コスト削減と顧客満足を両立したセントレア

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9年連続満足度世界一

「セントレア」の愛称で呼ばれる中部国際空港を知っているだろうか。この空港の管理・運営は、国土交通大臣・愛知県・岐阜県・三重県・名古屋市と民間企業などが出資した中部国際空港株式会社が行っている。出資比率は民間50%、政府40%、自治体10%だ。

英国に、Skytrax(スカイトラックス)という航空サービスの調査機関がある。スカイトラックスは、世界各国の550以上の空港を対象に満足度調査を行っており、最新の調査は、2020年から2021年にかけて実施された。100以上の国籍の旅客がアンケート調査に参加している。スカイトラックス空港評価は空港アクセス、清潔、施設、親切度など39項目にわたる。

スカイトラックスはさまざまな順位を発表しているが、その中に「2023年 世界の地方空港トップ10(World’s Best Regional Airports 2023)」というものがある。首都圏の拠点空港のほか、中・近距離路線中心の空港が評価の対象だ。愛知県常滑市に位置する中部国際空港は、なんと2023年まで9年連続で世界1位で、アジアでは13年連続1位となった。2005年に開港して以降、驚くほど高評価が続いている。ほかの国が新空港の研究調査を行う際のモデルになっていると聞いている。

今回は、この中部国際空港の事例をまとめるが、主テーマはこの素晴らしい「顧客満足度」ではない。この空港は実は「コストダウンのお手本」と言われているのだ。従って、コスト削減しながら顧客満足度世界一の事例として内容をまとめてみた。

前例のないコスト削減

空港というものは当然ながら公共性が高い。通常は公共事業として行われるが、中部空港は日本初の民間主導空港として誕生した。中部国際空港は、これまで高コストが当たり前となっていた公共事業の事業費を大きく削減することに成功したといえるだろう。

中部国際空港の総事業費は、当初の空港建設総事業費が7680億円だったにもかかわらず、5950億円で完工した。当時の運輸省事務次官が「7680億円で空港を建設しても革命的」と話していた事業費を20%以上も削減した。公共事業は事業費が膨らみ、工期が遅延しがちだが、当初の目標を大幅にクリアする実例となった。

これまで、総事業費が約8000億円に上る大規模な公共事業で、このような巨額の事業費削減に成功した例はないといわれる。例えば、関西国際空港の場合、建設事業費が当初計画の1兆676億円から1兆4582億円と36%以上の大幅増となり、開港も1年4カ月遅れた。

関西国際空港では「コストは二の次、重要なのは空港としての機能」という認識のもと、収支を度外視した建設が強行されたことが当時のメディアでは問題視されていた。コストを度外視した結果、航空機の着陸料は他のアジアの空港に比べて圧倒的に高く、空港内のテナント賃料は東京都心と変わらないなど、高コストの空港となってしまった。

トヨタ流手法の導入

中部国際空港の建設事業費の削減は、民間の経費削減手法を取り入れたことで実現した。民間手法の導入は、1999年9月に成立したいわゆる「PFI法」によって可能となった。

PFI(=Private Finance Initiative、民間活力導入施策)法とは、財政の改善を目指して地方自治体が国や補助金に頼らずに、民間企業の資金とノウハウを活用しながら社会資本を整備していくために施行された法律。そのまま「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」という名称がついている。

前述の通り中部国際空港は、トヨタ自動車中部電力など地元を代表する企業が資本金の5割を出資し、残りは国、愛知県、三重県、岐阜県、名古屋市など官が出資する「官民折半」によって出資・設立された企業。つまり、空港というきわめて公共性の高い施設を運営する「民間の株式会社」だ。

中部国際空港の初代社長に就任したのは、空港トップとして初の民間人であるトヨタ自動車出身の平野幸久氏。現在の社長は5代目だが、すべてトヨタ自動車出身者だ。トヨタ自動車は2021年3月期の営業利益が2.2兆円という世界的大企業であるとともに、トヨタ流「カイゼン」「カンバン方式」など、その徹底した合理化手法を生み出したことでも知られている企業だ。

自動車メーカーであるトヨタ自動車が空港建設のノウハウを持っているわけではない。しかし、「徹底した合理化」「コスト削減」の手法には、空港であっても自動車メーカーであっても共通する要素が大いにあったということがこの空港建設で証明されたことになる。

事業費の削減については、建設費の資金調達に際して、計画当初4%程度と見積もられていた借入金の金利が、開港時点ので超低金利の恩恵を受けて1%程度に抑えられたことも、これだけの大規模な削減を可能にした要素には違いない。しかし、中部国際空港が数百億円の金利負担軽減額を大きく上回る1700億円超の事業費削減に成功したのは、まさに「トヨタイズム」の実践者である平野氏のリーダーシップによるところが大きいといえるだろう。

