身の健康には良さそうに思える。
冒頭に述べた通り、ここでは自由な時間の有意義な使い方を考えてみた。適当な言葉がないので自己啓発と表現したが、 それほど重く考えず、「より良い人生のための新しい挑戦」と考えてもらいたい。