インセンティブ制度成功のポイント

給与/報酬
この記事は約12分で読めます。

典型的なインセンティブ制度事例

インセンティブ制度とは、短期間の業績や成果に対して、一定の報奨、すなわち、「賞金」「旅行」「ストックオプション(新株予約権)」などを与えることによって、従業員の士気を高めようとするものだ。以前に書いたコラム「活躍に報いるためのインセンティブ制度」では、従業員のやる気を引き出すための施策としてのインセンテイブ・プランを紹介し、「ストックオプション」と「報奨金制度」について掘り下げてみた。

今回はこの制度の「成功のポイント」を考えてみたい。その前に、さまざまな事例から、うまく機能している5つの制度例をざっと眺めてみよう。

年間目標達成を促進する制度

各人が年初に設定した年間目標の達成度合いに応じて、翌年「第3のボーナス」として報償金を支給するとする「インセンティブ・ボーナス制度」。

■評価方法

基本的には目標達成度で評価するが、目標に対する取組み姿勢も5段階で評価し、単純に結果だけを問うことはしない。成績が客観的数字に出ない管理部門についても、一定の尺度を決めて設定した基準に従い目標の達成度を評価する。

■狙い

通常の給与や賞与は、1年間の評価というよりも、過去の実績、経歴を踏まえた評価で決めるので、必ずしも年間目標達成の動機付けにはならない。その点、この制度では、純粋に今年1年間の目標の達成度を評価するので、目標への取り組み意欲が喚起されやすい。

■ポイント

人事考課項目に「年間目標」を設ける企業は増えているが、それを、別枠で「第3のボーナス」にしてしまうことで、より強力な動機付けとなる。

資格取得を奨励する制度

業務に有益な資格試験に合格した社員に報奨金を支払う制度。報奨金は取得する資格により、毎月の手当となるものと一時金となるものがある。毎月の手当は2000~4万円程度、一時金は3000~4万円程度まで。また、資格試験勉強のための通信教育費などは、合格した場合、全額会社が負担しているところが多い。

■狙い

社員各人の専門能力を高め、組織基盤を固めるために実施。特に、業務に有益な資格を取得することにより企業力がアップするだけでなく、対外的にも信用度が高まる。また、同じ部署内において、先輩や同僚が資格を取得している、あるいは資格取得のための勉強をしているといった身近な例があれば、自己啓発活動の励みにもなる。

点数制の社内提案制度

社員のさまざまな提案の各々に対して点数を与え、その持ち点がある基準を越えた場合に、合計点数に応じた商品を与える制度。提案内容としては、業務改善、職場環境改善から、福利厚生や社会への貢献のあり方まで幅広い。レベル的にも論文にまとめた高度なものから、ちょっとした発見事まで評価するものとする。

■評価方法

所属長に寄せられた提案を、営業・製造などの部門単位で審査し、点数を決める。

■賞品

最高は3~5泊の海外旅行として設計されていることが多い。米国本社の外資系企業のインセンティブ制度の賞品としては最もよく使われているものがこの旅行だ。

■工夫点

提案の内容も、レベルも幅を広げることにより、社員全員が参加できるようにする。さらに、持ち点制度にすることで、継続的に提案しようという意識を維持し、小さな提案でも数で勝負すれば、受賞の可能性があるなど、社員の参加意欲を高める公平感のある制度として設計する。

新規事業・新商品のアイデア提案制度

新規事業や新商品に関するアイデアを一般従業員から募り、提案を採用、実行に移した場合に、報奨金を与える。調べてみると、50万~400万円の報奨金を出している例が多い。また、実行後、収益向上に大きく貢献した場合は別途支給する例もある。

■評価方法

新規市場開発室に設けた「検討委員会」で評価の後、役員会の承認を得て、実行に移される。

■狙い

将来の新しいビジネスの芽を広く募ると共に、社員の企業経営への参画意識を高める狙いがある。

ストックオプション

以前の「活躍に報いるためのインセンティブ制度」コラム内で紹介しているので割愛する。


インセンティブ制度成功のポイント

「インセンティブ制度」は、従業員が自主的に業績向上にむけ努力したり、自分や自部門のレベルアップを図ることを促進するために定めるもの。しかも、決められた業務のみではなく、プラス・アルファの仕事をした人が、プラス・アルファの報酬を得られるという関係を明確にして、より高い目標を実現するための動機付けを行うことになる。

