3巻シリーズ最終巻
今回は、トム・ピーターズ著 『知能販のプロになれ!(仁平和夫訳) 』について述べよう。 著者(Thomas J. Peters、1942年生まれ)は、アメリカを代表する経営コンサルタントである。海軍、マッキンゼーを経て、トム・ピーターズグループ代表。
世界の第一線から発せられる独創的でかつ分かりやすい著者の言動は、常に世界中のビジネスマンから驚きと賞賛もって支持されている。大変有名な著書に「エクセレント・カンパニー(大前研一訳)」がある。著書は他にも「経営革命(平野勇夫訳)」「経営破壊(平野勇夫訳) 」「経営創造(平野勇夫訳)」「起死回生(仁平和夫訳)」などがあり、そのいずれもが日米双方でベストセラーとなっている。
本書は、新時代のプロフェッショナル、ビジネスマンへ向けた「サラリーマン大逆襲作戦」と銘打った3巻シリーズの最終巻だ。最初に出版された『ブランド人になれ!』では、プロジェクトに対する心構えを強調し、次の『セクシープロジェクトで差をつけろ!』でさらにそれを推し進め、プロジェクトの実際に焦点を当てた。この最終巻では、従来のホワイトカラーが目指すべき、「知恵あるいはノウハウを売る、ということはどういうことか?」というテーマで50のポイントにまとめたものである。
本書では、「経理部」というどこの会社にもあるコストセンターの代表格のような組織に身を置く読者を想定している。この経理部をマッキンゼーに代表されるような「知恵とノウハウ」を提供するプロフェッショナル集団に仕立て上げる様子を描き出すことで「知能販売」(時には感動も売る)組織として付加価値を高める仕事をしている組織に学ぼうというものである。これまでのホワイトカラーの代表とされる経理部という具体例を持ち出すことで、ルーチンワークをこなすだけの組織と、知恵を売るプロフェッショナル集団との違いを明確にしつつ、前作での「プロジェクトを重要視せよ」という筆者の主張をさらに推し進めたものとなっている。
プロとして生きる楽しさ
■会社設立
もう、組織の一員としての考え方を捨てよう。例えば今人事部長だとすると、今日からは、株式会社「人事サービス」の社長なのだと考えよう。当然、今いる会社は親会社である。「与えられた仕事を無難にこなす」という考え方は捨て、「すごいプロジェクトをやってお客さんを狂気させてやる」という姿勢に変えるのだ。「お客さんに喜んでもらう」以外に仕事の目的はない。
しかし、お客さんは選ばないといけない。無理難題を言うお客さんをだ。自分に何ができるかを決めるのはお客さんであり、どこまですごい仕事ができるかは、お客さんがどこまで過酷な要求をしてくるか次第なのだ。あなたの評判はお客さんの質に左右される。自分を高めてくれるお客さん、自分の真価を見抜いてくれ、自分の成長を助けてくれるお客さんを探すべきだ。
知能販売会社はお客さんを中心とするプロジェクトがすべてであり、知能販のプロはお客さんのために生きている。プロジェクトを遂行するために生きている。プロジェクトの履歴そのものがアイデンティティであり、生きた証であり、シグネチャー(署名)そのものである。今日からあなたは、今産声をあげた知能販売会社のパートナーなのだ。
■ポートフォリオの質
プロジェクトにおけるまず最初に一歩はお客さんと、腹を割った本音で話し合いができるようになることだ。お客さんのお叱りは、学べるチャンスであり、成長できるチャンスでもある。天の恵みとして考える。手元には、プロジェクトのリストと顧客のリストを用意する。この両者はあなたを映す鏡であり、これがプロの知能販にとってはすべてだ。このリストはポートフォリオそのものだ。株式投資と同じように、質、量、リスクの分散を踏まえて吟味、評価すべきだ。
さて、プロジェクトを通してやることといえば、「お客さんに尽くすこと」と「人材を育てること」。これだけしかない。VC(ベンチャーキャピタル)がやっていることも、「プロジェクトに賭け、人間に賭けること」でしかなく、あなたの立ち上げた知能販売会社もこれと同じである。
■インパクト
プロジェクトそのものがあなたそのものである。だから、プロジェクトを一生の思い出にすべくすごいプロジェクトにしよう。ある俳優は「小さな役はない。あるのは、小さい役者だけ」だと言っている。
プロジェクトの評価は、そのプロジェクトがどれだけインパクトがあったかで決まる。インパクトほど大事なものはない。我々はみな、生きた足跡を残すために生まれてきたはずだ。アインシュタインは研究を予算内に収めたのだろうか。チャーチルやルーズベルトは戦争遂行を予算内に収めたのだろうか。そんなことは誰も知らないし、気にもとめない。それよりも肝心かなめなものは”挑発”だ。「誰も怒らせない人間は、役立たずのアホだ」というものもいる。「日々の業務をそつなくこなす」だけの組織は滅びる運命にある。