コスト削減のグランドデザイン

グランドデザインを描くことが重要

公共性の高い空港とはいえ、事業としての採算が取れなくてはどんな立派な機能や施設があっても意味がない。そこで中部国際空港では、総事業費を決定する際に、必要なコストを「積み上げて事業費を算出」するのではなく、まず目標となる価格を決め、そこから「逆算して細かな設備や資材の原価を決める」という方法を採用した。

先に明確な「数値目標」となる金額を設定し、そこからスタートしたわけだ。目標となる数値は、事業を継続するうえで採算を確保するために必要な数字に設定された。つまり、必要となる建設事業費の総額管理を行ったということになる。

当然ながら、目標額は、施設・設備・資材の原価、人件費、事業の見通しなどが総合的に予測できていなければ設定できない。そこには、事業を継続的に行うためのグランドデザインが求められるからだ。グランドデザインを実現するため、どうしてもコスト削減をする必要が生じてくる。前述した関西国際空港では、こうしたグランドデザインが存在せず、後から判明した必要なコストを順番に積み上げていった結果、計画された事業費を大幅に超過する結果となってしまったという。

企画・設計段階からコスト削減

空港事業は、滑走路や旅客ターミナルなど、施設の建設に巨大な費用を要することが分かっている。従って、コスト削減を実行するには、この建設費をいかに縮小するかがカギとなることは明白だ。

建設業では、「設計が2割進んだ段階で、コストの8割は決まる」といわれる。そのため、建設前の設計構想の中に、思い切ったコスト削減の解決策を盛り込んでおく必要がある。設計が進んでしまった後にどのようなコスト削減策を実施したとしても、効果は限定的なものとならざるを得ない。逆にいえば、自由な発想で思い切った方策が盛り込める企画・設計の段階でいかに工夫するかが、実際の事業費全体のコスト削減を大きく決定づけることとなるといえる。

中部国際空港では、こうした考えのもと、設計者が決まる前の企画段階からコスト管理の専門家を加え、コスト削減に取り組んだという。

さらに、施設の基本計画と基本設計のそれぞれが終了した段階で、設計内容を見直してコスト削減を図るVE(バリューエンジニアリング=設計内容を見直してコスト削減を図る手法)を実施し、徹底的にコスト削減策を検討した。このVEによって、ターミナルビルの設計は、実に250回も白紙に戻されたという。このような徹底的な取り組みこそが、大幅なコスト削減を可能とする基本的な要素であるといえるだろう。

現場レベルのさまざまな工夫

前述の通り、中部国際空港では、実際に施工に入る前の設計段階で既に大幅なコスト削減に成功していたといえる。しかし、それだけではなく、現場レベルでのさまざまな工夫によってさらにコスト削減を可能にした。

斬新な業者選定方法「見積り合わせ」

通常の公共事業では、発注者が落札予定価格を決め、それに最も近い金額で入札した業者が「落札業者」となる。しかし、中部国際空港の場合はこれまでにない方法で業者の採用を決定した。

中部国際空港の建設工事では、最初の入札によって決められるのは、単なる「落札候補業者」であり、最終的に施工契約を結ぶ業者は、必ずしも落札予定価格に最も近い額で入札した業者になるとは限らない。複数の「落札候補業者」と、品質を維持しながらいかにコストを削減するか、VE(バリューエンジニアリング)を繰り返し行うことで、内容を詰めていき、価格・品質ともに最もバランスが取れた提案を行うことができた業者が最終的に選ばれる手法がとられたという。

VEでは、手間を惜しまずアイデアを出し合い、繰り返し検討を重ねることでコスト削減に結び付ける方法を模索する。この制度は、「見積り合わせ」といい、価格だけを重視することによって品質の確保が疎かにならないために考え出された、従来の入札システムのデメリットを補う新しい入札方法といえるだろう。空港と落札候補業者とのVEにおいては、例えば次のような提案がなされた。

通常、ビルはきれいに造成された土砂の上に建てられるが、旅客ターミナルには地下施設もあり、そのための地下部分に機械設備を置くスペースが必要となる。そのため、業者がターミナルを建築する際には、一度盛った土砂を掘り返す必要がでてくる。旅客ターミナルを造る場所の土砂はあえて平らにせずに引き渡してもらうことで、後からの土砂造成のムダを省くことができるのではないか。

この画期的な提案を行った大成建設は最終的に契約を取り付けることに成功している。

「見積もり合わせ」を導入した結果、旅客ターミナルビルの建設に対して行われた入札額は当初の空港側の目標額に比べ大幅に高い金額となったという。しかし、入札後にVEが繰り返し行われ検討が重ねられた結果、旅客ターミナルビルの建設費を約200億円近く削減することに成功した。

既成概念にとらわれないアイデア

トヨタ自動車には合理化の手法として、「ムリ・ムダ・ムラの排除」「カイゼン」といった多くのキーワードがある。中部国際空港でも、作業の合理化を進めコスト削減を実現するために、トヨタ流の既成概念にとらわれず、物事を根本から見直してみる取り組み方法が実行された。例えば、以下のような方法が実行されたという。