しかし、この制度は、成果に対して報酬を定めればそれでよいというものでもない。そこで、「インセンティブ制度」を成功させる際のポイントを整理してみよう。

■制度の目的が明確であること

制度の「目的」を明らかにして、従業員がどういう「方向」で行動すればよいのかを、できるだけ具体的にイメージさせることがまず重要となる。例えば、「新規顧客開拓を促進する」のか「既存客との関係を深める」のかを明確にしておかないと、同じ「業績達成」のインセンティブ制度でも、従業員の行動は全く異なるものになってしまう。

■目標レベルが高すぎないこと

報奨金の付与に値するレベルが、あまりにも高すぎるとあきらめが先にたってしまう。それでは制度導入の意味がなくなる。期待目標は、あくまで達成可能な、現実味のあるレベルにして、従業員に「挑戦」する気持ちを起こさせるものであることが必要。あるいは、既存顧客に「従来商品とバッティングしない新商品を新たに販売する」など、高い目標であっても達成できそうだと思わせる「方法」を提示する必要があるだろう。

■評価が公平なこと

インセンティブ制度は、企業内に「競争」を持ち込むことを意味するので、 「公平な」条件下で競争させるとともに、公平な評価基準を設けるように配慮することが重要。

インセンティブ制度の成功要因となる上記3点の個々について、もう少しだけ深堀してみよう。

制度の目的が明確であること

インセンティブ制度を導入する際の第1の成功ポイントは、その制度の「目的」を、できるだけ具体的に説明し、その主旨を従業員にも理解してもらうこと。この説明が不十分であると、多くのインセンティブ制度が、「上からの押しつけで終わってしまう」危険がある。自主的活動というものは、各個人がその目的を「納得」しなければ決して実現されることはない。

また、制度の「目的」を従業員に十分アピールできていないために、従業員も何をすればよいのか具体的にイメージできず、「工夫」や「準備」のしようがないままに、効果を上げられないという状況におちいることもあるだろう。「制度」を浸透させるためには、その目的を、少なくとも主催者側では、本音ベースで明確化しておくことが不可欠になる。こうした観点から、「インセンティブ制度」の目的を以下のように4つの視点からとらえてみる。

  1. 業務貢献の奨励
  2. 他部門の支援奨励
  3. 個人の能力向上奨励
  4. コストダウン奨励

■業務貢献の奨励

このインセンティブ制度は、「業績向上」「業務改善のための提案」など、業務そのものに直接貢献した場合に、報奨金を与える制度。例えば、「業績向上」の場合、営業部門であれば、下記3つが審査対象となり、優秀な業績を上げた社員や店舗や部門を表彰する。

  • 営業担当者の販売金額
  • 店舗の売上高
  • 部門利益

間接部門の場合でも、各人が自分の業務における年間の改善目標を掲げ、その目標達成を一定の尺度で評価するような形で制度化することが可能だ。

「提案」の場合であれば、下記例のような提案に対し、会社にもたらす「効果」に応じた報奨金を支払うことになる。

  • 職場環境改善のための提案
  • 業務生産性向上のための提案
  • 新規事業・新商品の提案

前述の典型例で示した「点数制の社内提案制度」や「新規事業・新商品のアイデア提案制度」がこれに該当する。

■他部門の支援奨励

このインセンティブ制度は、自分の業務の枠を超えて、他部門に利益をもたらすような活動を行った場合に、報奨金を付与する制度。

例えば、人事の仕事である人材採用を他部門が支援するといったような「社員人材紹介奨励制度」がこれに相当する。ほかにも、例えば、健康食品の販売をしている会社の場合、そこの営業以外の従業員が知人などを通じて、新商品販売やサンプル供与を行うとか、あるいは、マーケティング部門のアンケート調査に、ほかの部門の従業員が協力するなども、奨励対象となるだろう。