我々はお客さんを未来の聖地に導き、その対価をもらっている。人のあとについていくだけではなく、お客さんと苦楽をともにし、未来を創造し、その未来にお客さんを導くのだ。
ただし、この世で生きている限り、いつも妥協なしではものごとは実現しない。政治から目をそむけ、みごとな経営手腕を発揮するCEOなど見たことがない。知能販のプロもその点は同じはずだ。インパクトを末永く残す政治力を身につけない限り、この世に足跡は残せない。
要はバランスだ。右に傾くこともあれば、左に傾くこともある。左右どちらにも目配りを忘れてはいけない。理想と現実から一時たりとも目を離してはいけない。衝撃のプロジェクトに全力をあげろ。お客さんの奴隷になれ。起業家のように、一流の商品開発者のように考え、行動せよ。そして、予算と期限に口うるさくなり、コスト管理に神経を使え。プロと生きるものはすべて、毎日、「ゼニ儲け」のことを頭のどこかにおいておかなければいけない。
スティーブ・ジョブズは、「正気とは思えぬ偉大なものは、正気とは思えぬ大博打からしか生まれてこない。安全運転からは絶対に生まれてこない」と言う。一か八かの大勝負なくして、画期的成功はないし、三振を怖がっていては、でかいのは打てない。
■お客さんと暮らす
プロジェクトの始めから終わりまで、そして終わってからあとも、お客さんとは一心同体でなければならない。プロジェクトが終わってその場から去ってからも、お客さんはそこで長く暮らすのだということを忘れてはいけない。お客さんと暮らすということは、プロジェクトの生涯にわたって、お客さんと苦楽をともにする、ということであり、多くの時間をお客さんの会社で過ごすということを意味する。お客さんの懐に飛び込み、文字通り一緒に暮らせば、あとで大きく報われる。
心を開いて、計画的に、自分の知識と知恵をお客さんに分け与えよう。これは自分がいなくなったあとも、自分が成し遂げた仕事がお客さんの役に立ち、お客さんの興奮が覚めないようにするためにである。苦労して築きあげた財産をを気前よく人にあげてしまう人は少ないが、しみったれはしみったれた人生を送ることになる。プロとしての仕事は日々成長することなのだから、今の「企業秘密」には何も未練は必要ない。
以下に、ある弁護士の言葉を引用する。プロとして生きる楽しさ、気高さ、解放感が語られている。
プロフェッショナルは、一緒にいるのが楽しい、ステキにおもしろい人たちだ。私たちが直面する問題は、血が騒ぐ問題ばかりで、毎日のように新しい問題がふりかかってくる。私たちはいろいろな商売について学ぶことができる。いろいろなお客さんと付き合うことができる。10年も同じ上司に仕え、マンネリに陥るということがない。私たちは頭が商売道具だから、たった一人ですごいことができる。私たちは最先端の問題に取り組む。あれこれ指図する上司はいない。私たちは自分のために働き、満足させなければいけない相手は自分だけだ。個人的に、非常に自由だ。毎日、決まった時間に決まった場所にいなくてもいい。私たちの商売は、時間の使い方がうまくないと務まらない。私たちはモチベーションが高い、個性的な人間が小さなグループをつくって仕事をし、めまぐるしく変わる問題、複雑な問題に日々取り組んでいる。得るものも大きいし、失うものも大きい。これ以上ゴキゲンな人生があるだろうか。
■ドキドキわくわく
ぞくぞくわくわくする環境作りに全力をあげよう。活力が活力を生み、熱気につつまれていると、全体の仕事のレベルが上がることを知能販のプロたちは知っている。また、空間にも気を配る必要がある。仕事の能率を上げ、創造意欲をかきたて、霊感を与え、夢を育む創造空間はとても重要なのだ。野暮な空間からは、野暮なもの、気が滅入るものしか生まれてこない。また、プロの世界はノリが大事だ。
■知が資本
スペシャリスト集団は、知が資本であり、研究開発は生命線だ。やるべきことはいろいろあるが、なによりも意気込みが大切だ。ただし、普通の会社とは違う。スタッフはお客さんのところで働いているので、同僚の経験から学ぶことは難しい。自分たちが学んだことをみんなで共有しようという意欲が高まる制度をつくり、そうした努力をしない人を処罰する制度を作らなければならない。組織の隅々まで知識共有を普及させ、全員の最大の関心事にすることが大切だ。
■タレント
「社員がいちばん大切な資産である」とは誰もが言うが、スペシャリスト集団では、それ以外に資産はない。知能販売のビジネスはタレント商売だ。だとすると、タレントを引き寄せる磁石になったものが勝者となる。つまり、自分たちの職場を、カッコいい人が働きたいと思う場所にするということだ。
創造性は、ごった煮の中から生まれる。創造性は、ものごとを違った角度から眺めてみようとする無邪気な心から生まれる。だからタレントたちを集めるだけではなく、その人たちを混ぜ合わせ、その人たちの気持ちと、その人たちが取り組むプロジェクトの鮮度を常に保っていかなければならない。