従来の埋め立て工事では、埋め立てをすべて終えた後に施設を建設するのが通例。これは、公有水面埋立法の規定で、埋め立てを終了した時点で埋め立て免許を受けた自治体から竣工の認可を受ける必要があるためだ。しかし、空港ではこうした通例をあえて破り、人工島の埋め立てを19のブロックに分割したうえで、1ブロックの埋め立てが終わるごとに竣工の認可を受ける手順を採用することで、大幅な工期短縮を可能としたという。

このように、最も建設に時間がかかるターミナルビルの敷地を先に埋め立て、竣工に取り掛かることによって、全体の6割しか埋め立てが終了していない段階でターミナルビルの基礎工事に着手でき、漁業補償交渉の難航で生じた約半年の着工の遅れを挽回することに成功した。

資材コストの見直し

従来の公共事業で高コストの大きな要因と指摘されてきたのが、資材コストの高さだ。それまでの公共工事は、国土交通省所管の2つの財団法人「経済調査会」「建設物価調査会」が調査した資材価格を基に予定価格が割り出されていた。しかし、この価格はいわばメーカー希望小売価格のようなもので、実際の市場価格とはかけ離れたものだった。

そこで中部国際空港では、独自に資材購入担当者が資材メーカーから最新の価格情報を調査し、財団調査よりも安い価格での資材調達に取り組んだという。従来の慣習を打ち破るこうした手法が効果を上げ、大きな資材コスト削減に成功した。

コスト削減実現のための姿勢

「コスト削減=品質の低下」ではない

コスト削減を追求すると、必ず指摘される問題が品質の低下だ。コスト削減を求める余りに行き過ぎた効率化が、品質の低下となって、かえって良くない結果を招く懸念があるという人は多い。しかし、現実にはコストを削減したからといって、必ずしも品質が低下するわけではない。

  • 本当に必要なものなのか
  • 同じ機能・品質を維持できる代替品はないのか

事業を進めるうえで、こうした問いかけを常に行うことが重要だ。

例えば、空港建設のような国家プロジェクトでは、資材は国内製品を使うことが慣例とされてきた。しかし、中部国際空港は、「品質や工期などの機能面で問題ないなら海外製品であっても差し支えない」という姿勢をとることで、資材の選択肢を広げた。具体例としては、空港ターミナルビルの地盤に打ち込む杭は韓国製品を採用しており、コスト削減を実現したという。

柔軟な考え方を取り入れることができれば、機能・品質を維持したままでも、十分にコスト削減は可能であることを、常に念頭に置いておくことが重要だということだ。

トップの決断が重要

中部国際空港の建設事業において、従来にない抜本的なコスト削減を可能にしたのは、トヨタ自動車出身の初代社長である平野氏のもと、全社が一丸となって事業に取り組んだからにほかならない。

中部国際空港は関西国際空港と同様、コストの高い海上の人工島に造られた。また、漁業補償交渉が難航し、漁業補償費と漁業振興費と併せて総額467億円もの負担を強いられている。このような事業を圧迫するきわめてネガティブな要素を受け入れながら、空港が採算性を確保して事業を継続していくためには、全社挙げての取り組みが求められる。

全社一丸の取り組みを推し進めるために、初代社長の平野氏は先頭に立って総事業費の枠に収まるよう社内に厳しい号令をかけたという。さらに、ただ号令をかけるだけではなく、目標を実現するために、社内に「投資企画委員会」「採算性検討委員会」などを設置し、単なるコスト削減だけを目的とするのではなく、事業戦略として合理化を推し進めていることを示し、組織としての方向性を明確に打ち出すことも忘れなかった。

こうしたトップの姿勢が、コスト削減だけを優先せず、品質や機能も追求する中部国際空港の姿勢につながっている。組織全体で一丸となって困難な目標に取り組むには、こうしたトップの強力なリーダーシップが求められているといえるだろう。

世界一の顧客満足度

前例なき徹底したコスト削減で開港した中部国際空港が世界一の顧客満足度を達成したことは冒頭に触れた通りだ。開港後もさまざまな取り組みを行い、さらなるコスト削減とサービス向上を続けている。

中部国際空港は、テーマパーク型商業施設など航空以外の売上高が2017~18年に全体の半分を超えた。2017年に打ち出した「ビジョン2027」で、空港運営会社から空港活用会社に生まれ変わると明らかにした。

新型コロナ感染症の世界的流行前は、空港周辺の観光地域整備も中部国際空港にとっての追い風となった。中部北陸圏9県と観光団体が海外観光客誘致のための昇龍道プロジェクトを開始し、中部国際空港はインバウンドの関門となった。このプロジェクトは龍が昇天する姿の地形にちなんだ観光周遊ルート事業だ。コロナ前、中部空港を利用した外国人入国者数は、成田・関西・羽田・福岡空港に次いで5番目に多い。海外観光客の誘致を通じた地方活性化をこの空港が牽引している。

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