■個人の能力向上奨励

このインセンティブ制度は、社員各人が、知識や技能などの「能力向上」に取組んだり、あるいは地域活動や生涯学習などの「自己啓発」に取り組むことを奨励し、これに報奨金を付与する制度。典型的インセンティブ制度事例では「資格取得を奨励する制度」がこれに当たる。

一般に、インセンティブ制度の場合は、実際の成果に対して報奨金を授けるというスタンスをとるが、社員の自己啓発奨励に関しては、例外的に活動そのものを奨励し、その取組みに対して補助金を与えるという形で資金援助する場合がある。

■コストダウン奨励

このインセンティブ制度は、 社員に対して、コスト意識の徹底化を図るために、コピー枚数の削減 残業時間の削減などについて、一定期間部門別のキャンペーンを行い、最も成果のあった部署に対して、報奨金を与えるもの。

具体的活動により削減されたコスト、すなわち、その分拡大された利益を、一定の率でよく貢献した従業員に還元する制度であると考えればいい。上から押しつけのコスト削減ではなく、コスト削減による成果を皆で分かち合うことで、あまり面白いとはいえないコスト削減運動を、取組みやすいものにすることを狙う。

以上のように目的を整理すると、インセンティブの妥当な額も算出できる。例えば、業績貢献を狙うものであれば、新たに獲得される増分利益(増分粗利)目標または達成額の何%という形になるだろうし、他部門の支援であれば、その部門の人員を強化するコストあるいは、その部門が社外の業者を起用するコストとの比較がベースになる。

個人の能力向上であれば、社外講師を雇って教育するコストや、業務時間内に教育するロスタイムとの比較になる。コスト削減は、コスト削減目標額または達成額の何%という形が妥当。

インセンティブ制度の成功のために最も重要なことのひとつは、「目的が明確」なことであり、目的の納得性と、その目的に応じた報奨の納得性を徹底して浸透させる必要がある。

目標達成の可能性が高いこと

インセンティブ制度を導入する際の2つ目の成功ポイントは、期待目標を達成可能なレベルに設定しなければならないということだ。人は自分ができそうもないことに取組んだりはしない。人が頑張るのは、「もう少し頑張れば、それがうまくいきそうな時」だけだ。

インセンティブ制度の目的は、報奨金を目指して、従業員に頑張ってもらい、実際に効果を上げてもらうこと。従業員が「自分でもやれそうだな」と思うような制度を設計することが成功のための重要ポイントとなる。

その好事例として、前述の「点数制提案制度」を挙げることができる。この制度の良さは、提案の間口を広げるために、評価対象となる提案内容を多岐に渡らせ、しかも、小さな提案でもたくさんすれば高得点になって行く「点数制提案制度」を採用している点にある。こんな制度であれば、「自分にも提案できそうだ」と思わせるだけではなく「点数を増やすのもそれ程難しくはない」と感じることができる。

評価が不公平でないこと

ある外食チェーンでは、毎月、各店の売上高・在庫量・人件費などの項目毎に審査し、優秀な店舗の店長に毎月報奨金を付与する制度を取入れた。その結果、表彰される店舗の顔ぶれはだいたいいつも同じで、他の店舗では一向に業績が上がらなくなった。そればかりか、業績が低下し、たて続けに人材が辞めてしまう店まで現われたという。

そこで、問題のある店舗の従業員に話を聞いたところ、「表彰される店舗は、新興住宅街の中にあるから売り上げが伸びて当然だ」「店長は自分の評価にかかわるからと、毎日イライラして、他店と比較しては、僕たちにハッパをかけてくる」「結局僕らがいくら頑張っても、表彰されるのは店長だけなのに」という不平不満がうっせきしており、組織が活気づくどころが、すっかり沈滞ムードが漂っていたらしい。

インセンティブ制度の基本は「競争」。しかも限られた「報酬」を多くの人材が「争う」ところに特長がある。従って、公平なルールなしには、うまく進まないと考えなければならない。そして、その公平さを実現するためには、例えば、立地条件の悪い店舗の目標は下げるとか、新人にはハンディのようなものを与えるといった、基本的な条件整備が必須であり、「誰の業績か・誰の成果か」がはっきり分かる仕組みを作りあげることが必要だ。