■自分たちのもの
超一流になるのも、三流以下で終わるのも、すべては私たち次第である。他人事ではない。やるのは自分たちだ。
やり方を根底から変える
本書の締めくくり、つまり、項目の50番で著者が一番最後に書いた一説を引用する。
すごい人たちが、
すごいことがわかるお客さんといっしょに、
すごいプロジェクト(きれいなプロジェクト)に取り組み、
すごいインパクトを残し、
組織のあり方、仕事のやり方を根底から変える。私はそれを願って、この本を書いた。
私は知っている。あなたには必ず、それができるということを…。
訳者もあとがきで触れているように、経営コンサルティングファームにとって最大の競争相手は、同業の他社ファームではなく、顧客企業内のホワイトカラーであると言われている。つまり、顧客社内のホワイトカラーの能力が向上し、その能力を生かせばコンサルティングの仕事はなくなるというわけだ。
実際に、そのような状況にはならないだろうが、これまでの保守的なホワイトカラーでもなんとかやってこれた時代は終わるという認識だ。これからは、各自が専門性を身につけ、その専門性を生かして仕事をこなすということをやっていかないと生きていけない時代に突入した。そのことを本シリーズ3部作で著者は繰り返し繰り返し訴え続けている。
最初の『ブランド人になれ!』では、個々人が専門性を発揮しブランド確立せよと説き、続く第二作『セクシープロジェクトで差をつけろ!』では、その専門性を発揮する場であるプロジェクトそのものに焦点を当て、そして本作『 知能販のプロになれ!』で、頭をひねって知恵を絞れ、その知恵を使ってビジネスをせよと説いた。その全体像として著者が言いたいことが、ここで引用した最後の言葉なのだろう。
これは、「知能販のプロ」として世界の頂点に君臨する著者トム・ピーターズから、組織に勤務するビジネスマンへのエールだ。常日頃、悩み、試行錯誤しているビジネスマンが、前向きな勇気と元気をもらえる3部作。
目次概略
トム・ピーターズ著/仁平和夫訳『サラリーマン大逆襲作戦(3)知能販のプロになれ!』の目次概略は以下の通り。
I 新会社+お客さん+プロジェクト
- 会社設立
1a. 経理部だって、おしゃれになれる - 寝ても覚めて、お客さん
- お客さんを選ぼう
3a. 自分を高めてくれるお客さんを探そう
3b. お客さんの人員整理も忘れずに - すべての仕事をプロジェクトに変えよう
4a. 精魂込めて - 自分の肩書は自分で決めよう
II ポートフォリオの質
- お客さんに叱ってもらう
- プロジェクト・リスト
- ベンチャー・キャピタリスト
- 週一回のプロジェクト・レビュー
III インパクト
- あらゆる仕事をすごいプロジェクトに変える
- 自分らしさで妥協するな
- あつく燃えろ
- インパクトの測定
- 挑戦するのがプロの使命
- お客さんの手を引iて約束の地へ
- 政治は浮世の味
- 絶妙のバランス
- 人を感動させるのがプロ
- ゼニが取れなきゃ、プロじゃない
- 背筋も凍るプロジェクト
- この世に残すもの
- 走れメロス
22a. 浮気はできないプロジェクト生活 - こういう会社に、私たちはなりたい
23a. 人助け
IV お客さんと暮らす
- お客さんはチームのレギュラー選手
24a. 押しかけ女房になろう
24b. お客さんをエキスパートにする
24c. お客さんを崖から突き落とすな - お客さんに評価してもらう
25a. 世間がステージ - 綱引きの「たまらない緊張感」
- 自分の殻を破るために
V ドキドキわくわく
- 切迫感と興奮を創れ、ときめきとざわめきを創れ
- 空間はパートナー
- 祝杯、祝杯、また祝杯
30a. 照る日もあれば、降る日もあれば、降る日もある
30b. 道化師求む - 汝のサポートスタッフを愛せ
- 日程という神の崇りをおそれよ
32a. 稼いでこそプロ - 方法論
- セールスは他人事にあらず
VI 知が資本
- 研究開発の伝道師になれ
35a. ナレッジ・マネジメント - 研究開発の絶好チャンスは?
- デザインを考えよう
- 強みと弱み
VII タレント
- タレント鑑定家になろう
39a. タレントを引き寄せる磁石になろう - ごった煮から生まれるもの
40a. 人の回転をよくして、風通しをよくしよう - なにかで有名になる
41a. 敬意は好意より強し - 完全主義は手抜きをしない
- 神話創造
- 訓練してプロの基本をたたき込む
- OJTにまさるものなし
- 利口まるだしの馬鹿
- 常人には常識的なことしかできない
- チャレンジ!チャレンジ!チャレンジ!
VIII 自分たちのもの
- 考え、夢見て、行動する
- 自分たちの職場は自分たちで変える