ルールに公平感があれば、他者が「報奨」を受けても納得できるだろう。しかし、公平感がなければ、インセンティブ制度が逆に会社経営への不信を招く原因となることさえある。

ただ、現実問題として、この公平感を実現する方法は、なかなか簡単には見つからない。どんなに「ハンディ」を決めても、結局それは客観性のない「さじ加減」に過ぎない。不公平を避けようとすると、各個人、各部門が自分の目標を達成したかどうかで、報酬を受けるかどうかを決めるという「目標設定方式」以外の選択肢はないのかもしれない。

目標達成の有無、あるいはその程度により報酬を与えることにしておき、設定された目標を一旦納得して受けてしまえば、後になって文句をいうことができない。さらに、他者との比較を云々せず、自分の目標だけを考えていればよいから活動しやすいというメリットもある。

これらを考えると、うまく個々の目標を設定できない場合はインセンティブ制度を導入しないほうが良いともいえる。何をやっても「不公平感」を払拭できない場合は、インセンティブ制度の種類を多様化し回数を増やすことで、多くの従業員にチャンスを平等に与えることを考える必要がある。

研究開発職と発明報償

以前の「活躍に報いるためのインセンティブ制度」コラムで、代表的なインセンティブ制度の中に「特許報償制度」を入れておいたが、その詳細には触れなかった。これは研究開発職を対象とする長期のインセンティブ制度。本来は「やる気の向上」を狙っているはずだが、実は発明対価を巡る訴訟が多いのも事実。

有名なのは青色発光ダイオードに関わる日亜化学工業の訴訟と8億円を超える和解金だ。ほかにも訴訟の決着が着いてから、それを担当した法律事務所や弁護士が内容を公開する下記のような例もある。

インセンティブ制度の話題として、味の素株式会社の特許報償制度「第1号」だった元研究員が起こした訴訟についてまとめてみる。

味の素の中核特許訴訟

2004年2月24日、大手食品メーカー「味の素」の元社員が、社員時代に製法を開発した人工甘味料「アスパルテーム」をめぐり、正当な発明対価を受け取っていないとして同社を相手に20億円の支払いを求めていた訴訟の判決があった(東京地裁)。

この判決では、外国に登録された特許で得られた利益を対価の算定対象に含め、同社に対し、元社員に対して1億8935万円の支払いを命じた。この後、両者は控訴し、2004年9月30日に東京高裁裁判長より和解勧告が出された。

元研究員は1982年、良質なアスパルテームの効率的な製造法を同僚らと開発し、これを基に味の素は日本、米国、カナダ、欧州で計10の特許を取得した。

味の素は2000年に社内の特許報奨制度に基づいて元研究員グループに1200万円を支給し、このうち中心的な役割を果たした成瀬氏が1000万円を受け取った。この報奨金は「発明が生んだ利益の1000分の1を社員に支給する」とする味の素の特許報奨制度の適用第1号だったとされている。元研究員はこの金額を発明の対価としては安すぎるとして訴訟を起こした。

勧告を受けて2004年11月には味の素と元社員との間で和解が成立し、味の素は約1億5000万円の和解金を支払った。こうした経緯を受け、味の素では社内の特許報奨規定の改正を検討したという。発明の対価をめぐる訴訟は多いが、大企業の中核特許をめぐる訴訟の判決はこれが初めてとされている。

大企業以外でも求められる対策

今後、会社のサイズを問わず、たとえ職務上の発明といえども社員に大きな対価を求められることは確実。会社から見ると、プロジェクト内での発明者の認定方法、貢献度の評価、評価に応じた報奨金の支払い規定を定めるだけでなく、研究者からの訴訟が発生した際の法的・金銭的な対策を取る必要があると考えていい。

個人のアイデアが会社の競争力を左右する時代になった。今後、こうした個人のアイデアに対する報酬の取組みの有無は、優秀な人材の確保に不可欠となるだろう。中小企業や小規模企業においても、人材と将来性を確保する重要なポイントとなるだろう。


タイトルとURLをコピーしました